――現在。
九月に入り、学校は文化祭の準備期間に入った。
放課後の校内は、生徒たちの熱気とざわめきに満ちていた。壁には色とりどりの出し物宣伝のポスターが貼られ、各教室からは作業途中の生徒たちの楽しげな話し声が響いてくる。
そんな中、部室棟の一番奥。
赤茶けたトタン屋根の、「探偵研究部」と間借りしている「オカルト研究会」の部室は、なぜかそれに相反するように、異様な静けさに包まれている。
部室では、机を三つくっつけ合って、三人は座っていた。
小川、平屋、未知が、言葉を発さず黙り込むこと、すでに十分。
腕組みする小川の手元のノートに「文化祭の出し物」と書かれているが、題名以外真っ白だ。小川は降参と言わんばかりに、天井を仰いでいる。
対面の平屋はタブレットAIに何度も「文化祭の出し物」と打ち込んでは、「お化け屋敷」「メイドカフェ」「やきそば」など、何の解決にもならないど定番の表示に、今にもタブレットを放り投げそうにイライラとしている。
未知は未知で、二人の間のお誕生日席で、先輩方の次の言葉を我慢強く待っていた。
つまり、詰んでいる。
――ただいま絶賛ノープランである。
息のつまりそうな空気に耐えかねた未知が、ついに声を上げる。
「先輩たち、そんなに悩むなら、やっぱり去年と同じ出し物にしたらいいんじゃないですか?」
未知としては気遣いで言ったその言葉に、平屋は鋭い目を向け吐き捨てるように言う。
「絶・対・い・や・だ!」
何度目かのその言葉に肩をすくめ、助け舟を求めるように未知が小川の方をちらりと見て小声で言った。
「小川先輩。去年って何をやったんですか?」
小川は重たげな二重の瞼をさらに重そうに細めながら「あ――――」と気の抜けたような声を上げる。
「去年の三年の先輩方は、余計な労力とか手間を惜しむ人たちだったからなー。まあ、そこの研究ノートを廊下に置いて、古今東西の探偵たちのパネル展示したぐらいかな。平屋はずーーーーっと店番で、ひたすら来場記念の『探偵名ゼリフしおり』を配ってた」
「すごい……意外なほど、地味ですね……」
未知は目を何回かぱちくりした。
「俺は、ずーーーーっと呼び込みでさあ。でも、ほんと、お客さん来なかったんだよ」
未知は、(私も遠慮すると思う)という思いは胸に秘め、開いたままの口を閉じた。
このバイタリティのある先輩方にとっては、「不完全燃焼」な文化祭であったのだろうことは、ありありと見て取れた。
「今年はもう少しおもしろいもんにしたいんだよなあ」
と小川が言えば、平屋は食ってかかる。
「かといって、見てくださいよ! 今年の生徒会が出してきた『本年度の文化祭の出店物・展示物要綱』! これに抵触した部活は、企画書出し直しの憂き目にあってるんですよ! こんなの去年は無かったのに! 生徒会めーーーー!」
平屋はクリップボードに挟まれた一枚の書類を机にスライドさせた。
***
【本年度 文化祭の出店・展示物に関する要綱】
本校の文化祭は、生徒の日々の学習活動および部活動の成果を発表する『文化と研鑽の場』である。昨今見られる娯楽偏重の傾向を是正し、第一中学校の生徒としての誇りを示すため、本年度より以下の要綱を厳格に適用する。
一、文化祭における出店および展示は、本校生徒としての独自性と探求心を伴うものでなければならない。したがって、むやみに集客のみを目的とした、部活本来のテーマ性のない出店(例:お化け屋敷、コンセプトカフェ、単なる飲食物の販売など)は一切認めない。
二、すべての企画内容は、日常の部活動・同好会活動の延長線上にあり、かつ「日々の活動成果の発表の場」として客観的に証明できるものでなければならない。活動実態と著しく乖離した企画は、企画書の段階で直ちに却下する。
