My Strong

 
「えー!陽子ちゃん、アイドル好きなのー?」

「しかも陽子ちゃん女子なのに、女性アイドルが好きなんだってー。」

「女子なら普通、男性アイドル好きになるよねー。」

 私が女性アイドルのヲタクだと言うと、10人中10人が似たようなことを言う。

 私は花宮陽子。昨日17歳になったばかりのオタク気質の女子高生だ。オタク気質とは言っても陰キャではなく、むしろ陽キャな方だ。だから自分のことを他人に話すのは好きだ。好きだった・・・。
 17歳になったお祝いに母親からプレゼントしてもらった、大好きな女性(・・)アイドルグループの結成10周年記念の写真集を学校に持ち込んで、周りにバレないようにこっそり眺めていたのだ。
 
 普通ってなんだろうか。
 少なくとも、この子達にとって私は、女子なのに(・・・・・)女性アイドルが好きだから、普通ではないらしい。
 別に普通でいたいとは思わない。普通じゃなくて、結構だ。
 ただ、女子だからと言って女性アイドルを好きでいることを受け入れてもらえずドン引きされてしまうことが我慢できないのだ。

「だって可愛いじゃん!可愛いは世界一の正義だよ!」
 
 そうは思うものの・・・

「なになに、何の話?」

 この子の前では我慢しなくてはならない。

 突然話に入り込んできたのは、川北鶴海(かわきたつるみ)。通称、つるちゃん。

「あっ!つるちゃん!」

 つるちゃんはクラスのマドンナ的存在でもあり、クラス内で絶対的権力をもつ。つるちゃんの発言は絶対だし、逆らったらクラスメイトから反感を買う。分からないけど。
 分からないのは、私が一度もつるちゃんに逆らったことがないからだ。でも、つるちゃんは美人だし、女子からも男子からも憧れられている。だから、みんなつるちゃんの言うことを聞くという単純な世界だ。

「花宮さん、何見てるの?」

「なんでもないよ!あっ・・」

 つるちゃんは、私が写真集を机の中に隠そうとするのを、無理矢理奪い取り、それを眺める。

「・・・またこんなの見てるの?好きだねえ。」
 呆れたようにつぶやいて、つるちゃんは写真集を乱暴に机の上に置く。
 
「あっ、うん。昨日発売されたばかりでね・・」

「引くよねえ。」
 つるちゃんの隣にいた1人の女子が言う。

「えっ、引く???」

「だって普通引くでしょ。このアイドルグループ全然可愛くないじゃん。こんなのに憧れているとか笑っちゃう。」

 何その言い方。なんでそんな言われ方されなきゃならないの。私はただ大好きなアイドルグループの写真集を見ていただけなのに。
 でもそんなこと言えない。言う勇気なんてない。
 私は陽キャでも臆病な陽キャだから。

「まあ、花宮さん、好きなものはもうちょっと選んだ方がいいよ。」
 つるちゃんがそう言って微笑みながら、つるちゃんの集団は自分の席に戻って行った。

「え、あ、うん。」
 何が起きたか分からず呆然とする私。

 え、今なんて言われた?
 好きなものは選んだ方がいい?
 好きなものって自分で選ぶものじゃないの?他人に言われて選び直すものじゃないよね?
 私は、この女性アイドルグループを好きでい続けたらいけないの・・・?

「陽子・・・大丈夫?気にしない方がいいよ?」

 つるちゃん達が教室の端っこの後ろの席についたのを確認してから、気を遣って話しかけてくれたのは、私の唯一の友人である朱音(あかね)だ。
 朱音は、引っ込み思案だから私以外のクラスメイトと話すことがない目立たない存在だ。でも、少なくとも私の趣味を否定したりしないし、この承認欲求の塊でしかないクラスメイト達と比較にならないぐらい心優しい子だ。だから、私は大好きなアイドルグループよりも朱音のことを大切に思っている。

「うん、大丈夫大丈夫ー!ありがとう。」

「ううん。」
 朱音はホッとしたような顔をして私の席の2つ前の席に戻っていく。

「ほいほーい、授業始めるぞー。」

 世界史の先生が教室に入っていき、生徒が一斉に自分の席に戻っていく。
 授業が始まる。
 世界史の先生は話し方がゆっくりで聞いていていつも眠くなる。本日も催眠術のような授業が始まり、私は教科書を開いたまま机に突っ伏して眠りにつく___。

 チー、チー・・・チー

「・・・ん?」

 寝ていたら何やら聞いたことのない鳴き声を聞き、目を開ける。
 目を開けると、私は見覚えのない草原で横になっていた。辺りを見渡すが、誰もいない。いるのはシマエナガという鳥一羽だけだった。

「シマエナガだ・・可愛い・・・。」

 そういえば昨日、朱音と一緒に寄り道した雑貨店でシマエナガのポーチに一目惚れをして、お揃いで購入したんだっけ。

「・・・って、じゃなくて!ここどこ?!」

 起き上がり、スマートフォンをポケットから出して地図アプリを起動してみる。
 だが、何回再起動しても通信が繋がらない。
 仕方なく、辺りを歩いてみる。

 周りは非常に見晴らしが良く、かなり遠くまで見渡せる。しかし、どれだけ歩いても、永遠に後をついてくるシマエナガ一羽と草原しか見えず、途方に暮れ、座り込む。
 
「何よ、これ。映画じゃないんだから。」

 つい助けを求めるようにシマエナガを見ると、こっちの気なんて知らない様子で仲良さそうに私の周りを飛び回っている。

「んん??」

 このシマエナガ、なんでさっき私の後ついてきたの?私が横になっていたところにいたシマエナガと全く同じシマエナガだよね?

