一緒に虹を見上げようね

 翌朝。
 僕は朝7時には起き朝食をしっかり食べ、そして顔を洗って髪型をバッチリ決める。
 9時に開店する地元の花屋さんに立ち寄り花束を購入し、天気予報を確認。

(午前中は晴れ……だ)

 スマホでマップを確認し、学校に向かう道とは少し変わることを頭の中でシュミレーションする。(もっと)も、学校の近くなので迷うこともないだろうが。念には念をだ。

 空を見上げると、朝なのに虹が見えた。今日は良いスタートが切れそうだ。

 待ち合わせ時間からは随分早いが、何かと障害がある僕にはちょうど良いだろうと出発した。

 今日は土曜日だから、制服ではなく私服。大学生の兄の服を借りてジャケットを羽織っている。そして赤い薔薇の花束を抱えているのだから……今だけはとても僕は格好良い! と自負出来る。

 ……だったのに。

 ……だったのにいいいいい――!

 *

 改めまして、タケルです。
 えー。ここからは、僕が公園に辿り着くまでのダイジェストをお送りいたします。

 まず、初めの障害。
 ルンルンで歩いていたら、迷子になって「ママぁ」とギャン泣きしているお子さまが道端を歩いていました。無視しても良かったんです。でも、お子さまが歩き続ける先は車の走行が激しい大通りに向かうので……踵を返して手を繋いで、交番まで歩いていきました。

 9時に出発しましたが、ここで30分使いました。

 気を取り直して改めて公園へ向かおうとすると。この前助けたお婆さんと会いました。「まあまあ!」と声をかけられ長い立ち話になってしまい、45分も会話をしてしまいました。最後にまた美味しそうなリンゴをいただきました。

 時刻は10時15分。待ち合わせ時間は11時。まだ余裕はあります。
 家から高校までの道のりは徒歩20分。再び気を取り直して歩いていると信号が点滅しているけれど渡り切ることが出来ない杖をついたお爺さんがいました。

 すれ違う僕は横目で見るだけだったけど、信号が赤になっても頼りない足で歩いていて……無情な自動車にクラクションを鳴らされる姿を見つめ……駆け足で戻っていき「ゆっくり歩きましょう」とクラクション鳴らす自動車から庇うように隣に並びました。

 (ほとん)どの自動車は大人しく待ってくれています。でも目の前の自動車だけは急いでいるのか、ずっと大きな音を鳴らして圧をかけてきます。
 お爺さんから反対側の自動車を振り返って「優しくしてよ」と睨みつけると、虹が見えていた空はいつの間にか曇天になり、ゴロゴロと雷鳴が(とどろ)きました。瞬く間にザァー……と勢いよく大雨になり、鞄の中から折り畳み傘を取り出しお爺さんに差し出しました。なんとか横断歩道を渡り切った時、クラクションを鳴らし続けていた自動車が勢いよくそばを通り過ぎ、水溜まりを跳ねて僕のジャケットを派手に濡らして去っていきました。

 お爺さんに謝られてしまったけど、お爺さんが濡れなくて良かったと思いました。ここからもう少し先にあるバス停までお爺さんと一緒に歩き、折り畳み傘を返してもらいました。その頃にはもう、僕は頭からずぶ濡れだったから今更傘を差しても……という状態でした。でも別れる時に「きっと幸運が待っているよ」とお爺さんに声をかけてもらい、僕はもう一度奮起して目的地の公園までびしょ濡れで駆け出しました。

 待ち合わせ時間まで、あと10分です。
 以上、タケルからハプニングをダイジェストでお送りしました。

 *

「はぁっ、はぁっ……」

 時間がない。駆け足で公園まで向かう。
 
 午前中は晴れ予報だったのに!
 朝に虹だって見えていたのに!
 幸先良いと思っていたのに!

 少し泣きそうになりながらなんとか1分前に公園に辿り着く。土砂降りなため誰もいない。ヤマトもいない。あれ? と辺りをキョロキョロしていると……こちらに歩いてくるヤマトが、クラスメイトの女子と腕を組んで歩いているところが見えた。

「あ……」

 ぐしゃ、と心臓が潰れる音がした。
 そうだよね、ヤマトはモテるもんね。
 こんなに土砂降りの中でも、ヤマトは声をかけられるんだね。

 可愛い女子生徒と腕を組んでいるのに無表情でこちらに歩いてくるヤマトが、僕を捉えた。「タケル」と微笑んで僕の元まで来てくれるけど、女子生徒もついてくる。彼女は僕の頭からつま先を見て「なにこれ、ダサ」と笑う。

 カァッと顔が熱くなり俯く。
 用意していた薔薇の花束も、土砂降りに打たれて昨日と同じように萎れてしまっていた。僕ってどうしてこんなに駄目なんだろう……と泣きそうになっていれば「今日はもう帰って。2人きりにして」と女子生徒に声をかけるヤマトがいた。

「え?」
「俺、これから告白されるから」
「え? アタシ今したよ?」
「断った。付き合えない。ごめん。だから帰って」
「告白って……はぁ⁉︎ 噂はされてたけど、本気なの⁉︎ 本気でこんな鈍臭くてダサい奴が本命なの⁉︎ ありえないんだけど!」

 女子生徒が僕を指差して怒っている。ヤマトに不釣り合いだと。わかっている。そんなことは、僕が1番わかっている……でも、困っている僕を助けてくれた時から、ヤマトのことが大好きで……。

