依弦といわゆる恋人と呼ばれる関係になって、すぐに夏休みに入った。
俺たちは友達ではなくなってしまったけど、それほど変わらずに遊んでいる。傍から見ていても普通の友人に見えるはずだ。というか、俺がそうしてくれと頼んだ。依弦はもとより人との距離が近いタイプで、放っておいたらめり込んでしまうのではないかというくらいべったりとくっついてくる。
さすがに恥ずかしいし、男子高校生ふたりがそんなに密着しているのはいくらなんでも不自然だ。周りの目くらい気にさせてほしい。
「泰斗、プール行こ」
俺の家で俺のTシャツを着て夏休みの課題をこなしている依弦が、死にそうな顔をしている。ちなみに依弦のTシャツはここに来るまでに汗だくになってしまったからファボリーズをぶっかけて庭で干されている。サイズの全く合っていない酷くだぼついたTシャツから鎖骨の窪みが惜しげもなく曝されていて目の毒だ。昂りそうな気持ちを、結ばれてふよふよと情けなく揺れている前髪を見て誤魔化す。いちいち視界の端にちらつくのがとてつもなく鬱陶しい。
「いつ」
「明日」
「急だな。いいけど」
ここから3駅行ったところに流れるタイプのプールがある。こんなに暑いと涼を求める人でごった返しているかもしれないが、まぁ行ってみる価値はあるだろう。小さいときに両親に連れて行ってもらってかなり楽しかった記憶がある。
「やった。この夏初の遠出」
「遠出ってほど遠くねぇけどな」
「そうだけどさぁ」
依弦の唇がむい、と突き出される。
「デートじゃん。楽しみにさせてよ」
飛び出してきた『デート』の言葉にフリーズする。時折こうして忘れかけてきた頃に、俺たちは付き合っているんだと思い出してしまうようなことを言ってくるところは……嫌いだ。
にやりと器用に片側の口角だけを挙げて、意地悪く笑われる。
「なに、まだ慣れねぇの?」
「う……るせぇな……」
ペンが止まる。顔と耳に熱が集まってきているから、どうせ赤くなっているんだろう。くい、と耳をつねられ、依弦の方に引っ張られる。
「いつかこの耳に穴開けてやりてぇな」
「は? やめろって急に……こえぇよ」
「お前穴バチバチに開けていかつくしたらマジで人寄ってこねぇんじゃねぇの」
「だからやめろって。大学で浮きたくない」
「んはは。でもまぁ、1個くらい開けさせてよ、そのうち」
ちょうど俺の家と依弦の家の中間あたりに最寄り駅があるおかげで、集合場所はすぐに決まった。少し早起きして時間を持て余したせいで、集合時刻の15分前についてしまった。平日の午前中ということもあり、それほど駅の利用客はいない。
「うい、おにーさん、はやいね」
スマホをぼーっと眺めていると軟派なセリフと共に横腹を突かれる。集合時間10分前。おちゃらけたやつだが、時間はきっちり守る人間だ。
「いま来たとこだよ」
「お、テンプレ」
「1回言ってみたかった」
にっと笑った依弦が、行くか、と改札を指さす。
「ボンタンみたいだな、そのズボン」
「言い方どうなってんだよ」
「ヤンキーみてぇ」
「お前が言うな。キャップのせいでいつもの3割増しでいかつくなってんぞ」
無地の白のTシャツに名前のわからない黒のボンタン風のパンツ。シンプルな服だがこいつが着るととんでもなく洒落て見えるんだから、結局世の中は顔なのだろう。なんとも世知辛い。
プールは想像していたよりは混んでいなかった。日光に丸焦げにされそうな天気だ。いくら水の中に半分ほど浸かっているとはいえ、肌がジリジリと焼かれていく感覚は一部の人にとっては耐え難いだろう。
「おい泰斗! 日焼け止め塗れ。さすがにやけどするって」
「持ってねぇし」
「オレのやるから! つか塗ってやるから来い」
更衣室の隅のロッカーを見事ゲットし、着替えて早速プールに入ろうとしたところ依弦に止められる。生まれてこの方日焼け止めなんて塗ったことがない。なんなら効果も半信半疑だ。そんな量の液体で日差しの攻撃から身を守れるわけないじゃないか。