「ねえ、シマエナガ!!」

「・・・」

 シマエナガ達は私の声にびっくりしたのか、ハッとしたようにこちらを見た。

「あっ、ごめん。驚かしちゃった。」

「いえいえ、気になさらず。」

「・・・・・はあ??」

 え、シマエナガ・・・喋った??
 とても丁寧に喋り出すじゃん。何このシマエナガ。

「あはは、どうやら驚かせてしまったようね。」

「そりゃあ驚くでしょ!!なんで喋ってるの、何者なの?!」

 私がそう問いかけると、シマエナガはフッと地面に降り立ち、たちまち人間の少女に姿を変えた。

「へっ!!?」

「この姿の方が話しやすいし、違和感ないでしょ?」

「いやいや、鳥が急に人間になった時点で違和感ありすぎなんだが。まあ、いいや。名前は?」

「私はフィラリンという。」

「へえ。可愛い名前。」

「ありがとう。先輩からの命令で正体は明かせないことになっているが、私は、簡潔に言うと、陽子、君のことを良い方向に導くために存在している。」

「『良い方向』・・・?今は悪い方向にいるの??」

「・・『良い方向』にいるとは言えない。」
 フィラリンが気を遣ったのか若干声を落として言う。

 確かに、良い方向にはいない自覚はある。
 学校に行く度、女性アイドルを応援していることに関してクラスメイトにバカにされ、好きなことを好きと堂々とは言えない環境にストレスが溜まっている。
朱音という、私を理解してくれる友人もいるが、朱音だけだ・・・。自分を理解してくれる友人が1人しかいないなんて、悲しくて、寂しいことだ。

「でも、決して悪い方向にいるとは言えないよ!」
 フィラリンが今度は声高に言う。

「いいよ、気を遣わなくて。良い方向にいないことは分かっている。それが全てだよ。」

「全て???」

 そう、全てだ。他人に理解してもらえず、冷たい視線を浴びながら重い足取りで毎日好きでもない学校に通っている私のこの状況。

「良い方向にいないことが全てなら、なぜ陽子は“あっち”にいるの??逃げ出すことだってやろうと思えばできるはずじゃん。」
 フィラリンがあっけらかんとした表情で言う。

「『逃げ出す』・・・?そんなのお母さん達が許すわけないじゃん!学校に通わない子なんて・・・」

「いるよ。学校に通わない子はたくさんいる。陽子は別に、無理矢理学校に行かされている子(・・・・・・・・)ではないよ。何か、その先・・嫌でも学校に行った先に見えるもののために通学しているんじゃないの?」

 嫌でも学校に行った先に見えるもの?
 先に見えるもの、見えるもの。

 あ___
 なんだろう、これ。

 突然不思議な、嫌ではない、浮遊感に包まれ、睡魔に襲われた。目を閉じるとそこには、嫌で嫌で仕方なかったはずの学校に行った先に見える、“私だけの”夢の空間があった。

 そこ(・・)では、私が好きなアイドルの話をベラベラ大声で話していて、その話を楽しそうに朱音が相槌打ちながらニコニコして聞いてくれている。楽しい時間。
 それに___
 朱音が雲のようにフワッと消えたと思ったら、大好きな推しメンである月陽華梨(つきひかり)が現れ、私の方を振り向くとクシャッと顔を可愛らしく崩して微笑んだ。これだ、これを見るために私は___
 そう、朱音と好きなアイドルだけが心の支えであり、“頼みの綱”だ。
先の見えない影に覆われたようで神経が常に突っ張っているような感覚のする世界で、未来に微かな希望があると信じ込ませてくれるのが推しメンの月陽華梨だ。そして、こんな否定ばかりの世界の中で、肯定の世界に引きずってでも連れていってくれるのが朱音だ。
 たしかに、自分が良い方向にいないことが全てではない。良いことばかりではなくても、自分のことを、少なからず救ってくれる存在はいる。何よりもそのことが重要だったんだ___。
 でも・・・

「分かったよ。私は何のために学校に通っているのか。朱音や推しメンの陽華梨ちゃんに会って、楽しく話すことがモチベーションになっていたの。でも・・私、弱いから。きっとすぐまたそのことが見えなくなってくる。良くない方向にばかり物事を考えるようになる。」

「それでもいいのよ。良くない方向に考えちゃったら、また今回みたいに思考を微調整できればいい。」

「思考を微調整・・・?」

「そう。『やだな。』って思うことがあったら、楽しかった瞬間を今回みたいに思い出せればいいの。それができるかできないか。できたらそれは“あなたの強さ”だから。」

「“私の強さ”・・・」

「できそう?」

 できるだろうか?学校に行く度に女性アイドルを好きなことをバカにされ、『やだな。』と思った時、楽しかった瞬間を思い出して、自分のモチベーションを思い出すこと。
 簡単なようで難しい。人は目まぐるしく動き回っている日々の中で、自分が何のために頑張っているか、分からなくなる。だから、自分の思考を良くない方向から良い方向に微調整することは“強さ”が必要なんだ。
 難しいけれど・・・でも私には朱音という友人や陽華梨という推しメンがいる。私には、モチベーションとなる存在がいるんだ。
 だから・・・できる。私には私を良い方向に導く強さがあるんだ____。

「できる!できる可能性しか考えない!」

「うん!これから一緒に良い方向に向かって行こう!」

 こうして、私はことあるごとに夢の中でフィラリンと会って自分の愚痴に悩み、どんな小さなことも相談するようになった。