小川は自宅に帰って、机に向かい、持ち出してきた第一期の部誌を再度見返していた。
それは、四月から始まる。
『四月二十日
S君は、美術部希望だったが、まだ新設校で美術部はできていなかった。そこで、僕が誘い、まずは二人で部活が始まった』
『四月二十三日
探偵小説が好きな僕と、トリックで人を驚かせるのが好きなS君で、挑戦状を作り、友達へ渡すと、喜んでノってくれ、K君、Y君、I君が仲間になってくれた』
『五月九日
部活動申請書を五人そろって職員室へ持っていく。O先生が顧問を引き受けてくれた。明日よりいよいよ【探偵研究部】として活動できる』
この部長は、最後に氏名をTと書いている。
うきうきとした文章から、なんとなくTの気持ちが分かるような気がした。
そしてしばらくは平和な活動が続く。
しかし次だ。急に筆致が変わった。
『七月二十日
夏休みに入った。ああ、もう探偵研究部はおしまいだ。
S君があんなことをするなんて! S君の芸術に対しての異常なまでの集中力。あれは天才だ。だけれど、あれは、芸術と言う名の暴力だと僕は思った。階段に先生方が集まって来ていた。もう、誰の仕業かは明白だ! きっとすぐさまこの部は廃部になるだろう』
「……S君、いったい何したんだ?」
小川は、慌てて次の日誌をめくる。
『七月三十日
S君の所業は、先生方の知るところとなり、職員会議にかけられたそうだ。
しかし、顧問のO先生だけは、S君に味方した。
『いつか、彼の功績をたたえる日がくるでしょう。だからどうかそのままにしておいてくれませんか?』と。
S君は厳重注意だけで、僕たちの活動は許されることになった』
『八月三十日
夏休み集会にて、S君の作品が『学校所有の美術品』として扱われることになったと聞かされた。
これは、S君のこの作品が、県内の美術作品展で県知事賞を獲ったからと推察される。
これで、堂々と、S君の作品を見て学校生活を送ることが出来る』
「T部長、お疲れ様っす」
天才Sに振り回されるT部長に大いに同情しながら、小川は部誌を閉じた。
******
翌日、三人は図書室から調査をスタートさせた。
そもそも部室が、赤い絵の具を手に付けて、白衣とナース服にペタペタと手形をつけている智子と、オカルト用の装飾を作っている高杉二人に占拠されているのだ。調査どころではない。
まわりがにわかに文化祭に向かっている中、せめて今日までに七不思議すべて揃えたいところだった。
第一期の卒業アルバムを見返し、一度目を上げる。
図書室の壁面に貼られた「四十周年記念事業・卒業生の思い出の品を探しています」と大見出しが踊るPTA広報や、「秋の叙勲受章者 現代アート作家 東雲勝治」と地元紙が出している中学生新聞が目に留まる。
もう一度、小川はゆっくりと卒業アルバムに目を落とした。
四番目の謎は、校内にあるはずなのだ。
美術作品として。それはいったい何なんだろう。
「上がってるのに下がっている無限階段。ヒント:どこまでもどこまでもたどり着かない」だ。
未知は、部室からもらってきた紙テープを細かく互い違いに折りたたんでいる。そして両面テープで端をとめてわっかを作った。
「何やってるんだ、未知。飾り付けか?」
「いえ。昨日、家の螺旋階段を見ていた時に思いついたんですが、これ、メビウスの輪です」
「?」
「こうやって階段に見立てて折り目をつけて行ったので、無限に続く階段みたいでしょ?」
「???」
未知は赤ペンを取りだして、小川に持たせた。
「先輩、これ、この一点を人に見立てて、ずーーーーっと線を引いてみてください。階段を上ってるように」
未知に言われた通り、線を引いていくと、最後に元の位置に戻った。
「輪っかを見てください」
「!!」
小川は息を飲んだ。すると得意げに未知は言った。
「そうです。裏も表も両方をこの人は通ってきました。これは輪っかにするとき、一回だけねじれを入れています。
どうです?
