翌日の朝。
昨日は、クラス替え発表があったから早めに登校したけれど、今日からはいつも通りにギリギリより少し早めに登校した。
教室にいる時間は少なく、けれど誰にも迷惑や注意されない程度の余裕を持って行動する。
ボッチで嫌われ者な俺の処世術だ。
教室に入った俺は、目が合った人にだけ軽く会釈をしながら席に着いた。
岳人は席でうつ伏せている。
そのまわりを女子が囲うようにして、女子が雑談をしている。岳人が起きた瞬間に話しかけるつもりなんだろう。
モテすぎるのも大変だな。
リュックを開けて必要な物を机の中に移していると、数人の男女に囲まれてしまった。
俺はオドオドしながらリュックを横にかけた。
荷物がなくなったテーブルに、チンピラになりたてみたいな髪をした顔も名前も覚えてない男子が勢いよく両手をつき、顔を近づけてきた。
目を合わせたら面倒なことになる。
俺は両手を膝に置き、俯いた。
俺が複数人に囲まれる場合、理由は大きく二つに分かれる。集団によるクレームか、軽度なイジメの対象にされた時だ。
「里井の分際で、なんでいきなり曽根崎たちに気に入られてんだよ。金でヤツらのパシリにでもなったか? お前はみんなに嫌われてりゃいいんだよ」
左頭部を殴られて、椅子から落ちそうになった。
なんとか堪えた俺の耳に、机や椅子を押しのける音と悲鳴が聞こえた。
思わず顔を上げると、岳人が立っていた。
俺にイチャモンをつけていた男子が、頭を押さえて倒れている。
「さっき言ったよなあ。遥に用事があるなら、全部俺を通してからにしろって」
岳人の声が室内に響き渡る。
何それ。
俺、何も知らないんだけれど。
「もしかして、聞こえてなかった? だとしても、遥にやったことをやり返しただけだから文句ないよな。いい加減、自分より下の人間を無理矢理作って安心するのはやめろよ。ダサいんだよ。見たままの偏見だけど、お前、遥より成績悪いだろ。試験結果の総合と教科別トップ五〇の貼りだしに、一度も名前が載ったことないんじゃない? ダメだよ。下の分際で上の遥に手を出すなんて」
岳人の冷めた瞳に、男子が尻を床についたまま後退りする。
誰も男を起こそうとしない。
チャイムが鳴った。
間もなくショートホームルームが始まる。
重い空気の中、声を潜めて立っていた生徒たちが席につく。
ドアが開いて担任が入ってきた。
倒れていた男子が慌てて立ちあがり、ふらつきながら席に戻っていく。
映画のワンシーンに入り込んでしまったみたいだ。ジクジク殴られた部分は痛いのに、現実味がない。
「あっ」
岳人が何か忘れていたのか声を上げた。
「どうしたの?」
この流れでどうしたもないけれど、他に言葉が出てこない。
「おはよう、遥」
それだけを笑顔で言い残して、岳人は席に戻っていった。
午前中、俺はずっと現実味がないまま過ごした。
休憩時間になると、一組の灰田と館川が俺の席まで朝の挨拶に来たり、三時限目の一組との合同体育は四人で一緒に移動して、ストレッチの相手役に岳人が立候補してくれたり、青春小説に書かれていた嘘みたいな優しくて眩しい世界が溢れていた。
数学で当てられて板書しなくちゃいけなくなった時も、トボトボと教壇に向かう途中で岳人に腕を掴まれて、互いの解いた計算を比べながら「違ったら俺も一緒だ」と笑ってくれた。教師には「私語は慎め」と叱られたけれど、岳人の一言が全身に沁みたから、心臓がいつもより大人しくなって、深く呼吸ができた。やっぱり緊張して顔は火照ったし、手も少し震えたけれど、スムーズに計算式を板書出来て、少しクラスがどよめいた。
あっという間に時間が過ぎるのは、いつ振りだろう。
午前中最後の数学の授業が終わり、俺は弁当を出そうとリュックを机に置いた。
そういえば昨日、灰田にお昼を誘われたけれど、社交辞令みたいなもんだよな。
きっと……多分……。
いや、わからない。
だからといって、本人に「本気ですか?」とは聞けない。
リュックを前に悩んでいると、スマホを片手にリュックを右肩にかけた岳人が近づいてきた。
その少し後ろでは、般若もビックリな表情の女子たちがこっちを見ている。
午前中で一つ学んだことがある。話しかけてこないギャラリーは、どれだけ存在感があろうと空気として扱うこと。
「行こう、遥。今、館川から連絡きた」
言われるまま、俺は立ち上がった。
あの約束、本気だったんだ。
「どこに行くの?」
「面倒なヤツらに聞かれたくないから、ついてきて」
言われるままついていった先は、一年生の主任が責任者の一年専用の相談室だった。