「明日泣き見るのお前だぞ」
「……わかったよ」
「ここ座れ」
肩に手をかけられ、ぐい、としゃがむように誘導される。触れた依弦の手があまりにも熱くて驚いた。
「依弦お前、また熱中症なってるんじゃないだろうな」
「なってねぇよ。元気だわ」
カラカラと日焼け止めを振る音がしたあと、つー、と首筋から肩、背中にかけて細いものが這う。
「ひっ……!」
「あ、わり。くすぐったかったか」
日焼け止めの容器から直接肌へ液体を出したらしい。両腕にも一本の道筋が作られ、自分で塗り伸ばすように指示された。
「首焼けたら痛いからな。オレ昔ズル剥けになった」
「お前白いからな」
首元を依弦の熱い手が撫でる。冷たい液体は依弦の手によって瞬時に温められて、俺の体温と同化していく。細い指になぞられる度にぞわりと腹の奥が震えるようなくすぐったさが走って、暴れ出したくなってしまう。
「うし! 行くぞ!」
「……おう」
いつも俺ばかり振り回されているような気がする。身体に溜まる熱をどうにか逃がしたくて、俺は一番深いプールめがけてズカズカと歩を進めていった。
「泰斗! スライダー行こ!」
「お前身長足りるのかよ」
「馬鹿にすんなよてめぇ! 120cm以上だっつの!」
ばちゃ、と顔に水をかけられる。流れに身を任せて浮いていたら、ふらっといなくなっていたはずの依弦がどこからともなく現れて、スライダーや噴水やらに引っ張られていく。先に遊んでいた小さな子どもが突然目の前に現れた巨人に驚いてしまうことが何度かあったけれど、毎回依弦が完璧なフォローをしてくれたおかげでなんとか乗り切れた。
「でかいのも大変なんだな」
「まぁな。普通に怖いだろ。俺だって2メートル余裕で超える人間が近寄ってきたら逃げるし」
アトラクション系はひとしきり遊んで満足したのか、依弦が平泳ぎで緩く泳いでいた俺の背中に乗ってくる。
「ちょ、沈むって」
「頑張って泳げ」
「無茶言うな」
腰にがっちりと脚を回されて、水を介しているとはいえ、肌と肌がいつも以上に密着する。通り過ぎていく子どもたちや他の利用客の声がなかったら今頃羞恥で死にかけていただろう。友だちだった頃は何とも思わなかったかもしれないが、いまはそういうわけにはいかない。
ゆっくりと、手のひらで水をかく。大きな抵抗を感じ、後ろからやってくる流れを借りてぐいっと前に進む。
「久しぶりに思いっきり遊べて楽しいわ。いつぶりだろ」
「……これからはいつでもいいぞ」
「かっこいいこと言ってくれんじゃん」
こいつが寂しそうにしているところは見たくない。全力で悪戯をして、笑って、楽しそうにしているところだけを見ていたい。
そのためなら多少の無茶をしたって迷惑をかけられたって、恥ずかしくたって、別にいい。
「泰斗」
名前を呼ばれ、立ち止まる。大きくカーブを描いたそこは流れが緩くなっていて、人がほとんどいなかった。
背中に乗った依弦の唇が耳元に近寄ってくる。
「やっぱお前、オレのこと大好きじゃん」
「っ……!」
軽く音を立てて、耳に口づけられる。
恋だの愛だの、俺には無縁な話だと思っていたのに、案外近いところにあったらしい。そう思うと、背中に乗っている重さが急に愛おしく思えた。
「さ、帰るか。スイカ買って帰ろう」
「いいな、それ」
ざばりとプールから上がる。
まだ13時頃。他の利用客は今からが本番と言わんばかりに全力で遊んでいて、更衣室には誰もいなかった。
「オレ、プール後のけだるい感じ好きなんだよな」
「わかる。なんとなく身体が湿ってる感じとか、嫌いじゃないしな」
「それはちょっと嫌かも」
荷物をまとめて立ち上がった時。
急に胸ぐらを掴まれて、強引にキスをされた。
「お前さぁ、毎回キスのとき爪先立ちしてるオレの気持ち考えたことある?」
「し……知らねぇ……つかこんなとこですんな」
「はっ。顔真っ赤じゃん。そんなんでこの先大丈夫?」
いつ噛みつかれるかわかったものじゃない。
でもまぁ、噛みつかれるのも食われるのも、こいつなら、きっと悪くないだろう。