『面のねじれ』。これで証明できませんか?」
すると遅れてやってきた平屋が、興奮したように
「分かりました!」
と飛び込んできた。
「いや、今日ね。理科で『相対性』って勉強したんですけど、タブレットに打ち込んだら、この画像が出てきて!」
画面を見るとそこには、不可思議な階段の絵が描かれている。重力があべこべになったように人々が一枚の絵の上で、あり得ない方向に行こうとしてる。
人々はどこまで行っても互いには出会えないのだ。
作者は、エッシャー。題名は「相対性」だ。
「これ、『面のねじれ』ですね」
小川は、はじけるように図書室から飛び出した。
(――分かった。
Sは多分とんでもない場所に、その作品を作っちまったんだろう。たくさんある学校の階段の中でも、特に「人目に付く」ところ。そして、先生方の最も怒りを買うところ……)
「とんでもねえ天才だな」
小川が上靴をキュッと鳴らして立ち止まった場所は、
校長室と職員室へ上がるための階段の壁面だった。
今や、他の年度の卒業生作品の記念レリーフが飾られている、その場所。
小川を追いかけて、平屋と未知も走ってくる。
小川は二人を振り返り指示を出した。
「平屋、額のそっち側持ってくれ。未知! カメラ起動して内側写せるか?!」
「はい!」
「わかりました!」
「「おりゃ」」
二人が額を押し上げると、壁面から、鮮やかなアクリル絵の具の模様が浮き出して見えた。
「あった!」
未知が手を伸ばし、その絵を写真に納めていく。
――エッシャーに影響を受けた、そのどこまでも続き、戻っていく階段が描かれている。
三人の騒ぎを聞きつけて、職員室から先生方が飛び出し、拡声器を持ったマタロウが駆け込んできた。
「また騒ぎを起こしおって! 探偵研究部!」
いつも通りのマタロウの辛口に、小川はぼそりと呟いた。
「ばーか、違うぜ。お宝発見だ」
そして、最後に職員室から出てきた教頭に向かって小川は声を張り上げた。
「教頭先生! 東雲勝治(しののめ かつじ)さんの未発表の作品、ここにありましたよ!」
「え?」
「誰?」
事情を知らない先生たちはざわめいた。小川と平屋は額から手を離した。
いつの間にかずいぶん人が集まって来ている。
小川は言い訳がましく、照れたように言った。
「たまたま、学校の七不思議を調べてたんです。そうしたら、昔の部誌が出てきて。芸術に天才的な生徒Sって、だれだろうって。きっと、今でも何か活躍してる人なんじゃないかなーって」
その目の先には、「創立三十九周年」と書かれた校内ポスターが映っていた。
「さっき、図書室の壁新聞で見たんです。来年の『創立四十周年事業』で、卒業生で、現代アート作家の東雲勝治(しののめ かつじ)さんの学生時代の未発表作品を探しているって。
卒業アルバムにも、彼の写真がありました」
先生方がどよめく中、小川はなおも続けた。
「東雲勝治さんは、昨年、紫綬褒章を受賞もされて、学校きっての名士ですもんね。
卒業生S君は、東雲勝治さん。俺ら探偵研究部の初代先輩でした」
「おーーーー」
「よっ!名探偵!」
ギャラリーの若い先生方が拍手をする中、
「あ、じゃあ、俺ら残りの三つの謎解きしなきゃなんで、あとよろしくお願いします」
と三人はペコリと頭を下げて、そそくさとその場を去って行った。
それは、四月から始まる。
『四月二十日
S君は、美術部希望だったが、まだ新設校で美術部はできていなかった。そこで、僕が誘い、まずは二人で部活が始まった』
『四月二十三日
探偵小説が好きな僕と、トリックで人を驚かせるのが好きなS君で、挑戦状を作り、友達へ渡すと、喜んでノってくれ、K君、Y君、I君が仲間になってくれた』
『五月九日
部活動申請書を五人そろって職員室へ持っていく。O先生が顧問を引き受けてくれた。明日よりいよいよ【探偵研究部】として活動できる』
この部長は、最後に氏名をTと書いている。
うきうきとした文章から、なんとなくTの気持ちが分かるような気がした。
そしてしばらくは平和な活動が続く。
しかし次だ。急に筆致が変わった。
『七月二十日
夏休みに入った。ああ、もう探偵研究部はおしまいだ。
S君があんなことをするなんて! S君の芸術に対しての異常なまでの集中力。あれは天才だ。だけれど、あれは、芸術と言う名の暴力だと僕は思った。階段に先生方が集まって来ていた。もう、誰の仕業かは明白だ! きっとすぐさまこの部は廃部になるだろう』
「……S君、いったい何したんだ?」
小川は、慌てて次の日誌をめくる。
『七月三十日
S君の所業は、先生方の知るところとなり、職員会議にかけられたそうだ。
しかし、顧問のO先生だけは、S君に味方した。
『いつか、彼の功績をたたえる日がくるでしょう。だからどうかそのままにしておいてくれませんか?』と。
S君は厳重注意だけで、僕たちの活動は許されることになった』
『八月三十日
夏休み集会にて、S君の作品が『学校所有の美術品』として扱われることになったと聞かされた。
これは、S君のこの作品が、県内の美術作品展で県知事賞を獲ったからと推察される。
これで、堂々と、S君の作品を見て学校生活を送ることが出来る』
「T部長、お疲れ様っす」
天才Sに振り回されるT部長に大いに同情しながら、小川は部誌を閉じた。
******
翌日、三人は図書室から調査をスタートさせた。
そもそも部室が、赤い絵の具を手に付けて、白衣とナース服にペタペタと手形をつけている智子と、オカルト用の装飾を作っている高杉二人に占拠されているのだ。調査どころではない。
まわりがにわかに文化祭に向かっている中、せめて今日までに七不思議すべて揃えたいところだった。
第一期の卒業アルバムを見返し、一度目を上げる。
図書室の壁面に貼られた「四十周年記念事業・卒業生の思い出の品を探しています」と大見出しが踊るPTA広報や、「秋の叙勲受章者 現代アート作家 東雲勝治」と地元紙が出している中学生新聞が目に留まる。
もう一度、小川はゆっくりと卒業アルバムに目を落とした。
四番目の謎は、校内にあるはずなのだ。
美術作品として。それはいったい何なんだろう。
「上がってるのに下がっている無限階段。ヒント:どこまでもどこまでもたどり着かない」だ。
未知は、部室からもらってきた紙テープを細かく互い違いに折りたたんでいる。そして両面テープで端をとめてわっかを作った。
「何やってるんだ、未知。飾り付けか?」
「いえ。昨日、家の螺旋階段を見ていた時に思いついたんですが、これ、メビウスの輪です」
「?」
「こうやって階段に見立てて折り目をつけて行ったので、無限に続く階段みたいでしょ?」
「???」
未知は赤ペンを取りだして、小川に持たせた。
「先輩、これ、この一点を人に見立てて、ずーーーーっと線を引いてみてください。階段を上ってるように」
未知に言われた通り、線を引いていくと、最後に元の位置に戻った。
「輪っかを見てください」
「!!」
小川は息を飲んだ。すると得意げに未知は言った。
「そうです。裏も表も両方をこの人は通ってきました。これは輪っかにするとき、一回だけねじれを入れています。
どうです?