「一生懸命人助けをしているタケルを笑い者になんて出来ないよ」

 ヤマトは、僕をじっと見つめて呟く。

「……え」
「ごめん。今日は初めからこっそり後をつけていたんだ。張り切って髪型整えて、花屋さんに寄って、時間にたっぷり余裕があったのに迷子を交番に届けたり、お婆さんの相手やお爺さんを助けたりするのを見ていた」

 ……見られていた。だからなのか、こんなに見た目が告白に見合っていない僕を見ても、笑ってはいない。寧ろ、きらきらと瞳が輝いていて。

「……好きだ」
「えっ」
「ああ、ごめん。タケルから告白されるのを待っていたのに結局俺が告白しちゃった……格好悪いな、俺」

 苦笑して、頭を掻いて。僕を見つめる目は熱い。僕もまた、恥ずかしくて顔が熱くなっていたが、ヤマトに告白された事実に気づいて……ボボボッと頬が熱くなった。

 うそ。ヤマトが、僕を好き?
 ほんとの、ほんとに?

「あ、あの……いつから?」
「幼稚園の頃」
「……はっ⁉︎ 同じだったっけ⁉︎ 記憶にないよ!」
「うん。俺、あの頃はタケルより小さくて泣き虫だったし、苗字も……違ったから。引っ越して離れ離れになったけど高校で再会して。……タケルは、覚えていなさそうだったけど。……チャンスだった。格好良い俺しか知らないから」

 幼稚園の頃のヤマト、という名前を思い出す。……も、かなり前のことなので記憶になかった。

 ヤマトは歩み寄り、ずぶ濡れの僕に自身が差している傘を差し出す。

「泣き虫で、他の男子たちから意地悪されがちな俺の手をいつも握って『一緒に遊ぼう』と……タケルだけが友達だった。『好き』って伝えても『ありがとう』って言われるだけだった」

 ……それが、昨日ヤマトが言っていた気持ちが伝わらない子だったのか……って結局、僕のことじゃん!

「高校生で再会して、すぐにあの頃のタケルだってわかったよ……少しおっちょこちょいだけど、困っている人を見つけたら助けに入ってしまう優しいところはずっと変わらない」
「ずっと好きでいてくれたんだね……でも、やっぱり僕じゃ釣り合わないかも」

 私服だって格好良いヤマト。僕とは大違い。今更ながらにマイナス思考になってしまえば「だから、今度は俺がタケルを支えたいって思ったんだ」と鞄からタオルを出して、僕の濡れた髪を拭いていく。

「ヤマト……」
「タケルを、ずっと見守りたい。優しくて、頑張って人を助けるタケルが好きだ。変に変わろうとしないで、このままでいて」

 ……思い出した。僕がヤマトを好きになった理由。
 あの時も、人を助けた代わりに僕が泥まみれになってしまい。クラスメイトに笑われた時も、ヤマトだけは笑わずに僕の元まで来てホースから出る水で体を綺麗にしてくれたのだっけ。

『鈍臭くて、ごめんね』
『どうして? 俺はすごく格好良いと思うよ』

 胸が熱くなる。僕の頑張りを見つけてくれる人がいたから。あの日から、僕はずっとヤマトが好き。でも、好きな気持ちは、ヤマトの方が長い。

 なにこれ。僕一生好きな気持ち敵わない。僕がヤマトを好きになるまで、待ってくれていたんだ。

「……僕も、ヤマトが好き。大好き」
「付き合ってくれる?」

 近い距離で見つめられる。心臓が苦しいくらいに高鳴って、どうにかなってしまいそう。ああ、好き。すごく好き。ヤマトからの熱い視線に応えようとして、顔を上げてキスをしようとして……プシュ〜……とショートしたようにへなへなと僕は座り込んでしまう。

「ぷっ、あはは……うん、俺長い間待ってたんだ。もう少しくらい、待てるよ」

 頭を撫でられる。片想いの時も心臓の高鳴りはすごかったけど、両思いになってからもトクトクと耳に音が聞こえてしまいそうだった。

「あー、もう! 全然アタシのこと眼中にないじゃない! お幸せに!」

 存在を忘れていた女子生徒が去っていく頃、雨はパラパラと小雨になり太陽が見え始める。

「……あ、虹」
「昼なのに、珍しい」

 お爺さんの言う通りだったかも。踏んだり蹴ったりだったけど、ヤマトはちゃんと僕を見てくれていた。なんだかそれがとてもありがたくて。……僕もヤマトを大事にしたいなって思った。

「朝虹は雨、夕虹は晴れ」
「え?」
「出かける時、朝なのに虹が見えたから……雨が降るだろうなって傘持って来たんだ」
「……天気予報を鵜呑みにしても良くないんだね……」
「俺はタケルが頑張ってるって知ってるから。そのサポートを俺がさせて」

 やたらと大きな鞄だなと思ったら、その中から替えの服が出された。
 僕がびしょ濡れになるかもと用意してくれていた。

「へっくしゅ」
「温かいお茶もあるから」

 おんぶに抱っこ状態で申し訳ないと思ったが。
 僕を見つめるヤマトの目は慈悲深いもので。恋人同士になったから甘えても良いのだと気づき。

 ドキドキして無理! と思っていたキスを僕からしていた。自然にしていた。あ、頑張る必要ないんだ。背伸びしなくて良いんだ。もっとヤマトと近づきたいって思った。

 呆けた顔をしていたヤマトは、みるみる笑顔になり、傘を放り出して体が濡れるのも構わずずぶ濡れの僕を抱えてぐるぐる回る。バランス崩して、2人転んで、結局ヤマトも泥まみれ。

 2人で大笑いして、寝そべると。

 綺麗な虹が空に架かっていた。





 一緒に虹を見上げようね【完】