忘却大正神話伝


 外に出れば辺りは暗闇。
 奥に見える彼等の住む町の沢山の灯りが小さく光る。
 人間三人と禍津神一人はその山から出ると同時に、

「セオちゃんありがとね助かったよぉ。」
「貴方、禍津神って本当な…」

 麗子と颯太は言葉を紡ぎながら後ろを歩いていたセオへと振り返る。
 だが、麗子の言葉は途切れる。

「セオ?」
「えなにどうしたん?!」

 一番前を歩いていた速真はその二人の動揺した声を聞いて振り返る。
 そこには、しゃがみ込むセオが。

「セオさん!」

 立ち尽くす翔太と麗子を押し退けて、速真はセオの元へと駆け寄る。

「御免なさい。少し、疲れたみたいですね。」

 セオは顔を上げて汗を浮かばせながら笑顔を取り繕う。
 その偽物の笑顔に、速真は眉間に皺を作る。

「麗子、颯太。
色々話はあるだろうけど、明日でいいか。」
「あ、あぁ。」

 麗子も颯太と同じく頷く。

「セオさん。今日はもう家に帰りましょう。」
「でも、颯太さんの」
「俺は何ともねぇって!あいつらに何かされた訳でもないし。」

 セオは颯太の顔を見上げていた。

「失礼します。」

 そんなセオの身体を横から、速真は抱き上げ、横抱きにする。
 すると、速真とセオの顔が同時に歪んだ。
 だが、そんなこと後回しにと、速真は手に力を込める。

「はっ速真さん?!」
「大丈夫です。昼時にも同じように抱えましたでしょう?」

 速真は颯太と麗子の間を早足に過ぎ去り、

「速真また明日なー!」
「セオも、お疲れ様。」

 速真はその言葉を背に帰路に至る。
 セオはせめてもの返しと、出した手の平を小さく振った。


 速真を見送りながら、残された二人も歩き出した。

「セオが禍津神なんてね。」
「なぁ〜。俺すっげぇ友達出来ちまったって。」
「それにしてもびっくりしたわよ、颯太。人騒がせね。」
「俺悪くねぇって。なんか急に空飛び出して俺の方がびっくりしたわ!」


 麗子は少しだけ足の速度が落ちる。
 合わせていた颯太も。

「でも天狗達の声が聞こえたんじゃないの?」
「んな訳ねぇだろ。あんな奴ら初めて会ったって。」
「あら、まだそんな嘘を吐くの。速真からもう聞いたわよ。」
「なにをぉ?」
「颯太が妖怪の声が聞こえるって。」
「はぁ?んなこと速真に言ったことほんっとにねぇって。」

 その言葉を聞いた麗子の足は止まる。

「──────────本気?」

「おう、本気ほんきぃー。」

 麗子が止まったことに気付かない颯太は足を進める。
 速真の言った内容と、颯太の言葉を照らし合わせる。

「そんな、嘘よ……」

 確かに今現在起きている矛盾。
 そしてそれに気付いてはいけなかった気がして、麗子の首筋に冷や汗が滲んだ。
 そしてその頃、山の中では似つかわしくない音が響いていた。

***

「速真さん、歩く程の力なら残っています。」
「先程しゃがみ込んでいましたでしょう。安静にしてください。」

 そう言われて仕舞えばぐぅの音も出ない。
 謎の苦しみに襲われながら、速真はセオを自分の家へと連れ帰る。

***

 豆腐屋の前まで着いてから速真の力が尽きたのか腕が微かに震え落ちる。
 それを予感したセオは速真の前に着地した。

「せおっ、さん。すみまっ、せん…」
「いえっその…兎に角、休みまっ、しょうかっ。」

 二人は部屋へと戻り、襖を跨いだ瞬間、速真とセオはその場に座り込み、息を整える。
 数分経った後、

「セオさん。ククリに会う前に話そうとしたこと…」
「___はい。速真さんも気付いてらっしゃいますよね。」

 速真はゆっくりと頷く。
 それを確認したセオは再び口を開けた。

「私は…その、言葉では表しづらいのですが、息切れや頭痛があって……」
「同じく、私も似たようなものですよ。ただ何か、消えて、すり減っているような感覚があります。服越しだとまだマシですが、ククリの時のように地肌だと苦しさが増してるような…」
「_____私も。抱えていただいている時はマシでした。コホッ」

