俺を嫌っている男と同じ委員になりました

 高校二年生に進級した途端、俺に大きな不幸が襲ってきた。
 左頬を引き攣らせながら、俺は軽く握っていた両手にギュッと力を込めた。
 一二回確認しても変わらない。
 二年生専用の掲示板に貼られたクラス替え発表。
 二組に俺の名前、里井(さとい)(はるか)がある。
 その二つ下にあるのは、曽根崎(そねざき)岳人(たけと)の名前。
 「おはよう」の挨拶や、「二年も一緒じゃん」「離ればなれなんて、マジありえないんだけど」と、喜び合ったり残念がったりするまわりの声を聞きながら、俺は「終わった」と呟いた。
 ……ヤバい。
 ヤバすぎる。
 全身から血の気が引いていく。
 同じクラスになったら、学年一、いやいや学校一のイケメンで、運動神経が良くて、頭脳明晰な男に心底嫌われているのが周囲にバレてしまう。
 そうなったら、残りの学校生活、お先真っ暗だ。
 現在、スクールカーストの学年部門下位なのは自覚している。
 けれど、ただの下位とイケメンを敵にまわした下位は天と地ほど違う。
 岳人を親友だと思っていた時期もあった。
 小学校に入学した日、俺と岳人はすぐ友達になった。同じクラスで、担任に言われるまま出席番号順に座ったら、俺のすぐ後ろが岳人だった。
 けれど、小学一年生の生活もあと少しという時、俺は人生で最大の失態を卒業式のステージ上で犯してしまった。
 そして、岳人は俺の失態をカバーしたせいで目立ってしまった。
 当時の目撃者は、全校生徒と全教師陣に加えて、式に出席していた卒業生の保護者全員。
 あの日のことは完全にトラウマとなり、俺は転がるように学年カースト最下位になり、現在殿堂入りを果たしている。
 あの日のことは、極力思いださないように気をつけていたのに……。
 これからは毎日岳人を見ては思いだし、死ぬ勇希もないのに死にたくなるのか。
 あの日以来、俺は岳人と会話をしていない。挨拶すらしなくなった。
 廊下や体育館で岳人と目が合うことはあったけれど、すぐに俺から目を逸らした。向こうも、同じタイミングで目を逸らしているはずだ。
 もう、これ以上思いださない。
 絶対に思いださない。
 思いだすな!
 俺は自分に言い聞かして、詰めていた息を吐いた。
 スラッとした高身長の岳人は、頬のラインがスッキリしていて、優等生らしい立ち振る舞いと落ち着きから、女子だけでなく教師受けもいい。
 岳人がモテ始めたのは、小学校の中学年くらいからだろう。その頃から、女子たちが岳人を見ては騒ぐようになった。
 顔つきが男らしく変わるにつれてモテ度が上がり、女子たちの煩さが増した。
 噂によると、岳人は一度として告白を受け入れたことがないらしい。去年、学校一と言われた一学年上の美少女の告白をアッサリと振った話は有名だ。
 噂と共に女子たちが「難攻不落の王子」と騒ぐ声は、誰にも見向きをされないボッチな俺にも届いた。
 一方で、岳人は笑わないことでも有名だ。誰とも深く関わらないスタンスがクールを通り越して嫌味だと、同性からは嫉妬されている。
 俺の知る小学一年生の頃の岳人とは真逆のディスリに、俺はいつも顔を顰めてしまう。
 あの頃と比べたら、俺もかなり変わった。
 あの日を境にガラリと変わった。
 けれど、俺の大失態の尻ぬぐいをした以外は順風満帆な岳人だ。大きく変わる必然性も、必要性もない。
 ……教室に行きたくないな。
 足が床にくっついたように動けない俺に、声をかける人はいない。
 友達がいない歴は、岳人に嫌われてからずっとで日々更新を続けている。
 友達がいないのも、多少のイジメも、仕方がないのはわかっている。
 元々アガリ症だった俺は、大失態を犯してから症状を一気に悪化させた。
 少しでも視線が集まるだけで、体中が固まり、手足や背筋が冷たくなる中、顔だけが熱くなる。そして、動悸がして呼吸が浅くなり、息苦しくなるんだ。
 だから、出来ないことが一気に増えた。
 簡単な問題でも挙手ができない。
 発表ができない。
 音読ができない。
 教師に当てられると言葉に詰まったり、頭が真っ白になってしまう。
 黒板で問題を解くのさえ、チョークを持つ手が震えてしまう。「合ってるからノートのをそのまま書けばいい」と教師に言われても、震えは止まらない。
 これから一年、岳人にアガリすぎて無様になる姿を見られ続けるのか。
 ……マジで無理だ。
 岳人に見られると考えただけで、もう緊張して息が詰まってきた。
 親に迷惑をかけたくないけれど、進級に響かない程度に保健室に逃げ込もう。
 溜め息をついた俺の鼓膜に、
「おはよう」
 少し硬質だけれどよく通る男子生徒らしき声が、至近距離で鼓膜を揺らした。
「えっ?」
 見遣れば、目線に喉ぼとけが飛び込んできた。少しだけ緩められた臙脂のネクタイに、ボタンが掛けられているブレザー。
 誰だ?
 見上げると、岳人の顔があった。笑っても怒ってもいないけれど、真顔というよりは少し強張った表情。
 目が合って数秒間固まった俺は、慌てて顔を逸らした。
 ヤバッ!
 俺に声をかける人間なんているわけないのに、至近距離すぎて反応してしまった。
「同じクラスになるの、小学一年生振りだな」
 顔を逸らしたままの俺の耳が、続く岳人の言葉を拾う。
 きっと、俺以外にも岳人と小学一年生振りに同じクラスになるヤツがすぐ傍にいるんだ。
 そうだ。
 そうに違いない。
 俺は黙ったまま、そそくさとその場を離れた。
 途端、高めのけたたましい男子の笑いと、「マジでウケんだけど」と別の男子の大きめな声に合わせて拍手よりは遅い手を叩く音がして、ビクッとしてしまう。
「何あれ、せっかく曽根崎くんから話しかけてくれたのに、感じワル~ッ。そう思うよね?」
「アタシらなんて、挨拶すらまとめてじゃん」
「こっちから挨拶しなきゃされないしね」
「目を合わせず、まとめて挨拶されても幸せ感じてる身にもなれよ」
「マジで、どんな女なら曽根崎くんから笑顔で挨拶してもらえるんだろ」
「それなーっ」
 女子たちのピリピリした声が聞こえたけれど、振り返らない。
 俺じゃない。
 岳人が俺に話しかけるはずがない。
 体中が緊張で強張り、心臓が飛びだしそうなほどドキドキする。
 小学一年生振りに近くで聞いた岳人の声は、その辺の男子よりも少し低くて男らしかった。