私が一軍グループのメンバーになって、3ヶ月以上が経過した。
人間とは器用なもので、初めはあんなに戸惑っていたのに慣れてきた頃には簡単にこの環境に適応してきてしまった。一軍グループのメンバーになった効果は絶大なもので、クラスメイトで私をバカにする者は、もういなくなっていた。しかし、それは私が一軍グループのメンバーになったからとは限らず、私が今ではもう陽華梨のことを口にしなくなったからかもしれなかった。
一軍の子に、陽華梨のことで何か言われたわけではなかった。ただ最初の2週間程は、一軍の子達に話を合わせるので精一杯で、つるちゃんやめめちゃんが好きなイケメン俳優・モデルやアーティストを調べて、『私も最近ハマってー』なんて嘘ついて“一緒”のふりをした。
初めは人に嘘つくことに罪悪感を抱いた。
しかし、一軍グループの中にいることに、嘘をつき続けることに慣れてくると罪悪感も徐々になくなっていった。
一軍グループではつるちゃんがリーダー的存在で、めめちゃんがつるちゃんを崇拝しているような関係性らしかった。他のメンバーは二人の引き立て役のような役割だ。たぶん私もそうだが・・・。
もし、この一軍グループのメンバーで居続けたかったら、絶対につるちゃんやめめちゃんのご機嫌を損ねてはいけない。
だから、私は今日もつるちゃんやめめちゃんの顔色を窺いながら嘘をつき続ける。
そうやって日々を過ごしていると、自分の本来好きだったものの存在なんて、気にしている余裕もない。
久しぶりに夢で会ったフィラリンにそこまで一気に話してしまうと、分かりやすくため息をつかれた。
「はあ・・・。予想はしていたが・・人間とは簡単に変わってしまう生き物なようだね。」
「もうー!少しは喜んでくれたっていいじゃん!なんでそういう言い方するかなー?最下層のグループにいた私が今では一軍のメンバーなんだよ??こんな奇跡ないよ!」
「で、本当に好きだったものを忘れかけてて?それでも一軍にいるから幸せってことね、はいはい。」
「・・・なんか最近のフィラリンいじわる。」
最近、フィラリンは夢で会う度、嫌味なことを言ってきたりネガティブなことしか言わない。私が一軍のグループにいることをあまり快く思っていないようだ。前に言っていた、『良い方向に導く』ということと関係があるのだろうか。私には、今が、今までと比べて断然良い方向にいると思うのだが・・・。
「私は陽子を良い方向に導くために来た。だけど、どんな方向にいようが本人が満足しているなら、無理に指図したりはできない。する気もない。だけど、気になるんだ。最近の陽子は、満足気に見えるが同時に疲れているように感じる。」
満足げに見えるが疲れているように・・・。
たしかにそうかもしれない。一軍のグループに入ってから、一軍のみんなに話を合わせるのに、興味のない雑誌やメイク道具を買ったり調べたり必死だった。だから、その疲れが出ているのだろう。
しかし、今ではそれも慣れてきたし、調べなくても一軍のみんなが好きなものや興味があるものについて話せるようになった。だから大丈夫。
「フィラリンは色々話聞いてくれていたし、心配してくれているんだよね。でも大丈夫。私は一軍のグループにいることに決めたの。」
「でも、その決断のせいで朱音ちゃんが置いてけぼりになっているみたいだけど?」
朱音・・・。私が一軍のグループに入ったばかりの時は、朱音の方からも変わりなく話しかけてくれたりしたが、段々私の方から話しかける回数が少なくなり、朱音との気持ちがすれ違うようになり、気づいたら私たちは距離が離れ話さなくなっていた。
しかし、心優しい朱音のことだからボッチになったりせず、すぐにクラス内で新しい友達ができた様子が見えたので安心していたのだ。
「朱音なら大丈夫だよ。新しい友達作って今日も楽しそうに笑ってたし。」
『うーむ、どうしたものか・・・。人間とはかなり手がかかる生き物のようだ。これは・・考えていた作戦実行とするか。』
「フィラリン??」
ん?フィラリンが急に黙っちゃった。なんか考え事しているのかな?
「陽子、勇という少年を知っているか?」
「え、誰よ、その人。どうしたの急に。」
「陽子はたしか二年二組だったな。勇は三組。隣のクラスだけど選択授業では一緒にならないクラス同士だよね。」
三組・・・めめちゃんの友達の一人が三組にいるということで、何度かめめちゃん達と一緒に三組の教室に顔を出したことはあるが、勇という名前は聞いたことがない。
「そうだね、三組の人とは関わる機会が少ないかな。で、その勇って人が何なの??」
「実は、勇も陽子と同じように私の担当でね。」
「えっ、私の他にも担当とかいたんだ。じゃあ、その勇って人も良い方向に導かないといけないの?」
「そうそう。勇はいわゆる陰キャで、周りとすぐ壁を作りがちなんだ。だから友達がいないし、クラスでも影が薄い存在になっている。」
陰キャか・・・イケメンだったら仲良くなりたいなって思ったけど、陰キャなら別にいいや。でも、フィラリンの担当だからと言って、何で急に勇という人を話題に上げたんだろう。
もしかして・・・。
「陽子なら、性格的にも個性とか色々考えて、きっと勇と仲良くなれるんじゃないかと閃いたんだけど、どう??」
やっぱり。私は新しい人と仲良くなるのが苦手だ。元々人見知りだし、今でこそ慣れたものの、一軍のみんなと打ち解けるまで苦労したし、朱音の時は・・・たしか朱音から優しく声をかけてくれたんだっけ。
朱音と久しぶりに話したいなあ。
「陽子??」
「あっ、む、無理だよ、無理!陰キャって暗いオーラ漂っててなんか苦手だし、話が合わないと思う。」
「・・・だよねー。(まあ、なるようになるって言うし、ほっといてみるか、一応紹介はしたし。)」
*
*
*
次の日、私は教室の自席で考え事をしていた。
あのフィラリンが、ただ友達にさせたいためだけに人を紹介するわけないような・・・。だったら、なんで紹介してきた?何か意味があって紹介した?
