丸い目に、優しい手の感触。そして高鳴る心臓の音。
放課後になった今でも鮮明に思い出せるのに、翔の人生初の告白は失敗に終わった。
「俺のアシストを無駄にしたということだけは忘れるなよ」
「うるせえ」
思わず漏れた悪態に、目の前でポテトを摘んでいる和樹は何も気にしていないようにふっと笑った。
「俺とかどうかな、なんてさ。あの飛鳥に良いよって言われるとでも思ったの?」
「だから、間違えたの。飛鳥くんの願い事ならなんでも聞くから、俺をあげるから、だからまずは友達になってくれって言いたかったんだって」
「全然違うじゃん」
「だって、間近で見たら思っていた以上にすげえ可愛いくて、優しくて、友達からなんて嫌だって思って」
「いつの間にそんなに好きになったわけ? あの子、自認居眠り小僧だよ」
そんなの、翔が聞きたいくらいだ。今までは単純に和樹の幼馴染として気になる存在だったけれど、なんとなくプライドが邪魔をして近づけなかった。それなのに、今日直に接してみたら次々と翔の心の柔らかい部分を言い当てて、手を握って励ましてくれた。自分でも意外なことに、あらゆる美女にも靡かなかった翔の心が、一瞬にしてふわりと揺れてしまったのだ。
「……自分のこと、居眠り小僧だと思ってるの、マジで可愛い」
「眠り姫だよって教えても、一向に覚えないんだよね。頑固なんだよ」
「でもさ、眠り姫って一体誰が呼び始めたの? なんか飛鳥くんのこと邪な目で見てない?」
「知らないよ」
釈然としないままに顔を歪めていると、和樹は面白そうに笑ってもう一口ポテトを食べた。
「いいか、翔。俺はお前を応援しようと思う。今までで一番、飛鳥を幸せにしてくれそうな人間だから」
「それは、ありがたいね」
「お前は顔も頭も良ければ喧嘩も強い。それに足も速い。飛鳥の感性は小学生だから、きっとヒットするはずなんだ」
「本当、判断基準が小学生だな」
「ただ、お前が戦う相手はかなり手強いからな。だって、あの春川飛鳥だから。それに、飛鳥の弟」
「弟?」
「飛鳥が節約してバイトしまくってるのは、弟のためだから」
「そうなの?」
もしかして、何か複雑な事情があるのだろうか。
「まあ、その先は自分で仲良くなって話を聞けよ」
和樹はコーラを飲んで、悶々とする翔を見ながら再びふっと口許をゆるめた。
◆
「ふあぁぁ」
我ながら最高傑作だと思えるほどの大欠伸に、思わず笑ってしまう。
「飛鳥、大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫」
昼休みの空き教室を占い仕様に整えながら、心配する和樹に無理矢理笑顔を向けた。金曜日にもなると連日のバイトと学校生活の疲れが出てくる。夏休みが明けてから土日も構わずシフトに入っており、実質一日も休めていないことも体にきているのかもしれない。
「飛鳥、今日はやめにしよう? 俺、委員会で行かなきゃだし」
「大丈夫だよ。昼ご飯ないしさ」
「一日くらい奢るって」
「気持ちはありがたいけど、お小遣いは親御さんの大事なお金なんだから和樹のために使いなさい。俺の食い扶持は自分で稼ぐから」
そう言いながら、定位置の椅子に座る。ふわりと頭が揺れた気がしたけれど、ぎゅっと目を瞑ったらいつも通りになった。
「じゃあ、何かあったら連絡してよね」
「わかってるよ」
最後まで心配そうな和樹を見送って少しすると、ノックの音が室内に響いた。
「はーい」
ガラガラっと入り口が開く。
「あっ」
現れたのは、紛れもなく清瀬翔。昨日の体育で謎の発言を残して消えた不思議な存在だ。
「こんにちは、飛鳥くん」
「本当に来てくれたんだ」
ひとまず出入り口の扉と備え付けのカーテンを閉めてもらう。基本的に一日一組だから、これで他の生徒にも今日は満了だとわかるはずだ。
「こんな感じでやってるんだね。はい、これがお弁当」
手渡された弁当に、目を丸く見開く。
「これ、ゴールデン弁当じゃん! 八百円くらいするやつでしょ」
「あとお茶と、おやつ用にジャムパンね」
「うわあっ、すごい! 食べてみたかったものばっかり」
翔は興奮する飛鳥にふわりと笑みを浮かべると、客用に距離を設けて置いてある椅子を少しだけ机に近づけた。
「一緒に食べていい?」
「えっ、占いは?」
