「どうぞ。」
玄関らしき所まで速真に案内され、地面にセオが履いていた草履が置かれた。それを見て、セオは首を傾げる。
酷い様になっていたたはずであるのに。焦げ茶色の跡こそ残れど…
「あぁ、泥が付いていたので軽くですが拭き取っておきました。」
「_____ありがとうございます。」
濡れた着物により冷えたはずの身体に小さな熱が。
そして、
いつしか消えてしまった、セオの奥に眠る蝋燭の灯火に火花が起こった気がした。
***
セオは体力を取り戻し、町の中を歩いて行く。
目新しい物に視線を惹かれながら。セオは顔を四方八方に振る。
そんはセオを、速真はくすくすと口元を隠して笑っていた。
「速真さん。あれは何のお店ですか?」
「喫茶店ですね。」
「ここは?」
「雑貨店でしょうか。」
「あそこは?」
「写真館ですね。写真の撮影をしてくれますよ。」
セオは眉を顰め、小さな声でその疑問を口にした。
「しゃしん…?」
「はい。かなり高価ですが、特別なものですよ。」
その店の看板には、人間の写し絵のような物が飾られていた。だが、絵にしてはあまりにも現実に近かった。それをセオは凝視していたが、その視線はすぐに切り替えられた。
「速真さん!あれは、カステラでしょうかっ?」
「ええ。そうです。」
セオが指差すのは写真館の隣に建つ甘味処に飾られた絵。
速真はセオの様子に安心しつつも笑ってしまう。
「今度買いに行きましょうか。」
「はいっ!」
セオは自身の口を覆う。意外にも大きな声を出してしまった自分に驚き、恥じてしまう。
先程まで小さな子供のように真新しいものをきょろきょろと見て回っていた様子とは打って変わって、俯き始めた。
そんな彼女に、速真は微笑む。
「元気になったようで嬉しいです。セオさん。」
自分よりは少し背の高い彼に、セオは顔を向ける。
セオの上がった肩がゆっくりと降りた。今の状態の自分に、速真は嫌悪の欠片も無いのだと理解できた。
「えっと、、あれは、何のお店ですか?」
「本屋ですね。本や雑誌がたくさん置かれていますよ。」
「ほん?ざっし?」
「本というのは……」
それから、二人は町に並ぶ店々の事について話し歩いた。
夢中で話していると、十字の道までやってきた。速真はそのまま真っ直ぐに歩いていた。
「あれは洋装ですよ。着物とは違って軽いらしくて…
あっ、!」
隣の気配が無くなり、横を向いた速真は思わず声を出してしまった。街並みの魅力に取られたセオが、左へと曲がっていたのだ。セオは目を輝かせたまま、速真から増々遠ざかっていた。
そのまま人混みに流されそうになった時、
「セオさん!」
速真は彼女の手を掴む。
その瞬間、二人とも、
あの時と同じ、胸の締め付けを感じる。
顔を顰めた速真。
痛みで手を離したくなるが、その手に力を込めて人混みの中から引き寄せた。
セオは苦しみを感じる速真の顔と向き合う。
(あれっ…)
その顔に、どこか面影を感じた。
脳内で、速真の顔ともう一人の顔が重なる。
朧げなその顔は直ぐに記憶から消え去った。
しかし、
「うっ……!」
セオは右の頭に手を置いて、前に倒れる。
「セオさん?!どうしました…?」
倒れかけたセオの身体を、速真は手を取って素早く抱えた。
速真の息遣いが荒くなる。
「あっ、いえ…御免なさい。大丈夫です。」
セオは身体を起こし、速真から距離を取った。
二人は俯く。薄々、気付いていた。そんな気は、していたのだ。
「速真さん。」
「はい。」
「どうやら私たち…触れると」
『あれ?!どうしてここにいるのよ!』
セオの言葉が止まる。彼女の様子に心配した速真が近付いてきた。
脳内に響くのは見知らぬ者の声。
『あぁそっか。そうだったわね…
ねぇ、良かったら私の所まで来てちょうだい。』
セオは瞼を閉じ、再び開ける。
目の前にいた速真への視線は遮られた。
足音もなく突如現れた、白く美しい毛並みを持つ白馬によって。
白く光る毛。凛々しい佇まい。