「おはよー!陽子。陽子?」
「あっ!おはよう、めめちゃん!」
「朝から何考え事してんの?もしかして好きな人?!だれ???」
「違うよ・・・。ただ少しぼーっとしてただけ。」
「ふーん?つまんないのー。」
なんで女子ってすぐ恋バナを始めようとするんだろう。これがちょっと面倒くさい。朱音はそんな面倒くさいことなかった。好きな人がいたとしても、完全に気を許した相手じゃないと打ち明けたくない。めめちゃんは以前と比べれば仲良くなった方だが、気を許せたわけではない。
あ、そうだ、以前から頻繁に三組に出入りしているめめちゃんなら、勇という人のことも知っているかもしれない。めめちゃんに聞いてみるのが早い。
「あっ!ちょっと待って!めめちゃんに聞きたいことあって。三組の勇・・・?っていう人知っている?」
「ゆううう?!勇って瀬戸勇のこと?やっぱり好きな人なんじゃん!陽子ってあんなのがタイプなの?バリバリ陰キャの根暗ヲタク少年なんてやめときなって!付き合ったってつまんないよー。」
「い、いや、好きな人じゃないって・・・。」
めめちゃんの声が大きくて焦る。慌てて否定する。
とりあえず、勇という人が、フィラリンの言う通り本当に存在していることが分かった。休み時間に三組に行ってみよう。どんな人か見てみたい。
次の休み時間、私はめめちゃんと一緒に三組に向かった。三組の教室を覗き込み、窓際1番前の席の方を指差し、めめちゃんは勇の存在を教えてくれた。
「あれが瀬戸勇。にしても、好きでもないのになんで急に瀬戸勇のことなんか聞いてきたの??」
「あー・・・うーんとね、この間廊下で姿見かけて、見たことなかったから、あんな人いたんだーって思って。どんな人かなーって聞いてみようと思ったの。」
あの人が、フィラリンの言っていた瀬戸勇。
瀬戸勇は、私達に注目されているとも知らず、窓際の席で分厚い本を読んでいた。黒縁メガネをかけ、普通体型、髪はワックスなどは一切付けられていない自然体のサラサラ髪、身長は私と同じくらいだろうか。
フィラリンの話では、瀬戸勇は私と同じくフィラリンの担当する《良い方向に導かなければいけない人物》らしいが、瀬戸勇にはたしかに『俺に近づくな』オーラが漂っており、フィラリンの言っていた通りに周りと壁を作っている様子が伺える。
フィラリンが瀬戸勇を良い方向に導くには、瀬戸勇がどうなれば良い方向に導けたと言えるのだろう?
「私も詳しいわけではないけど、瀬戸勇は友達一人もいないし、声は聞いたことあるかな、っていうレベルだよ。」
めめちゃんが教室のドアに寄りかかりながら、瀬戸勇を指差して言う。
「そうなんだ・・・。」
フィラリンの担当同士だし、どんな人物か気になって見に行ってみたものの、どうやら私と瀬戸勇は仲良くなれなさそうだ。
私達の接点は、所詮フィラリンだけで他には何もないのだ。きっと関わる機会もこのままないだろう。
そう思っていたのに___。
人生には必ず『いてくれて良かった』と思える、その人に必要な人物が必ず一人はいる。でも、それは一人とは限らなくて、何人いるか分からないし、いつ出会えるかも分からない。人生において《必要な人》というのは、時に厳しく叱ってくれ、そうかと思えば時に優しく味方になって包み込んでくれる、そういう存在だ。
だから、どんな人との出会いも大切に考えなければいけない。この人は私にとって必要な人か、それとも___。
ある日の放課後、私はめめちゃんに掃除当番を押し付けられていた。
「ええー!先週もだったじゃん!私今日はいくつか部活の見学に行きたいのにー。」
「そこをなんとか!この通り!今日は、つるちゃんと映画見に行きたいからさあ。掃除してたら間に合わなくなっちゃう!お願いだよお。友達でしょ??」
両手を合わせて大袈裟にお願いのポーズをとるめめちゃん。
『友達でしょ??』と言うと何でもこっちが言うこと聞くと思っているのだ。こっちの都合なんて無視だ。こういうところが、めめちゃんを好きになりきれない理由の一つだ。
「もう・・・今回だけだからね??」
そう思いつつきっぱり断れない私のことも好きじゃない。
「ありがとうー!陽子最高!今度埋め合わせするからー!」
そう言ってめめちゃんはつるちゃんと先に帰っていった。めめちゃんはきっと私のことを都合の良い友達にしか思っていない。埋め合わせだってされたことない。
でも、このグループに居続けたいなら、つるちゃんとめめちゃんに嫌われたらお終いだ。だから、二人のことが好きになりきれなくても言うことは聞いといた方が良い。それで二人の機嫌が良くなるのなら。
そう考えていると、私はそこまでしてでもこんなにスクールカーストの最下層グループにいたのが嫌だったのだと気づく。
ただ、また最下層グループに自分が配置されるのは嫌だった。このまま一軍のグループにいたかった。このグループにいれば、私ってオシャレなんだ、イケイケなんだ!と思い学校にいる間ずっと自己肯定感に浸れる。だから、たとえ、自分の『好き』が封じられても___。