俺たちは友達ではなくなってしまったけど、それほど変わらずに遊んでいる。傍から見ていても普通の友人に見えるはずだ。というか、俺がそうしてくれと頼んだ。依弦はもとより人との距離が近いタイプで、放っておいたらめり込んでしまうのではないかというくらいべったりとくっついてくる。
さすがに恥ずかしいし、男子高校生ふたりがそんなに密着しているのはいくらなんでも不自然だ。周りの目くらい気にさせてほしい。
「泰斗、プール行こ」
俺の家で俺のTシャツを着て夏休みの課題をこなしている依弦が、死にそうな顔をしている。ちなみに依弦のTシャツはここに来るまでに汗だくになってしまったからファボリーズをぶっかけて庭で干されている。サイズの全く合っていない酷くだぼついたTシャツから鎖骨の窪みが惜しげもなく曝されていて目の毒だ。昂りそうな気持ちを、結ばれてふよふよと情けなく揺れている前髪を見て誤魔化す。いちいち視界の端にちらつくのがとてつもなく鬱陶しい。
「いつ」
「明日」
「急だな。いいけど」
ここから3駅行ったところに流れるタイプのプールがある。こんなに暑いと涼を求める人でごった返しているかもしれないが、まぁ行ってみる価値はあるだろう。小さいときに両親に連れて行ってもらってかなり楽しかった記憶がある。
「やった。この夏初の遠出」
「遠出ってほど遠くねぇけどな」
「そうだけどさぁ」
依弦の唇がむい、と突き出される。
「デートじゃん。楽しみにさせてよ」
飛び出してきた『デート』の言葉にフリーズする。時折こうして忘れかけてきた頃に、俺たちは付き合っているんだと思い出してしまうようなことを言ってくるところは……嫌いだ。
にやりと器用に片側の口角だけを挙げて、意地悪く笑われる。
「なに、まだ慣れねぇの?」
「う……るせぇな……」
ペンが止まる。顔と耳に熱が集まってきているから、どうせ赤くなっているんだろう。くい、と耳をつねられ、依弦の方に引っ張られる。
「いつかこの耳に穴開けてやりてぇな」
「は? やめろって急に……こえぇよ」
「お前穴バチバチに開けていかつくしたらマジで人寄ってこねぇんじゃねぇの」
「だからやめろって。大学で浮きたくない」
「んはは。でもまぁ、1個くらい開けさせてよ、そのうち」
ちょうど俺の家と依弦の家の中間あたりに最寄り駅があるおかげで、集合場所はすぐに決まった。少し早起きして時間を持て余したせいで、集合時刻の15分前についてしまった。平日の午前中ということもあり、それほど駅の利用客はいない。
「うい、おにーさん、はやいね」
スマホをぼーっと眺めていると軟派なセリフと共に横腹を突かれる。集合時間10分前。おちゃらけたやつだが、時間はきっちり守る人間だ。
「いま来たとこだよ」
「お、テンプレ」
「1回言ってみたかった」
にっと笑った依弦が、行くか、と改札を指さす。
「ボンタンみたいだな、そのズボン」
「言い方どうなってんだよ」
「ヤンキーみてぇ」
「お前が言うな。キャップのせいでいつもの3割増しでいかつくなってんぞ」
無地の白のTシャツに名前のわからない黒のボンタン風のパンツ。シンプルな服だがこいつが着るととんでもなく洒落て見えるんだから、結局世の中は顔なのだろう。なんとも世知辛い。
プールは想像していたよりは混んでいなかった。日光に丸焦げにされそうな天気だ。いくら水の中に半分ほど浸かっているとはいえ、肌がジリジリと焼かれていく感覚は一部の人にとっては耐え難いだろう。
「おい泰斗! 日焼け止め塗れ。さすがにやけどするって」
「持ってねぇし」
「オレのやるから! つか塗ってやるから来い」
更衣室の隅のロッカーを見事ゲットし、着替えて早速プールに入ろうとしたところ依弦に止められる。生まれてこの方日焼け止めなんて塗ったことがない。なんなら効果も半信半疑だ。そんな量の液体で日差しの攻撃から身を守れるわけないじゃないか。
「明日泣き見るのお前だぞ」
「……わかったよ」
