探偵研究部。――カケラノセカイ―― ④文化祭の謎を追え!

 生徒会業務日誌
【七月二十一日(火)】

 夏休みのはじめに行われた、市の『中学校生徒会シンポジウム』に出席して以来、会長の様子が変わった。

 となりの第二中学執行部による底冷えするような、無駄を削ぎ落し極限まで効率化された運営を見て、明らかにマタロウ会長は砂化していた。

 正直、極端なトップダウンの運営であり、いくらあの――盛大なくせ毛・寝ぐせでひょろりと痩せた猫背で下から人をぎょろりねめつける――会長が優秀であっても、手足となる執行部がそのとおりに動かない限り、これはできないと思っていた。

 が、一緒に弁当配りをやってみて分かった。

 あの学校の執行部の面々は、あの会長になんでか心酔しているのだ。
 カリスマ性など皆無に見える、風采のあがらないその男に。

 私ならば、百七十三センチの長身に、しっかりした肩幅、黒髪をなびかせ、太陽のような笑顔をふりまく、小川先輩♡のほうがよっぽどいいのに。

 なので、思い切って第二中学の執行部の一人にたずねてみた。

 すると、

「小笠原会長は、頭の中ですべてを組み立ててから実行に移すんだ。
 彼の考えは、ちょっと今までの慣例とは全然違っていて、本当にそれでできるのかと最初は半信半疑だったんだ。でも実際やってみて、それができた。だから僕たちは小笠原会長のやりたいようにやってもらえれば間違いないんだ。この世に天才って本当にいるんだ、と会長をみてそう思ったんだ」
 と熱っぽく語る。

 ――信者か?

 という感想は置いておいて。
 まあ、もし第一中学校で同じ振る舞いをすれば、マタロウ会長は確実に潰されるだろう。
 彼が一番疎んじているであろう、私の「愛しい人」に。


【八月二十四日(月)】
 が、悪い予感はあたるもので、シンポジウムの後、生徒会室にこもってなにやらマタロウ会長は書き出していた。
 
 そして夏休みが終わるころ、私たち執行部に会長が差し出したのがこれ、
『本年度の文化祭の出店物・展示物要綱』だった。

 マタロウ会長曰く『格調高く、規律正しい文化祭』を取り戻すため。
 これに抵触した部活は、企画書の出し直しを求める、とのことだ。

 正直、このあとどうなるかは、なんとなく経験則で分かっていたのだが、マタロウ会長のあまりの熱弁(長すぎるので割愛する)に、文化祭実行委員も折れた。


【九月三日(木)】
 しかし、というか、やはり、自然に台風の目が発生した。
 それは、探偵研究部による学校七不思議検証から始まった。

 黒髪をなびかせ、マッハの速さで廊下を走る(廊下を走っちゃいけないなんてケチなことは言わない)小川先輩♡の姿を見たとき、胸の高鳴りとともに、この学校の空気が変わるような予感がした。

 探偵研究部の後輩二人が彼を追いかけ、校長室と職員室へ上がるための階段の壁面で三人はとまった。

 そして、卒業生作品の記念レリーフの額を後輩と持ち上げる。

「おりゃ」

 という掛け声とともに盛り上がる上腕二頭筋に、思わず
「よっ! 切れてる切れてる!
 私の精神【ココロ】もキレてる! キレてる!!」
 とコールが喉から出そうで、思わず口元を押さえる。

 二人が額を押し上げると、壁面から、鮮やかなアクリル絵の具の模様が浮き出て見えた。

 先生方や、騒ぎを聞いたマタロウ会長が駆け込んできた。

 ――遅い、遅すぎる。
 世紀の瞬間だというのに!

「教頭先生! 東雲勝治(しののめ かつじ)さんの未発表の作品、ここにありましたよ!」

 その後の演説は、まさに、「ザ・小川歩 ファンミーティング」であった。

 まるで太陽神アポロンのような神々しいその姿に、浄化されていくようだった。
 何杯でもご飯をおかわりできます。
 ていうか、胃もなくなりました。四肢もなくなりました。生きてないです。
 ありがとうございます。
 と五体投地で平伏した。

 が、生徒会執行部としての試練は、まさにこれからであった。


【九月十日(木)】

「生徒会に物申す!」
 柔道部、バスケ部を筆頭に、放課後の生徒会執行部に、暴徒化(?)した生徒たちが殴りこんできたのだ。

 言い分はこうだ。

「生徒たちの自由な発想で考えた、自主的な発表の場を妨げる理由は、生徒会には無いはずだ。
 どんな表現であっても、それはその時の生徒たちが話し合い『最適だ』と出した答えだ。押さえつける理由などない。
 この生徒会文化祭要綱は、ただ生徒たちを押さえつけるための横暴だ」

 ――なるほど、きちんとまとまった文章だ。多分文化部あたりが加担しているのだろう。

 みな、四十年前の生徒が描いた、壁画を見ていた。

 内に秘める情熱を、外へと出し切るようなその表現に、何かしら感じていたのだろう。

 やはり、こうなったか、と思い、ちらりとマタロウ会長をみると、

「あーあ、やっぱりうち(第一中)はこうなるよなあ……」
 と誰にも聞こえないような独り言をこぼしてから、

「わかった。きちんとした事前の企画書の提出があれば、発表を認める。
 ただな、そっちが発表するなら、執行部も自由にやらせてもらうからな!
 つまんねーもん、みせるんじゃねーぞ!」
 と啖呵を切っていた。

 ――ちょっとまって。今、「執行部」って言った??

 まさか、文化祭準備よりも、翌日から、謎のペンライトダンスの練習に明け暮れることになるとは、夢にも思わなかった。



【九月十二日(土) 文化祭当日】
 本来なら裏方の生徒会執行部が、表に出ることなどありえないのに、なぜか全員が体育館ステージ袖に並んでいた。
 みな、そろいの白の学ランにペンライト二本持ちだ。
「いいか、今日は頭の中が祭り一色の、浮かれポンチどもが集まっている。
 我々の一糸乱れぬダンスで、『格調高く、規律正しい』文化祭を表現するんだ!」

 そう、会長は言い放つ。

 ステージで、ライトを浴びるマタロウ会長を見て思った。

 彼もまた、生徒会長として第一中学を率いていた尊敬すべき先輩なのだろう。
 が、そんな感傷に浸る間もなく、私の目は客席にいる小川先輩♡に釘付けになった。

 小川は血に見立てた赤の絵の具で手形を付けた白衣の下に、紺の医療用スクラブ。聴診器を首にかけた、マッド・ドクターに扮している。

 ――ちょっと待って。医者? エッ……//// !!
 私を診察してください!!
 その聴診器になって、熱い手のひらに包まれたい!!♡(殴)

 そしてその手は、同じく赤の手形のついたナース服を着せた家庭科室のトルソーを大事そうに、大事そうに(大切なことなので二回言います)抱えている。

「ちょっと、トルソー、そこ代われーーーーーーーー!!」

 その叫びは、幸か不幸か爆音にかき消されていた。


【業務日誌】
「探偵研究部 小川歩の無意識タラシぶりが、致死量レベルに達しているので、今後、さらに厳重に監視すること。特に、無自覚の篭絡作戦への耐性を強化すべし」

 成瀬今日子は、表情筋を一ミリも動かさぬ全くの無表情で、その日誌を閉じた。

【生徒会日記② 成瀬今日子】・了