「最近お前、付き合い悪くね?」
トイレから戻って教室に入ると、そんな声が一番に耳を掠めた。
「たしかにぃ~。紫貴いっつもバイトって言って、最近全然遊んでくんないじゃん」
机に向かう途中で、チラッとその声の主を視界に捉える。一番後ろの席で男女五人くらいが集まった陽キャ集団。
中心には明るい髪色が嫌でも目に映る筑波と、紫貴と呼ばれた浅雛が座っていた。
「お前、俺らに内緒で彼女でもできた?」
「えっ、あの紫貴に?」
「うそ~! やだやだ! しばらく恋愛いいとか言ってたじゃん!」
そう言って後ろから浅雛に抱きつくクラスの女子に、俺は思わず足を止めそうになる。
まただ。また俺の胸の中で、ぽこぽこと泡が膨れ上がっては沈みこむような感覚がした。
——よくない、こんな感情。
俺は振り切るようにイスを引くと、腰を下ろした。机から教科書を出して、なるべく他のことを意識しようと、次の授業の準備をする。
「ねえ紫貴、学校終わったあとはいつもバイトしてるんだよね?」
「……さあ?」
「えっ嘘ついたってこと?」
「なんだよ、お前本気で彼女できた?」
「彼女じゃねえけど、お前らよりは断然大切な用事」
きっぱりと言いきった浅雛に、俺はピタッと手が止まる。
……大切な用事って。もしかして、俺のこと……? だって最近遊んでるのは、俺だけだと思う、し。
「んだよそれ」
「えー! 私たちに内緒で何してんの!」
「秘密。隠してんのに言うわけねえだろ」
俺の前では出さない、どこか冷たさを孕んだ浅雛の言い方。
「ひど!」
「おい彼女じゃねえなら狙ってる女なんだろ?」
「ずりぃ~、俺らにも紹介しろよな」
俺は筑波や、周りの浅雛を囲う声を他所にして、ニヤつきそうな頬をぐっと堪えた。
我ながら単純なのは分かってるけど、さっきまでのもやもやが嘘みたい。
浅雛が俺との時間を大事に思ってくれてるなんて知ったら。そんなの小躍りしたいくらい、うれしいに決まってる――。
「ねえ。女なのか知んないけどさ、私とも遊んでよ、紫貴」
……あ。
「そうだよ~、カラオケ行っても輝琉歌ってくんないし、紫貴いないとつまんないよ」
俺は取り出した教科書を握りしめた。
そうだ。浮かれてたけど、浅雛だって俺ばっかに構ってられるわけじゃない。
浅雛と一緒に過ごしたい子はたくさんいるのに、俺だけがそれを独占していいわけじゃない……んだ。
「お前らとは遊び飽きた」
「うわ出た。紫貴って飽きっぽいよねほんと」
「どうせ付き合ったって1ヶ月も続かないんだからさあ。友だち大事にしてよ~」
「うるせえな」
……え。
身体が急速に萎んでいくような感覚を覚えた。
『飽きっぽい』――その一言が、頭にこびりついたみたいに離れない。
今、浅雛が俺と遊んでくれてるのも、一過性のもの。俺が周りにいないタイプだから、珍しくて興味を持ってるだけ。
ふいに現実を突きつけられたようだった。
浅雛がいつまでも俺と仲良くしてくれるだなんて。どうしてそんな未来を疑わず信じてたんだろう。
俺が仲良くしたいと思ってても、向こうの気持ちが変わったら。その瞬間、この関係もすぐ終わるのに。
――俺、早く友だち作らないと。浅雛以外の新しい友だちを。
だってこのまま浅雛だけに頼ってたら、その内訪れる未来に、きっと立ち直れなくなる。
今度こそこてんぱんに打ちのめされて、学校にも来たくなくなるかもしれない。……中学の、あのとき以上に。
俺の目標は、脱ぼっち生活。
現状に満足してはいけない。
もし浅雛が俺から離れていったとしても、笑って送り出せるように。少しの間、一緒に遊んでくれてありがとう、楽しかったよって心から言えるように。
気づけてよかった。浅雛が俺に飽きる前に、気づけてよかった。
じゃないと俺は、みっともなく縋ってたかもしれないから。
じくじくと痛むこの胸も、その頃にはきっと、薄れているはずだ。
