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「ただいま」
私の声は、冷え切った無人のリビングに溶けていった。
両親がまだ仕事から帰ってきていないのを確認して、静かに自室の扉を閉じる。
その瞬間、張り詰めていた糸が切れたように、ドッと疲れが私を襲った。
まるで、逃さんと言わんばかりに。
今日はやけに疲れた。息苦しい。
酸素を求めて制服の第一ボタンを外し、そのままベッドに寝転ぶ。
窓から差し込む鬱蒼とした光が、私の心模様を表しているようだった。
天井を見つめていると、夕方の進路指導室での先生の優しい笑顔と、何も言えなかった自分が脳裏にチラついて、また胸が苦しくなった。苦しさを紛らわすように、カバンからスマホを取り出し、音楽投稿サイトを開く。
ただ、無心に、直感的に「いいな」と思った曲にいいねを押していく。
好きなアーティストの曲、流行りの曲、名も知らないアーティストの曲。
そして——。
『17歳がオリジナル曲作ってみた』
私と同じ、「17歳」の曲。
画面の向こうの少女は、力強いのに儚く、まるでガラス細工のような美しい歌声を響かせていた。
コメント欄は「天才」「涙が出てきた」「出会えてよかった」という絶賛の声で埋め尽くされており、再生数は十万回を超えていた。
なぜか、首を絞められているような感覚に陥った。
私の歌は、カラオケに行けば一応、お世辞抜きに「上手いね」って言われるくらい。
所詮、その程度だ。
私の歌声で誰かの心の支えにはなれないし、世界を揺るがすほどの歌姫でもない。かといって、SNSでバズるような歌を作れるわけでもない。
気づけば、バッドボタンを押していた。
「……何やってんだろ。私」
スマホから流れてくる歌声とは似ても似つかない、ひどく醜く、かすれた声だった。
すぐにバッドボタンを取り消し、スマホの電源を落とす。もうこれ以上、彼女の美しい歌声を聞きたくなかった。
寝よう、そう思って布団に頭を埋める。
それなのに、あの歌声が頭にこびりついて離れない。
私とあなたは違う、そう言われている気がして、どうしようもない劣等感が込み上げてきた。
―――なんで、私とあなたは違うの?
―――なんで、あなたは恵まれているの?
―――どうして私はだめなの?
―――あんな子、どうせ若さで売れているだけ。
―――大人になったら見向きもされないはず。
最低だ、私。
勝手に嫉妬して、勝手に劣等感を抱いて。
行き場をなくした嫉妬、羨望、劣等感、焦燥、怒り、悲しみたちが、真っ黒でドロドロな“なにか”になって私の体に渦巻く。
このままじゃ、だめだ。
気づいたらスマホを握りしめ、クローゼットに向かっていた。
ハンガーに掛かった冬物のコートをかき分け、小さなスペースに潜り込む。
ここだけが、本当の高橋かのんとして息を吸える場所。
衣服の柔軟剤の匂いが、私の存在を肯定してくれている気がした。
膝を抱え、ボイスレコーダーを起動する。
思いっきり息を吸う。
そして、ずっと、ずっと吐き出したかったことを、音に、メロディーにのせて歌う。
カラオケで「上手いね」と言われる程度の、なんてことのない普通の声。
あの画面の向こうの少女のような、世界を震わせるガラス細工の美しさなんてどこにもない。
それでも、歌わずにはいられなかった。
真っ黒な何かは、誰かの心に響くことも、中毒性があって伸びるようなこともない。
ぐちゃぐちゃの歌詞を、即興のリズムにのせて吐き出した。
汗なのか涙なのかわからない湿り気が頬を伝うのも構わず、喉を震わせ続けた。
……どのくらい経ったのだろう。
録音終了ボタンを押すと、クローゼットの中に急激な静寂が戻ってきた。
確認する勇気はなかった。
どうせ、どこにでもあるようなみっともなくて、拙い歌だから。
それなのに、私はどうしても、この剥き出しの感情を世界のどこかに残しておきたかった。
音楽投稿サイトのマイページを開く。
初期設定のままの英数字だけの、空っぽのアカウント。
変えようかなとも思ったが、今の私にはふさわしく思えた。
説明通りの手順で手を動かす。
タイトルは無題のまま。
概要欄も空白。
機械のように「次へ」を押していく。
だけど、タグを入力する画面で手が止まった。
誰かに見つかるのは怖い。けど、誰にも見つからないのはもっと怖い。
