身長185センチ、体重78キロ。
歳の割には強面。剣道部。趣味筋トレ。
まだ完全に成長を終えていない高校2年生に混ざると、自分の規格外っぷりを痛感する。クラスのやつらはみんな弟や妹のように小さくて、軽いツッコミで少し力加減を間違えて背中を叩こうもんなら、すぐに吹っ飛んでいってしまう。教室の入口に頭をぶつける痛みと笑われる屈辱を他の人と共有したくても、誰も分かってくれない。
元来それほど口数が多いタイプではない上にこの巨体だ。クラスメイトとの間には、いつまで経っても薄い壁があるような気がしてならない。
「なんかあれだよな、お前、人里に降りてきたバケモンみたいなこと言うよな、たまに」
体育館への移動中、頭1つ分ほど下で茶色い髪が揺れる。ジャージの袖を大幅に余らせ、ズボンの裾は10センチ幅で折ってもまだ床に擦れていた。162センチしかない依弦は、いつも俺の目線の下で大きな目を細めてからからと笑っている。
「バケモンってなんだよ。すぐ骨折るくせによく言う」
「オレ人生で1回も骨折ったことねぇっつの」
「きゃいきゃいうるせぇな。小さいんだから大人しくしてろって……っ」
最後の一言に腹を立てた依弦が俺の脇腹に重い一撃を食らわせる。俺が腹筋を鍛えていなかったらきっと今頃横腹に風穴を開けられていたに違いない。本当に笑えない。
「……つか依弦、裾危ねぇからどうにかしろ」
数メートル歩いている間に折り上げていたはずの依弦のズボンの裾は落ちきってしまっている。入学前はもっと身長が伸びると思って大きいサイズの服を買ったらしいが、依弦の期待に身体は応えてくれなかった。結果、この男はありとあらゆる服の裾と袖を持て余している。
「どうにもならねぇんだよ。安ピン貸してくんね?」
「持ってない。これで脚ごと縛っとけ」
依弦にシンプルな黒いヘアゴムを2本手渡す。
「なんでこんなもん持ってんの。お前髪短ぇのに」
「お前がこないだテスト中に前髪結んでたやつだよ。終わってすぐに解いて寄越してきたの忘れたんか? 使わなくなったもんほいほい俺に預けてくんな。そろそろ保管料金取るぞ」
テストの時に前髪が邪魔だからと言ってふざけたツインテールにしていたことは記憶に新しい。教師に真面目にやれと注意されていたけれど、テストを受ける際の髪型の規定がなかったせいでその注意は徒労に終わった。
いい加減ルールの穴をついて教師で遊ぶのはやめろと言った方がいいのかもしれない。しかもそのテストで俺よりいい点を取っていたから余計腹が立つ。
ヘアゴムの他にも、俺のカバンの中には依弦の持ち物が高頻度で紛れ込んでいる。シャーペンを1本なくしたと思ったら依弦が使っていて、返却を要求したら使い心地いいからという理由で返してもらえず、代わりに依弦が使っていたシャーペンとトレードしたことだってあった。まだ返してもらえていないけれど、むしろ依弦が使っていた物の方が書き味がよかったから今でもレギュラーとして活躍している。
こんなヘアゴム1本でも人のものだと思うとなんだかんだ捨てられない。しかもそれがこうして役に立つときがあるのが厄介だ。
「律儀だよなぁ、お前って」
はっ、と吐き出すように目を細めて笑って、ヘアゴムを受け取った依弦がしゃがんだ。柔い茶髪がもぞもぞと動いているのを立ち止まって真上から眺める。
こいつのつむじは、いつも忙しない。
体育館を2分割して、女子はダンス、男子はバスケを行う。体育館に2クラス分の生徒が集められているせいで、いつもより少し窮屈だ。
向こう側から課題曲らしい最近流行りの女性アイドル曲が流れてきた途端、依弦が目の前でキレキレのダンスを披露し始めた。
「木爪が踊んのかよ!」
あまりに突然の行動に俺が口を開けてフリーズしていると、同じクラスの男が依弦を指さして大きな声で笑い始めた。一瞬にして体育館中すべての視線が依弦に集まる。
「最近流行ってんじゃん! つかお前ら踊れねぇの? チックトックであんなに流れてきてんのに」
