リーガルウェポン


「玲君」
「何?」
「私たち、もう……会わない方がいいと思う」
「え……何で?」
「……」
「どうして、そう思うの?」
「これ以上、玲君を……危険な目に遭わせたくないの」

 自分のせいで、玲の命を危険にさらしてしまった。
 遙花自身、玲には感謝をしている。素直に嬉しかった気持ちもある。それでも、これ以上彼が傷つくのは――耐えがたかった。
 だから、身を引こうと決めた。

 それなのに。

「それは、理由にならないよ」
 玲は続けた。

 「僕は弁護士としてじゃなくて、神城玲として、先輩を守りたいと思った。だから、これは先輩のせいじゃない」

「でも――」
「いや、もうこの際はっきり言う。僕は、先輩が好きだ」

 迷いのない、玲の言葉。

「だから、守りたいって思った」

 心から溢れ出す、切実な想い。

 私情は挟むまいと、懸命に抑えていた。
 それも今となっては――意味をなさない。
 
「できれば、この先もずっと」
 
 玲の翡翠色の瞳が、遙花をとらえる。

 遙花の瞳が揺れた。

「今すぐじゃなくていい。今よりもっと落ち着いてからでいいから。僕とのこれからについても、考えてくれると嬉しい」

 そこにいたのは、好意を寄せる女性に自らの思いの丈を伝えた、一人の青年。

「……玲君の気持ちはわかった。でも、今はすぐに答えは出せない。少し、考えさせて」
「うん」

 
 *

 退院してから初めての出勤日。
 
「このたびは、お騒がせして申し訳ありませんでした」
「神城先生、お帰りなさい」
「ニュースで流れてびっくりしたわよ! よく無事で……」
「怪我の具合はもう良いの? 大きな怪我だったんでしょう?」
 口々に言われ、玲は戸惑いながらも答えた。
「ご心配かけてすみません。でも、もう大丈夫なので、今日からまたよろしくお願いします」

「玲」
「佐々木先生……」
「無事でよかった。よく頑張った」
「え、ちょっと……」
 武蔵に抱きしめられる玲。

「心臓、止まるかと思ったよ」
「先生……」
 武蔵の声、肩が震えている。
「お帰り、玲」

「……やめてください」
「本当に、よかった……」
「…………うん」
 溢れ出す涙。
 それを止めることは、今の玲にはできなかった。

 それから更に時は流れ、数週間後。
 玲は徐々に一人で依頼を受け、法廷に立つ機会も増えた。

 忙しくも、仕事の合間には――。

「あ、蒼生君。離乳食始めたんだ」
 時折来る、遙花からの連絡。
 口の周りをおかゆだらけにした蒼生の写真。
「相変わらず、可愛いな。蒼生君」

 会いたい。

 遙花と蒼生が、いつの間にか玲の中では特別な存在になっていた。
「『次は、いつ会える?』 と」
「玲」
「は、はい!」
「声に出てる」
「あ……」
 しまった、と思ったときには――もう遅かった。

「え、何? 神城先生。もしかして、彼女?」
「あ、いや、違います違います! まだ――」
 盛大に墓穴を掘る玲。

「まだ?」
「まだってことは、好きな人?」
「え、だから……その、何ていうか……」
「神城先生、可愛い」
「ウブねぇ」
「や、やめてくださいよ。ってか、佐々木先生のせいだから! 止めてくださいよ」
「青春だねぇ」
「そういうのいいから、止めてくださいって!」

  *

「ただいま」

 帰宅後、玲はスーツを脱ぎ、部屋着に着替える。

「はあ、なんだかんだでこれが一番楽だな」

 完全なオフモード。

「たまには一杯やりますか」

 玲は冷蔵庫から冷えた缶チューハイを取り出し、グラスに注ぐ。

「はあ、飲まなきゃやってられんわ」

 アルコール度数、0.00パーセント。

「下戸にも優しいね、君は」

 玲は、酒類が全く飲めなかった。

 以前、居酒屋で成人の祝いに父と二人で杯を交わした直後。
 一口飲んで目を回し、気を失った。
 以来、ノンアルコールが飲みの席での玲の相棒になった。

「あ、先輩からだ」
 遙花からの一通のメッセージ。

〈あれからずっとなんだけど、夫がなかなか離婚に応じてくれなくて……〉
「え、まだゴネてるんだ」

 遙花の夫――玲を刺した張本人。
 遙花は弁護士を立てて離婚協議に入った。
「もう三カ月か……」

〈なかなか厄介。長引きそうで疲れたわ。あいつ、『蒼生を父親のいない子どもにする気か』って言ってきてさ。どの口が言ってんのよ〉
 玲は思わず返信した。
〈嘘だろ。それ、あんたが言うのか。マジそれな、だわ〉
 すぐに既読がつく。
〈今まで父親だったことなんて一度もないのに。むしろ法を犯す父親がそばにいることの方が可哀想だわ!〉

「先輩、だいぶ元気になったみたいだな」
 遙花の様子に安堵する玲。

「それにしても……」

 玲は天井を見上げながら呟いた。

「先輩から完全に拒絶されてるのに、何であいつは離婚しないんだろう」

 そして、もう一言。

「もしかして、地頭悪いのかな」

 沈黙。

「地頭悪い人って、そもそも話通じないからな。そりゃ先輩、苦労するはずだわ」


 静寂の合間に、言葉のミサイル音が鳴り響く。

 どこか懐かしい響きだった。


「プライドだけは無駄に高いんだよね。まさか、自分が離婚切り出される側になると思ってなかった?」

 玲の独り言は、まだ続いている。


「身の程知らずもいいところだな。あんな素敵な人を大事にしない時点で、万死に値する!」

「法律が何だ! ああもう、法律さえなければ、あんなやつ僕が……」


 言いかけてやめた。


「埋めてやるのに」

 結局言った。