私は、誰も検索しないであろう、ちっぽけな言葉をひとつだけ打ち込んだ。
『 #_______ 』
画面に浮かぶ「投稿」の文字を、祈るように強くタップした。
「投稿が完了しました」
スマホに表示された無機質な文字を見て、なんとも言えない達成感と、それ以上の猛烈な恐怖が込み上げてきた。
世界に私の恥を晒してしまったのではないか。
やっぱり消そうかな、そう思って慌ててマイページを開き直す。
そこで、私の手は止まった。
ガチャリ、と一階の玄関の扉が開く音が、静かな家の中に響いたからだ。
「ただいま。かのん、もう帰ってきてる?」
お母さんの声だ。
私は急いでスマホの画面を閉じ、窮屈なクローゼットから這い出た。
制服をしっかりとハンガーにかけ、いつもの見慣れた部屋着に着替える。
肌に染みるひんやりとした冬の空気が、さっきまで狭い暗闇の中で泣き叫ぶように歌っていた私を、冷たく笑っているようだった。
一階に降りると、買い物袋をキッチンカウンターに広げて整理しているお母さんがいた。
「おかえり、お母さん」
「ただいま。悪いんだけど、ご飯の準備手伝ってくれない?」
「うん、もちろん」
短く返事をして、お母さんの隣に立つ。
材料を見る限り、今日の夜ごはんは私の大好きなハンバーグだった。
トントントン、とリズミカルなまな板の音が、静かなリビングに響く。
言われた通りに玉ねぎを細かく刻みながら、お母さんの顔を盗み見た。
仕事帰りにスーパーへ寄ってきたのだろう、穏やかなその顔には「疲れ」という深いシワが刻まれていた。
それでも、私のために手間のかかる好物を作ってくれている。
私の視線に気づいたのか、お母さんはいつものように優しく微笑みかけてくれた。
「そういえば、今日の進路相談どうだった?」
心臓が、ドクリと嫌な音を立てた。
玉ねぎを刻む包丁の刃が、一瞬、止まりそうになる。
私は動揺をごまかすように、包丁をあえて大げさに、リズミカルに動かした。
「先生がいい感じの大学を教えてくれて」
ありきたりな、何の問題もない「いい子」の返事をする。
「へえ。どこの大学?」
「○×大学。ここなら、私の学力でも安心して受けられて、音楽系のサークルもあるって」
お母さんは、お鍋の味噌を溶かしながら、安堵したように、ほうと長い息を吐いた。
「○×大学なら家からも通いやすいし、学部もしっかりしてるから安心ね。お父さんともね、かのんは真面目だから、きっと堅実な道を選んでくれるって話してたのよ。最近は景気も悪いし、女の子でもちゃんと資格が取れるような学部か、大手の企業に就職しやすい大学に行ってくれたら、親としては一番安心だわ」
安心。
先生も言っていた、その言葉。
たったの二文字しかないのに、私を優しく、そして残酷に縛り付ける鎖。
「……そうだね。先生もそう言ってた。ここにしておけば安心だって」
悪意なんてなんにもない。ただ、私の幸せを願って言ってくれている。
だからこそ、「シンガーソングライターになりたい」なんて我が儘を言って困らせることはできない。
そんなことを言ってしまったら、お母さんのこの安らかな笑顔を奪ってしまう。
私のために夜遅くまで働いてくれている両親を失望させてしまう。
言いたいことを、また喉の奥へ飲み込む。
目頭が熱くなって、視界がじんわりと滲む。
これはきっと、玉ねぎのせいだ。そう自分に必死に言い聞かせて、止まりかけた手を必死に動かした。
「ただいま」
不意に玄関の開く音がして、スーツ姿のお父さんがリビングに入ってきた。
お父さんもまた、疲れた顔をしながらも、私の姿を見て
「おう、かのん。手伝いか、偉いな」
と愛おしそうに頭を撫でてくれた。
その日の夕食の味を、私は全く覚えていない。
大好きなはずのハンバーグなのに、砂を噛んでいるみたいに、まったく味がしなかった。
リビングにはバラエティ番組のわざとらしい笑い声と、両親の交わす世間話が流れていく。
「〇〇さん家のお子さんは、あそこの大学に行くらしいわよ。難関なのにすごいわよね」
そんな会話が、私の鼓膜を虚しく滑り落ちていく。
私の心は、温かい食卓にはなく、まだあのクローゼットの暗闇の中に残されたままだった。
部屋に戻り、ベッドに倒れ込む。
机の上に投げ出された、先生からもらった○×大学のパンフレットが、私を嘲笑っているように感じた。
自分の左胸に、そっと手を当てる。
(わたしは、どうしたい?)
