【被害者供述】
被害者・神城エリサは、被告人とは事件以前、ほとんど面識がなかった。
被告人の交際相手である男性から一方的につきまとい行為を受けていたものの、被害者側は一貫して接触を拒絶。
仕事関係者にも相談し、男性に対して明確な拒絶の意思を示していた。
事件当日について、被害者は次のように供述した。
「突然、知らない女の人に呼び止められました」
「彼を返して、と言われました」
「何の話かわからない、と答えました」
「その男の人とは付き合っていないし、むしろ迷惑していると説明しました」
「でも、信じてもらえませんでした」
「そのあと、急にお腹に強い衝撃があって……」
「最初は、刺されたことにも気づきませんでした」
「服に血が広がっていくのを見て、初めて何が起きたのかわかりました」
♢
「叔母はこの頃……まだ若いし、健康体だったのに。いきなり自分の身体の一部がなくなるって、相当な精神的ダメージだっただろうな」
♢
【医師証言】
被害者の刺創は左下腹部から腹腔内に達していた。
刺入の深さは約八センチ。
左卵巣には高度の損傷が認められた。
手術では温存を試みたものの、損傷および出血の程度から摘出以外の方法では止血が困難と判断された。
また、刺突位置や角度がわずかに異なっていれば、他の臓器や大血管を損傷し、生命に重大な危険が及んだ可能性もあった。
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「周辺の臓器や大血管まで損傷していたら、失血死の可能性もあったわけですね……」
「そうだね。かなり奥まで刺さっている」
「これで『殺すつもりはなかった』なんて、よく言えますよね」
「殺意が争われる事件では、よく出てくる主張ではあるね。ただ、言葉だけじゃなくて、実際の行為から判断される」
♢
【検察官論告】
本件は、偶発的な口論の末に起きた犯行ではない。
被告人は被害者に対して一方的な敵意を募らせ、犯行当日に刃物を購入した。
さらに被害者の仕事先を調べ、待ち伏せした上で犯行に及んでいる。
被害者には何ら落ち度はない。
それにもかかわらず被告人は、刃渡り約十二センチの刃物を用い、至近距離から被害者の腹部を刺突した。
人の腹部を刃物で深く刺せば、重要臓器や大血管を損傷し、死亡する危険があることは容易に理解できる。
被告人が被害者の死亡を積極的に望んでいなかったとしても、その可能性を認識しながら、あえて刺突行為に及んだものと認められる。
よって、被告人には未必的な殺意が認められる。
♢
「少なくとも、偶然会って衝動的に始まった事件じゃないですよね」
「ああ。刃物を用意して、仕事先を調べて、待ち伏せしている。少なくとも被害者に接触するところまでは明確な準備がある。ただ、最初から刺すつもりだったかは別に考えないといけない」
「至近距離で刺突……。相手を殺すつもりじゃなかったとしても、死なせてしまう可能性は充分あったはずなのに」
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【弁護人最終弁論】
被告人が被害者に対して重大な傷害を負わせた事実について、争うものではない。
しかし、本件刺突行為は一回にとどまっている。
被害者が倒れた後、さらに攻撃を加える行為もなかった。
被告人は被害者を死亡させることを目的としていたのではなく、強い嫉妬と怒りによって冷静さを失い、傷害を負わせる意図で犯行に及んだものである。
殺意の認定については、なお合理的な疑いが残る。
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「一回と複数回で、刑の重さが変わるんですか?」
「回数だけで決まるわけじゃないよ。ただ、何度も急所を刺していれば、それだけ攻撃の執拗さや殺意の強さを示す事情にはなる。凶器、狙った部位、傷の深さ、犯行前後の行動……全部を総合して判断するんだ」
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