通り過ぎる一年生の女子たちが、岳人を見て、目をギラギラさせて小さな悲鳴をあげていく。
男子たちは、信じられない者を見るかのように目を見開いていく。
岳人が相談室のドアを三回ノックした。
里井の「どうぞ~っ」の返事と、同時に岳人がノブを回す。
ドアが開いた。
「早く入って」
岳人に言われるまま、俺は素早く数回ほどお世話になった部屋へ小走りで入った。
岳人は入ると素早くノブにある施錠のツマミを回した。
覗き窓には内側からコピー用紙が貼られている。
開いた窓からの微風が、少しだけ冷たくて心地よい。
片側の壁一面にスチル棚が並び、向かいにはコピー機と紙以外の備品が置かれた木の棚が置かれている。窓の前には職員室にあるのと同じ引き出しつきの机が一つ。
「タケダが当分ここ使っていいって」
長机を二つくっつけた中央テーブルに、菓子パンを三つ並べた里井が、パイプ椅子にふんぞり返ってニコニコしている。
灰田はラップに包まれたおにぎり三つと携帯ウェットテッシュを前に、ニヤニヤと両肘をテーブルについている。
「ハルちゃんは座って座って」
館川に急かされて、俺は館川の前にリュックを置いた。
岳人が遅れて灰田の前にリュックを置いた。
「タケはわかってるよなあ」
肘をテーブルにつけたまま組んだ両手の上に、灰田が顎を載せた。
「罰ゲ~ム‼」
館川が「ビュービュー」と囃し立てる。
「タケは昨日、俺たちとの約束を破りました」
「地味に残念な破り方で、大爆笑したよね。意気地なし~っ。俺たち、メチャクチャ楽しみにしていたのにねえ」
「タケがヘタレすぎて何ヵ月も待たされそうだったので、俺がサラリと完遂しちゃいました」
「タケちゃんカッコイイ‼」
「ありがとう、ミロ」
二人が「イエ~イッ」とハイタッチする。
何の話かわからなくて、俺は灰田たちと岳人を何度も見遣った。
「さっそくだけど、今、罰ゲームをオーダーします。曽根崎岳人くん、俺は無糖の紅茶が今すぐ飲みたいです。もちろん、アイスでお願いします。はい、これお金」
「俺は体育館裏か購買にしかないパックのイチゴ豆乳で。なかったらバナナかコーヒーでもいいよ。これがお金です。今日はハルちゃんの歓迎会でもあるので、タケちゃんの奢りでタケちゃんのイメージに近いドリンクもお願いします」
二人が用意していた小銭を回収した岳人が、俺を見た。
「俺はお茶があるので大丈夫です。いらないです」
丁重に断ると、岳人が「わかった」と告げた。
岳人をパシリに使うなんて、この二人でなければ批難の嵐だ。
ホッとした俺に、岳人がパイプ椅子を引いた。
「座って待ってて」
学校一のイケメンにそう言われたら、「はい」と頷いて座るしかない。
これは、俺への罰ゲームだろうか。
岳人に椅子を引いてもらったなんて知られたら、女子たちから絶対に嫌がらせされる。
恐る恐る座った俺を見届けると、岳人は壁にかかっている鍵を持って部屋を出ていった。
灰田が立ちあがり、ドアを開けて外を確認すると、すぐに閉めて向き直り、「ヨシッ」とガッツポーズをした。
「俺たちに残された時間は短い。さあ、極秘ミッションを始めようか。サクサク進めるよ」
灰田が超ご機嫌スマイルで、岳人が座るはずのパイプ椅子に座った。
館川がパイプ椅子を持ち上げて、俺の横に来る。
俺は二人に挟まれる格好になった。
「単刀直入に訊くけどさあ」
灰田から笑顔が消えた。
「里井ちゃんって、岳人のことが嫌い?」
「えっ?」
想像もしなかった質問に、俺は目を大きくして瞬いた。
「もし嫌いだったら、嫌いレベルも教えて。大嫌いすぎて顔も見たくないとか。目障りだから一生失せてろとか」
館川の顔が近づいてきて、上体を反らしていたら灰田にぶつかった。
「ゴメンッ」
「いやいや、痛くないから全然いいんだけど、この恰好をタケに見られたら首を絞められるな」
「で、どうなの。好き? 普通? 嫌い?」
まだ迫ってくる館川に、俺は灰田の腿に倒れる形になった。
「俺は嫌ったことなくて……。岳人に心底嫌われてるのは知ってるんだけど……」
「さすがはミロ。言質が取れました」
灰田と館川がまたハイタッチをした。
「絶対におかしいと思ってたんだよ。けど、タケちゃんが言い張るからさあ」
「それな。臆病風に吹かれたタケが悪い」
「二人は岳人が俺を嫌ってるのを知ってるんだよね」
思い切って尋ねると、二人がキョトンとした。顔を見合わせると二人揃って叫びだす。
やっぱり、俺、岳人に嫌われているんだ。