 突如として出てきた咳。
 喉に何かつっかえたのか。
 大して意味のないものかもしれない。
 だが、

「布団を出します。今日はもうお休みください。」

 速真はそう言って左手の襖を開ける。
 そこには綺麗に折り畳まれた布団が。

「でも結局颯太さんの所にも行けてませんし、麗子に少し拭いてもらった程で、私きたな」
「そんなことありませんよ。あぁ、麗子に寝巻も頼んでおこうか…」

 速真は抱えた布団を床に敷き始める。
 そしてそれを、残されたセオは見つめていて…

「ふと…えっ、速真さんは?」
「私は畳の上で寝ます。あっ、男性と同じ部屋というのはよろしくないですよね。私は廊下に」
「ちょっちょっちょっと待ってください!」

 セオは布団の端を持ったまま立っている速真の裾を掴んだ。
 それに気付いた速真は視線を下のセオへと移す。

「速真さんが布団を使ってくだ」
「それはできかねます。」

 優しい笑顔の割には強い口調で速真は押した。

「でも!私はここに居させてもらってる立場で、家主の布団を頂く訳にはいきません!」
「家主なのですから迎え入れた客人をきちんともてなしたいのです。」
「でっ、でも」
「でもじゃありません。セオさん、これに関しては譲れません。」

 速真はセオの目の前へと顔をグッと近付けた。
 驚いたセオは頭を後ろに引きつつも、速真のその目を見つめ返す。

「私だって、譲れません。」

***

 言い合いの結果に行き着いた答えは…

「セオさん、寒くはありませんか。」
「はい。速真さんこそ。」
「私は寒さには強いので問題ありません。」
「信じ難いですよ。」

 布団を横に、そして左右の端にそれぞれ足をはみ出した形で横たわっていた。

「私、枕が無くても眠れます。」
「使ってください。案外座布団も心地良いですから。」
「____そうですか。」

 布団の瀬戸際で互いに背を向ける。
 眠ろうと目を瞑る。
 それでも、セオは眠りにつけない。

(そもそも、人間じゃないんだし睡眠って必要なのかな。)
「セオさん。」
「はいっ。」

 急に自分の名を呼ばれ、セオの肩は揺れた。
 セオは体の向きを変えずに返事をするが、背後で布団の擦れる音が聞こえた。

「セオさんは妖を祓えるのですか。」
「……」
「私の部屋の隅にいた蜘蛛を」
「ええ。」
「……」

 次は速真が無言になる。
 言いたいようで、言い出しづらい。
 そんな彼を思い、セオは軽く口角を上げた。

「どうして祓えるのか、そんなことも覚えていません。何故か、当然のように出来るものだと思えたんです。
今思えば、禍津神のくせに何故出来たんでしょうね。祓われる側でしょうに。」

 セオは笑いながら声を出す。
 後ろにいる速真の気も、表情も知らずに。

「セオさんは本当に、禍津神なのですか。」

 セオの口角は下がる。
 口を薄く開けるが、

「あっ、セオさんを疑っている訳じゃありません。」
「______ふふっ。私も、速真さんに疑われているなんて思っていませんよ。
記憶がある訳でもないのに、確信出来ます。私は神から堕ちたのだと。そして、堕ちた神は皆等しく禍津神に転じます。」

 セオは身体を上に向け、天井を見つめる。
 誰に言っているのか、分からないが、

「本当に、滑稽ですね。
人でもなければ妖怪でもない。神と言うには程遠い。
私、もう…」

 セオは身体を速真の方へと向けた。
 彼もまた、セオに身体を向けている。
 放心し切った表情で、セオを視界に映していた。
 か細い声で、何とか紡いだ。


「どちらの生き物なのか、分かりませんね。」


 速真の瞳が揺らぐ。
 だが、セオから目を逸らさないように眼球は踏み止まる。

「そんな顔、しないでください。神様に戻れる方法だって、あるかもしれないですよ。ククリや、天や烏のような存在が、この世にはいるんですから。」

 諦めも混じった表情をするセオに、速真は希望を提示する。
 その目から、セオは逃れられなかった。

「戻れなくたって、どんな種族の貴方だって、良いじゃないですか。
カステラを食べて、街並みに目を輝かせている。
貴方のままで。」

(_______分からない。
どうして今日会ったばかりの人間が……)

「速真さんは、どうしてここまで私に良くしてくださるんですか。」
「_____恋物語のように…運命、
なんてことは言いません。むしろ僕らは…いや…」

 速真は言葉を躊躇う。
 一度そっぽを向いてから、

「何故でしょうね。僕にも分かりません。けど、もし理由を付けるなら、
私が人の事を放っておけない性だからでしょうか。」

 恥ずかしそうに笑った速真。
 確かに、その理由なら、

(あそこに居たのが私じゃなくても、
この人は助けたんだ。)

「明日、ククリに会いに行きましょう。何か教えてくれるかもしれないですし。」
「______そうですね。」

 その言葉を期に、二人は目を瞑った。
 速真はどうだったか分からない。だが、セオは無理矢理に眠りへと落ちた。