忘却大正神話伝

 元の道まで戻って、再び目的地へと歩き出していた。

「セオさん。もしかして、神や妖などの、そういったものに関することは覚えていますか。」
「─────はい。そのようです。」
「なら菊理媛神についても?」
「ククリのことは分かりませんが菊理媛神という神については存じています。」
「_______禍津神については…?」

 セオはゆっくりと首を横に振る。

「そう、ですか…」
(セオさんに関して、あまりにも謎が深い。何があって何が不足しているのかすら分からな)

「速真。」

 速真の名を呼ぶ声。
 それは脳内に響く訳でもないし、高貴さを感じられるようなものでもなかった。
 生々しい、人間のもの。
 目の前にいた人々が通り過ぎ、その声の主が視界に入る。
 周りの人達と同じ和洋折衷の服装に、無表情の顔。どこか明るさを失った瞳なのに、立ち姿は目を見張る。

「あれ、麗子?どうしてここに?けど丁度良かった。今から」
「速真。颯太がどこに行ったか知らない?」

 速真は麗子の元へと寄り、セオも付いて行った。

「一度家に来たけど、それから帰ったんじゃ…」
「そう。帰って来てから私の家で彼女のことを話してたわ。」

 麗子はセオへと視線を馳せる。

「また速真の家に行くと言って出て行ったのだけど。」
「あぁ、入れ違いになったみたいだな。どうしようか…」

 顎に手を置いて速真は考える。
 その間、麗子はセオの姿を頭の頂から足先までまじまじと観察して、

「まぁ颯太はどうでもいいわ。それより貴方。」
「わっ、」

 麗子はセオの手を掴み引き、足早に歩き出す。
 それに気付いた速真も付いて歩く。

「なんて見窄らしい格好なの。恥ずかしい。」
「ちょっと麗子。」

 麗子は急に足を止めて、振り返る。
 速真の顔の中心を指さして、

「速真は颯太を探して。この子は私が面倒見るから。行くわよ。」
「えっ、あっ、はい。」

 速真をそこに残して、麗子はセオを連れ去った。
 二人の姿を見送らざるを得ない速真を、セオは最後まで見つめていた。

***

「あの…」
「私は柳田麗子。十七歳。速真と颯太とは幼馴染みたいなもの。麗子と呼んで貰って構わないわ。」

 淡々と告げられた自己紹介。
 その勢いにセオは戸惑ってしまっていた。
 すると、麗子は歩の速度を緩め、セオの隣に並ぶ。
 自然と、セオの歩に合わせてくれた。

「貴方は?」
「えっと____セオ、と申します。」

 麗子はそれを聞いても何も言わない。
 気まずい沈黙。
 セオはそれをありありと顔に出していた。

「それだけ?苗字は?」
「分かりません。」
「________年齢は?」
「分かりません…」

 麗子は眉を顰め、セオを一瞥する。
 重たい溜め息を吐いてから、

「着いたわ。ここ。私の家。」
「呉服屋…?」

 セオは看板に書かれている文字を読む。
 疑問が含まれたその発言を、麗子は感じ取った。

「着物を扱う店よ。基本は仕立てだけど、今回は既製品を貸してあげるわ。」

 麗子は再びセオの着物へと視線を這わせる。
 先程よりも近い距離で。
 だが、見つめる時間が長い。

「ぁっ、あの…」

 セオの呼びかけにも答えない。
 数秒時間が経ってから、麗子はゆっくりと目を見開く。

「麗子…?」

 そして、麗子の意識が戻った。

「御免なさい。早く済ませましょ。速真が来る前に。」

 麗子はセオの手を引いて扉を開け、中へと入って行った。

***

「はっ、はっ、」
「あら速真。丁度良い所に、着替え終わったわよ。」

 走って来たのか息切れをしている速真。
 彼が麗子の家の前に着いた時、タイミング良く麗子が店から現れた。

「あっ、速真、さん。」

 麗子に引っ張られるようにセオも速真の視界に映る。

 乱れた髪は一括りにされ、右肩へと流されている。
 汚れていた顔も洗われ、彼女の美貌が顕になっていた。
 大層なものではない、ただの白い着物。
 それが彼女によって高価なものに見える。
 禍津神だなんて、思わせないような女性に。

「お似合い、です…セオさん。」

 まじまじと見られ、セオは気恥ずかしそうに指を捏ねてしまう。

「速真。颯太は?」
「あぁ。それが、千代さんに聞いたところ俺の部屋にも来てないって。」
「そう。どこに寄り道してるのかしら。」

 麗子は少し怒りが込もったような口調でそう言う。速真はそんな麗子に苦笑いを浮かべるが、セオだけは違った。
 太陽が傾いた橙色の空。
 その太陽とは反対の方向を、セオは見上げている。瞳孔を横に動かし、それを追う。

「………寄り道じゃ、ないかもしれません。」
「どういうことですか?」

 天を見上げたままのセオに、二人は意識がいく。

「あれがいるということは、誘拐の可能性が高いです。」

 セオは天を指差す。
 二人はその指先を追って天を見上げる。

「なに、どういうこ…」

 訳もわからない麗子は速真へと視線を送る。
 だが、彼は天を見上げ、何かを目で追っているようだった。

「あれは…」

 麗子は分からない。
 だが、セオと速真は気付いていた。
 人の様な身体に黒い翼。それを羽ばたかせて空を飛んでいた。

「近くに山はありますか。」
「_____ええ。」
「分かりました。」

 セオは顔の向きを下げ、麗子と目を合わせた。

「麗子は見えない人間?」
「________見えないって?」

 麗子は何のことだか分からず首を傾げる。

「麗子は見えません。」
「その…颯太さん、は?」

 一度会ったが話したのことのない人の名前を出すのに少しばかり躊躇う。

「妖怪などは見えないけれど、少しだけ聞こえると言っていました。」

 麗子は速真の顔を凝視する。

(妖怪?!って、そんな話、今まで一度も…!)
「でしたら目的も明らかです。」

 セオは堂々とその正体を言葉にする。
 その瞬間、速真の目が見開かれる。
 あまりにも、有名な名なのだから。

「あれは、

──────────────天狗です。」