「むちゃくちゃだろ……」
「どうした?」
向かいの席から武蔵が顔を上げた。
「例の相続放棄の依頼人なんですけど」
「うん」
「異母弟の元交際相手が、自宅に押しかけてきました」
「……は?」
「『どうせ遺産いらないんだから、一回相続して私にくれ』って」
「……」
武蔵も黙った。
「しかも、相続放棄を取り下げろって」
「……なんだそれ」
「ですよね!?」
さすがに今回ばかりは、玲も声を上げた。
*
依頼者の自宅に到着すると、すでに警察が来ていた。
玄関先では、例の女が大声で喚いている。
「さっきから何度も説明してるでしょう」
対応している警察官も、さすがに呆れ気味だった。
「何で私がもらえないで、この女には遺産を相続する権利があるの!」
「だから、法定相続人か、それ以外かの違い。あなたはそもそも、その男性と結婚していないんだよね?」
「だから何!」
「仮にその子がお父さんの孫だったとしても、あなた自身がお父さんの遺産を直接相続できるわけじゃないから」
「うるせえな! つべこべ言わずに金くれって言ってんだろ!」
「だから、その要求自体がおかしいって話をしてるんだけど」
「あのー……」
遠慮がちに声をかける。
正直に言えば。
玲は、かなり引いていた。
電話で話を聞いた時点でも相当だと思っていたが、実物は想像以上だった。
「何?」
女が玲を見る。
「僕は、こちらにお住まいの女性の代理人をしております。弁護士の神城玲と申します」
「……」
女が黙った。
玲をじっと見る。
「……イケメン」
「は?」
「ねえ、年収いくらあるの? 弁護士って」
「……」
玲の顔が固まった。
つい数秒前まで遺産を巡って喚いていた女が、急に目の色を変えて距離を詰めてくる。
「お兄さん、まだ若そうだけど。結婚してないよね?」
「……」
さらに一歩、引く。
完全に引いている。
「いえ。僕にも、あなたのお子さんと同じくらいの歳の子がいます」
「え……」
「それで」
玲はすぐに話を戻した。
「ご用件は何でしょうか」
「えっと……」
「お金がどうとか聞こえましたが」
「……」
「こちらの依頼人に、何を求めていたんですか?」
「だから……」
「こちらの方は相続放棄の手続きを進めています。撤回する意思もありません」
「え?」
「ですから、この方が一度遺産を受け取って、それをあなたに渡すという話にはなりません」
「……」
「そもそも、あなたが相続放棄をやめるよう要求できる立場でもありません」
女の顔色が変わった。
「こちらの方に、遺産を受け取ってあなたへ渡す意思はありません」
「……」
「それで、改めて伺います」
玲は淡々と続けた。
「ご用件は?」
「……もう、いい」
「そうですか」
玲は一歩も引かなかった。
「では、お引き取りください」
「……」
「今後、金銭や相続を理由に、こちらの女性へ直接接触することはやめてください」
女は舌打ちし、その場を離れようとする。
だが。
「ちょっと待って」
警察官が呼び止めた。
「何だよ。もう終わっただろ」
「さっきから何度も帰るように言われてたよね。その辺も含めて詳しい事情を聞きたいから、ちょっと署まで来てもらえる?」
「は? もう帰るって言ってんだろ!」
「さっきから何度も退去を求められてるでしょう。まず話を聞かせて」
なおも文句を言いながら、女は警察官とともにその場を離れていった。
*



