祖父の声は大きくない。それでも法廷の隅々まで届き、誰もその言葉から逃れられないようだった。たった一つの問いで、隠れていたものが姿を現していく。
それは魔法ではなかった。祖父は記録を読み、事故の状況と通院の経過を照らし合わせ、証言を別の証拠で確かめていた。感情ではなく、動かしようのない事実を積み重ね、男性の主張との矛盾を誰の目にも明らかにしていた。
玲は初めて、弁護士の仕事が大きな声で依頼人をかばうことではないのだと知った。見落とされていた記録を探し、証拠の意味を正確に読み取り、相手の言葉の食い違いを示す。祖父は、ただ「この人は悪くない」と叫んでいるのではなかった。法廷にある事実を並べ、誰もが自分の目で判断できる場所をつくっていた。
祖父の目に、怒りはなかった。ただ、真実を見失わないという強い意志があった。言葉が放たれるたび、女性を覆っていた疑いの影が少しずつ崩れていく。
結局、男性の証言と提出された診断書には、決定的な矛盾があった。
男性は事故によって手のしびれが残ったと主張していた。しかし、診断書には、そのしびれが糖尿病によるものだと明記されていた。事故が原因で後遺症が残ったという証拠にはならない。むしろ、男性が事故を利用して治療費や慰謝料を請求しようとした可能性が、法廷で浮かび上がった。
そして最後には、女性に対する請求は退けられた。
その日の本人尋問を終えてから、さらに時が流れた。
そして、判決の日――女性の肩から力が抜けた。三年間、押し殺していた息が震え、目には涙が浮かんでいる。祖父は彼女に静かにうなずき、法廷を包んでいた緊張を、確かな安堵へと変えた。
その姿が、幼い玲の目にはたまらなく格好よく映った。
あんなふうに、誰かのために立てる人になりたい。怖がっている人の前に立ち、震える手をそっと支えられる人になりたい。祖父の背中が、玲にはどこまでも大きく、まぶしく見えた。
――ボクも、おじいちゃんみたいになりたい。
困っている人を、助けられる人になりたい。
もし、ボクの言葉で救われる人がいるのなら。
この言葉を、誰かを傷つけるためじゃなく、
誰かを守るために使いたい。
そう思った瞬間、玲の中で何かが決まった。胸の奥に灯った光は、もう消えない炎へ変わった。怖さは残っていた。それでも、その怖さを抱えたまま前へ進みたいと、初めて強く思った。
まだ十歳の自分には、法廷に立つことも、難しい言葉を使うこともできない。それでも、いつか必ず祖父の隣に立ちたい。その夢を思い浮かべるだけで、胸の奥から力が湧いてきた。
それが、神城玲が初めて抱いた夢だった。
それは魔法ではなかった。祖父は記録を読み、事故の状況と通院の経過を照らし合わせ、証言を別の証拠で確かめていた。感情ではなく、動かしようのない事実を積み重ね、男性の主張との矛盾を誰の目にも明らかにしていた。
玲は初めて、弁護士の仕事が大きな声で依頼人をかばうことではないのだと知った。見落とされていた記録を探し、証拠の意味を正確に読み取り、相手の言葉の食い違いを示す。祖父は、ただ「この人は悪くない」と叫んでいるのではなかった。法廷にある事実を並べ、誰もが自分の目で判断できる場所をつくっていた。
祖父の目に、怒りはなかった。ただ、真実を見失わないという強い意志があった。言葉が放たれるたび、女性を覆っていた疑いの影が少しずつ崩れていく。
結局、男性の証言と提出された診断書には、決定的な矛盾があった。
男性は事故によって手のしびれが残ったと主張していた。しかし、診断書には、そのしびれが糖尿病によるものだと明記されていた。事故が原因で後遺症が残ったという証拠にはならない。むしろ、男性が事故を利用して治療費や慰謝料を請求しようとした可能性が、法廷で浮かび上がった。
そして最後には、女性に対する請求は退けられた。
その日の本人尋問を終えてから、さらに時が流れた。
そして、判決の日――女性の肩から力が抜けた。三年間、押し殺していた息が震え、目には涙が浮かんでいる。祖父は彼女に静かにうなずき、法廷を包んでいた緊張を、確かな安堵へと変えた。
その姿が、幼い玲の目にはたまらなく格好よく映った。
あんなふうに、誰かのために立てる人になりたい。怖がっている人の前に立ち、震える手をそっと支えられる人になりたい。祖父の背中が、玲にはどこまでも大きく、まぶしく見えた。
――ボクも、おじいちゃんみたいになりたい。
困っている人を、助けられる人になりたい。
もし、ボクの言葉で救われる人がいるのなら。
この言葉を、誰かを傷つけるためじゃなく、
誰かを守るために使いたい。
そう思った瞬間、玲の中で何かが決まった。胸の奥に灯った光は、もう消えない炎へ変わった。怖さは残っていた。それでも、その怖さを抱えたまま前へ進みたいと、初めて強く思った。
まだ十歳の自分には、法廷に立つことも、難しい言葉を使うこともできない。それでも、いつか必ず祖父の隣に立ちたい。その夢を思い浮かべるだけで、胸の奥から力が湧いてきた。
それが、神城玲が初めて抱いた夢だった。



