【判決理由】
裁判所は、被告人が犯行直前に刃物を購入していること、被害者の所在を事前に調査し待ち伏せしていること、刃渡り約十二センチの刃物を用いて至近距離から腹部を刺突していることなどを総合し、本件には一定の計画性が認められると判断した。
また、人の腹部を刃物で深く刺突すれば、重要臓器または大血管を損傷し、死亡する危険があることは容易に認識できる。
被告人はその危険を認識しながら、なお刺突行為に及んだものと認められる。
したがって、被告人には、被害者が死亡する可能性を認識しながら、あえて本件刺突行為に及んだものとして、未必的殺意が認められる。
殺人未遂罪の成立を認める。
♢
「やっぱり、一定の計画性は認められたんですね」
「うん。少なくとも偶発的な犯行とは考えにくいね。それに、刺入の深さは約八センチ。医師の証言どおり、生命に危険を及ぼしかねない刺し方だったことは間違いない」
♢
【主文】
被告人を懲役七年に処する。
♢
「七年……。事件からもう二十年以上経っている――じゃあ、この人は……」
「少なくとも、この刑についてはもう服役を終えているはずだよ」
「刑を終えれば、社会に戻れるんですよね」
「いくら犯罪を犯した人であっても、更生の機会までは奪うことはできない。同じ人間である以上」
「今も、どこかで普通に暮らしているんですかね」
「それはわからない。服役を終えれば、刑罰としての責任は果たしたことになる。だから社会には、その人がもう一度生きていく道を閉ざさないことも求められる」
「……」
「加害者には刑期の終わりがある。でも、被害者には……」
「……苦しみの終わりを、法律が決めることはできない」
「……被害者の傷には、刑期なんてないのに」
七年。
数字だけを見れば、長い。
けれど。
失われた身体は、七年経っても戻らない。
事件の記憶も、なかったことにはならない。
「被害者は、それでも受け入れるしかないんですか」
「受け入れる必要なんてないよ」
「え?」
「加害者が刑を終えて社会に戻ることと、被害者が加害者を許すことは別の問題だ」
「……」
「刑罰には終わりがある。そうでなければ、更生という考え方そのものが成り立たない。でも、被害者の苦しみに期限を決めることもできない」
玲は、もう一度判決文を見る。
――被告人を懲役七年に処する。
たった一行。
その一行を導き出すまでに、どれほど多くの事情が検討されたのだろう。
犯行の態様。
殺意の程度。
結果の重大性。
動機。
計画性。
犯行後の態度。
被告人の事情。
そして――被害者が受けた、取り返すことのできない傷。
刑事裁判は、被害者のためだけにあるものではない。
だからといって、加害者を守るためだけにあるものでもない。
感情だけで人を裁くこともできなければ、感情を完全に切り捨てることもできない。
法律が出せる答えには、限界がある。
その限界は、ときに被害者にとって残酷なものに見える。
それでも。
法の下で生きている以上、法の中で答えを探し続けなければならない。
誰のための法律なのか。
何をもって、公平とするのか。
何をもって、罪を償ったと言えるのか。
そして、自分が弁護士としてその境界に立ったとき――。
感情と事実を、どう切り分けるのか。
玲はまだ、その答えを持っていなかった。
だからこそ。
考え続けなければならないのだと思った。



