『はい』
「神城です」
『先生?』
「もう一つ、お伝えしたいことがあります」
『……はい』
「ご主人側からの慰謝料請求ですが」
男性が息を呑む。
玲は。
ゆっくり告げた。
「撤回するとの連絡がありました」
『……え』
「こちらから提出した資料を確認して、あなたが既婚者だと知らなかったことについて、少なくとも責任を追及するだけの根拠がないと判断されたそうです」
『……』
「ですから」
玲は微笑んだ。
「もう、自分を責めなくて大丈夫です」
長い沈黙。
そして。
電話越しに、男性が泣いた。
声を押し殺すように。
『……ありがとうございます』
「はい」
『本当に……ありがとうございます……』
玲は何も言わず。
ただ、その声を聞いていた。
電話を切ったあと、玲は椅子にもたれかかった。
「……終わった」
ぽつりと呟く。
武蔵が笑う。
「まだだよ」
「え?」
「判決取っただけだからね」
「あ」
「金を払わなかったら、次は執行も考える」
「……」
玲の顔から笑顔が消える。
「裁判って……勝ったら終わりじゃないんですね」
「終わらないことも多いよ」
「現実厳しすぎません?」
「今さら?」
「僕、今ちょっと感動してたのに!」
「現実に戻ってこーい、新米弁護士」
「先生ぇ……」
机に突っ伏す玲。
武蔵は笑いながら、その頭を軽く叩いた。
「でも」
「……?」
「よくやった」
玲が顔を上げる。
「初勝訴、おめでとう」
「……」
その瞬間。
玲の目が、少しだけ潤んだ。
「先生」
「ん?」
「僕」
玲は笑った。
「弁護士になってよかったです」
「早いよ」
「え?」
「まだ一年目だろ」
「今くらい浸らせてくださいよ!」
「はいはい」
「絶対また子ども扱いしてる!」
「してない、してない」
「してる!」
事務所に玲の声が響く。
その様子を眺めながら、武蔵は小さく笑った。
十三年前。
十歳の少年が言った。
困っている人を助けたい。
自分の言葉で、誰かを救える人になりたい。
あの日の少年は――今日。
初めて、一人の依頼人を救った。
――神城玲、二十三歳。
新米弁護士。
初法廷。
初勝訴。
そして。
彼の弁護士人生は――まだ、始まったばかりだった。
「神城です」
『先生?』
「もう一つ、お伝えしたいことがあります」
『……はい』
「ご主人側からの慰謝料請求ですが」
男性が息を呑む。
玲は。
ゆっくり告げた。
「撤回するとの連絡がありました」
『……え』
「こちらから提出した資料を確認して、あなたが既婚者だと知らなかったことについて、少なくとも責任を追及するだけの根拠がないと判断されたそうです」
『……』
「ですから」
玲は微笑んだ。
「もう、自分を責めなくて大丈夫です」
長い沈黙。
そして。
電話越しに、男性が泣いた。
声を押し殺すように。
『……ありがとうございます』
「はい」
『本当に……ありがとうございます……』
玲は何も言わず。
ただ、その声を聞いていた。
電話を切ったあと、玲は椅子にもたれかかった。
「……終わった」
ぽつりと呟く。
武蔵が笑う。
「まだだよ」
「え?」
「判決取っただけだからね」
「あ」
「金を払わなかったら、次は執行も考える」
「……」
玲の顔から笑顔が消える。
「裁判って……勝ったら終わりじゃないんですね」
「終わらないことも多いよ」
「現実厳しすぎません?」
「今さら?」
「僕、今ちょっと感動してたのに!」
「現実に戻ってこーい、新米弁護士」
「先生ぇ……」
机に突っ伏す玲。
武蔵は笑いながら、その頭を軽く叩いた。
「でも」
「……?」
「よくやった」
玲が顔を上げる。
「初勝訴、おめでとう」
「……」
その瞬間。
玲の目が、少しだけ潤んだ。
「先生」
「ん?」
「僕」
玲は笑った。
「弁護士になってよかったです」
「早いよ」
「え?」
「まだ一年目だろ」
「今くらい浸らせてくださいよ!」
「はいはい」
「絶対また子ども扱いしてる!」
「してない、してない」
「してる!」
事務所に玲の声が響く。
その様子を眺めながら、武蔵は小さく笑った。
十三年前。
十歳の少年が言った。
困っている人を助けたい。
自分の言葉で、誰かを救える人になりたい。
あの日の少年は――今日。
初めて、一人の依頼人を救った。
――神城玲、二十三歳。
新米弁護士。
初法廷。
初勝訴。
そして。
彼の弁護士人生は――まだ、始まったばかりだった。



