「_____んぅ…まぶし…」
自分の目に掛かる朝の光。
それが差し込んでくるのはこの部屋にある窓。
目を開けば、布団にいたはずの速真の姿はどこにもない。
そしてセオの身体に掛かる布団は横ではなく縦になっていた。
重たい身体を起こして、ふと卓へと視線が行く。
一枚の紙と何かが包まれている竹皮。
「_______綺麗な字。
学校があるので先に出ます。お口に合うかどうか分かりませんがどうぞ。四時には帰ります。気にせずご自由になさってくださいね。速真。そうだ、よく眠れていたようで何よりで…す……」
紙の文字を読んでいくが、最後の言葉に気を取られる。
「寝顔、もしかして、見られちゃった、かな…」
ぽつりと呟く。
竹皮をめくれば白に黒が乗った、二個のおにぎり。
誰にも、勿論速真にだって、見られていない。
──────────耳に浮かびし赤みは。
***
「あれは…甘味処、だっけ。」
人の賑わうその道。
セオが歩きながら視線が向いているのは速真が教えてくれた店。
「カステラだ。」
(けど今はお腹いっぱいだし、お金もないし…)
カステラを頬張るその若い女性達から目を逸らした瞬間、セオの脳内には昨夜の記憶が。
『戻れなくたって、どんな種族の貴方だって、良いじゃないですか。
カステラを食べて、街並みに目を輝かせている
貴方のままで。』
口をもごもごと動かしてしまう。
彼はそう言う意味で言ったのではないと思っていても、照れ臭い。
「本当だって!見たんだって!」
「嘘だろー。」
「いやいや本当に!すっげぇ美人が!」
「あんな廃家にゃ誰も住んでねぇーよ。」
目の先には、たむろする男性達。
セオは彼らを避けてそこを通る。
「あーあ。あんな子初めて見たなぁ〜。」
「___あれ、もしかしてあの子?」
男性達が振り向いた先にいるのは…
(えっ?!)
「なぁなぁ嬢ちゃん。見ない顔じゃん。」
セオは肩を叩かれ、吝かながらに振り返る。
「こんな町にこんな別嬪さんがおわすとは!」
「なぁこの子だろー?」
「いやっ、違うけどー…」
そう、違う。
何せ彼の言う廃家などにセオは行っていない。
男達は戸惑うセオに気にせず迫る。
「あの、私じゃないと思います。」
「まぁそれはそれで、この後暇?」
「ちょっとお茶しない?」
「伴侶とかいない感じ?」
「いててもバレなきゃいいよー。」
一人がセオの手を引っ張り始め、
「御免なさい、私、」
「奢ってあげるからさっ。」
違う男がセオの手、ではなく袖を掴み軽く引っ張る。
(着物がっ。)
麗子から借りた、初対面の自分に貸してくれた美しい着物。
伸びる、破られる、という不安が芽生え、セオの足は連れられてしまった。
「どこ行くー?」
「洋菓子と和菓子どっち派?」
「やっ、まって、」
気付けばそこには先程通ったばかりの甘味処。
あんなに行きたがっていたのに、形が違えばこんなに不快になるのだと。
「やめっ、おねが…」
「此処に居たんだ。探したよ。セツ。」
彼らの手は止まる。
何処か聞き覚えのある声だった。
(この声…)
視線の先には、藍錆色の少年。
人混みが抜けたことで、彼の右手にぶら下げている赤い和傘が目に入る。
「お?なんだ坊主。」
「今お取り込み中だから、しっしっ。」
男は手で彼を払い除けるようにする。
だが対して、彼は小さな歩幅でゆっくりと近づいて来る。
「お前も見ない顔だな。」
「嬢ちゃんの弟かい?」
「ちがっ」
「つーか何その傘。」
指差されたのは晴天のこの空間に似つかわしくない和傘。
「今日の天気は晴れだよー?」
「ははは!」と声を上げて笑う男達の中を過ぎ、彼はセオの手を掴む。
「“晴れ”?つまんない冗談言うんだね。」
少年は傘を広げ、それを頭の上にゆっくりと持っていく。
セオを引き寄せて、その傘の下に入れた。
セオは咄嗟に引かれて少年の身体にもたれかけてしまうが、彼が肩を支えた。
「ばーか。
__________雨だよ。」
その傘が完全に頭上に立った瞬間、傘に音が鳴った。
聞き覚えのある、水音。
──────────ポツッ
ポツ
ポツ
ポツッ
「え…?」
断続していたはずの音は、
瞬く間に連続したものに変わった。
「わっ!」
「はっ?!」
「なんで雨がっ?!」
「はっ」
狼狽える男達に向かって、少年は鼻で笑う。
男達の視線は少年へと向かう。
驚きと、少しばかり恐怖の混ざった顔で。
少年はセオの手を掴んだまま背を向けるが、顔を横にして彼らの様をしっかりと横目に、
