小川と平屋が慌てて追いかけた先は音楽室だ。
すでに未知はグランドピアノの前に座り、静かに鍵盤に指を乗せていた。
深窓の令嬢然とした未知の姿に圧倒され、二人は入口に立ち尽くしていた。
静かな集中の一瞬の後、未知の指が鍵盤を滑らかに踊る。
音楽室に響き渡ったのは、チャイコフスキーの『くるみ割り人形』の美しいワルツのメロディーだった。
音に合わせ未知の亜麻色の髪がゆっくりと揺れる。透明な輪郭がまるでこの世のものとは思えないほどだった。
二人はその幻想的な光景を声もなく見つめていた。
一曲を弾き終えると、未知は立ち上がり、照れくさそうにぺこりと二人にお辞儀をした。
――いつもの未知だ。
二人は、ほっとしつつも思わず拍手をした。
「未知、うまいじゃないか!」
小川が驚いて声をかけると、
「ありがとうございます。でも、この曲しか弾けないんです」
そして、視線をピアノに移した。
「このピアノは、何でもない普通のピアノですね。ハンマーも何にも細工はされていない。電子でもなければ、そもそも演奏者がいなければ鳴りません」
「だから、七不思議なんだろ?」
小川も蓋を開けて確認し、平屋はタブレットのカメラで内部を撮っていた。
その時、音楽室の扉が開き、見回りの生徒会長のマタロウと副会長の成瀬今日子が入ってきた。
「おい、お前ら! 下校時刻だぞ! こんな時間まで何やってんだ!?」
「あー、悪いな、マタロウ。もう片付けるよ」
「全く……。文化祭前は、みんな下校時刻を守らんな」
生徒会連中はぶつぶつと次の場所へ向かって行く。
小川は肩をすくめ、
「今日はもう遅い。明日また見てみよう」
と平屋と未知に伝えた。
部室に戻ると、智と高杉はもうカバンを背負っていた。
「卒業生の先輩たち、もう用事があるって帰っちゃったよ。それで、これ、三人にって」
小川が受け取った、手書きのA4用紙――チラシの裏には、いいかげんな殴り書きで、こんな言葉が書かれていた。
『現役探偵たち。ヒントだよ。七不思議の噂は「昔からある」って言ったでしょ。この部は、学校創設以来ある部活動。そしたら記録をたどってみたらいいんじゃない?』
「記録……」
小川は部室のロッカーを見た。
そうだ、ここにはかつての先輩たちが残した大切な記録、部誌がある。
小川は平屋と未知の顔を見た。
「明日から、本腰入れて、調べるぞ!」
そう言うと、平屋と未知は嬉しそうに「はい」と頷いた。
三人が並んで校門に差し掛かると、いつものようにそこには黒塗りのハイヤーが停まっていた。未知の迎えだ。
「じゃあまた明日」
二人に会釈をしてから、未知は後部座席のドアを開けた。
運転席の初老の武田さんが、「おかえり、嬢ちゃん」と口もとで笑う。
小川と平屋が軽く会釈すると、ブロロ……、と車は出発した。
すると、どこからか先程の未知が弾いた「花のワルツ」のフレーズが聞こえた気がし、振り返る。
すでに三階の音楽室の電灯は消えている。
「え……?」
小川が学校のあちこちに目を配るが、まだ電灯が灯っているのは、職員室と生徒会室だけだった。
「さっき、未知が弾いた曲だ!」
怯えるように平屋が言う。
「平屋、録音!」
小川が声をかけ、すぐさま平屋はタブレットのマイクを起動させる。
未知の演奏とは違い、音は故意にたわんで、ところどころひずんで、ひっかかるように聞こえてきた。まさしく、お化けが弾いているようにも聞こえる。
そして、それは、ふいにふっつりと消えた。
「一、無人で鳴り響くピアノ……。七不思議は本当にあるってことなのか?」
「……非科学的でしょ」
そんな言葉を言いながらも、二人は通学路が別れるぎりぎりまでぴったりくっついて歩いた。
