『良くない方向に考えちゃったら、また今回みたいに思考を微調整できればいい。』
そうフィラリンという謎の少女と話し、『できる!できる可能性しか考えない!』なんて意気込んで夢から醒めてから、1週間が経った。
あれから、私は自分の《好き》に胸を張っていられるようになり、クラスメイトにバカにされることもなくなった。
・・・わけではなかった。
フィラリンと出会って、たしかに、私の中で《変わったもの》はあった。しかし、その《変わったもの》を大切にすることは容易ではなかった。
私の中には、たしかに思考を微調整する強さはあると思う。だからと言って、その強さだけで、私の《好き》をバカにし続けるクラスメイト達の言葉を跳ね除けるほどの強さは、“今の私”には持ち合わせていなかった。
夢から醒めた後、そこにはフィラリンと出会う前の変わらない私がいて、私をバカにし続けるクラスメイトに何も言えずにただ苦笑いを浮かべるしかできなかった。
せっかくフィラリンは私を励ましてくれたのに、私は何も変えられていない。そんな劣等感と罪悪感が私を囲んで窮屈にさせていた。
「なにも今すぐ変われとは誰も言っていない。」
落ち込んだ私を、呆れ顔で見ながらフィラリンが言う。
「だってえ・・・全然言われた通りにできていないんだもん。強くなんかない。弱いまんま変われていない。」
「陽子には強さがある。それは嘘ではない。でも・・強い人は最初からではない、いくつかの過程があって強くなっていく。陽子はその途中段階にいるんだよ。私が教えた陽子の強さはきっとその過程の中で育っていくんだよ。」フィラリンが慌ててフォローする。
「でも・・・」
「あー!!じゃあ話を変えよう。その・・陽子を特にいつもバカにしてくる集団のリーダー格、つるちゃんという少女の弱みは何かないの?」
「弱み??!」
「まずは倒したい敵の弱みを知っておいた方がいいかなと。」
「敵って・・まあたしかに仲間ではないけれど。弱みなんてあるのかなあ?つるちゃんは、クラス内で絶対的権力をもっているの。それに美人だし、女子からも男子からも憧れられている。だから、みんな『つるちゃんの言うことは正解!』って思っている。つるちゃんが敵になるなら、こんな強い敵、他にいないよ・・・。」
「私はそういう強さは嫌いだ。違う強さを大切にしている。」
いつになく鋭い瞳でフィラリンが言う。
「へっ、どういうこと。」
「なんでもない。弱みがないなら話を変え・・」
「ああ!思い出した!!弱みなのかどうか分からないけれど、つるちゃん、最近同じグループ内のある子と仲間割れしてるみたいでね、距離置いているの。」
「へえ・・・」
___ハッ!
「ん?どうした、花宮。やっと起きたか。随分と長い昼寝だったな。」
世界史の先生がメガネを掛け直しながら、ボソッとつぶやく。
生徒達が、私の寝ぼけた顔を見てドッと笑い出す。
___キンコーーンカーンコーン・・
「おや、花宮がせっかく起きて先生の授業を聞いてくれると思ったら、こんな時間か。やれやれ。じゃあ、日直ー。」
日直が起立、礼の号令をかけ、授業が終わり、休み時間になる。机の上に出すだけ無駄になった教科書をトントンと整え、机の中にしまうと、目の前の視界にサラサラの黒髪ロングが見えた。
「ねえ、花宮さん。」
つるちゃんは私の机に両手をついて、前のめりになり話しかけてきた。
「へ・・・何??」
呆気にとられてつるちゃんの美しい顔を見つめる。
「今日、学校の帰りにみんなでパンケーキ食べに行くんだけど、良かったら一緒にどう?」
ありえない。私が、クラスのマドンナこと、つるちゃんのグループと一緒にパンケーキ?!
