「……似ている?」
思わず、言葉が漏れた。
女の掠れた声が、頭に残る。
――何が似ている。
何の話だ。
隣では、さっきの男が叫び、
目の前では、女が泣き崩れている。
……だから、なんだ。
関係ない。
俺には。
「……どうでもいい」
真逆の世界だか何だか知らないが。
好きにしろよ。
どうせ、全部終わってる。
――ふと。
記憶が、引っかかった。
……あの時。
なんで、あんなに焦っていたんだ?
「……」
思い出せ。
あの日。
俺は――
ATMに向かっていた。
日付が変わる前に、
振り込みを済ませなければならなかった。
アクセルを踏む。
スピードを上げる。
――その時。
前方で、バスが動いた。
停車していた車体。
右ウィンカーが点滅している。
「くそ……!」
「早く行けよ……!」
――
そもそも、なんで俺がこんなことになってるか?
……そんなの、決まってる。
俺は、大手ゼネコンの次男だ。
生まれた時から、何でもあった。
金で手に入るものは、全部与えられていた。
金の価値も。
使い方も。
全部、ズレていた。
それが“普通”だった。
でも。
俺には兄貴がいる。
あいつは、本物だ。
誰が見ても優秀で、
親父はあいつに全部を叩き込んだ。
会社を継がせるために。
そしてあいつは、
それに完璧に応えた。
じゃあ、俺は?
必要ない。
表に出さないだけで、
それは分かっていた。
俺に与えられていた物は、
「役割」じゃない。
「体裁」だ。
兄貴が継げば、
俺に金を与える理由も、意味もなくなる。
その時、俺は――
何もない。
能力も。
実力も。
人脈すら、
“金に群がる連中”だけだ。
だから。
やめられなかった。
金を使うのを。
見栄を張るのを。
それしか、
“俺”を証明するものがなかったからだ。
気づけば。
止まらなくなっていた。
カードは尽きる。
それでもやめられない。
そして――
行き着いた先が、闇金だ。
大手の金融を使えばすぐバレる。
CIC、JICC、KSC。
全部、記録に残る。
でも、闇金なら違う。
「名前」が信用になる。
借りられる額も、桁が違う。
そして――
返さなくていい額じゃない。
一気に、綱渡りだ。
利息だけ払い続ける。
延命。
――あの日も。
その延命の一日だった。
そして。
俺は、気づけばバスを追い越していた。
焦りしかなかった。
前を見る余裕なんて――
なかった。
車線に戻る。
その瞬間。
――人影。
視界に、飛び込んでくる。
避ける?
無理だ。
もう遅い。
衝突。
鈍い音。
ハンドルがぶれる。
車体が流れる。
ガードレールに激突。
視界が回る。
そして。
横を向いたその先に――
バス。
――そこで、終わりだ。
……。
「……」
目の前の男が、女を見ている。
何かを、理解した顔だった。
俺には、関係ない。
どうでもいい。
――本当に?
その問いは。
初めて。
ほんのわずかだけ。
自分の中から、湧いた。