可愛らしい女性的な振り付けを恥ずかしげもなく踊り続ける依弦に、いつの間にか向こう側にいる女子たちから黄色い歓声が上がっている。
「依弦くーーん! こっちきてコーチやってよ!」
「は? やだね。つか俺のほうが可愛くてお前ら絶望すんぞ」
サビが終わる頃には興味を失ったらしい依弦が、バスケットボールを持ってハンドリングをし始める。華麗な手つきに女子がまた湧き、負けじと男子たちがレイアップシュートをキメたりスリーポイントシュートをキメようとして失敗したりと大忙しだった。
俺は体育館の端で飛んできたボールをひたすらに持ち主に返す役割に徹する。飛んできたボールの大半は依弦のもので、少し強めに投げて返すと「いてーな! ドッジボールじゃねぇんだぞ!」と、文句とボールが飛んできた。せっかく返したボールをまた投げつけてきたら意味がないだろうと少し腹が立って、近くにあったゴールにめがけて軽く放る。パシュ、とかすかな音を立ててボールが網の中に吸い込まれていったのと同時に、体育教師が授業開始の笛を鳴らした。
俺の図体のデカさは、本気のスポーツならばそれぞれのチームから喉から手が出るほど欲しがられるのかもしれないが、お遊び程度の競技では求められていない。
怖いし、何よりゲームバランスが崩れる。
そりゃそうだ。俺が上まで手を伸ばせば誰も届きやしない。
「Aチーム対Bチーム! 審判はCチーム!」
体育教師の声で生徒がぞろぞろ動き出す。俺はAチームで、依弦と同じだった。名簿が前後だと、こういうとき必ず同じチームになる。
「おい泰斗! お前ゴール下から動くなよ!」
コートの真ん中でジャンプボールの準備をする依弦が、俺に向かって声を張る。せっかくコートの隅っこで、できるだけみんなの視界から外れられるように息を潜めていたのに。
ジャンパーは話し合って決められたわけではなかったらしく、同じチームのメンバーが、信じられないといった顔でこっちを見ていた。
「木爪がジャンプボールとか一番ないだろ! 春日井にやらせろよ!」
「あいつタマちっせーから無理だって。なぁ! 泰斗!!」
言われた通りにゴール下でじっとしていると、依弦が口角の片側を器用に吊り上げて至極楽しそうに言い放った。
「オレが送るボール、全部入れろよな」
ピーーーッとゲーム開始を告げる笛が鳴る。ボールが垂直に飛び、どちらかの手に渡るのを、全員が息を飲んでただ見守る。
小さい身体は、誰よりも高く飛んだ。
「っかーーー! 体育終わりの炭酸マジしみる!」
「酒みたいに呷んのやめろって。お前成人したら浴びるように飲みそうだな」
バスケの試合は俺たちAチームの圧勝だった。依弦が持ち前の小回りを利かせてボールを巧みにぶん取り、ゴール下にいる俺にパスをする。少し高いところに投げられたボールはいくら敵チームのメンバーがディフェンスをしても届くことはなく、ゴールに吸い込まれていく。
最後の方には俺と依弦のペアは試合出禁となったけれど、各試合の前半で取りまくったポイント差は埋まらずに無事全試合逃げ切り勝利を収めた。
いつの間にか相手チームと賭けをしていたらしい依弦はちゃっかりと勝利の品の炭酸ジュースを手に入れている。
「負けて悔しがる相手を肴に飲むジュースはうまいか?」
「うますぎる! いやぁ、乙ですなァー!」
わざと聞こえるように煽るもんだから、教室の少し離れたところにいるジュースの送り主から中指を立てられている。こんな悪態をついているが、たぶんこいつは後で同じようなジュースを相手にも送るはずだ。さっき財布の中に小銭があるか確認していたのを俺は見逃さなかった。
そして、もうひとつ。
「お前、左手の人差し指、突き指したろ」
俺がそう言うと、依弦はペットボトルを傾けながら憎いものを見るようにこっちを睨めつける。
「なに」
「なにじゃねぇよ。さっきからその指庇って動いてんのバレバレだわ」
