男は逃走を図るものの、既に通報されておりその場で確保され現行犯逮捕された。
救急隊員も同時に駆けつけ、玲はナイフが刺さったままの状態で病院へ搬送されていく。
「SpO2低下!」
「これは……胸部まで達している可能性があるな」
意識が朦朧とする中、玲は遙花と蒼生のことを思った。
(僕は、二人を……守れたのかな……)
視界に僅かに残った景色が遠ざかっていく。
(もし、このまま目覚めなかったら……ちょっと、いや、だいぶ……悲しいな)
そして、玲は深い深い――眠りに落ちた。
*
玲の搬送後、緊急手術が行われた。
玲の右側の背部に生々しく突き刺さったナイフは、刃渡り十センチほどの小型ナイフ。刺創の深さは七~八センチにも及んでいた。刺さったナイフが創部を塞ぐ形になっており、下手に抜けば出血が増える危険があった。
「かなり深いな……」
執刀医が言った。
右肺まで達している。大血管は外れているものの、傷痕は残る可能性が高い。
無機質な機械音と金属音だけが、静寂に溶けていくように響く。
☆
刃は右肺まで達していたが、大血管や心臓は外れていたのが不幸中の幸いだった。
遙花は、蒼生と毎日のように見舞いに来た。
「玲君……ごめんね」
玲のそばにいたい――その思いが日に日に増していく一方で、もう玲とは関わらない方が良いのではと思い始めていた遙花。
「先輩のせいじゃないよ。それに、僕は生きてる。今のところ、後遺症もないって言われてる。治れば退院できるし、また普段と同じ生活に戻るだけだから」
「でも、痕が残るって……」
「そうだね。でも、これは先輩と蒼生君を守った証だから。むしろ誇らしいくらいだ。こんなかっこいいタトゥー、ないよ」
「タトゥーって……」
「タトゥーはちょっと違うか。まあ、多少の傷くらい残ることあるし。そういえば、僕の父さんにも似たような傷があるな。昔、心臓の手術してるから」
「玲君……」
「父さんは病気、僕は事件。違いはあるけど、生きてるってことは、それらと闘った証だから」
玲は笑う。遙花にとっては、その笑顔が救いであるとともに、消えない傷を負わせてしまった負い目や罪悪感をより鮮明な記憶として残ることが苦しかった。
そして、一か月後。
玲は予定通り、退院の日を迎えた。
「退院、おめでとう」
遙花は玲の退院祝いに、玲の好物のアップルパイを渡した。
「ありがとう。わ、めっちゃおいしそう」
「玲君、アップルパイ好きだったよね」
「え、覚えていてくれたの?」
「忘れもしないわよ。まかないとオーダーの品を間違えて食べて、ロゼさんにめちゃくちゃ怒られてたじゃない」
「あれ、そうだっけ?」
「ふぇ……」
「あら、起きちゃった」
「蒼生君も……ありがとう」
小さな手が、玲の指をきゅっと握った。
「可愛い。握った」
「抱っこしてみる?」
「え、それはまだ怖い……」
「大丈夫。ほら」
「わっ!」
「脇締めて。お尻を支えるように……」
「えっと……こう?」
「あー、あー」
「ほら、できた」
蒼生が笑った。
「…………っ」
「玲君、ちょっと」
「ごめん。蒼生君が、可愛すぎて……」
玲は、小さな命の重みをその腕の中に感じ――感極まる。
「やだな、最近やけに……涙もろくなってきてさ」
「元々でしょ」
「そうだっけ」
玲は泣きながら笑う。
そして遙花は意を決し、玲に言った。