「あ・・・」
掃除を始めようとしたら、ほうきがどれもバサバサしていた。替え時だろう。これじゃあ掃除しにくい。まあうちのクラスに真面目に掃除している人なんてほとんどいないから、このままだったんだろうけど。
仕方なく隣のクラスの一組にほうきを借りに行ったら、一組のほうきもバサバサしているものばかりだったので、三組に借りに行くことにする。
「失礼しま・・あっ!」
ドサッ!
三組の教室のドアを開けた瞬間、誰かにぶつかってしまった。ぶつかった拍子に、相手の抱えていた荷物が落ちてしまう。
「すみませ・・あ、瀬戸勇さん?」
顔をあげた瞬間ギョッとする。ぶつかった相手は噂していた瀬戸勇だった。
「え・・誰っ・・・あ、二組の・・一軍の人。一軍の人が何か用ですか?」
瀬戸勇は落ちてしまった本を慌てて拾って、ブレた眼鏡をかけなおして問う。
「『一軍の人』ね・・・まあそうだけど。ほうきがどれもバサバサで借りに来たんですけど・・・。」
「ああ・・今使っているほうき以外にもう一本綺麗なほうきがあるはず・・・あった。これをどうぞ・・」
瀬戸勇が、ドアのすぐ近くにあった清掃用具入れからほうきを出そうと屈んだ瞬間、瀬戸勇が隠すように持っている分厚い本の表紙がチラッと見えた。
「あー!!」
思わず大声を出してしまう。瀬戸勇がビクッと体を震わす。
「これ、これ!!陽華梨の!!ファースト写真集だよね?!」
「えっ??一軍の人が月陽華梨をご存知で?」
「その『一軍の人』って言うのやめてよ。陽子、花宮陽子。」
「すみません。花宮陽子さん、その興奮具合だと、もしかして、月陽華梨が・・・」
瀬戸勇が眼鏡をキラリと輝かす。
「大好き!!あ・・・」
つい言っちゃった。ずっと心に封じていた、いや、心からすらなくしてしまっていた言葉。
言ってしまった言葉。一軍のメンバーであるなら、封じていなければならなかった、《自分の“好き”》。
言っちゃいけなかった言葉。でも、言っちゃいけなかったと分かっているのに、なぜか罪悪感より爽快感が上回る。
やっと言えた言葉。ああ、私ずっと我慢していたんだ。ずっと言いたかったんだ。誰かに打ち明けたかった。我慢していることも、陽華梨が大好きだってことも。
「びっくりです。こんなところに仲間が・・・。仲間って言って不快に思われたらすみません。ええと・・そうなら・・話してみたいですね、同じ推し同士。」
*
*
*
瀬戸勇は掃除の時間が終わるまで待っていてくれて、掃除の時間後に私達は近所のファーストスード店に寄ってお互いの話に夢中になった。
「へえー!じゃあ、勇は陽華梨の古参になるんだね。すご!!」
「全然すごくなんかないですよ。古参だっていばるよりも、ファン歴関係なく、ちゃんとマナーを守って一途に応援している方が重要だから。」
ちゃんとしているな、と思った。
どの定義をもって『ちゃんとしている』とするのか分からないけど、咄嗟に頭に浮かんだのは『ちゃんとしている』だった。
私なんかよりも、ちゃんとしている。そう言ったら、上から目線な女子だと思われそうだから、絶対言わないけど。
「花宮陽子さんも月陽華梨ファンなんて今でもびっくりですよ。聞いていいのか分からないけど、なんで一軍のグループにいるんですか?悪く思わないでほしいんですが、一軍ってタイプじゃないですし・・・。」
そして、勇は打ち解けたらよくしゃべる。
そりゃあびっくりだろう。一軍のメンバーが好むものって身長の高い人気俳優とかSNSでバズっているモデルなどだ。陽華梨は、一軍に好かれるには、人気とバズりがまだ足りないのだ。
それに、勇は見抜いている。きっと勇が見抜いているっていうことは、他のクラスメイトたちも気づいている。私が一軍に相応しいメンバーではないことを。
話しても大丈夫だろうか、私が月陽華梨ファンであることを封印していたことやその理由、一軍に今でもしがみついている理由を___。
「陽子でいいよ。分かる。びっくりだよね。私が・・陽華梨ファンってことも、一軍にいることも・・・。だけどね、私、自分が一軍に入ったことまるでくじ引きで一等が当たったみたいに思っているの。」
そうして全てを話した。なぜか、出会ったばかりの勇に、私が一軍に入った経緯、今の気持ち、陽華梨への気持ちをこれまで封印し続けていたこと、・・朱里のこと。
すると、勇は私の話を最後まで聞いてくれてから、「うーむ」と唸って、重そうに口を開いた。
「一等・・・たしかにそうかもしれませんね。」
「で、でしょ?!一等当たったぜラッキー!みたいな。」
「そう・・・最初は『ラッキー』なんです。でも人によれば時間が経つと『不幸』に変わることもある。陽子さんはそのことに気づいていない。もうすでにくじ引きのもたらす『不幸』に足つっこんでしまっていませんか?」
「え・・・どういうこと?何が言いたいの。」