恐らく第2試合。緊張した仲間が少し力んでいたせいで変な軌道を描いて飛んできたボールを受けた時だろう。その試合以降、ハイタッチは右手しか使っていなかったし、財布を開ける時も人差し指だけ浮いていた。
俺が、見逃すはずがない。
「変な意地張らずに保健室行ってこいよ」
「うざ。オレのかーちゃんかよ、お前は」
ペットボトルに口を付けながら話しているせいで、ぼぅ、と音が反響する。3分の1ほど残ったペットボトルにキャップをする段階になって、ようやく言い逃れができないことに気づいたらしい。人差し指を庇わずにキャップを閉めるのは至難の技だ。
困ったように動作停止する依弦のジュースを奪って、俺は残りの全てを飲み干した。喉を通り抜ける炭酸は爽快感を通り越して、いっそ痛みすら感じる。
「は!? お前、オレの!!!」
「るせー。保健室行ってこい」
「別にどってことないって!」
行く気がないらしい依弦にわざとらしくため息をついて、自分の鞄からテーピング用のテープを取り出す。
「手、貸して」
差し出した俺の手の上に不服そうな顔をして自分の手のひらを乗せてくる。触れた瞬間痛かったのか、依弦が顔を顰めた。
できるだけ優しく、痛くないように指に触れてテープを巻いていく。
「へぇ……貼るの上手いな」
「まぁな。スポーツやってる人間はだいたいできるんじゃね」
「剣道とか突き指しねぇだろ」
「昔バスケ齧ってたんだよ」
テープを巻き終えると依弦は固定された手を天井に向かって広げ、珍しいものを見るようにじっと眺め始めた。何もそんな特別な巻き方をしたわけでもないけれど普段滅多にケガをしない人間からすると慣れないものではあるのかもしれない。
「しばらくは無理すんなよ」
「わかった。ありがと」
眺め終えたらしい依弦は満足そうな笑顔を向けてくる。数多の悪戯を許してもらってきた媚びたものではなく、子どものような邪気のない笑顔。
その瞬間、あの日向けられた笑顔と、あまり思い出したくない痛い記憶がフラッシュバックして、反射的に依弦から目をそらしてしまった。
歳の割には強面。剣道部。趣味筋トレ。
まだ完全に成長を終えていない高校2年生に混ざると、自分の規格外っぷりを痛感する。クラスのやつらはみんな弟や妹のように小さくて、軽いツッコミで少し力加減を間違えて背中を叩こうもんなら、すぐに吹っ飛んでいってしまう。教室の入口に頭をぶつける痛みと笑われる屈辱を他の人と共有したくても、誰も分かってくれない。
元来それほど口数が多いタイプではない上にこの巨体だ。クラスメイトとの間には、いつまで経っても薄い壁があるような気がしてならない。
「なんかあれだよな、お前、人里に降りてきたバケモンみたいなこと言うよな、たまに」
体育館への移動中、頭1つ分ほど下で茶色い髪が揺れる。ジャージの袖を大幅に余らせ、ズボンの裾は10センチ幅で折ってもまだ床に擦れていた。162センチしかない依弦は、いつも俺の目線の下で大きな目を細めてからからと笑っている。
「バケモンってなんだよ。すぐ骨折るくせによく言う」
「オレ人生で1回も骨折ったことねぇっつの」
「きゃいきゃいうるせぇな。小さいんだから大人しくしてろって……っ」
最後の一言に腹を立てた依弦が俺の脇腹に重い一撃を食らわせる。俺が腹筋を鍛えていなかったらきっと今頃横腹に風穴を開けられていたに違いない。本当に笑えない。
「……つか依弦、裾危ねぇからどうにかしろ」
数メートル歩いている間に折り上げていたはずの依弦のズボンの裾は落ちきってしまっている。入学前はもっと身長が伸びると思って大きいサイズの服を買ったらしいが、依弦の期待に身体は応えてくれなかった。結果、この男はありとあらゆる服の裾と袖を持て余している。
「どうにもならねぇんだよ。安ピン貸してくんね?」
「持ってない。これで脚ごと縛っとけ」
依弦にシンプルな黒いヘアゴムを2本手渡す。
「なんでこんなもん持ってんの。お前髪短ぇのに」
