自称腹黒イケメンに、ぼっちの俺が囲い込まれるまで

 友だちを作るためには、まずどうしたらいいか?
 それはもちろん、挨拶だ。明るくて、人好きのする笑顔を浮かべながら、元気よく『おはよう』と声を掛ける。
 ネットや本、周りの人たちを何回も観察して得た結論だから、間違いない。
「っ、おはよう!」
 俺は愛用の手鏡に向かって、練習する。毎日、昼休みの暇な時間にもやってるけど、最近は家でもするようになった。
 でも、無理やり作った笑顔は、どうしてこうも見るに耐えないのか。
 相手の反応を見るのが怖い。俺が声を掛けて、眉をひそめながら逸らされる、あの瞬間を思い出すから。
 それでも最近は、浅雛のおかげで、ちょっとずつ変われてるような気もしてる……んだけどな。
「おは――」
 その時、机に置いたスマホがポコッと鳴った。
 半ば条件反射のように取る俺の目に、短い一言が映る。
『今から電話してもいい?』
 浅雛だ。そのあとすぐ、ゆるいウサギのキャラクターがこっちをチラチラ見てるスタンプが送られてきた。
 かわいい。
 くすっと笑いながら『いいよ』と返せば、間髪入れずに着信が来る。
 俺は意味もないのに髪を整える仕草をしてから、通話のボタンをスライドした。
「もしもし」
「も、もしもし……」
 耳心地のいい低音。面と向かって話すときよりも、なんだかゆったりしてる感じがする。
「今何してた?」
「……あ、えっと」
 挨拶の練習してました、なんて、流石に言えるわけない。
「す、数学の課題してた」
「え、偉っ」
「……浅雛は?」
「ん? 俺は水鳥川のこと考えてた」
「……えっ?」
 スマホを握る指先に、たまらず力が入った。
「……っていうのは冗談。なんか声聞きてーって思っただけ」
「あ、そ、そうなんだ」
 なんだ。びっくりした。冗談か。
 ……いや残念とか、思ってないし。がっかりするのはちょっと、違うだろ。
 俺は体がやけに熱くなって窓を開けた。ちょうどよく涼しい風が汗を乾かしてくれる。
 お風呂、入ったばっかなのにな。
「……あ、星きれい」
「なに? 外見てる?」
「うん」
「あ、ほんとだ。綺麗だな」
 浅雛の方からも、カラカラと窓を開ける音がした。
 雲一つない夜空に浮かぶのは、自分が一番の主役だと言わんばかりに輝く満月。そういえば浅雛と初めて一緒に帰った日も、こんな月の形してたな。もう、あれから1ヶ月も経ったのか。
「水鳥川。俺たち今、おんなじ空見てるよ」
「うん……そうだね。……なんか場所は違うのに、不思議な感じだ」
「はは、なんかロマンチック?」
 浅雛が低く笑う。
 内容もなにもない会話。だけどイスを訳もなくふらふらさせるくらいには楽しい時間。
「そういや、今日の席替えで俺たち近くなったな」
「あ、たしかに」
 5月に入って一週間。出席番号順だった席は、先生の一言により、ようやく席替えした。
 俺は窓際の席になって、浅雛はその斜め後ろ。
「うるさかったら言えよ。水鳥川の前、輝琉だろ?」
 浅雛が心配そうな声で言った。
 でもその杞憂も分かる。ただでさえ人の集まりやすい浅雛と筑波が、俺の周りに配置されちゃったんだ。前よりも絶対人口密度は上がるし、賑やかさも増すだろう。
 普段一人で席についてる俺からしたら辛い環境……ではあるけど。
「心配ありがとう浅雛。でも俺、大丈夫」
「ほんと?」
「うん」
 これから友だちを作ろうとしてる俺が、陽キャに囲まれたくらいで臆してどうする。
「俺、ちょっとずつクラスのみんなにも、話しかけてみようかなって思ってるんだ」
「え、なんで?」
 ……な、なんで?
「水鳥川、やっぱ席変えてもらえるよう俺が言っとこうか? そしたら無理に話しかける必要ねえし」
「えっ、違う違う! 席は関係なくて、俺がただ新しい友だち作りたいなって思ってるだけ……!」
「……友だち?」
「う、うん」 
 浅雛が意外そうに呟いた。
 思ってた反応と全然違うことに、俺は戸惑う。浅雛に伝えたら、頑張れって応援してくれると思ったんだけど……。
「ふーん」
「な、なんか、いまいち?」
「……あ、いや、」
 迷うような素振りに、一瞬。
「俺マジ性格わりぃな……」と、口を押さえてるのか、くぐもった声がした。
「なに……言ってるんだ? 浅雛は性格いいだろ」
 それこそ俺の方が心外だ。前に腹黒いとかなんとか言ってたけど、俺は浅雛と一緒に過ごしてみて、やっぱり優しい人だって実感したんだから。
「俺の頭ん中知ったら、水鳥川驚いて卒倒しちゃうよ」
「そ、そうなの?」
「ウン。俺、水鳥川がずっと俺の腕ん中いてくれたらいいのにって、そんなんばっか考えてる奴だから」
「え?」
「水鳥川の友だちは俺一人でいいじゃん。他いる?」
 俺は思わずスマホを離して画面を見つめてしまった。……今の、本当に浅雛が言ったのか?
「っ、あ、ヤバい。本音漏れた」
「あ、浅雛?」
「ごめん水鳥川。今のナシ。流石に俺がお前の成長妨げるとか、ないわ。水鳥川が頑張ってんの、誰より知ってんのに」
 浅雛は聞いたことのない早口で、そう言った。
 何がなんだか。目を白黒させる俺には、さっきの浅雛の言葉が繰り返し再生されて止まらない。
『浅雛の友達は俺一人でいいじゃん』
 ……いやいや、俺一人でいいわけないから。浅雛に飽きられたら、俺はどうするんだよ。
 もう完全ぼっちだった頃の俺に戻るには、幸せを知りすぎたんだ。
 企業アカ以外からくるメッセージも、放課後一緒に帰って寄り道する楽しさも。……憧れるだけだった頃の俺にはもう戻れないんだよ。
「水鳥川は、俺以外に友達欲しいんだ」
「うん。欲しいよ」
「……そっか。…………あー、分かった。なら俺、応援する」
「ほ、本当?」
「……ん」
 浅雛は静かに返してくれた。蚊の鳴くようなかすかなものだったけど、俺は味方がいると思ったら、俄然自信がみなぎってきた。
「ありがとう浅雛」
 でもどうして俺に友だちを作らせたくないのか。その真意はあえて聞かないことにする。
 もし俺の決意を揺らがすようなことを言われたら。――それはかなり困るので。