三、上記要綱を逸脱する、または生徒会執行部が「本校の文化祭に相応しくない」と判断した団体に対しては、企画書の再提出を命じる。期限内の改善が見られない場合、または文化祭当日に違反が発覚した場合は、いかなる理由があろうとも出店・展示を即時差し止めるものとする。
第一中学校 生徒会長 富谷マタロウ
同執行部
文化祭実行委員会
***
「実際、『メイドカフェ』をする予定だった柔道部なんか、企画書突っ返されて、組手サービス付きの『乱取りカフェ』に泣く泣く変更になったって、主将が廊下で泣いてましたよ」
「うわ、すでに企画時点から詰んでる気がする」
小川が身震いする。
「『イケメン・ダンスパラダイス』をステージでする予定だったバスケ部は、『ボクらと遊ぼう、ワン・ツー・シュート☆彡』っていうフリースローゲームに路線変更したって」
「こっちは集客ありそうだな(ちょっとムカつくけど)」
うんうん頷きながら、最後はがっくりうなだれ、
「「「じゃあ、どうすればいいっつーの?」」」
と三人の声が揃った。
「ヘイヘイヘイへ――――イ!」
ガラリと、部室のドアが威勢の良い声と共に開いた。
オカルト研究会(通称・オカ研)の部長である高杉が入ってきたのだ。一歩遅れて一年生の智子が小さな段ボールを持って続く。
高杉は、茶髪プリン、ハーフアップロン毛の長い前髪をかきあげ、ニヤリと笑う。
「よお! 探偵さんたち! 珍しく手詰まりのようだな? だがもう安心してくれ! ヒーローの俺様が来たからな!」
「はあ?」
と怪訝な顔の小川にさらに調子付くように、高杉はクリップボードをドヤ顔で見せる。
「今年のオカ研のテーマは『学園の七不思議』をやるぜ!たった今、生徒会から企画書にOKのサインをもらってきたとこだ!」
「マジか!?」
クリップボードを覗こうとする小川と平屋を見越して、高杉は背中にボードを隠し、チッチッチと右人差し指を立てて左右に振った。
「あ――――、だめだめ。企業秘密だから」
顔に「ケチ!」と書いてある小川と平屋を見ながら、高杉は値踏みする。
「まあ、もしも……。もしもノーアイディア、ノープランで出し物に困って、『高杉君、お願いします。僕たち探偵研究部も一緒に共同企画で参加させてください』って頼まれたなら、やぶさかではないけどな――――」
「こっちは、パワーストーンのキーホルダー販売の許可ももらったし! 準備万端!」
と、智子は高めのツインテールの毛先を嬉しそうに揺らしながら、でき上がったキーホルダーの束をジャラジャラ見せつける。
「さっき、『試作品』を生徒会に届けてきたとこなんだよなー」
と高杉が笑えば、
「……智子、それ、賄賂……」
未知は大げさに両手を口元にあてた。
「ちがうよー。仲良しのしるし」
智子は何の悪びれもなくにっこり笑った。
その隙に、平屋は高杉の背後に回ってクリップボードをすかさず奪い取る。
「あ、こら!」
「「!!!!!」」
小川と平屋は目を丸くした。
その企画書には、
『探偵研究部・オカルト研究会 共同企画
――学園七不思議を追う、リアル体験 オカルト×謎解き――』
とあった。
「おい、高杉!初めから『共同企画』で出してんじゃないか! なんだよこれ!」
「ちょっと待ってください……なんで、オカルトより謎解き部分の割合が多いんですか? はなから、僕たちのことアテにしてたんでしょ!!」
「そ……そりゃあさあ、お前たちの方が人数多いし当然だろ! こっちは二人だけなんて無理な話だし!それに、『オカルト』だけだと、生徒会ではじかれちまうから『探偵の謎解き』でやっと承知してもらって――」
「「はじめから言え!!」」
小川と平屋の怒鳴り声が重なった。
そんなやり取りをよそに、未知が目を輝かせた。
「渡りに船じゃないですか! 面白そうです!」
と答えたため、小川と平屋は渋々、高杉の提案を受け入れた。
「さっすが、未知ちゃん、お目が高いね!」
「いーから、企画書見せてみろよ」
と小川が言えば、机の上に高杉は企画書を広げていき、五人は手近な椅子に座り始めた。