急に何言い出すんだろう。くじ引きって外れたら確かに『不幸』になるかもだけど、当たったら『ラッキー』で終わるものではないだろうか?当たったのに『不幸』に変わるとはどういうことだろう。
「僕は人間関係とくじ引きは非常に似ていると思っています。陽子さんは、くじ引きの罠をご存知ですか?」
「・・・知らない。」
「くじ引きは、一等が当たったらそのまま『はい、ラッキー!』で終われる人もいますが、一等が当たったことで、本来持っていた運を持って行かれて、一等が当たってから病気になったり『不幸』に遭ったりする人もいるんです。」
「・・・嘘だー!大袈裟な話すぎるよ。面白いね、勇。」
「この話は決して大袈裟な話ではありません。僕の母もスーパーのくじ引きで一等当たった反動で癌の診断を受けましたからね。幸い治りましたが。・・・確かにこのケースは大袈裟な話かもしれません。でも、僕が言いたいのは、陽子さんが最初はくじの一等のように『ラッキー』と思って飛び込んだ一軍のグループで、今は・・いや最初から、本来の自分らしさを隠し通さなければならない『不幸』に足を突っ込んでいるのでは、ということです。」
勇の話はやはり大袈裟に聞こえる。でも、的を射ているとも思った。今の私は本来の私ではない。学校に来る日も来る日もバカにされても、陽華梨を大好きだと堂々とアピールしていた、あの頃が1番・・いや、唯一自分らしくいられた時間だった。
そして、その《自分らしくいることが許されなくなった今》は、確かに勇の言う、くじで一等が当たった後の反動の『不幸』かもしれなかった。
「私・・・どうしたらいいんだろう?」
「元に戻ればいいだけです。元の陽子さんに戻って、それでも一軍の人達が『一緒にいたい』って言ってきたら、その時また考えればいいんです。でも、一軍にいるよりも・・・いや、それは陽子さんが決めることです。」
元に戻ればいいだけ・・・?
でも、その《元に戻る方法》が分からない。どうすれば、元の私に戻ることができる?自分らしさを隠す日常に慣れすぎて、自分らしさの現し方が分からなくなってしまった。
「うーむ、困っているようですね。息抜きに僕の部活に見学行ってみます?」
「えっ!部活??勇、帰宅部かと思っていた!部活やっているんだ?!」
唐突に話が変わり、なんだか気が軽くなる。
「ええ、ああただ・・部活というより、部員数少なすぎて同好会ですけど。」
「何ていう同好会なの??」
「『アイドル研究同好会』です。研究とは名ばかりでただアイドルの映像を見て盛り上がっていたり、ライブレポートを発表したりしているって感じですね。普通のアイドルヲタクの活動とほぼ同じです。」
「へええ・・見てみたいかも!なんだか楽しそう!!」
「決まりですね!じゃあ、明日、ぜひ見学に来てください。教室の前で待ち合わせでいいですか?」
そう言い勇が嬉しそうに笑う。
なんだ、全然陰キャじゃないじゃん。こんなにたくさん話してくれて、出会ったばかりの私に親切にしてくれて、めめちゃんは勇のこと分かっていない。
この勇の良さを、本当に友達なら知ってほしいと思った___。
今日は、夢の中でフィラリンに今日のこと報告しなきゃ。勇と出会ったこと、話したこと、勇のアイドル研究同好会に見学行くこと。あ・・・
明日は一軍のメンバーで恒例のカラオケ行く約束していたんだった・・・。どうしよう。勇とも約束しちゃったし、どっちも裏切れない。
もし、勇とアイドル研究同好会の見学行く約束したことが、つるちゃんやめめちゃんにバレたら、二人はどんな反応をするだろうか。
軽蔑されるだろうか、罵られるだろうか、もちろん反対はされるだろう。一軍の人達には秘密にして行ってバレなければ大丈夫だろう。でも、バレた時が地獄だ。
それでも行きたい、勇が教えてくれた新しい世界に行ってみたい___。
今日の夢でフィラリンに相談してみよう。
そう思ったのに、思っていたのに・・・
人間とは器用なもので、初めはあんなに戸惑っていたのに慣れてきた頃には簡単にこの環境に適応してきてしまった。一軍グループのメンバーになった効果は絶大なもので、クラスメイトで私をバカにする者は、もういなくなっていた。しかし、それは私が一軍グループのメンバーになったからとは限らず、私が今ではもう陽華梨のことを口にしなくなったからかもしれなかった。
一軍の子に、陽華梨のことで何か言われたわけではなかった。ただ最初の2週間程は、一軍の子達に話を合わせるので精一杯で、つるちゃんやめめちゃんが好きなイケメン俳優・モデルやアーティストを調べて、『私も最近ハマってー』なんて嘘ついて“一緒”のふりをした。
初めは人に嘘つくことに罪悪感を抱いた。
しかし、一軍グループの中にいることに、嘘をつき続けることに慣れてくると罪悪感も徐々になくなっていった。