トイレから戻って教室に入ると、そんな声が一番に耳を掠めた。
「たしかにぃ~。紫貴いっつもバイトって言って、最近全然遊んでくんないじゃん」
机に向かう途中で、チラッとその声の主を視界に捉える。一番後ろの席で男女五人くらいが集まった陽キャ集団。
中心には明るい髪色が嫌でも目に映る筑波と、紫貴と呼ばれた浅雛が座っていた。
「お前、俺らに内緒で彼女でもできた?」
「えっ、あの紫貴に?」
「うそ~! やだやだ! しばらく恋愛いいとか言ってたじゃん!」
そう言って後ろから浅雛に抱きつくクラスの女子に、俺は思わず足を止めそうになる。
まただ。また俺の胸の中で、ぽこぽこと泡が膨れ上がっては沈みこむような感覚がした。
——よくない、こんな感情。
俺は振り切るようにイスを引くと、腰を下ろした。机から教科書を出して、なるべく他のことを意識しようと、次の授業の準備をする。
「ねえ紫貴、学校終わったあとはいつもバイトしてるんだよね?」
「……さあ?」
「えっ嘘ついたってこと?」
「なんだよ、お前本気で彼女できた?」
「彼女じゃねえけど、お前らよりは断然大切な用事」
きっぱりと言いきった浅雛に、俺はピタッと手が止まる。
……大切な用事って。もしかして、俺のこと……? だって最近遊んでるのは、俺だけだと思う、し。
「んだよそれ」
「えー! 私たちに内緒で何してんの!」
「秘密。隠してんのに言うわけねえだろ」
俺の前では出さない、どこか冷たさを孕んだ浅雛の言い方。
「ひど!」
「おい彼女じゃねえなら狙ってる女なんだろ?」
「ずりぃ~、俺らにも紹介しろよな」
俺は筑波や、周りの浅雛を囲う声を他所にして、ニヤつきそうな頬をぐっと堪えた。
我ながら単純なのは分かってるけど、さっきまでのもやもやが嘘みたい。
浅雛が俺との時間を大事に思ってくれてるなんて知ったら。そんなの小躍りしたいくらい、うれしいに決まってる――。
「ねえ。女なのか知んないけどさ、私とも遊んでよ、紫貴」
……あ。
「そうだよ~、カラオケ行っても輝琉歌ってくんないし、紫貴いないとつまんないよ」
俺は取り出した教科書を握りしめた。
そうだ。浮かれてたけど、浅雛だって俺ばっかに構ってられるわけじゃない。
浅雛と一緒に過ごしたい子はたくさんいるのに、俺だけがそれを独占していいわけじゃない……んだ。
「お前らとは遊び飽きた」
「うわ出た。紫貴って飽きっぽいよねほんと」
「どうせ付き合ったって1ヶ月も続かないんだからさあ。友だち大事にしてよ~」
「うるせえな」
……え。
身体が急速に萎んでいくような感覚を覚えた。
『飽きっぽい』――その一言が、頭にこびりついたみたいに離れない。
今、浅雛が俺と遊んでくれてるのも、一過性のもの。俺が周りにいないタイプだから、珍しくて興味を持ってるだけ。
ふいに現実を突きつけられたようだった。
浅雛がいつまでも俺と仲良くしてくれるだなんて。どうしてそんな未来を疑わず信じてたんだろう。
俺が仲良くしたいと思ってても、向こうの気持ちが変わったら。その瞬間、この関係もすぐ終わるのに。
――俺、早く友だち作らないと。浅雛以外の新しい友だちを。
だってこのまま浅雛だけに頼ってたら、その内訪れる未来に、きっと立ち直れなくなる。
今度こそこてんぱんに打ちのめされて、学校にも来たくなくなるかもしれない。……中学の、あのとき以上に。
俺の目標は、脱ぼっち生活。
現状に満足してはいけない。
もし浅雛が俺から離れていったとしても、笑って送り出せるように。少しの間、一緒に遊んでくれてありがとう、楽しかったよって心から言えるように。
気づけてよかった。浅雛が俺に飽きる前に、気づけてよかった。
じゃないと俺は、みっともなく縋ってたかもしれないから。
じくじくと痛むこの胸も、その頃にはきっと、薄れているはずだ。