すでに未知はグランドピアノの前に座り、静かに鍵盤に指を乗せていた。
深窓の令嬢然とした未知の姿に圧倒され、二人は入口に立ち尽くしていた。
静かな集中の一瞬の後、未知の指が鍵盤を滑らかに踊る。
音楽室に響き渡ったのは、チャイコフスキーの『くるみ割り人形』の美しいワルツのメロディーだった。
音に合わせ未知の亜麻色の髪がゆっくりと揺れる。透明な輪郭がまるでこの世のものとは思えないほどだった。
二人はその幻想的な光景を声もなく見つめていた。
一曲を弾き終えると、未知は立ち上がり、照れくさそうにぺこりと二人にお辞儀をした。
――いつもの未知だ。
二人は、ほっとしつつも思わず拍手をした。
「未知、うまいじゃないか!」
小川が驚いて声をかけると、
「ありがとうございます。でも、この曲しか弾けないんです」
そして、視線をピアノに移した。
「このピアノは、何でもない普通のピアノですね。ハンマーも何にも細工はされていない。電子でもなければ、そもそも演奏者がいなければ鳴りません」
「だから、七不思議なんだろ?」
小川も蓋を開けて確認し、平屋はタブレットのカメラで内部を撮っていた。
その時、音楽室の扉が開き、見回りの生徒会長のマタロウと副会長の成瀬今日子が入ってきた。
「おい、お前ら! 下校時刻だぞ! こんな時間まで何やってんだ!?」
「あー、悪いな、マタロウ。もう片付けるよ」
「全く……。文化祭前は、みんな下校時刻を守らんな」
生徒会連中はぶつぶつと次の場所へ向かって行く。
小川は肩をすくめ、
「今日はもう遅い。明日また見てみよう」
と平屋と未知に伝えた。
部室に戻ると、智と高杉はもうカバンを背負っていた。
「卒業生の先輩たち、もう用事があるって帰っちゃったよ。それで、これ、三人にって」
小川が受け取った、手書きのA4用紙――チラシの裏には、いいかげんな殴り書きで、こんな言葉が書かれていた。
『現役探偵たち。ヒントだよ。七不思議の噂は「昔からある」って言ったでしょ。この部は、学校創設以来ある部活動。そしたら記録をたどってみたらいいんじゃない?』
「記録……」
小川は部室のロッカーを見た。
そうだ、ここにはかつての先輩たちが残した大切な記録、部誌がある。
小川は平屋と未知の顔を見た。
「明日から、本腰入れて、調べるぞ!」
そう言うと、平屋と未知は嬉しそうに「はい」と頷いた。
三人が並んで校門に差し掛かると、いつものようにそこには黒塗りのハイヤーが停まっていた。未知の迎えだ。
「じゃあまた明日」
二人に会釈をしてから、未知は後部座席のドアを開けた。
運転席の初老の武田さんが、「おかえり、嬢ちゃん」と口もとで笑う。
小川と平屋が軽く会釈すると、ブロロ……、と車は出発した。
すると、どこからか先程の未知が弾いた「花のワルツ」のフレーズが聞こえた気がし、振り返る。
すでに三階の音楽室の電灯は消えている。
「え……?」
小川が学校のあちこちに目を配るが、まだ電灯が灯っているのは、職員室と生徒会室だけだった。
「さっき、未知が弾いた曲だ!」
怯えるように平屋が言う。
「平屋、録音!」
小川が声をかけ、すぐさま平屋はタブレットのマイクを起動させる。
未知の演奏とは違い、音は故意にたわんで、ところどころひずんで、ひっかかるように聞こえてきた。まさしく、お化けが弾いているようにも聞こえる。
そして、それは、ふいにふっつりと消えた。
「一、無人で鳴り響くピアノ……。七不思議は本当にあるってことなのか?」
「……非科学的でしょ」
そんな言葉を言いながらも、二人は通学路が別れるぎりぎりまでぴったりくっついて歩いた。