一軍グループではつるちゃんがリーダー的存在で、めめちゃんがつるちゃんを崇拝しているような関係性らしかった。他のメンバーは二人の引き立て役のような役割だ。たぶん私もそうだが・・・。
もし、この一軍グループのメンバーで居続けたかったら、絶対につるちゃんやめめちゃんのご機嫌を損ねてはいけない。
だから、私は今日もつるちゃんやめめちゃんの顔色を窺いながら嘘をつき続ける。
そうやって日々を過ごしていると、自分の本来好きだったものの存在なんて、気にしている余裕もない。
久しぶりに夢で会ったフィラリンにそこまで一気に話してしまうと、分かりやすくため息をつかれた。
「はあ・・・。予想はしていたが・・人間とは簡単に変わってしまう生き物なようだね。」
「もうー!少しは喜んでくれたっていいじゃん!なんでそういう言い方するかなー?最下層のグループにいた私が今では一軍のメンバーなんだよ??こんな奇跡ないよ!」
「で、本当に好きだったものを忘れかけてて?それでも一軍にいるから幸せってことね、はいはい。」
「・・・なんか最近のフィラリンいじわる。」
最近、フィラリンは夢で会う度、嫌味なことを言ってきたりネガティブなことしか言わない。私が一軍のグループにいることをあまり快く思っていないようだ。前に言っていた、『良い方向に導く』ということと関係があるのだろうか。私には、今が、今までと比べて断然良い方向にいると思うのだが・・・。
「私は陽子を良い方向に導くために来た。だけど、どんな方向にいようが本人が満足しているなら、無理に指図したりはできない。する気もない。だけど、気になるんだ。最近の陽子は、満足気に見えるが同時に疲れているように感じる。」
満足げに見えるが疲れているように・・・。
たしかにそうかもしれない。一軍のグループに入ってから、一軍のみんなに話を合わせるのに、興味のない雑誌やメイク道具を買ったり調べたり必死だった。だから、その疲れが出ているのだろう。
しかし、今ではそれも慣れてきたし、調べなくても一軍のみんなが好きなものや興味があるものについて話せるようになった。だから大丈夫。
「フィラリンは色々話聞いてくれていたし、心配してくれているんだよね。でも大丈夫。私は一軍のグループにいることに決めたの。」
「でも、その決断のせいで朱音ちゃんが置いてけぼりになっているみたいだけど?」
朱音・・・。私が一軍のグループに入ったばかりの時は、朱音の方からも変わりなく話しかけてくれたりしたが、段々私の方から話しかける回数が少なくなり、朱音との気持ちがすれ違うようになり、気づいたら私たちは距離が離れ話さなくなっていた。
しかし、心優しい朱音のことだからボッチになったりせず、すぐにクラス内で新しい友達ができた様子が見えたので安心していたのだ。
「朱音なら大丈夫だよ。新しい友達作って今日も楽しそうに笑ってたし。」
『うーむ、どうしたものか・・・。人間とはかなり手がかかる生き物のようだ。これは・・考えていた作戦実行とするか。』
「フィラリン??」
ん?フィラリンが急に黙っちゃった。なんか考え事しているのかな?
「陽子、勇という少年を知っているか?」
「え、誰よ、その人。どうしたの急に。」
「陽子はたしか二年二組だったな。勇は三組。隣のクラスだけど選択授業では一緒にならないクラス同士だよね。」
三組・・・めめちゃんの友達の一人が三組にいるということで、何度かめめちゃん達と一緒に三組の教室に顔を出したことはあるが、勇という名前は聞いたことがない。
「そうだね、三組の人とは関わる機会が少ないかな。で、その勇って人が何なの??」
「実は、勇も陽子と同じように私の担当でね。」
「えっ、私の他にも担当とかいたんだ。じゃあ、その勇って人も良い方向に導かないといけないの?」
「そうそう。勇はいわゆる陰キャで、周りとすぐ壁を作りがちなんだ。だから友達がいないし、クラスでも影が薄い存在になっている。」
陰キャか・・・イケメンだったら仲良くなりたいなって思ったけど、陰キャなら別にいいや。でも、フィラリンの担当だからと言って、何で急に勇という人を話題に上げたんだろう。
もしかして・・・。
「陽子なら、性格的にも個性とか色々考えて、きっと勇と仲良くなれるんじゃないかと閃いたんだけど、どう??」
やっぱり。私は新しい人と仲良くなるのが苦手だ。元々人見知りだし、今でこそ慣れたものの、一軍のみんなと打ち解けるまで苦労したし、朱音の時は・・・たしか朱音から優しく声をかけてくれたんだっけ。
朱音と久しぶりに話したいなあ。
「陽子??」
「あっ、む、無理だよ、無理!陰キャって暗いオーラ漂っててなんか苦手だし、話が合わないと思う。」
「・・・だよねー。(まあ、なるようになるって言うし、ほっといてみるか、一応紹介はしたし。)」
*
*
*
次の日、私は教室の自席で考え事をしていた。
あのフィラリンが、ただ友達にさせたいためだけに人を紹介するわけないような・・・。だったら、なんで紹介してきた?何か意味があって紹介した?