昨日は、クラス替え発表があったから早めに登校したけれど、今日からはいつも通りにギリギリより少し早めに登校した。
教室にいる時間は少なく、けれど誰にも迷惑や注意されない程度の余裕を持って行動する。
ボッチで嫌われ者な俺の処世術だ。
教室に入った俺は、目が合った人にだけ軽く会釈をしながら席に着いた。
岳人は席でうつ伏せている。
そのまわりを女子が囲うようにして、女子が雑談をしている。岳人が起きた瞬間に話しかけるつもりなんだろう。
モテすぎるのも大変だな。
リュックを開けて必要な物を机の中に移していると、数人の男女に囲まれてしまった。
俺はオドオドしながらリュックを横にかけた。
荷物がなくなったテーブルに、チンピラになりたてみたいな髪をした顔も名前も覚えてない男子が勢いよく両手をつき、顔を近づけてきた。
目を合わせたら面倒なことになる。
俺は両手を膝に置き、俯いた。
俺が複数人に囲まれる場合、理由は大きく二つに分かれる。集団によるクレームか、軽度なイジメの対象にされた時だ。
「里井の分際で、なんでいきなり曽根崎たちに気に入られてんだよ。金でヤツらのパシリにでもなったか? お前はみんなに嫌われてりゃいいんだよ」
左頭部を殴られて、椅子から落ちそうになった。
なんとか堪えた俺の耳に、机や椅子を押しのける音と悲鳴が聞こえた。
思わず顔を上げると、岳人が立っていた。
俺にイチャモンをつけていた男子が、頭を押さえて倒れている。
「さっき言ったよなあ。遥に用事があるなら、全部俺を通してからにしろって」
岳人の声が室内に響き渡る。
何それ。
俺、何も知らないんだけれど。
「もしかして、聞こえてなかった? だとしても、遥にやったことをやり返しただけだから文句ないよな。いい加減、自分より下の人間を無理矢理作って安心するのはやめろよ。ダサいんだよ。見たままの偏見だけど、お前、遥より成績悪いだろ。試験結果の総合と教科別トップ五〇の貼りだしに、一度も名前が載ったことないんじゃない? ダメだよ。下の分際で上の遥に手を出すなんて」
岳人の冷めた瞳に、男子が尻を床についたまま後退りする。
誰も男を起こそうとしない。
チャイムが鳴った。
間もなくショートホームルームが始まる。
重い空気の中、声を潜めて立っていた生徒たちが席につく。
ドアが開いて担任が入ってきた。
倒れていた男子が慌てて立ちあがり、ふらつきながら席に戻っていく。
映画のワンシーンに入り込んでしまったみたいだ。ジクジク殴られた部分は痛いのに、現実味がない。
「あっ」
岳人が何か忘れていたのか声を上げた。
「どうしたの?」
この流れでどうしたもないけれど、他に言葉が出てこない。
「おはよう、遥」
それだけを笑顔で言い残して、岳人は席に戻っていった。
午前中、俺はずっと現実味がないまま過ごした。
休憩時間になると、一組の灰田と館川が俺の席まで朝の挨拶に来たり、三時限目の一組との合同体育は四人で一緒に移動して、ストレッチの相手役に岳人が立候補してくれたり、青春小説に書かれていた嘘みたいな優しくて眩しい世界が溢れていた。
数学で当てられて板書しなくちゃいけなくなった時も、トボトボと教壇に向かう途中で岳人に腕を掴まれて、互いの解いた計算を比べながら「違ったら俺も一緒だ」と笑ってくれた。教師には「私語は慎め」と叱られたけれど、岳人の一言が全身に沁みたから、心臓がいつもより大人しくなって、深く呼吸ができた。やっぱり緊張して顔は火照ったし、手も少し震えたけれど、スムーズに計算式を板書出来て、少しクラスがどよめいた。
あっという間に時間が過ぎるのは、いつ振りだろう。
午前中最後の数学の授業が終わり、俺は弁当を出そうとリュックを机に置いた。
そういえば昨日、灰田にお昼を誘われたけれど、社交辞令みたいなもんだよな。
きっと……多分……。
いや、わからない。
だからといって、本人に「本気ですか?」とは聞けない。
リュックを前に悩んでいると、スマホを片手にリュックを右肩にかけた岳人が近づいてきた。
その少し後ろでは、般若もビックリな表情の女子たちがこっちを見ている。
午前中で一つ学んだことがある。話しかけてこないギャラリーは、どれだけ存在感があろうと空気として扱うこと。
「行こう、遥。今、館川から連絡きた」
言われるまま、俺は立ち上がった。
あの約束、本気だったんだ。
「どこに行くの?」
「面倒なヤツらに聞かれたくないから、ついてきて」
言われるままついていった先は、一年生の主任が責任者の一年専用の相談室だった。