さっきまで楽しいと思ってしまった自分が情けなくなってくる。
「教えてほしいんだ。嫌いで今まで無視してきた人間に、どうして今になっていきなり優しくしてくれるのか。そうじゃないと、いつ大きな手の平返しがあるのかって……。それやられたら、もう俺、耐えきる自信ないからさあ。距離作られているほうがラクっていくか諦めがつく」
初めて漏らした本音が震えた。
俺は起き上がると両手で顔を覆った。
ここで泣いてはダメだ。岳人が戻る前に平常を装わないと。
「そう言うかなって思って、いい物を用意したんだ」
灰田がポケットから紙切れを取りだした。
学生証よりやや小さい紙に、文字が書かれている。
館川が俺の肩にくっついてきた。
「昨日、二人で連絡取り合って、今朝作りました。だから、朝乱闘があったみたいだけど、行けなくてゴメンね」
「タケの本音が聞ける魔法の言葉」
そんなものが実在するなら、俺の貯めた全財産を差しだしていい。
「二人って魔法が使えるの⁉」
驚いて声が裏返った俺に、二人が「中身も可愛すぎるわ」「タケには勿体ない」と優しく笑いかけてくれた。
「使えるのは一回で二人きりの時。本当は何人いてもいいけど、岳人には二人きりだと思わせて。あと、この言葉はセリフになっているから、一字一句間違えないように丸暗記。さあ里井ちゃん、頭いいよね。今すぐ丸暗記しようか」
灰田が軽いノリで俺の肩を叩いた。
「いつタケちゃんが戻ってくるかわかんないし、俺たちはベランダに隠れるから」
館川が立ちあがり、続いて灰田も立った。
「ちょっと待って。練習とかしなくていいの? 早くない?」
すべてが急すぎて心臓がバクバクする俺に、
「追い詰められてるなら、何事も早めがいいでしょ」
灰田が呑気にベランダに続くデスク横の縦長の窓を開けた。
「ヤバそうだったらすぐ飛びだして、ハルちゃんのことを守れるように隠れてるからさ。頑張れ」
二人はベランダに出ると、デスクがある方の普通の窓側に立った。
「ここにしゃがんでるから」
灰田が館川の頭を押さえて下に姿を隠した。
ここまで来たら、やるしかない。
俺は震える心臓に片手を置いて、紙切れを見つめた。
今すぐ岳人が現れたっておかしくはない。
俺はドアがノックされるまで、ブツブツと文章を繰り返し読み続けた。
男子たちは、信じられない者を見るかのように目を見開いていく。
岳人が相談室のドアを三回ノックした。
里井の「どうぞ~っ」の返事と、同時に岳人がノブを回す。
ドアが開いた。
「早く入って」
岳人に言われるまま、俺は素早く数回ほどお世話になった部屋へ小走りで入った。
岳人は入ると素早くノブにある施錠のツマミを回した。
覗き窓には内側からコピー用紙が貼られている。
開いた窓からの微風が、少しだけ冷たくて心地よい。
片側の壁一面にスチル棚が並び、向かいにはコピー機と紙以外の備品が置かれた木の棚が置かれている。窓の前には職員室にあるのと同じ引き出しつきの机が一つ。
「タケダが当分ここ使っていいって」
長机を二つくっつけた中央テーブルに、菓子パンを三つ並べた里井が、パイプ椅子にふんぞり返ってニコニコしている。
灰田はラップに包まれたおにぎり三つと携帯ウェットテッシュを前に、ニヤニヤと両肘をテーブルについている。
「ハルちゃんは座って座って」
館川に急かされて、俺は館川の前にリュックを置いた。
岳人が遅れて灰田の前にリュックを置いた。
「タケはわかってるよなあ」
肘をテーブルにつけたまま組んだ両手の上に、灰田が顎を載せた。
「罰ゲ~ム‼」
館川が「ビュービュー」と囃し立てる。
「タケは昨日、俺たちとの約束を破りました」
「地味に残念な破り方で、大爆笑したよね。意気地なし~っ。俺たち、メチャクチャ楽しみにしていたのにねえ」
「タケがヘタレすぎて何ヵ月も待たされそうだったので、俺がサラリと完遂しちゃいました」
「タケちゃんカッコイイ‼」
「ありがとう、ミロ」
二人が「イエ~イッ」とハイタッチする。
何の話かわからなくて、俺は灰田たちと岳人を何度も見遣った。
「さっそくだけど、今、罰ゲームをオーダーします。曽根崎岳人くん、俺は無糖の紅茶が今すぐ飲みたいです。もちろん、アイスでお願いします。はい、これお金」
「俺は体育館裏か購買にしかないパックのイチゴ豆乳で。なかったらバナナかコーヒーでもいいよ。これがお金です。今日はハルちゃんの歓迎会でもあるので、タケちゃんの奢りでタケちゃんのイメージに近いドリンクもお願いします」