「おはよー!陽子。陽子?」
「あっ!おはよう、めめちゃん!」
「朝から何考え事してんの?もしかして好きな人?!だれ???」
「違うよ・・・。ただ少しぼーっとしてただけ。」
「ふーん?つまんないのー。」
なんで女子ってすぐ恋バナを始めようとするんだろう。これがちょっと面倒くさい。朱音はそんな面倒くさいことなかった。好きな人がいたとしても、完全に気を許した相手じゃないと打ち明けたくない。めめちゃんは以前と比べれば仲良くなった方だが、気を許せたわけではない。
あ、そうだ、以前から頻繁に三組に出入りしているめめちゃんなら、勇という人のことも知っているかもしれない。めめちゃんに聞いてみるのが早い。
「あっ!ちょっと待って!めめちゃんに聞きたいことあって。三組の勇・・・?っていう人知っている?」
「ゆううう?!勇って瀬戸勇のこと?やっぱり好きな人なんじゃん!陽子ってあんなのがタイプなの?バリバリ陰キャの根暗ヲタク少年なんてやめときなって!付き合ったってつまんないよー。」
「い、いや、好きな人じゃないって・・・。」
めめちゃんの声が大きくて焦る。慌てて否定する。
とりあえず、勇という人が、フィラリンの言う通り本当に存在していることが分かった。休み時間に三組に行ってみよう。どんな人か見てみたい。
次の休み時間、私はめめちゃんと一緒に三組に向かった。三組の教室を覗き込み、窓際1番前の席の方を指差し、めめちゃんは勇の存在を教えてくれた。
「あれが瀬戸勇。にしても、好きでもないのになんで急に瀬戸勇のことなんか聞いてきたの??」
「あー・・・うーんとね、この間廊下で姿見かけて、見たことなかったから、あんな人いたんだーって思って。どんな人かなーって聞いてみようと思ったの。」
あの人が、フィラリンの言っていた瀬戸勇。
瀬戸勇は、私達に注目されているとも知らず、窓際の席で分厚い本を読んでいた。黒縁メガネをかけ、普通体型、髪はワックスなどは一切付けられていない自然体のサラサラ髪、身長は私と同じくらいだろうか。
フィラリンの話では、瀬戸勇は私と同じくフィラリンの担当する《良い方向に導かなければいけない人物》らしいが、瀬戸勇にはたしかに『俺に近づくな』オーラが漂っており、フィラリンの言っていた通りに周りと壁を作っている様子が伺える。
フィラリンが瀬戸勇を良い方向に導くには、瀬戸勇がどうなれば良い方向に導けたと言えるのだろう?
「私も詳しいわけではないけど、瀬戸勇は友達一人もいないし、声は聞いたことあるかな、っていうレベルだよ。」
めめちゃんが教室のドアに寄りかかりながら、瀬戸勇を指差して言う。
「そうなんだ・・・。」
フィラリンの担当同士だし、どんな人物か気になって見に行ってみたものの、どうやら私と瀬戸勇は仲良くなれなさそうだ。
私達の接点は、所詮フィラリンだけで他には何もないのだ。きっと関わる機会もこのままないだろう。
そう思っていたのに___。
人生には必ず『いてくれて良かった』と思える、その人に必要な人物が必ず一人はいる。でも、それは一人とは限らなくて、何人いるか分からないし、いつ出会えるかも分からない。人生において《必要な人》というのは、時に厳しく叱ってくれ、そうかと思えば時に優しく味方になって包み込んでくれる、そういう存在だ。
だから、どんな人との出会いも大切に考えなければいけない。この人は私にとって必要な人か、それとも___。
ある日の放課後、私はめめちゃんに掃除当番を押し付けられていた。
「ええー!先週もだったじゃん!私今日はいくつか部活の見学に行きたいのにー。」
「そこをなんとか!この通り!今日は、つるちゃんと映画見に行きたいからさあ。掃除してたら間に合わなくなっちゃう!お願いだよお。友達でしょ??」
両手を合わせて大袈裟にお願いのポーズをとるめめちゃん。
『友達でしょ??』と言うと何でもこっちが言うこと聞くと思っているのだ。こっちの都合なんて無視だ。こういうところが、めめちゃんを好きになりきれない理由の一つだ。
「もう・・・今回だけだからね??」
そう思いつつきっぱり断れない私のことも好きじゃない。
「ありがとうー!陽子最高!今度埋め合わせするからー!」
そう言ってめめちゃんはつるちゃんと先に帰っていった。めめちゃんはきっと私のことを都合の良い友達にしか思っていない。埋め合わせだってされたことない。
でも、このグループに居続けたいなら、つるちゃんとめめちゃんに嫌われたらお終いだ。だから、二人のことが好きになりきれなくても言うことは聞いといた方が良い。それで二人の機嫌が良くなるのなら。
そう考えていると、私はそこまでしてでもこんなにスクールカーストの最下層グループにいたのが嫌だったのだと気づく。
ただ、また最下層グループに自分が配置されるのは嫌だった。このまま一軍のグループにいたかった。このグループにいれば、私ってオシャレなんだ、イケイケなんだ!と思い学校にいる間ずっと自己肯定感に浸れる。だから、たとえ、自分の『好き』が封じられても___。
「あ・・・」
掃除を始めようとしたら、ほうきがどれもバサバサしていた。替え時だろう。これじゃあ掃除しにくい。まあうちのクラスに真面目に掃除している人なんてほとんどいないから、このままだったんだろうけど。
仕方なく隣のクラスの一組にほうきを借りに行ったら、一組のほうきもバサバサしているものばかりだったので、三組に借りに行くことにする。
「失礼しま・・あっ!」
ドサッ!