九月に入り、学校は文化祭の準備期間に入った。
放課後の校内は、生徒たちの熱気とざわめきに満ちていた。壁には色とりどりの出し物宣伝のポスターが貼られ、各教室からは作業途中の生徒たちの楽しげな話し声が響いてくる。
そんな中、部室棟の一番奥。
赤茶けたトタン屋根の、「探偵研究部」と間借りしている「オカルト研究会」の部室は、なぜかそれに相反するように、異様な静けさに包まれている。
部室では、机を三つくっつけ合って、三人は座っていた。
小川、平屋、未知が、言葉を発さず黙り込むこと、すでに十分。
腕組みする小川の手元のノートに「文化祭の出し物」と書かれているが、題名以外真っ白だ。小川は降参と言わんばかりに、天井を仰いでいる。
対面の平屋はタブレットAIに何度も「文化祭の出し物」と打ち込んでは、「お化け屋敷」「メイドカフェ」「やきそば」など、何の解決にもならないど定番の表示に、今にもタブレットを放り投げそうにイライラとしている。
未知は未知で、二人の間のお誕生日席で、先輩方の次の言葉を我慢強く待っていた。
つまり、詰んでいる。
――ただいま絶賛ノープランである。
息のつまりそうな空気に耐えかねた未知が、ついに声を上げる。
「先輩たち、そんなに悩むなら、やっぱり去年と同じ出し物にしたらいいんじゃないですか?」
未知としては気遣いで言ったその言葉に、平屋は鋭い目を向け吐き捨てるように言う。
「絶・対・い・や・だ!」
何度目かのその言葉に肩をすくめ、助け舟を求めるように未知が小川の方をちらりと見て小声で言った。
「小川先輩。去年って何をやったんですか?」
小川は重たげな二重の瞼をさらに重そうに細めながら「あ――――」と気の抜けたような声を上げる。
「去年の三年の先輩方は、余計な労力とか手間を惜しむ人たちだったからなー。まあ、そこの研究ノートを廊下に置いて、古今東西の探偵たちのパネル展示したぐらいかな。平屋はずーーーーっと店番で、ひたすら来場記念の『探偵名ゼリフしおり』を配ってた」
「すごい……意外なほど、地味ですね……」
未知は目を何回かぱちくりした。
「俺は、ずーーーーっと呼び込みでさあ。でも、ほんと、お客さん来なかったんだよ」
未知は、(私も遠慮すると思う)という思いは胸に秘め、開いたままの口を閉じた。
このバイタリティのある先輩方にとっては、「不完全燃焼」な文化祭であったのだろうことは、ありありと見て取れた。
「今年はもう少しおもしろいもんにしたいんだよなあ」
と小川が言えば、平屋は食ってかかる。
「かといって、見てくださいよ! 今年の生徒会が出してきた『本年度の文化祭の出店物・展示物要綱』! これに抵触した部活は、企画書出し直しの憂き目にあってるんですよ! こんなの去年は無かったのに! 生徒会めーーーー!」
平屋はクリップボードに挟まれた一枚の書類を机にスライドさせた。
***
【本年度 文化祭の出店・展示物に関する要綱】
本校の文化祭は、生徒の日々の学習活動および部活動の成果を発表する『文化と研鑽の場』である。昨今見られる娯楽偏重の傾向を是正し、第一中学校の生徒としての誇りを示すため、本年度より以下の要綱を厳格に適用する。
一、文化祭における出店および展示は、本校生徒としての独自性と探求心を伴うものでなければならない。したがって、むやみに集客のみを目的とした、部活本来のテーマ性のない出店(例:お化け屋敷、コンセプトカフェ、単なる飲食物の販売など)は一切認めない。
二、すべての企画内容は、日常の部活動・同好会活動の延長線上にあり、かつ「日々の活動成果の発表の場」として客観的に証明できるものでなければならない。活動実態と著しく乖離した企画は、企画書の段階で直ちに却下する。
三、上記要綱を逸脱する、または生徒会執行部が「本校の文化祭に相応しくない」と判断した団体に対しては、企画書の再提出を命じる。期限内の改善が見られない場合、または文化祭当日に違反が発覚した場合は、いかなる理由があろうとも出店・展示を即時差し止めるものとする。