この場にはあまりにも似つかわしく無い空気を纏っていた。
セオだけでなく、速真も口を開けてそれを凝視する。
二人が考える事は全くもって同じだった。
(周りの人達が気にする様子もない。)
(______という事は…)
((妖だ。))
速真はセオへと体を寄せる。
「セオさん。これは…?」
「その、、突然声が聞こえて、気が付けば目の前に…」
「声?」
馬は鼻息を荒らす。
それに二人は肩を揺らした。
『その子について来て。』
馬はゆっくりと歩き出す。
二人を通り過ぎてから、後ろを振り返った。
「着いて来いって事でしょうか。」
「____おそらく…」
セオは顔を上げて速真を見る。
速真は「うーん」と唸ってから、しぶしぶ頷いた。それに対してセオも頷く。
***
二人はそのまま、白馬の後を着いて歩く。
「セオさんの知り合い、、ではないですよね。」
「はい。どうやら私たち、呼ばれているらしいです。」
「“呼ばれている”?一体だれに…」
馬の足が止まった。それに続き後ろの二人も。
馬は一度こちらへと振り向き、左へと顔を向けた。
左へと視線を移らせる。
視線は自然と斜め上に。
「鳥居。神社ですね。」
「神社…」
「神社は」
「神の…社……」
速真は眉を上げた。
鳥居を無表情で見上げるセオ。
彼女の言葉に驚いた。
(何故それは覚えて…いや、
神様ということは、それに関連した知識はあるという事なのかも…)
『あら、人間も着いて来ちゃった。まぁいいわ。』
その声はセオだけでなく、速真の脳内にもはっきりと響く。
速真は不意に耳を塞ぐ。それでも、声は速真へと届いた。
セオは速真の服の左の袖端を摘む。
「行きましょう。速真さん。」
馬がその鳥居を潜り、セオ達もそれに続いた。
速真がその神社に足を踏み入れた瞬間、馬は液体となり、地面に零れ落ちる。その水となったものは目の前にある石段へと向かって行く。
それを目で追っていると、再び声が聞こえた。
脳内にではない。
はっきりと、耳から聞こえて来た。
「ようこそ────私の社へ。
それと久しぶり!」
目の前の石段の最上。
忽然とそこに、女性の姿が現れた。
浅縹の色の髪色に着物。
どこか高貴な雰囲気を纏う女が。
「って、どうしてそんなに汚れてるのよ!」
女はその階段を跳んで降り、セオへと走る。
速真はセオの前で構えた。
「貴方が一番汚れを嫌っていたの、、に…
あぁ、そっか。禍津神に堕ちちゃったんだっけ…」
女の声はだんだんと小さくなり、寂しさを帯びる。
二人の関係は分からない。
それでも、女の顔を見れば何となく察してしまう。
「もしかしなくても、覚えてない、よね。私のこと。」
「______ごめんなさい。」
「謝らないで。貴方が悪い訳じゃないもの。貴方はいっぱい頑張った。それは禍津神の性だから、ね?」
女は下手くそな笑みを作る。
顔を曇らせ、セオはその顔に罪悪感を感じた。
その顔を、女は見逃さなかった。
女は胸に手を当て、
「私は“括り”の神、菊理媛神。昔のようにククリって呼んでちょうだい。」
「神…菊理媛神……」
速真はそう呟く。脳内に浮かび上がるそれらに付いての知識と記憶を辿っていた。
そんな速真にククリは顔を向け、首を傾げた。
「天津速真と申します。御目に掛かれて光栄です。菊理媛神。」
「ええ。あと、貴方もククリと呼んで。他所優しいのは嫌いなの。」
速真は口角を上げて軽くお辞儀をした。
そしてククリの視線はセオへと移る。
「貴方の今の名は?」
「_____セオ。」
「せお、せお…セオね!うん!さいっこう!」
「うわっ!」
ククリは腕を広げたかと思うと、そのままセオへと飛び込んだ。
「えっ、ぁ…えっ?!」
「セオー!」
ククリはセオの頬にすりすりと自分の頬を押し付けてくる。
速真はただそれを見守ることしかできない。
どう止めようか速真が手をあたふたとさせていた時。
「ククリ。仕事。」
少年の声が聞こえた。
その声の源は、先程ククリがいた石段。