自分自身に問いかけるも、当然、答えが返ってくることはない。
トクトクと刻まれる心臓の脈の音だけが、静かな部屋で、私の鼓膜を揺らす。
確かに私の体の一部のはずなのに、私の人生という列車は、すでに誰かの敷いたレールの上に置かれているようだった。
枕元に置いてあったスマホが一瞬だけ気になった。
もしかしたら、世界の誰かが見てくれているかもしれない。
そんな淡い期待が一瞬だけ膨らんだが、すぐに虚しくしぼんだ。
再び開いたトップ画面には、相変わらずあの「天才たち」の輝かしい曲がずらりと並んでいた。
私のアカウントは、英数字だけの空っぽの器だ。見る人なんているわけがない。
開きかけたマイページを乱暴に閉じ、スマホをベッドの隅へ投げ捨てる。
画面の向こう、17歳のあの子の曲は、今もなお再生数を伸ばし続けていた。
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「ただいま」
私の声は、冷え切った無人のリビングに溶けていった。
両親がまだ仕事から帰ってきていないのを確認して、静かに自室の扉を閉じる。
その瞬間、張り詰めていた糸が切れたように、ドッと疲れが私を襲った。
まるで、逃さんと言わんばかりに。
今日はやけに疲れた。息苦しい。
酸素を求めて制服の第一ボタンを外し、そのままベッドに寝転ぶ。
窓から差し込む鬱蒼とした光が、私の心模様を表しているようだった。
天井を見つめていると、夕方の進路指導室での先生の優しい笑顔と、何も言えなかった自分が脳裏にチラついて、また胸が苦しくなった。苦しさを紛らわすように、カバンからスマホを取り出し、音楽投稿サイトを開く。
ただ、無心に、直感的に「いいな」と思った曲にいいねを押していく。
好きなアーティストの曲、流行りの曲、名も知らないアーティストの曲。
そして——。
『17歳がオリジナル曲作ってみた』
私と同じ、「17歳」の曲。
画面の向こうの少女は、力強いのに儚く、まるでガラス細工のような美しい歌声を響かせていた。
コメント欄は「天才」「涙が出てきた」「出会えてよかった」という絶賛の声で埋め尽くされており、再生数は十万回を超えていた。
なぜか、首を絞められているような感覚に陥った。
私の歌は、カラオケに行けば一応、お世辞抜きに「上手いね」って言われるくらい。
所詮、その程度だ。
私の歌声で誰かの心の支えにはなれないし、世界を揺るがすほどの歌姫でもない。かといって、SNSでバズるような歌を作れるわけでもない。
気づけば、バッドボタンを押していた。
「……何やってんだろ。私」
スマホから流れてくる歌声とは似ても似つかない、ひどく醜く、かすれた声だった。
すぐにバッドボタンを取り消し、スマホの電源を落とす。もうこれ以上、彼女の美しい歌声を聞きたくなかった。
寝よう、そう思って布団に頭を埋める。
それなのに、あの歌声が頭にこびりついて離れない。
私とあなたは違う、そう言われている気がして、どうしようもない劣等感が込み上げてきた。
―――なんで、私とあなたは違うの?