「お前がこないだテスト中に前髪結んでたやつだよ。終わってすぐに解いて寄越してきたの忘れたんか? 使わなくなったもんほいほい俺に預けてくんな。そろそろ保管料金取るぞ」
テストの時に前髪が邪魔だからと言ってふざけたツインテールにしていたことは記憶に新しい。教師に真面目にやれと注意されていたけれど、テストを受ける際の髪型の規定がなかったせいでその注意は徒労に終わった。
いい加減ルールの穴をついて教師で遊ぶのはやめろと言った方がいいのかもしれない。しかもそのテストで俺よりいい点を取っていたから余計腹が立つ。
ヘアゴムの他にも、俺のカバンの中には依弦の持ち物が高頻度で紛れ込んでいる。シャーペンを1本なくしたと思ったら依弦が使っていて、返却を要求したら使い心地いいからという理由で返してもらえず、代わりに依弦が使っていたシャーペンとトレードしたことだってあった。まだ返してもらえていないけれど、むしろ依弦が使っていた物の方が書き味がよかったから今でもレギュラーとして活躍している。
こんなヘアゴム1本でも人のものだと思うとなんだかんだ捨てられない。しかもそれがこうして役に立つときがあるのが厄介だ。
「律儀だよなぁ、お前って」
はっ、と吐き出すように目を細めて笑って、ヘアゴムを受け取った依弦がしゃがんだ。柔い茶髪がもぞもぞと動いているのを立ち止まって真上から眺める。
こいつのつむじは、いつも忙しない。
体育館を2分割して、女子はダンス、男子はバスケを行う。体育館に2クラス分の生徒が集められているせいで、いつもより少し窮屈だ。
向こう側から課題曲らしい最近流行りの女性アイドル曲が流れてきた途端、依弦が目の前でキレキレのダンスを披露し始めた。
「木爪が踊んのかよ!」
あまりに突然の行動に俺が口を開けてフリーズしていると、同じクラスの男が依弦を指さして大きな声で笑い始めた。一瞬にして体育館中すべての視線が依弦に集まる。
「最近流行ってんじゃん! つかお前ら踊れねぇの? チックトックであんなに流れてきてんのに」
可愛らしい女性的な振り付けを恥ずかしげもなく踊り続ける依弦に、いつの間にか向こう側にいる女子たちから黄色い歓声が上がっている。
「依弦くーーん! こっちきてコーチやってよ!」
「は? やだね。つか俺のほうが可愛くてお前ら絶望すんぞ」
サビが終わる頃には興味を失ったらしい依弦が、バスケットボールを持ってハンドリングをし始める。華麗な手つきに女子がまた湧き、負けじと男子たちがレイアップシュートをキメたりスリーポイントシュートをキメようとして失敗したりと大忙しだった。
俺は体育館の端で飛んできたボールをひたすらに持ち主に返す役割に徹する。飛んできたボールの大半は依弦のもので、少し強めに投げて返すと「いてーな! ドッジボールじゃねぇんだぞ!」と、文句とボールが飛んできた。せっかく返したボールをまた投げつけてきたら意味がないだろうと少し腹が立って、近くにあったゴールにめがけて軽く放る。パシュ、とかすかな音を立ててボールが網の中に吸い込まれていったのと同時に、体育教師が授業開始の笛を鳴らした。
俺の図体のデカさは、本気のスポーツならばそれぞれのチームから喉から手が出るほど欲しがられるのかもしれないが、お遊び程度の競技では求められていない。
怖いし、何よりゲームバランスが崩れる。
そりゃそうだ。俺が上まで手を伸ばせば誰も届きやしない。
「Aチーム対Bチーム! 審判はCチーム!」
体育教師の声で生徒がぞろぞろ動き出す。俺はAチームで、依弦と同じだった。名簿が前後だと、こういうとき必ず同じチームになる。
「おい泰斗! お前ゴール下から動くなよ!」
コートの真ん中でジャンプボールの準備をする依弦が、俺に向かって声を張る。せっかくコートの隅っこで、できるだけみんなの視界から外れられるように息を潜めていたのに。
ジャンパーは話し合って決められたわけではなかったらしく、同じチームのメンバーが、信じられないといった顔でこっちを見ていた。