そこには藍錆色の着物に、閉じた和傘を持つ青年が。
「あーらら。もう〜?」
ククリは重たい溜息を零し、セオの両肩を掴んだ。
「貴方のせいで仕事が増えちゃったのよ!」
なんて愚痴を溢すが、ククリの顔には笑顔がある。
ククリから額にデコピンを食らったセオはそのまま立ち尽くしていた。
「また来てね。いつでも待ってる。貴方達のこと。」
ククリはそう言って石段を上り、青年の元まで駆けて行く。
石段を三段程上ってから振り返って手を振った。
「じゃあね。セオ。速真。」
ククリは横目で速真を見てから体を空気と溶け合わせていく。
彼女を最後まで見送っていた時、後ろの青年へとセオの視線は移る。
青年はセオのことを見下ろす。
セオも何故か、その瞳から目を背けられない。
彼の視線は鋭いのに、セオはそれを受けても何も感じなかった。
そのまま青年はククリと共に姿を消した。
セオと速真は、その場に立ち尽くしていた。姿のない石段を見据えるだけ。
「後ろに居た彼に、見覚えは…?」
「ありません。それに、彼はククリとは違って神ではありませんでした。」
「え?彼は…」
「____________妖怪、かと。」
「どうしてククリと…神と共に、妖怪が…」
妖と神。
あの白馬のこと。
禍津神のこと。
セオの正体。
彼等によって増えた疑問を胸に、
セオは自身の着物に付着した土を眺めた。
自分の現状について考え始めた時、
「セオさん、菊理媛神と知り合いなんて凄いですね。」
「______ぷっ、ふっ、あははっ!」
乱れた髪によって、セオの顔ははっきりと見えない。
だが、くしゃっと笑ったその表情は、速真の視界に入った。
「ふふっ、________そっちですか。
そうですね。私、凄いですね。」
笑い続けるセオに、速真は丸の目をしていた。
「あぁ、御免なさい。私のせいで寄り道を。行きましょうか。速真さん。」
「え、あ…はい。行きましょう。」
二人はその神社を後にした。
勿論、鳥居を潜ってのお辞儀を忘れずに。
玄関らしき所まで速真に案内され、地面にセオが履いていた草履が置かれた。それを見て、セオは首を傾げる。
酷い様になっていたたはずであるのに。焦げ茶色の跡こそ残れど…
「あぁ、泥が付いていたので軽くですが拭き取っておきました。」
「_____ありがとうございます。」
濡れた着物により冷えたはずの身体に小さな熱が。
そして、
いつしか消えてしまった、セオの奥に眠る蝋燭の灯火に火花が起こった気がした。
***
セオは体力を取り戻し、町の中を歩いて行く。
目新しい物に視線を惹かれながら。セオは顔を四方八方に振る。
そんはセオを、速真はくすくすと口元を隠して笑っていた。
「速真さん。あれは何のお店ですか?」
「喫茶店ですね。」
「ここは?」
「雑貨店でしょうか。」
「あそこは?」
「写真館ですね。写真の撮影をしてくれますよ。」
セオは眉を顰め、小さな声でその疑問を口にした。
「しゃしん…?」
「はい。かなり高価ですが、特別なものですよ。」
その店の看板には、人間の写し絵のような物が飾られていた。だが、絵にしてはあまりにも現実に近かった。それをセオは凝視していたが、その視線はすぐに切り替えられた。
「速真さん!あれは、カステラでしょうかっ?」
「ええ。そうです。」
セオが指差すのは写真館の隣に建つ甘味処に飾られた絵。
速真はセオの様子に安心しつつも笑ってしまう。
「今度買いに行きましょうか。」
「はいっ!」
セオは自身の口を覆う。意外にも大きな声を出してしまった自分に驚き、恥じてしまう。
先程まで小さな子供のように真新しいものをきょろきょろと見て回っていた様子とは打って変わって、俯き始めた。
そんな彼女に、速真は微笑む。
「元気になったようで嬉しいです。セオさん。」
自分よりは少し背の高い彼に、セオは顔を向ける。
セオの上がった肩がゆっくりと降りた。今の状態の自分に、速真は嫌悪の欠片も無いのだと理解できた。
「えっと、、あれは、何のお店ですか?」