三組の教室のドアを開けた瞬間、誰かにぶつかってしまった。ぶつかった拍子に、相手の抱えていた荷物が落ちてしまう。
「すみませ・・あ、瀬戸勇さん?」
顔をあげた瞬間ギョッとする。ぶつかった相手は噂していた瀬戸勇だった。
「え・・誰っ・・・あ、二組の・・一軍の人。一軍の人が何か用ですか?」
瀬戸勇は落ちてしまった本を慌てて拾って、ブレた眼鏡をかけなおして問う。
「『一軍の人』ね・・・まあそうだけど。ほうきがどれもバサバサで借りに来たんですけど・・・。」
「ああ・・今使っているほうき以外にもう一本綺麗なほうきがあるはず・・・あった。これをどうぞ・・」
瀬戸勇が、ドアのすぐ近くにあった清掃用具入れからほうきを出そうと屈んだ瞬間、瀬戸勇が隠すように持っている分厚い本の表紙がチラッと見えた。
「あー!!」
思わず大声を出してしまう。瀬戸勇がビクッと体を震わす。
「これ、これ!!陽華梨の!!ファースト写真集だよね?!」
「えっ??一軍の人が月陽華梨をご存知で?」
「その『一軍の人』って言うのやめてよ。陽子、花宮陽子。」
「すみません。花宮陽子さん、その興奮具合だと、もしかして、月陽華梨が・・・」
瀬戸勇が眼鏡をキラリと輝かす。
「大好き!!あ・・・」
つい言っちゃった。ずっと心に封じていた、いや、心からすらなくしてしまっていた言葉。
言ってしまった言葉。一軍のメンバーであるなら、封じていなければならなかった、《自分の“好き”》。
言っちゃいけなかった言葉。でも、言っちゃいけなかったと分かっているのに、なぜか罪悪感より爽快感が上回る。
やっと言えた言葉。ああ、私ずっと我慢していたんだ。ずっと言いたかったんだ。誰かに打ち明けたかった。我慢していることも、陽華梨が大好きだってことも。
「びっくりです。こんなところに仲間が・・・。仲間って言って不快に思われたらすみません。ええと・・そうなら・・話してみたいですね、同じ推し同士。」
*
*
*
瀬戸勇は掃除の時間が終わるまで待っていてくれて、掃除の時間後に私達は近所のファーストスード店に寄ってお互いの話に夢中になった。
「へえー!じゃあ、勇は陽華梨の古参になるんだね。すご!!」
「全然すごくなんかないですよ。古参だっていばるよりも、ファン歴関係なく、ちゃんとマナーを守って一途に応援している方が重要だから。」
ちゃんとしているな、と思った。
どの定義をもって『ちゃんとしている』とするのか分からないけど、咄嗟に頭に浮かんだのは『ちゃんとしている』だった。
私なんかよりも、ちゃんとしている。そう言ったら、上から目線な女子だと思われそうだから、絶対言わないけど。
「花宮陽子さんも月陽華梨ファンなんて今でもびっくりですよ。聞いていいのか分からないけど、なんで一軍のグループにいるんですか?悪く思わないでほしいんですが、一軍ってタイプじゃないですし・・・。」
そして、勇は打ち解けたらよくしゃべる。
そりゃあびっくりだろう。一軍のメンバーが好むものって身長の高い人気俳優とかSNSでバズっているモデルなどだ。陽華梨は、一軍に好かれるには、人気とバズりがまだ足りないのだ。
それに、勇は見抜いている。きっと勇が見抜いているっていうことは、他のクラスメイトたちも気づいている。私が一軍に相応しいメンバーではないことを。
話しても大丈夫だろうか、私が月陽華梨ファンであることを封印していたことやその理由、一軍に今でもしがみついている理由を___。
「陽子でいいよ。分かる。びっくりだよね。私が・・陽華梨ファンってことも、一軍にいることも・・・。だけどね、私、自分が一軍に入ったことまるでくじ引きで一等が当たったみたいに思っているの。」
そうして全てを話した。なぜか、出会ったばかりの勇に、私が一軍に入った経緯、今の気持ち、陽華梨への気持ちをこれまで封印し続けていたこと、・・朱里のこと。
すると、勇は私の話を最後まで聞いてくれてから、「うーむ」と唸って、重そうに口を開いた。
「一等・・・たしかにそうかもしれませんね。」
「で、でしょ?!一等当たったぜラッキー!みたいな。」