「後でで良いよ。お腹いっぱいになって、時間があったらで」
「……いいの?」
「もちろん!」
唐揚げに大きなハンバーグに小さなエビフライまで入っているゴールデン弁当を食べたら、今日も存分に力が発揮できそうだ。嬉々として弁当の蓋に手を置く。作りたての気配だけで心が満たされる。
「何やってるの?」
「ゴールデンなんてもったいなくて。まずは手からエネルギーを食べてる」
「ははっ! さすが占い師はすごいな」
綺麗な笑顔を少しの間見て、飛鳥は首を傾げた。
「……清瀬くん、なんか良いことあった?」
「良いこと?」
「たとえば、好きな人ができたとか」
翔がわかりやすく口篭って、首の後ろに手を回した。
「……えっと、まあ」
「やっぱり? 人相が少し柔らかくなってる。だから今日も来てくれたのか。相手との相性とかもちゃんと占うから任せてよ」
「うん、ありがとう」
「それにしても、昨日の今日ですごい変化だね」
あれほど疲れて見えた上に、女子生徒から頼まれる間接的なタロット占いではいつも恋に後ろ向きな様子だったのだ。
「いやあ、良いことだね。恋は良いもんだって言うもんね。嬉しいなあ」
占いは良い結果が出ることばかりではない。だからこそ嬉しくてたまらないのに、目の前の翔は眉を寄せて、なんだか冴えない表情をしている。
「清瀬くん?」
「翔」
「え?」
「翔って呼んで」
「……なんで突然。どうかした?」
怒っていると言うより、悲しそう。不安に思ってその顔を覗き込むと、彼は弁当の蓋に置いた飛鳥の手に、昨日より少し冷たい手を重ねた。
「俺に好きな子がいたら、そんなに嬉しい?」
「うん」
「本当に? 相手が誰でも?」
三秒くらい考えて、首を傾げた。
「本音では、どうだって良いよねぇ」
美しい形の目が見開かれる。
「ゴールデン弁当をくれた翔が、幸せでいてくれるならね」
さらに見開かれた目にニッと笑って、飛鳥はそれとなく翔の手を払いのけた。早く弁当が食べたい。
「俺は唐揚げから食べようと思う。こんなにでっかいけど、一口で食べるからね。良ければ見てて」
冗談で言ったのに、翔は本気で楽しそうに笑って「わかったよ。ちゃんと見てるね」とだけ言った。
放課後になった今でも鮮明に思い出せるのに、翔の人生初の告白は失敗に終わった。
「俺のアシストを無駄にしたということだけは忘れるなよ」
「うるせえ」
思わず漏れた悪態に、目の前でポテトを摘んでいる和樹は何も気にしていないようにふっと笑った。
「俺とかどうかな、なんてさ。あの飛鳥に良いよって言われるとでも思ったの?」
「だから、間違えたの。飛鳥くんの願い事ならなんでも聞くから、俺をあげるから、だからまずは友達になってくれって言いたかったんだって」
「全然違うじゃん」
「だって、間近で見たら思っていた以上にすげえ可愛いくて、優しくて、友達からなんて嫌だって思って」
「いつの間にそんなに好きになったわけ? あの子、自認居眠り小僧だよ」
そんなの、翔が聞きたいくらいだ。今までは単純に和樹の幼馴染として気になる存在だったけれど、なんとなくプライドが邪魔をして近づけなかった。それなのに、今日直に接してみたら次々と翔の心の柔らかい部分を言い当てて、手を握って励ましてくれた。自分でも意外なことに、あらゆる美女にも靡かなかった翔の心が、一瞬にしてふわりと揺れてしまったのだ。
「……自分のこと、居眠り小僧だと思ってるの、マジで可愛い」
「眠り姫だよって教えても、一向に覚えないんだよね。頑固なんだよ」
「でもさ、眠り姫って一体誰が呼び始めたの? なんか飛鳥くんのこと邪な目で見てない?」
「知らないよ」
釈然としないままに顔を歪めていると、和樹は面白そうに笑ってもう一口ポテトを食べた。
「いいか、翔。俺はお前を応援しようと思う。今までで一番、飛鳥を幸せにしてくれそうな人間だから」
「それは、ありがたいね」
「お前は顔も頭も良ければ喧嘩も強い。それに足も速い。飛鳥の感性は小学生だから、きっとヒットするはずなんだ」
「本当、判断基準が小学生だな」
「ただ、お前が戦う相手はかなり手強いからな。だって、あの春川飛鳥だから。それに、飛鳥の弟」
「弟?」
「飛鳥が節約してバイトしまくってるのは、弟のためだから」
「そうなの?」
もしかして、何か複雑な事情があるのだろうか。