「蛙みたい。」
嘲笑うかのような口調で言い残した。
***
「_____あのっ」
少年は立ち止まり振り返った。
彼は明らかに眉を顰めており、セオの出したかった言葉が詰まる。
「なに。」
「わっ、私、“せつ”じゃないです。セオです。」
彼の一度開かれた口はすぐ閉じて、そっぽを向かれた。
「あっそ。紛らわしいや。」
「いっ…」
そう言って再び歩き出す少年。
彼の握る手が過度な力を加え、セオは小さな声を上げる。
「あのっ、何処に向かっているのですか。」
「______覚えてないんでしょ。神だった頃のこと、自分が何をしたか。何者だったか。」
恐らくだが、本来の自分と知人だったのだろう。
そう考えると肯定の意を唱えるのが躊躇われ、小さく頷いた。
「____チッ。あっそ。」
乱暴な彼の足取りについていけば、いつしか街から離れた川の見える堤防を歩いていた。
突然、少年が足を止めた。
頭上の傘をゆっくり下に降ろせば、雨は直ぐに止んでしまった。
その様子を、セオは呆然と見つめる。
「なに。何か言いたい事でもあんの。」
「______どうして、こんな場所に…?」
予想と違う質問だったのか、少年は顔を軽く上げた。
そして彼の視線は左手の下に流れる大きな川へ。
「覚えてないんだもんね。
______僕のことも。」
彼は小声で何が言っているが、はっきりと聞こえなかった。
セオが聞き返そうと思ったが、
「なら思い出してもらうしかないでしょ。」
セオの背中に押されるような力が加わった。
だが、目の前は坂。
何とか踏み止まり、その背後へと見開いた目で視線を移す。
少年が、セオの背中を片手で押していた。
「なにしてっ」
「思い出して。僕を覚えてないなんて、許さない。」
少年の力は増す。
その力の流れでセオは前に落ちそうになるのを堪えていたが、既に限界は近かった。
「やめてっ、こんな事したって、思いだ」
「思い出せるよ。あんたなら。」
セオは必死に後ろへと体を傾けるが、その抵抗も虚しく散ろうとしたその瞬間、不意に背後に感じる感触が消えた。
つけていた勢いのままセオの足は後ろへと下がる。
驚いた顔で辺りを見渡しても、傘を持つ少年の姿はどこにもない。
ただ、堤防沿いに植えられている木々の葉が風で揺らされているだけ。
「どこ…に……」
──────────ポンッ
「やぁ、こんにちは。」
何処からともなく聞こえた音と共に、年若い男の声がした。
先ほどの彼とは、また違う。
声のした方へと、セオは振り向く。
堤防沿いに植えられた緑の葉。
そこからは何故か桃色の花弁が舞っていた。
「今日は桜が綺麗だ。そう思わないか?」
灰色の髪。
淡い色合いが花弁の色とよく似合っていた。
手を後ろにして、背の低い、幼い少年がそこに立っていた。
背格好の割に、変に大人っぽく感じさせる。
「桜なんて、咲いていませんよ。」
「おかしいな。なら何故、桜の花弁が?」
「………」
少年は意味ありげな笑みを浮かべた。
「あの、先程此処にいた男の子を知りませんか。傘を持ってい」
「さぁ?妖怪にでも連れ去られたんだろう。」
何となく言ったのか、それとも存じていたのかは語られていない。
だが、直感が言う。
「貴方は…?」
少年は顔を横に、舞っていく花弁を見据えた。
「ある人は崇め、ある人は恐れ。」
その視線はセオへと向かう。
それにセオは捕まえられた。
「そして、ある神は手を結んだ。
僕が誰なのか、それは君が見つけたまえ。
君なら答えを導き出せる。」
花弁が乗った風は止む。
ただ、
川の音が聞こえ、遠くの町の賑わった声が聞こえるだけ。
「ところで、もう四時を過ぎたぞ。
こんな所にいて良いのかい?」
セオはハッと我に返る。
速真の置き手紙を思い出した。
「御免なさいっ、私っ、もう」
「帰らないと、だろ?」
少年は軽く頷いて手を振る。
「さようならっ。あっ、あと、
さっき、助けてくれてありがとうございます。」
セオはそう言って、来た道を戻って行く。
その後ろ姿を、少年は手を振りながら見送った。
「気付いているのか、そうでないのか…
お前はどっちだと思う?」
少年は側に立つ木へと顔を向けた。
その木の後ろからは細い目のした長身の男が現れる。
「知るかいな。けど、お前さんのこと疑われてんとちゃう?それに返して良かったん?」
「_______ふっ。まぁいいさ。
気長に待とうじゃないか。慣れた事だ。」
糸目の男は口角を上げて静かに首を縦に振った。