「そう・・・最初は『ラッキー』なんです。でも人によれば時間が経つと『不幸』に変わることもある。陽子さんはそのことに気づいていない。もうすでにくじ引きのもたらす『不幸』に足つっこんでしまっていませんか?」
「え・・・どういうこと?何が言いたいの。」
急に何言い出すんだろう。くじ引きって外れたら確かに『不幸』になるかもだけど、当たったら『ラッキー』で終わるものではないだろうか?当たったのに『不幸』に変わるとはどういうことだろう。
「僕は人間関係とくじ引きは非常に似ていると思っています。陽子さんは、くじ引きの罠をご存知ですか?」
「・・・知らない。」
「くじ引きは、一等が当たったらそのまま『はい、ラッキー!』で終われる人もいますが、一等が当たったことで、本来持っていた運を持って行かれて、一等が当たってから病気になったり『不幸』に遭ったりする人もいるんです。」
「・・・嘘だー!大袈裟な話すぎるよ。面白いね、勇。」
「この話は決して大袈裟な話ではありません。僕の母もスーパーのくじ引きで一等当たった反動で癌の診断を受けましたからね。幸い治りましたが。・・・確かにこのケースは大袈裟な話かもしれません。でも、僕が言いたいのは、陽子さんが最初はくじの一等のように『ラッキー』と思って飛び込んだ一軍のグループで、今は・・いや最初から、本来の自分らしさを隠し通さなければならない『不幸』に足を突っ込んでいるのでは、ということです。」
勇の話はやはり大袈裟に聞こえる。でも、的を射ているとも思った。今の私は本来の私ではない。学校に来る日も来る日もバカにされても、陽華梨を大好きだと堂々とアピールしていた、あの頃が1番・・いや、唯一自分らしくいられた時間だった。
そして、その《自分らしくいることが許されなくなった今》は、確かに勇の言う、くじで一等が当たった後の反動の『不幸』かもしれなかった。
「私・・・どうしたらいいんだろう?」
「元に戻ればいいだけです。元の陽子さんに戻って、それでも一軍の人達が『一緒にいたい』って言ってきたら、その時また考えればいいんです。でも、一軍にいるよりも・・・いや、それは陽子さんが決めることです。」
元に戻ればいいだけ・・・?
でも、その《元に戻る方法》が分からない。どうすれば、元の私に戻ることができる?自分らしさを隠す日常に慣れすぎて、自分らしさの現し方が分からなくなってしまった。
「うーむ、困っているようですね。息抜きに僕の部活に見学行ってみます?」
「えっ!部活??勇、帰宅部かと思っていた!部活やっているんだ?!」
唐突に話が変わり、なんだか気が軽くなる。
「ええ、ああただ・・部活というより、部員数少なすぎて同好会ですけど。」
「何ていう同好会なの??」
「『アイドル研究同好会』です。研究とは名ばかりでただアイドルの映像を見て盛り上がっていたり、ライブレポートを発表したりしているって感じですね。普通のアイドルヲタクの活動とほぼ同じです。」
「へええ・・見てみたいかも!なんだか楽しそう!!」
「決まりですね!じゃあ、明日、ぜひ見学に来てください。教室の前で待ち合わせでいいですか?」
そう言い勇が嬉しそうに笑う。
なんだ、全然陰キャじゃないじゃん。こんなにたくさん話してくれて、出会ったばかりの私に親切にしてくれて、めめちゃんは勇のこと分かっていない。
この勇の良さを、本当に友達なら知ってほしいと思った___。
今日は、夢の中でフィラリンに今日のこと報告しなきゃ。勇と出会ったこと、話したこと、勇のアイドル研究同好会に見学行くこと。あ・・・
明日は一軍のメンバーで恒例のカラオケ行く約束していたんだった・・・。どうしよう。勇とも約束しちゃったし、どっちも裏切れない。
もし、勇とアイドル研究同好会の見学行く約束したことが、つるちゃんやめめちゃんにバレたら、二人はどんな反応をするだろうか。
軽蔑されるだろうか、罵られるだろうか、もちろん反対はされるだろう。一軍の人達には秘密にして行ってバレなければ大丈夫だろう。でも、バレた時が地獄だ。
それでも行きたい、勇が教えてくれた新しい世界に行ってみたい___。
今日の夢でフィラリンに相談してみよう。
そう思ったのに、思っていたのに・・・