何かの間違いとしか思えない。つるちゃんは、男女共に支持されていて一軍の華やかな男女グループに属している。それに比べて私は、誰にも支持されていないし、スクールカーストでは最下層のグループに属している。
そんな私が、つるちゃんにパンケーキ誘われたなんて奇跡とも言えない。罠としか思えない。そう思うのに___
「うんっ!行く!行きたい!」
そんな前のめりに答えてしまったのは幸か不幸か。
どうなるの私。
教室の後ろからは「まじかよ、つるちゃーん」という甘ったるい男子の声が聞こえる。女子からは「信じられないー!なんで陽子が??」という悲鳴のような声が聞こえる。
やっぱり・・・行くべきではないか・・・。
朱音が心配そうな顔でこちらを見ている。
「楽しみだねっ!」
揶揄う男子達や悲鳴をあげる女子達を遮るように、つるちゃんは気にしない風な高い声で言う。
その時は知らなかった。突然私がつるちゃんに誘われたわけを・・・。
___放課後、私は本当につるちゃんら一軍グループとパンケーキを食べていた。
パンケーキがテーブルに到着した途端に食べ始めた私を、目を丸くしてつるちゃん達が見ていたので、「どうしたの?」と聞くと、「SNS用の写真撮らないの?」と不思議そうにつるちゃんが言った。
その様子を見ていた、つるちゃんの隣に座る男子が、「陽子ちゃんはSNS興味ないんだってよー。ハハハ!」と揶揄ってくる。
すると、つるちゃんはバン!とテーブルを叩き、立ち上がる。私を揶揄った男子は、途端に怯えたようなギョッとした表情になる。
「花宮さんのことバカにしたら、つるが許さないから!」
そう言うと、つるちゃんはパンケーキの写真を撮るのを中断して、黙々とパンケーキを食べ始めた。
なんで、そんなムキになって、私を庇ってくれたの・・・?
そんな疑問を持ちながら、蜂蜜シロップのかけすぎで甘ったるくなったパンケーキを無理矢理口にねじ込み完食した後は、恥かく前にさっさと帰る支度をしようとしたらカラオケに誘われた。
でも、所詮一軍男女グループの子達と最下層グループの私だ。カラオケの選曲の趣味が合うわけなかった。SNSでバズったテンポの早い歌を歌う一軍グループと、一度もバズっていない誰も知らないアイドルソングを歌い続ける私。
すぐに場が白けてくるのを感じ取り、「飲み物取ってくる。」と言い訳をしてカラオケ店の外に出てベンチに座った。
分かっていた。私がつるちゃんと一緒に過ごしたら私が浮くことぐらい。住む世界が違うってやつだ。
今日はバカなことしたな。やっぱり私は最下層の人なんだ。「予定思い出した。」とか適当に言って早めに帰っちゃおう。
自販機でいちごみるくのジュースを買い、プシュッと音をたてて飲み干していく。飲み干したところで、後ろからカラオケ店の自動ドアが開く音がした。
コツ、コツ・・と、こちらにそっと近づいてくるような足音が聞こえる。
「こんなところにいたんだ?探しちゃったよ。」
「あ。つるちゃん・・」
「花宮さんてさ・・・あんまり大勢でいるの好きじゃないよね?」
「そんなこと・・誘ってくれて嬉しかったよ!」
正直、つるちゃんに誘われて『嬉しかった』という感情は湧かなかった。ただ、信じられないという気持ちが大きかった。何かの罠かとさえ思っていた。だけどそんなこと馬鹿正直に言うのは間違いだ。普通、こういう時はお世辞でもポジティブな言い方をするものだ。
「ふふ、嘘。私相手にお世辞なんかいいよ。なんとなく大勢での集まりって分かった瞬間、花宮さんの表情が曇ったの気づいていたの。でも無理に誘っちゃった。ごめんね。」
「どうして?」
なんで無理に私なんか誘ったんだろう。やっぱり、何かの罠だった?私をみんなで嘲笑うためとか?分かっているのに、なぜか理由を尋ねてしまう。
「・・・話してみたかったの。」
つるちゃんの予想外の返答に言葉を失う。
「・・・私と??」
戸惑いながらつるちゃんに尋ねる。