―――なんで、あなたは恵まれているの?
―――どうして私はだめなの?
―――あんな子、どうせ若さで売れているだけ。
―――大人になったら見向きもされないはず。
最低だ、私。
勝手に嫉妬して、勝手に劣等感を抱いて。
行き場をなくした嫉妬、羨望、劣等感、焦燥、怒り、悲しみたちが、真っ黒でドロドロな“なにか”になって私の体に渦巻く。
このままじゃ、だめだ。
気づいたらスマホを握りしめ、クローゼットに向かっていた。
ハンガーに掛かった冬物のコートをかき分け、小さなスペースに潜り込む。
ここだけが、本当の高橋かのんとして息を吸える場所。
衣服の柔軟剤の匂いが、私の存在を肯定してくれている気がした。
膝を抱え、ボイスレコーダーを起動する。
思いっきり息を吸う。
そして、ずっと、ずっと吐き出したかったことを、音に、メロディーにのせて歌う。
カラオケで「上手いね」と言われる程度の、なんてことのない普通の声。
あの画面の向こうの少女のような、世界を震わせるガラス細工の美しさなんてどこにもない。
それでも、歌わずにはいられなかった。
真っ黒な何かは、誰かの心に響くことも、中毒性があって伸びるようなこともない。
ぐちゃぐちゃの歌詞を、即興のリズムにのせて吐き出した。
汗なのか涙なのかわからない湿り気が頬を伝うのも構わず、喉を震わせ続けた。
……どのくらい経ったのだろう。
録音終了ボタンを押すと、クローゼットの中に急激な静寂が戻ってきた。
確認する勇気はなかった。
どうせ、どこにでもあるようなみっともなくて、拙い歌だから。
それなのに、私はどうしても、この剥き出しの感情を世界のどこかに残しておきたかった。
音楽投稿サイトのマイページを開く。
初期設定のままの英数字だけの、空っぽのアカウント。
変えようかなとも思ったが、今の私にはふさわしく思えた。
説明通りの手順で手を動かす。
タイトルは無題のまま。
概要欄も空白。
機械のように「次へ」を押していく。
だけど、タグを入力する画面で手が止まった。
誰かに見つかるのは怖い。けど、誰にも見つからないのはもっと怖い。
私は、誰も検索しないであろう、ちっぽけな言葉をひとつだけ打ち込んだ。
『 #_______ 』
画面に浮かぶ「投稿」の文字を、祈るように強くタップした。
「投稿が完了しました」
スマホに表示された無機質な文字を見て、なんとも言えない達成感と、それ以上の猛烈な恐怖が込み上げてきた。
世界に私の恥を晒してしまったのではないか。
やっぱり消そうかな、そう思って慌ててマイページを開き直す。
そこで、私の手は止まった。
ガチャリ、と一階の玄関の扉が開く音が、静かな家の中に響いたからだ。
「ただいま。かのん、もう帰ってきてる?」
お母さんの声だ。
私は急いでスマホの画面を閉じ、窮屈なクローゼットから這い出た。
制服をしっかりとハンガーにかけ、いつもの見慣れた部屋着に着替える。
肌に染みるひんやりとした冬の空気が、さっきまで狭い暗闇の中で泣き叫ぶように歌っていた私を、冷たく笑っているようだった。
一階に降りると、買い物袋をキッチンカウンターに広げて整理しているお母さんがいた。
「おかえり、お母さん」
「ただいま。悪いんだけど、ご飯の準備手伝ってくれない?」
「うん、もちろん」
短く返事をして、お母さんの隣に立つ。
材料を見る限り、今日の夜ごはんは私の大好きなハンバーグだった。
トントントン、とリズミカルなまな板の音が、静かなリビングに響く。
言われた通りに玉ねぎを細かく刻みながら、お母さんの顔を盗み見た。
仕事帰りにスーパーへ寄ってきたのだろう、穏やかなその顔には「疲れ」という深いシワが刻まれていた。