「まあ、その先は自分で仲良くなって話を聞けよ」
和樹はコーラを飲んで、悶々とする翔を見ながら再びふっと口許をゆるめた。
◆
「ふあぁぁ」
我ながら最高傑作だと思えるほどの大欠伸に、思わず笑ってしまう。
「飛鳥、大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫」
昼休みの空き教室を占い仕様に整えながら、心配する和樹に無理矢理笑顔を向けた。金曜日にもなると連日のバイトと学校生活の疲れが出てくる。夏休みが明けてから土日も構わずシフトに入っており、実質一日も休めていないことも体にきているのかもしれない。
「飛鳥、今日はやめにしよう? 俺、委員会で行かなきゃだし」
「大丈夫だよ。昼ご飯ないしさ」
「一日くらい奢るって」
「気持ちはありがたいけど、お小遣いは親御さんの大事なお金なんだから和樹のために使いなさい。俺の食い扶持は自分で稼ぐから」
そう言いながら、定位置の椅子に座る。ふわりと頭が揺れた気がしたけれど、ぎゅっと目を瞑ったらいつも通りになった。
「じゃあ、何かあったら連絡してよね」
「わかってるよ」
最後まで心配そうな和樹を見送って少しすると、ノックの音が室内に響いた。
「はーい」
ガラガラっと入り口が開く。
「あっ」
現れたのは、紛れもなく清瀬翔。昨日の体育で謎の発言を残して消えた不思議な存在だ。
「こんにちは、飛鳥くん」
「本当に来てくれたんだ」
ひとまず出入り口の扉と備え付けのカーテンを閉めてもらう。基本的に一日一組だから、これで他の生徒にも今日は満了だとわかるはずだ。
「こんな感じでやってるんだね。はい、これがお弁当」
手渡された弁当に、目を丸く見開く。
「これ、ゴールデン弁当じゃん! 八百円くらいするやつでしょ」
「あとお茶と、おやつ用にジャムパンね」
「うわあっ、すごい! 食べてみたかったものばっかり」
翔は興奮する飛鳥にふわりと笑みを浮かべると、客用に距離を設けて置いてある椅子を少しだけ机に近づけた。
「一緒に食べていい?」
「えっ、占いは?」
「後でで良いよ。お腹いっぱいになって、時間があったらで」
「……いいの?」
「もちろん!」
唐揚げに大きなハンバーグに小さなエビフライまで入っているゴールデン弁当を食べたら、今日も存分に力が発揮できそうだ。嬉々として弁当の蓋に手を置く。作りたての気配だけで心が満たされる。
「何やってるの?」
「ゴールデンなんてもったいなくて。まずは手からエネルギーを食べてる」
「ははっ! さすが占い師はすごいな」
綺麗な笑顔を少しの間見て、飛鳥は首を傾げた。
「……清瀬くん、なんか良いことあった?」
「良いこと?」
「たとえば、好きな人ができたとか」
翔がわかりやすく口篭って、首の後ろに手を回した。
「……えっと、まあ」
「やっぱり? 人相が少し柔らかくなってる。だから今日も来てくれたのか。相手との相性とかもちゃんと占うから任せてよ」
「うん、ありがとう」
「それにしても、昨日の今日ですごい変化だね」
あれほど疲れて見えた上に、女子生徒から頼まれる間接的なタロット占いではいつも恋に後ろ向きな様子だったのだ。
「いやあ、良いことだね。恋は良いもんだって言うもんね。嬉しいなあ」
占いは良い結果が出ることばかりではない。だからこそ嬉しくてたまらないのに、目の前の翔は眉を寄せて、なんだか冴えない表情をしている。
「清瀬くん?」
「翔」
「え?」
「翔って呼んで」
「……なんで突然。どうかした?」
怒っていると言うより、悲しそう。不安に思ってその顔を覗き込むと、彼は弁当の蓋に置いた飛鳥の手に、昨日より少し冷たい手を重ねた。
「俺に好きな子がいたら、そんなに嬉しい?」
「うん」
「本当に? 相手が誰でも?」
三秒くらい考えて、首を傾げた。
「本音では、どうだって良いよねぇ」
美しい形の目が見開かれる。
「ゴールデン弁当をくれた翔が、幸せでいてくれるならね」
さらに見開かれた目にニッと笑って、飛鳥はそれとなく翔の手を払いのけた。早く弁当が食べたい。
「俺は唐揚げから食べようと思う。こんなにでっかいけど、一口で食べるからね。良ければ見てて」
冗談で言ったのに、翔は本気で楽しそうに笑って「わかったよ。ちゃんと見てるね」とだけ言った。