二人が用意していた小銭を回収した岳人が、俺を見た。
「俺はお茶があるので大丈夫です。いらないです」
丁重に断ると、岳人が「わかった」と告げた。
岳人をパシリに使うなんて、この二人でなければ批難の嵐だ。
ホッとした俺に、岳人がパイプ椅子を引いた。
「座って待ってて」
学校一のイケメンにそう言われたら、「はい」と頷いて座るしかない。
これは、俺への罰ゲームだろうか。
岳人に椅子を引いてもらったなんて知られたら、女子たちから絶対に嫌がらせされる。
恐る恐る座った俺を見届けると、岳人は壁にかかっている鍵を持って部屋を出ていった。
灰田が立ちあがり、ドアを開けて外を確認すると、すぐに閉めて向き直り、「ヨシッ」とガッツポーズをした。
「俺たちに残された時間は短い。さあ、極秘ミッションを始めようか。サクサク進めるよ」
灰田が超ご機嫌スマイルで、岳人が座るはずのパイプ椅子に座った。
館川がパイプ椅子を持ち上げて、俺の横に来る。
俺は二人に挟まれる格好になった。
「単刀直入に訊くけどさあ」
灰田から笑顔が消えた。
「里井ちゃんって、岳人のことが嫌い?」
「えっ?」
想像もしなかった質問に、俺は目を大きくして瞬いた。
「もし嫌いだったら、嫌いレベルも教えて。大嫌いすぎて顔も見たくないとか。目障りだから一生失せてろとか」
館川の顔が近づいてきて、上体を反らしていたら灰田にぶつかった。
「ゴメンッ」
「いやいや、痛くないから全然いいんだけど、この恰好をタケに見られたら首を絞められるな」
「で、どうなの。好き? 普通? 嫌い?」
まだ迫ってくる館川に、俺は灰田の腿に倒れる形になった。
「俺は嫌ったことなくて……。岳人に心底嫌われてるのは知ってるんだけど……」
「さすがはミロ。言質が取れました」
灰田と館川がまたハイタッチをした。
「絶対におかしいと思ってたんだよ。けど、タケちゃんが言い張るからさあ」
「それな。臆病風に吹かれたタケが悪い」
「二人は岳人が俺を嫌ってるのを知ってるんだよね」
思い切って尋ねると、二人がキョトンとした。顔を見合わせると二人揃って叫びだす。
やっぱり、俺、岳人に嫌われているんだ。
さっきまで楽しいと思ってしまった自分が情けなくなってくる。
「教えてほしいんだ。嫌いで今まで無視してきた人間に、どうして今になっていきなり優しくしてくれるのか。そうじゃないと、いつ大きな手の平返しがあるのかって……。それやられたら、もう俺、耐えきる自信ないからさあ。距離作られているほうがラクっていくか諦めがつく」
初めて漏らした本音が震えた。
俺は起き上がると両手で顔を覆った。
ここで泣いてはダメだ。岳人が戻る前に平常を装わないと。
「そう言うかなって思って、いい物を用意したんだ」
灰田がポケットから紙切れを取りだした。
学生証よりやや小さい紙に、文字が書かれている。
館川が俺の肩にくっついてきた。
「昨日、二人で連絡取り合って、今朝作りました。だから、朝乱闘があったみたいだけど、行けなくてゴメンね」
「タケの本音が聞ける魔法の言葉」
そんなものが実在するなら、俺の貯めた全財産を差しだしていい。
「二人って魔法が使えるの⁉」
驚いて声が裏返った俺に、二人が「中身も可愛すぎるわ」「タケには勿体ない」と優しく笑いかけてくれた。
「使えるのは一回で二人きりの時。本当は何人いてもいいけど、岳人には二人きりだと思わせて。あと、この言葉はセリフになっているから、一字一句間違えないように丸暗記。さあ里井ちゃん、頭いいよね。今すぐ丸暗記しようか」
灰田が軽いノリで俺の肩を叩いた。
「いつタケちゃんが戻ってくるかわかんないし、俺たちはベランダに隠れるから」
館川が立ちあがり、続いて灰田も立った。
「ちょっと待って。練習とかしなくていいの? 早くない?」
すべてが急すぎて心臓がバクバクする俺に、
「追い詰められてるなら、何事も早めがいいでしょ」
灰田が呑気にベランダに続くデスク横の縦長の窓を開けた。
「ヤバそうだったらすぐ飛びだして、ハルちゃんのことを守れるように隠れてるからさ。頑張れ」
二人はベランダに出ると、デスクがある方の普通の窓側に立った。
「ここにしゃがんでるから」
灰田が館川の頭を押さえて下に姿を隠した。
ここまで来たら、やるしかない。
俺は震える心臓に片手を置いて、紙切れを見つめた。
今すぐ岳人が現れたっておかしくはない。
俺はドアがノックされるまで、ブツブツと文章を繰り返し読み続けた。