それでも、私のために手間のかかる好物を作ってくれている。
私の視線に気づいたのか、お母さんはいつものように優しく微笑みかけてくれた。
「そういえば、今日の進路相談どうだった?」
心臓が、ドクリと嫌な音を立てた。
玉ねぎを刻む包丁の刃が、一瞬、止まりそうになる。
私は動揺をごまかすように、包丁をあえて大げさに、リズミカルに動かした。
「先生がいい感じの大学を教えてくれて」
ありきたりな、何の問題もない「いい子」の返事をする。
「へえ。どこの大学?」
「○×大学。ここなら、私の学力でも安心して受けられて、音楽系のサークルもあるって」
お母さんは、お鍋の味噌を溶かしながら、安堵したように、ほうと長い息を吐いた。
「○×大学なら家からも通いやすいし、学部もしっかりしてるから安心ね。お父さんともね、かのんは真面目だから、きっと堅実な道を選んでくれるって話してたのよ。最近は景気も悪いし、女の子でもちゃんと資格が取れるような学部か、大手の企業に就職しやすい大学に行ってくれたら、親としては一番安心だわ」
安心。
先生も言っていた、その言葉。
たったの二文字しかないのに、私を優しく、そして残酷に縛り付ける鎖。
「……そうだね。先生もそう言ってた。ここにしておけば安心だって」
悪意なんてなんにもない。ただ、私の幸せを願って言ってくれている。
だからこそ、「シンガーソングライターになりたい」なんて我が儘を言って困らせることはできない。
そんなことを言ってしまったら、お母さんのこの安らかな笑顔を奪ってしまう。
私のために夜遅くまで働いてくれている両親を失望させてしまう。
言いたいことを、また喉の奥へ飲み込む。
目頭が熱くなって、視界がじんわりと滲む。
これはきっと、玉ねぎのせいだ。そう自分に必死に言い聞かせて、止まりかけた手を必死に動かした。
「ただいま」
不意に玄関の開く音がして、スーツ姿のお父さんがリビングに入ってきた。
お父さんもまた、疲れた顔をしながらも、私の姿を見て
「おう、かのん。手伝いか、偉いな」
と愛おしそうに頭を撫でてくれた。
その日の夕食の味を、私は全く覚えていない。
大好きなはずのハンバーグなのに、砂を噛んでいるみたいに、まったく味がしなかった。
リビングにはバラエティ番組のわざとらしい笑い声と、両親の交わす世間話が流れていく。
「〇〇さん家のお子さんは、あそこの大学に行くらしいわよ。難関なのにすごいわよね」
そんな会話が、私の鼓膜を虚しく滑り落ちていく。
私の心は、温かい食卓にはなく、まだあのクローゼットの暗闇の中に残されたままだった。
部屋に戻り、ベッドに倒れ込む。
机の上に投げ出された、先生からもらった○×大学のパンフレットが、私を嘲笑っているように感じた。
自分の左胸に、そっと手を当てる。
(わたしは、どうしたい?)
自分自身に問いかけるも、当然、答えが返ってくることはない。
トクトクと刻まれる心臓の脈の音だけが、静かな部屋で、私の鼓膜を揺らす。
確かに私の体の一部のはずなのに、私の人生という列車は、すでに誰かの敷いたレールの上に置かれているようだった。
枕元に置いてあったスマホが一瞬だけ気になった。
もしかしたら、世界の誰かが見てくれているかもしれない。
そんな淡い期待が一瞬だけ膨らんだが、すぐに虚しくしぼんだ。
再び開いたトップ画面には、相変わらずあの「天才たち」の輝かしい曲がずらりと並んでいた。
私のアカウントは、英数字だけの空っぽの器だ。見る人なんているわけがない。
開きかけたマイページを乱暴に閉じ、スマホをベッドの隅へ投げ捨てる。
画面の向こう、17歳のあの子の曲は、今もなお再生数を伸ばし続けていた。