「木爪がジャンプボールとか一番ないだろ! 春日井にやらせろよ!」
「あいつタマちっせーから無理だって。なぁ! 泰斗!!」
言われた通りにゴール下でじっとしていると、依弦が口角の片側を器用に吊り上げて至極楽しそうに言い放った。
「オレが送るボール、全部入れろよな」
ピーーーッとゲーム開始を告げる笛が鳴る。ボールが垂直に飛び、どちらかの手に渡るのを、全員が息を飲んでただ見守る。
小さい身体は、誰よりも高く飛んだ。
「っかーーー! 体育終わりの炭酸マジしみる!」
「酒みたいに呷んのやめろって。お前成人したら浴びるように飲みそうだな」
バスケの試合は俺たちAチームの圧勝だった。依弦が持ち前の小回りを利かせてボールを巧みにぶん取り、ゴール下にいる俺にパスをする。少し高いところに投げられたボールはいくら敵チームのメンバーがディフェンスをしても届くことはなく、ゴールに吸い込まれていく。
最後の方には俺と依弦のペアは試合出禁となったけれど、各試合の前半で取りまくったポイント差は埋まらずに無事全試合逃げ切り勝利を収めた。
いつの間にか相手チームと賭けをしていたらしい依弦はちゃっかりと勝利の品の炭酸ジュースを手に入れている。
「負けて悔しがる相手を肴に飲むジュースはうまいか?」
「うますぎる! いやぁ、乙ですなァー!」
わざと聞こえるように煽るもんだから、教室の少し離れたところにいるジュースの送り主から中指を立てられている。こんな悪態をついているが、たぶんこいつは後で同じようなジュースを相手にも送るはずだ。さっき財布の中に小銭があるか確認していたのを俺は見逃さなかった。
そして、もうひとつ。
「お前、左手の人差し指、突き指したろ」
俺がそう言うと、依弦はペットボトルを傾けながら憎いものを見るようにこっちを睨めつける。
「なに」
「なにじゃねぇよ。さっきからその指庇って動いてんのバレバレだわ」
恐らく第2試合。緊張した仲間が少し力んでいたせいで変な軌道を描いて飛んできたボールを受けた時だろう。その試合以降、ハイタッチは右手しか使っていなかったし、財布を開ける時も人差し指だけ浮いていた。
俺が、見逃すはずがない。
「変な意地張らずに保健室行ってこいよ」
「うざ。オレのかーちゃんかよ、お前は」
ペットボトルに口を付けながら話しているせいで、ぼぅ、と音が反響する。3分の1ほど残ったペットボトルにキャップをする段階になって、ようやく言い逃れができないことに気づいたらしい。人差し指を庇わずにキャップを閉めるのは至難の技だ。
困ったように動作停止する依弦のジュースを奪って、俺は残りの全てを飲み干した。喉を通り抜ける炭酸は爽快感を通り越して、いっそ痛みすら感じる。
「は!? お前、オレの!!!」
「るせー。保健室行ってこい」
「別にどってことないって!」
行く気がないらしい依弦にわざとらしくため息をついて、自分の鞄からテーピング用のテープを取り出す。
「手、貸して」
差し出した俺の手の上に不服そうな顔をして自分の手のひらを乗せてくる。触れた瞬間痛かったのか、依弦が顔を顰めた。
できるだけ優しく、痛くないように指に触れてテープを巻いていく。
「へぇ……貼るの上手いな」
「まぁな。スポーツやってる人間はだいたいできるんじゃね」
「剣道とか突き指しねぇだろ」
「昔バスケ齧ってたんだよ」
テープを巻き終えると依弦は固定された手を天井に向かって広げ、珍しいものを見るようにじっと眺め始めた。何もそんな特別な巻き方をしたわけでもないけれど普段滅多にケガをしない人間からすると慣れないものではあるのかもしれない。
「しばらくは無理すんなよ」
「わかった。ありがと」
眺め終えたらしい依弦は満足そうな笑顔を向けてくる。数多の悪戯を許してもらってきた媚びたものではなく、子どものような邪気のない笑顔。
その瞬間、あの日向けられた笑顔と、あまり思い出したくない痛い記憶がフラッシュバックして、反射的に依弦から目をそらしてしまった。



