俺が死んだバス事故。
原因も、経緯も、すでに理解している。
チャラ男の暴走。
あの女性の飛び込み。
そこに巻き込まれた。
――それだけの話だ。
天使は、そんな俺を見て言った。
「愚かしい」と。
……何をどう考えてもおかしい。
俺はただ、バスに乗っていただけだ。
事故に巻き込まれただけの、被害者だろう。
それのどこが、愚かしい?
「……全く自覚が無いのですね」
ため息。
確かに聞こえた気がした。
「あなたは、バスに乗り込む前――何をしていました?」
相変わらず抑揚のない声。
だが、その言葉だけが妙に重く響く。
「何をって……」
考える。
あの日のことを。
「……バス停で、待ってただけだが」
口に出した瞬間。
――何かが引っかかった。
……違う。
そうじゃない。
思い出せ。
あの日。
バスが来る前。
確か――
スマホが鳴った。
「……」
同僚からの電話だった。
特に重要な内容でもない。
どうでもいい雑談。
だが。
話が途切れなかった。
そして、バスが来た。
――間。
俺は。
通話を、切らなかった。
俺の使っている定期は、
スマホ画面にコードを表示するタイプだ。
つまり。
通話を続けたままでは、表示できない。
「お客さん、早くしてください」
運転手の声。
俺は、後ろの人に先に乗るように手で示した。
それでも、通話は続けたまま。
「乗るの? 乗らないの? 遅れてるから出すよ?」
苛立った声。
――そこで。
俺は、イラついた。
「……ちょっとくらい待てよ」
「こっちは年定期の客だぞ!」
……。
言った。
確かに。
結果的に、バスは遅れた。
およそ、五分か六分。
それくらいの、遅れ。
「…………」
……これが?
ここまでの話に繋がる原因だっていうのか?
「……ふざけてるのか?」
喉の奥から、わずかに言葉が漏れた。
「差がありすぎるだろ」
「俺のやったことと、あいつらのやったこと――」
「同じ扱いになるわけないだろ」
怒り。
ではない。
否定だ。
「あなたは本当に――」
天使の声が、落ちる。
「自分以外の存在を、見ていないのですね」
その一言で。
空間の質が、変わった。
「こう考えたことはありませんか?」
静かに。
逃げ場を与えないように。
「あの日――」
「あなたが、バスを遅らせなければ」
「彼は、あの位置で追い越すことはなかった」
「彼女は、別のタイミングで飛び込んでいたかもしれない」
「あるいは――」
「事故は、起きなかったかもしれない」
――ッ!!
……いや、待て。
そんなのは。
飛躍だ。
偶然だろ。
いくらでもあり得る話じゃないか。
それを。
「俺のせい」?
「おかしいだろ……」
俺は、はっきりと否定した。
「そんなことで、同じにされるのか?」
「俺はただ、少し遅らせただけだぞ」
「それを――」
「ここは」
天使の声が、遮った。
「“罪の軽重”を量る場所ではありません」
……。
「あなたは、この事故の因果を作った」
「ただ、それだけです」
静かな断定。
逃げ道はない。
「たわいもない通話」
「たった数分の遅れ」
「それが分岐を生み」
「事故が成立する条件を満たした」
「――それが、あなたの因果です」
理解はできる。
理屈は。
だが。
納得は、できない。
「……」
胸の奥に、何かが引っかかる。
それは感情なのか、違うのかすら分からない。
ただ。
今までとは違う、何かだった。
「あなたには」
天使の声が、近づく。
まるで、直接触れてくるかのように。
「決定的に、足りないものがある」
――何だ。
そう思った瞬間。
言葉ではなく。
“理解”が、押し込まれてきた。
何かが。
壊れる前触れのように。
俺は、次の言葉を待つしかなかった。