『面のねじれ』。これで証明できませんか?」
すると遅れてやってきた平屋が、興奮したように
「分かりました!」
と飛び込んできた。
「いや、今日ね。理科で『相対性』って勉強したんですけど、タブレットに打ち込んだら、この画像が出てきて!」
画面を見るとそこには、不可思議な階段の絵が描かれている。重力があべこべになったように人々が一枚の絵の上で、あり得ない方向に行こうとしてる。
人々はどこまで行っても互いには出会えないのだ。
作者は、エッシャー。題名は「相対性」だ。
「これ、『面のねじれ』ですね」
小川は、はじけるように図書室から飛び出した。
(――分かった。
Sは多分とんでもない場所に、その作品を作っちまったんだろう。たくさんある学校の階段の中でも、特に「人目に付く」ところ。そして、先生方の最も怒りを買うところ……)
「とんでもねえ天才だな」
小川が上靴をキュッと鳴らして立ち止まった場所は、
校長室と職員室へ上がるための階段の壁面だった。
今や、他の年度の卒業生作品の記念レリーフが飾られている、その場所。
小川を追いかけて、平屋と未知も走ってくる。
小川は二人を振り返り指示を出した。
「平屋、額のそっち側持ってくれ。未知! カメラ起動して内側写せるか?!」
「はい!」
「わかりました!」
「「おりゃ」」
二人が額を押し上げると、壁面から、鮮やかなアクリル絵の具の模様が浮き出して見えた。
「あった!」
未知が手を伸ばし、その絵を写真に納めていく。
――エッシャーに影響を受けた、そのどこまでも続き、戻っていく階段が描かれている。
三人の騒ぎを聞きつけて、職員室から先生方が飛び出し、拡声器を持ったマタロウが駆け込んできた。
「また騒ぎを起こしおって! 探偵研究部!」
いつも通りのマタロウの辛口に、小川はぼそりと呟いた。
「ばーか、違うぜ。お宝発見だ」
そして、最後に職員室から出てきた教頭に向かって小川は声を張り上げた。
「教頭先生! 東雲勝治(しののめ かつじ)さんの未発表の作品、ここにありましたよ!」
「え?」
「誰?」
事情を知らない先生たちはざわめいた。小川と平屋は額から手を離した。
いつの間にかずいぶん人が集まって来ている。
小川は言い訳がましく、照れたように言った。
「たまたま、学校の七不思議を調べてたんです。そうしたら、昔の部誌が出てきて。芸術に天才的な生徒Sって、だれだろうって。きっと、今でも何か活躍してる人なんじゃないかなーって」
その目の先には、「創立三十九周年」と書かれた校内ポスターが映っていた。
「さっき、図書室の壁新聞で見たんです。来年の『創立四十周年事業』で、卒業生で、現代アート作家の東雲勝治(しののめ かつじ)さんの学生時代の未発表作品を探しているって。
卒業アルバムにも、彼の写真がありました」
先生方がどよめく中、小川はなおも続けた。
「東雲勝治さんは、昨年、紫綬褒章を受賞もされて、学校きっての名士ですもんね。
卒業生S君は、東雲勝治さん。俺ら探偵研究部の初代先輩でした」
「おーーーー」
「よっ!名探偵!」
ギャラリーの若い先生方が拍手をする中、
「あ、じゃあ、俺ら残りの三つの謎解きしなきゃなんで、あとよろしくお願いします」
と三人はペコリと頭を下げて、そそくさとその場を去って行った。