「本屋ですね。本や雑誌がたくさん置かれていますよ。」
「ほん?ざっし?」
「本というのは……」
それから、二人は町に並ぶ店々の事について話し歩いた。
夢中で話していると、十字の道までやってきた。速真はそのまま真っ直ぐに歩いていた。
「あれは洋装ですよ。着物とは違って軽いらしくて…
あっ、!」
隣の気配が無くなり、横を向いた速真は思わず声を出してしまった。街並みの魅力に取られたセオが、左へと曲がっていたのだ。セオは目を輝かせたまま、速真から増々遠ざかっていた。
そのまま人混みに流されそうになった時、
「セオさん!」
速真は彼女の手を掴む。
その瞬間、二人とも、
あの時と同じ、胸の締め付けを感じる。
顔を顰めた速真。
痛みで手を離したくなるが、その手に力を込めて人混みの中から引き寄せた。
セオは苦しみを感じる速真の顔と向き合う。
(あれっ…)
その顔に、どこか面影を感じた。
脳内で、速真の顔ともう一人の顔が重なる。
朧げなその顔は直ぐに記憶から消え去った。
しかし、
「うっ……!」
セオは右の頭に手を置いて、前に倒れる。
「セオさん?!どうしました…?」
倒れかけたセオの身体を、速真は手を取って素早く抱えた。
速真の息遣いが荒くなる。
「あっ、いえ…御免なさい。大丈夫です。」
セオは身体を起こし、速真から距離を取った。
二人は俯く。薄々、気付いていた。そんな気は、していたのだ。
「速真さん。」
「はい。」
「どうやら私たち…触れると」
『あれ?!どうしてここにいるのよ!』
セオの言葉が止まる。彼女の様子に心配した速真が近付いてきた。
脳内に響くのは見知らぬ者の声。
『あぁそっか。そうだったわね…
ねぇ、良かったら私の所まで来てちょうだい。』
セオは瞼を閉じ、再び開ける。
目の前にいた速真への視線は遮られた。
足音もなく突如現れた、白く美しい毛並みを持つ白馬によって。
白く光る毛。凛々しい佇まい。
この場にはあまりにも似つかわしく無い空気を纏っていた。
セオだけでなく、速真も口を開けてそれを凝視する。
二人が考える事は全くもって同じだった。
(周りの人達が気にする様子もない。)
(______という事は…)
((妖だ。))
速真はセオへと体を寄せる。
「セオさん。これは…?」
「その、、突然声が聞こえて、気が付けば目の前に…」
「声?」
馬は鼻息を荒らす。
それに二人は肩を揺らした。
『その子について来て。』
馬はゆっくりと歩き出す。
二人を通り過ぎてから、後ろを振り返った。
「着いて来いって事でしょうか。」
「____おそらく…」
セオは顔を上げて速真を見る。
速真は「うーん」と唸ってから、しぶしぶ頷いた。それに対してセオも頷く。
***
二人はそのまま、白馬の後を着いて歩く。
「セオさんの知り合い、、ではないですよね。」
「はい。どうやら私たち、呼ばれているらしいです。」
「“呼ばれている”?一体だれに…」
馬の足が止まった。それに続き後ろの二人も。
馬は一度こちらへと振り向き、左へと顔を向けた。
左へと視線を移らせる。
視線は自然と斜め上に。
「鳥居。神社ですね。」
「神社…」
「神社は」
「神の…社……」
速真は眉を上げた。
鳥居を無表情で見上げるセオ。
彼女の言葉に驚いた。
(何故それは覚えて…いや、
神様ということは、それに関連した知識はあるという事なのかも…)
『あら、人間も着いて来ちゃった。まぁいいわ。』
その声はセオだけでなく、速真の脳内にもはっきりと響く。
速真は不意に耳を塞ぐ。それでも、声は速真へと届いた。
セオは速真の服の左の袖端を摘む。
「行きましょう。速真さん。」
馬がその鳥居を潜り、セオ達もそれに続いた。
速真がその神社に足を踏み入れた瞬間、馬は液体となり、地面に零れ落ちる。その水となったものは目の前にある石段へと向かって行く。
それを目で追っていると、再び声が聞こえた。
脳内にではない。
はっきりと、耳から聞こえて来た。