自分の目に掛かる朝の光。
それが差し込んでくるのはこの部屋にある窓。
目を開けば、布団にいたはずの速真の姿はどこにもない。
そしてセオの身体に掛かる布団は横ではなく縦になっていた。
重たい身体を起こして、ふと卓へと視線が行く。
一枚の紙と何かが包まれている竹皮。
「_______綺麗な字。
学校があるので先に出ます。お口に合うかどうか分かりませんがどうぞ。四時には帰ります。気にせずご自由になさってくださいね。速真。そうだ、よく眠れていたようで何よりで…す……」
紙の文字を読んでいくが、最後の言葉に気を取られる。
「寝顔、もしかして、見られちゃった、かな…」
ぽつりと呟く。
竹皮をめくれば白に黒が乗った、二個のおにぎり。
誰にも、勿論速真にだって、見られていない。
──────────耳に浮かびし赤みは。
***
「あれは…甘味処、だっけ。」
人の賑わうその道。
セオが歩きながら視線が向いているのは速真が教えてくれた店。
「カステラだ。」
(けど今はお腹いっぱいだし、お金もないし…)
カステラを頬張るその若い女性達から目を逸らした瞬間、セオの脳内には昨夜の記憶が。
『戻れなくたって、どんな種族の貴方だって、良いじゃないですか。
カステラを食べて、街並みに目を輝かせている
貴方のままで。』
口をもごもごと動かしてしまう。
彼はそう言う意味で言ったのではないと思っていても、照れ臭い。
「本当だって!見たんだって!」
「嘘だろー。」
「いやいや本当に!すっげぇ美人が!」
「あんな廃家にゃ誰も住んでねぇーよ。」
目の先には、たむろする男性達。
セオは彼らを避けてそこを通る。
「あーあ。あんな子初めて見たなぁ〜。」
「___あれ、もしかしてあの子?」
男性達が振り向いた先にいるのは…
(えっ?!)
「なぁなぁ嬢ちゃん。見ない顔じゃん。」
セオは肩を叩かれ、吝かながらに振り返る。
「こんな町にこんな別嬪さんがおわすとは!」
「なぁこの子だろー?」
「いやっ、違うけどー…」
そう、違う。
何せ彼の言う廃家などにセオは行っていない。
男達は戸惑うセオに気にせず迫る。
「あの、私じゃないと思います。」
「まぁそれはそれで、この後暇?」
「ちょっとお茶しない?」
「伴侶とかいない感じ?」
「いててもバレなきゃいいよー。」
一人がセオの手を引っ張り始め、
「御免なさい、私、」
「奢ってあげるからさっ。」
違う男がセオの手、ではなく袖を掴み軽く引っ張る。
(着物がっ。)
麗子から借りた、初対面の自分に貸してくれた美しい着物。
伸びる、破られる、という不安が芽生え、セオの足は連れられてしまった。
「どこ行くー?」
「洋菓子と和菓子どっち派?」
「やっ、まって、」
気付けばそこには先程通ったばかりの甘味処。
あんなに行きたがっていたのに、形が違えばこんなに不快になるのだと。
「やめっ、おねが…」
「此処に居たんだ。探したよ。セツ。」
彼らの手は止まる。
何処か聞き覚えのある声だった。
(この声…)
視線の先には、藍錆色の少年。
人混みが抜けたことで、彼の右手にぶら下げている赤い和傘が目に入る。
「お?なんだ坊主。」
「今お取り込み中だから、しっしっ。」
男は手で彼を払い除けるようにする。
だが対して、彼は小さな歩幅でゆっくりと近づいて来る。
「お前も見ない顔だな。」
「嬢ちゃんの弟かい?」
「ちがっ」
「つーか何その傘。」
指差されたのは晴天のこの空間に似つかわしくない和傘。
「今日の天気は晴れだよー?」
「ははは!」と声を上げて笑う男達の中を過ぎ、彼はセオの手を掴む。
「“晴れ”?つまんない冗談言うんだね。」
少年は傘を広げ、それを頭の上にゆっくりと持っていく。
セオを引き寄せて、その傘の下に入れた。
セオは咄嗟に引かれて少年の身体にもたれかけてしまうが、彼が肩を支えた。
「ばーか。
__________雨だよ。」
その傘が完全に頭上に立った瞬間、傘に音が鳴った。
聞き覚えのある、水音。
──────────ポツッ
ポツ
ポツ
ポツッ
「え…?」
断続していたはずの音は、
瞬く間に連続したものに変わった。
「わっ!」
「はっ?!」
「なんで雨がっ?!」
「はっ」
狼狽える男達に向かって、少年は鼻で笑う。
男達の視線は少年へと向かう。
驚きと、少しばかり恐怖の混ざった顔で。
少年はセオの手を掴んだまま背を向けるが、顔を横にして彼らの様をしっかりと横目に、
「蛙みたい。」