第一中学校 生徒会長 富谷マタロウ
同執行部
文化祭実行委員会
***
「実際、『メイドカフェ』をする予定だった柔道部なんか、企画書突っ返されて、組手サービス付きの『乱取りカフェ』に泣く泣く変更になったって、主将が廊下で泣いてましたよ」
「うわ、すでに企画時点から詰んでる気がする」
小川が身震いする。
「『イケメン・ダンスパラダイス』をステージでする予定だったバスケ部は、『ボクらと遊ぼう、ワン・ツー・シュート☆彡』っていうフリースローゲームに路線変更したって」
「こっちは集客ありそうだな(ちょっとムカつくけど)」
うんうん頷きながら、最後はがっくりうなだれ、
「「「じゃあ、どうすればいいっつーの?」」」
と三人の声が揃った。
「ヘイヘイヘイへ――――イ!」
ガラリと、部室のドアが威勢の良い声と共に開いた。
オカルト研究会(通称・オカ研)の部長である高杉が入ってきたのだ。一歩遅れて一年生の智子が小さな段ボールを持って続く。
高杉は、茶髪プリン、ハーフアップロン毛の長い前髪をかきあげ、ニヤリと笑う。
「よお! 探偵さんたち! 珍しく手詰まりのようだな? だがもう安心してくれ! ヒーローの俺様が来たからな!」
「はあ?」
と怪訝な顔の小川にさらに調子付くように、高杉はクリップボードをドヤ顔で見せる。
「今年のオカ研のテーマは『学園の七不思議』をやるぜ!たった今、生徒会から企画書にOKのサインをもらってきたとこだ!」
「マジか!?」
クリップボードを覗こうとする小川と平屋を見越して、高杉は背中にボードを隠し、チッチッチと右人差し指を立てて左右に振った。
「あ――――、だめだめ。企業秘密だから」
顔に「ケチ!」と書いてある小川と平屋を見ながら、高杉は値踏みする。
「まあ、もしも……。もしもノーアイディア、ノープランで出し物に困って、『高杉君、お願いします。僕たち探偵研究部も一緒に共同企画で参加させてください』って頼まれたなら、やぶさかではないけどな――――」
「こっちは、パワーストーンのキーホルダー販売の許可ももらったし! 準備万端!」
と、智子は高めのツインテールの毛先を嬉しそうに揺らしながら、でき上がったキーホルダーの束をジャラジャラ見せつける。
「さっき、『試作品』を生徒会に届けてきたとこなんだよなー」
と高杉が笑えば、
「……智子、それ、賄賂……」
未知は大げさに両手を口元にあてた。
「ちがうよー。仲良しのしるし」
智子は何の悪びれもなくにっこり笑った。
その隙に、平屋は高杉の背後に回ってクリップボードをすかさず奪い取る。
「あ、こら!」
「「!!!!!」」
小川と平屋は目を丸くした。
その企画書には、
『探偵研究部・オカルト研究会 共同企画
――学園七不思議を追う、リアル体験 オカルト×謎解き――』
とあった。
「おい、高杉!初めから『共同企画』で出してんじゃないか! なんだよこれ!」
「ちょっと待ってください……なんで、オカルトより謎解き部分の割合が多いんですか? はなから、僕たちのことアテにしてたんでしょ!!」
「そ……そりゃあさあ、お前たちの方が人数多いし当然だろ! こっちは二人だけなんて無理な話だし!それに、『オカルト』だけだと、生徒会ではじかれちまうから『探偵の謎解き』でやっと承知してもらって――」
「「はじめから言え!!」」
小川と平屋の怒鳴り声が重なった。
そんなやり取りをよそに、未知が目を輝かせた。
「渡りに船じゃないですか! 面白そうです!」
と答えたため、小川と平屋は渋々、高杉の提案を受け入れた。
「さっすが、未知ちゃん、お目が高いね!」
「いーから、企画書見せてみろよ」
と小川が言えば、机の上に高杉は企画書を広げていき、五人は手近な椅子に座り始めた。