「ここ座れ」
肩に手をかけられ、ぐい、としゃがむように誘導される。触れた依弦の手があまりにも熱くて驚いた。
「依弦お前、また熱中症なってるんじゃないだろうな」
「なってねぇよ。元気だわ」
カラカラと日焼け止めを振る音がしたあと、つー、と首筋から肩、背中にかけて細いものが這う。
「ひっ……!」
「あ、わり。くすぐったかったか」
日焼け止めの容器から直接肌へ液体を出したらしい。両腕にも一本の道筋が作られ、自分で塗り伸ばすように指示された。
「首焼けたら痛いからな。オレ昔ズル剥けになった」
「お前白いからな」
首元を依弦の熱い手が撫でる。冷たい液体は依弦の手によって瞬時に温められて、俺の体温と同化していく。細い指になぞられる度にぞわりと腹の奥が震えるようなくすぐったさが走って、暴れ出したくなってしまう。
「うし! 行くぞ!」
「……おう」
いつも俺ばかり振り回されているような気がする。身体に溜まる熱をどうにか逃がしたくて、俺は一番深いプールめがけてズカズカと歩を進めていった。
「泰斗! スライダー行こ!」
「お前身長足りるのかよ」
「馬鹿にすんなよてめぇ! 120cm以上だっつの!」
ばちゃ、と顔に水をかけられる。流れに身を任せて浮いていたら、ふらっといなくなっていたはずの依弦がどこからともなく現れて、スライダーや噴水やらに引っ張られていく。先に遊んでいた小さな子どもが突然目の前に現れた巨人に驚いてしまうことが何度かあったけれど、毎回依弦が完璧なフォローをしてくれたおかげでなんとか乗り切れた。
「でかいのも大変なんだな」
「まぁな。普通に怖いだろ。俺だって2メートル余裕で超える人間が近寄ってきたら逃げるし」
アトラクション系はひとしきり遊んで満足したのか、依弦が平泳ぎで緩く泳いでいた俺の背中に乗ってくる。
「ちょ、沈むって」
「頑張って泳げ」
「無茶言うな」
腰にがっちりと脚を回されて、水を介しているとはいえ、肌と肌がいつも以上に密着する。通り過ぎていく子どもたちや他の利用客の声がなかったら今頃羞恥で死にかけていただろう。友だちだった頃は何とも思わなかったかもしれないが、いまはそういうわけにはいかない。
ゆっくりと、手のひらで水をかく。大きな抵抗を感じ、後ろからやってくる流れを借りてぐいっと前に進む。
「久しぶりに思いっきり遊べて楽しいわ。いつぶりだろ」
「……これからはいつでもいいぞ」
「かっこいいこと言ってくれんじゃん」
こいつが寂しそうにしているところは見たくない。全力で悪戯をして、笑って、楽しそうにしているところだけを見ていたい。
そのためなら多少の無茶をしたって迷惑をかけられたって、恥ずかしくたって、別にいい。
「泰斗」
名前を呼ばれ、立ち止まる。大きくカーブを描いたそこは流れが緩くなっていて、人がほとんどいなかった。
背中に乗った依弦の唇が耳元に近寄ってくる。
「やっぱお前、オレのこと大好きじゃん」
「っ……!」
軽く音を立てて、耳に口づけられる。
恋だの愛だの、俺には無縁な話だと思っていたのに、案外近いところにあったらしい。そう思うと、背中に乗っている重さが急に愛おしく思えた。
「さ、帰るか。スイカ買って帰ろう」
「いいな、それ」
ざばりとプールから上がる。
まだ13時頃。他の利用客は今からが本番と言わんばかりに全力で遊んでいて、更衣室には誰もいなかった。
「オレ、プール後のけだるい感じ好きなんだよな」
「わかる。なんとなく身体が湿ってる感じとか、嫌いじゃないしな」
「それはちょっと嫌かも」
荷物をまとめて立ち上がった時。
急に胸ぐらを掴まれて、強引にキスをされた。
「お前さぁ、毎回キスのとき爪先立ちしてるオレの気持ち考えたことある?」
「し……知らねぇ……つかこんなとこですんな」
「はっ。顔真っ赤じゃん。そんなんでこの先大丈夫?」
いつ噛みつかれるかわかったものじゃない。
でもまぁ、噛みつかれるのも食われるのも、こいつなら、きっと悪くないだろう。