「ようこそ────私の社へ。
それと久しぶり!」
目の前の石段の最上。
忽然とそこに、女性の姿が現れた。
浅縹の色の髪色に着物。
どこか高貴な雰囲気を纏う女が。
「って、どうしてそんなに汚れてるのよ!」
女はその階段を跳んで降り、セオへと走る。
速真はセオの前で構えた。
「貴方が一番汚れを嫌っていたの、、に…
あぁ、そっか。禍津神に堕ちちゃったんだっけ…」
女の声はだんだんと小さくなり、寂しさを帯びる。
二人の関係は分からない。
それでも、女の顔を見れば何となく察してしまう。
「もしかしなくても、覚えてない、よね。私のこと。」
「______ごめんなさい。」
「謝らないで。貴方が悪い訳じゃないもの。貴方はいっぱい頑張った。それは禍津神の性だから、ね?」
女は下手くそな笑みを作る。
顔を曇らせ、セオはその顔に罪悪感を感じた。
その顔を、女は見逃さなかった。
女は胸に手を当て、
「私は“括り”の神、菊理媛神。昔のようにククリって呼んでちょうだい。」
「神…菊理媛神……」
速真はそう呟く。脳内に浮かび上がるそれらに付いての知識と記憶を辿っていた。
そんな速真にククリは顔を向け、首を傾げた。
「天津速真と申します。御目に掛かれて光栄です。菊理媛神。」
「ええ。あと、貴方もククリと呼んで。他所優しいのは嫌いなの。」
速真は口角を上げて軽くお辞儀をした。
そしてククリの視線はセオへと移る。
「貴方の今の名は?」
「_____セオ。」
「せお、せお…セオね!うん!さいっこう!」
「うわっ!」
ククリは腕を広げたかと思うと、そのままセオへと飛び込んだ。
「えっ、ぁ…えっ?!」
「セオー!」
ククリはセオの頬にすりすりと自分の頬を押し付けてくる。
速真はただそれを見守ることしかできない。
どう止めようか速真が手をあたふたとさせていた時。
「ククリ。仕事。」
少年の声が聞こえた。
その声の源は、先程ククリがいた石段。
そこには藍錆色の着物に、閉じた和傘を持つ青年が。
「あーらら。もう〜?」
ククリは重たい溜息を零し、セオの両肩を掴んだ。
「貴方のせいで仕事が増えちゃったのよ!」
なんて愚痴を溢すが、ククリの顔には笑顔がある。
ククリから額にデコピンを食らったセオはそのまま立ち尽くしていた。
「また来てね。いつでも待ってる。貴方達のこと。」
ククリはそう言って石段を上り、青年の元まで駆けて行く。
石段を三段程上ってから振り返って手を振った。
「じゃあね。セオ。速真。」
ククリは横目で速真を見てから体を空気と溶け合わせていく。
彼女を最後まで見送っていた時、後ろの青年へとセオの視線は移る。
青年はセオのことを見下ろす。
セオも何故か、その瞳から目を背けられない。
彼の視線は鋭いのに、セオはそれを受けても何も感じなかった。
そのまま青年はククリと共に姿を消した。
セオと速真は、その場に立ち尽くしていた。姿のない石段を見据えるだけ。
「後ろに居た彼に、見覚えは…?」
「ありません。それに、彼はククリとは違って神ではありませんでした。」
「え?彼は…」
「____________妖怪、かと。」
「どうしてククリと…神と共に、妖怪が…」
妖と神。
あの白馬のこと。
禍津神のこと。
セオの正体。
彼等によって増えた疑問を胸に、
セオは自身の着物に付着した土を眺めた。
自分の現状について考え始めた時、
「セオさん、菊理媛神と知り合いなんて凄いですね。」
「______ぷっ、ふっ、あははっ!」
乱れた髪によって、セオの顔ははっきりと見えない。
だが、くしゃっと笑ったその表情は、速真の視界に入った。
「ふふっ、________そっちですか。
そうですね。私、凄いですね。」
笑い続けるセオに、速真は丸の目をしていた。
「あぁ、御免なさい。私のせいで寄り道を。行きましょうか。速真さん。」
「え、あ…はい。行きましょう。」
二人はその神社を後にした。
勿論、鳥居を潜ってのお辞儀を忘れずに。