嘲笑うかのような口調で言い残した。
***
「_____あのっ」
少年は立ち止まり振り返った。
彼は明らかに眉を顰めており、セオの出したかった言葉が詰まる。
「なに。」
「わっ、私、“せつ”じゃないです。セオです。」
彼の一度開かれた口はすぐ閉じて、そっぽを向かれた。
「あっそ。紛らわしいや。」
「いっ…」
そう言って再び歩き出す少年。
彼の握る手が過度な力を加え、セオは小さな声を上げる。
「あのっ、何処に向かっているのですか。」
「______覚えてないんでしょ。神だった頃のこと、自分が何をしたか。何者だったか。」
恐らくだが、本来の自分と知人だったのだろう。
そう考えると肯定の意を唱えるのが躊躇われ、小さく頷いた。
「____チッ。あっそ。」
乱暴な彼の足取りについていけば、いつしか街から離れた川の見える堤防を歩いていた。
突然、少年が足を止めた。
頭上の傘をゆっくり下に降ろせば、雨は直ぐに止んでしまった。
その様子を、セオは呆然と見つめる。
「なに。何か言いたい事でもあんの。」
「______どうして、こんな場所に…?」
予想と違う質問だったのか、少年は顔を軽く上げた。
そして彼の視線は左手の下に流れる大きな川へ。
「覚えてないんだもんね。
______僕のことも。」
彼は小声で何が言っているが、はっきりと聞こえなかった。
セオが聞き返そうと思ったが、
「なら思い出してもらうしかないでしょ。」
セオの背中に押されるような力が加わった。
だが、目の前は坂。
何とか踏み止まり、その背後へと見開いた目で視線を移す。
少年が、セオの背中を片手で押していた。
「なにしてっ」
「思い出して。僕を覚えてないなんて、許さない。」
少年の力は増す。
その力の流れでセオは前に落ちそうになるのを堪えていたが、既に限界は近かった。
「やめてっ、こんな事したって、思いだ」
「思い出せるよ。あんたなら。」
セオは必死に後ろへと体を傾けるが、その抵抗も虚しく散ろうとしたその瞬間、不意に背後に感じる感触が消えた。
つけていた勢いのままセオの足は後ろへと下がる。
驚いた顔で辺りを見渡しても、傘を持つ少年の姿はどこにもない。
ただ、堤防沿いに植えられている木々の葉が風で揺らされているだけ。
「どこ…に……」
──────────ポンッ
「やぁ、こんにちは。」
何処からともなく聞こえた音と共に、年若い男の声がした。
先ほどの彼とは、また違う。
声のした方へと、セオは振り向く。
堤防沿いに植えられた緑の葉。
そこからは何故か桃色の花弁が舞っていた。
「今日は桜が綺麗だ。そう思わないか?」
灰色の髪。
淡い色合いが花弁の色とよく似合っていた。
手を後ろにして、背の低い、幼い少年がそこに立っていた。
背格好の割に、変に大人っぽく感じさせる。
「桜なんて、咲いていませんよ。」
「おかしいな。なら何故、桜の花弁が?」
「………」
少年は意味ありげな笑みを浮かべた。
「あの、先程此処にいた男の子を知りませんか。傘を持ってい」
「さぁ?妖怪にでも連れ去られたんだろう。」
何となく言ったのか、それとも存じていたのかは語られていない。
だが、直感が言う。
「貴方は…?」
少年は顔を横に、舞っていく花弁を見据えた。
「ある人は崇め、ある人は恐れ。」
その視線はセオへと向かう。
それにセオは捕まえられた。
「そして、ある神は手を結んだ。
僕が誰なのか、それは君が見つけたまえ。
君なら答えを導き出せる。」
花弁が乗った風は止む。
ただ、
川の音が聞こえ、遠くの町の賑わった声が聞こえるだけ。
「ところで、もう四時を過ぎたぞ。
こんな所にいて良いのかい?」
セオはハッと我に返る。
速真の置き手紙を思い出した。
「御免なさいっ、私っ、もう」
「帰らないと、だろ?」
少年は軽く頷いて手を振る。
「さようならっ。あっ、あと、
さっき、助けてくれてありがとうございます。」
セオはそう言って、来た道を戻って行く。
その後ろ姿を、少年は手を振りながら見送った。
「気付いているのか、そうでないのか…
お前はどっちだと思う?」
少年は側に立つ木へと顔を向けた。
その木の後ろからは細い目のした長身の男が現れる。
「知るかいな。けど、お前さんのこと疑われてんとちゃう?それに返して良かったん?」
「_______ふっ。まぁいいさ。
気長に待とうじゃないか。慣れた事だ。」
糸目の男は口角を上げて静かに首を縦に振った。