「うん、花宮さんとはゆっくり話してみたかったの。」
私とゆっくり話してみたかったって、正気だろうか。やはり信じられない気持ちと、本当だったら嬉しいという信じたい気持ちで感情が定まらない。本当だとしてもありえない状況すぎてちょっぴり怖い気さえしてしまう。
「・・・。」
感情が定まらず何も言えずにいる私を見かねて、つるちゃんが再び口を開く。
「花宮さんってさ、女性アイドル好きじゃん?あんなに毎日バカにされているのに、それでも好きでい続けているなんてすごいなあって思ってて。私だったら、好きだとしても、好きでいることを隠しちゃっていたから・・・って言っても、私の場合バカにされたこともないのに勝手に『バカにされるかも』って不安になって自分らしさを隠しちゃっていたんだけどね。」
つるちゃんが私のことを『すごい』って思っていたなんて。意外どころじゃない。こんなのありえないって思うのに、つるちゃんのいつもとは違う真っ直ぐな瞳が私にこの状況を信じさせる。
それに、つるちゃんほど、一軍女子で絶対的権力がある子でも、不安になったり、自分らしさを出せないことがあるんだ・・・。いや、一軍女子で絶対的権力がある立場だからこそ、そうなるのかもしれない。
知らなかったつるちゃんの一面を知れた、意外性と高揚感でいっぱいいっぱいになり、つるちゃんの綺麗な顔をまじまじと見つめてしまう。
「ふふ、なによ、そんな、人の顔を見つめちゃって。別に嘘じゃないよ。本当に、花宮さんのことすごいって思っている。私は自分の『好き』に素直になれないから。」
そう言ってつるちゃんは急に俯いた。
「どうして?」
「だって、自分の『好き』に素直になるってことは、自分の『負け』を認めるってことだから。」
どうしてそう言うんだろう。『好き』ってもっと、ポジティブなものじゃないの?嬉しくて楽しくてワクワクするものじゃないの?つるちゃんにこの気持ちをどうにか理解してほしい。伝えたい。
「それは違う!自分の『好き』に素直になるってことは、自分の世界に色を付けるってことだよ。だから、『好き』が増えれば増えるだけ色が増えて、世界はカラフルになるんだよ。」
「本当に心の底から女性アイドルが好きなんだね。」
そう言いながらつるちゃんは弱々しく微笑んだ。
「うん!だから隠したくないし、本当なら、もっと堂々と『好き』をアピールしたい!」
「でもそんなことしたら、今以上にバカにされるし、最悪ハブられるかもよ?」
「それでも、自分の『好き』以上に尊いものはないから。私から『好き』を取ったらただの抜け殻だから。」
そうだ。私にとっては陽華梨が何よりも大切で、私から陽華梨を奪ったら私は空っぽだ。誰に後ろ指さされようと好きな気持ちは変わらないし、変える必要もない。バカにされ、ハブられようが、空っぽになるよりマシだ。
「そうか。私はそんなふうに強くはいられないなあ。私は自分の『好き』よりも周りの評価の方が大切。」
『好き』をとるかそれ以外に大切なものをとるかは、人それぞれだ。『好き』をとることを強制はできない。でも、つるちゃんの考え方は私には悲しすぎた。
「つるちゃんの『好き』って何??」
「私の『好き』は・・・モデルさん。ある一人の女性モデルさんに憧れているの。だから、花宮さんとはきっと話が合うだろうなってずっと思っていたの。」
「えっそうなの?」
つるちゃんにそういう存在の人がいたんだ。
つるちゃんがそのことを私に打ち明けてくれた嬉しさと、ほんのちょっぴりの切なさをおぼえた。
つるちゃんはきっと自分の『好き』を自由に周りにアピールしたりできない。そんなことしたらどうなるか不安になって考えてしまうから。『好き』を自由にアピールできないって、もどかしいし切ない。
「ねえ花宮さん。・・陽子って呼んでもいい?」
「もっもちろん!」
「ふふ、ありがとう!じゃあ、陽子、私と友達にならない?」
「えっ?」
