自称腹黒イケメンに、ぼっちの俺が囲い込まれるまで

 それから浅雛は、頻繁にメッセージを送ってくるようになった。しかも何かと理由をつけては、俺を放課後、たびたび遊びにも誘ってくれて。
『おはよう。今なにしてる?』
『なんか癒されてー気分。水鳥川今日俺と帰んない?』
『シャーペンの芯無くなったから買いにいくの付き合ってよ』
 今までにない頻度で来る通知。機械的じゃない人からのメッセージは、俺の心をふくふくと満たした。
 スマホが鳴るたびに、口元がだらしなく緩んでしまうほど。
「え、水鳥川ゲーセン行ったことねえの?」
 そして、昨日の帰りに放った浅雛の一言。
 それがきっかけで、俺は今日、人生初めてのゲームセンターへ訪れることになったのだ。
「うわあ……」
 耳が混乱するほどいろんな音で溢れ返った空間。目に映るライトはどれも眩いくらいに輝いていて、視線がいろんなところへ引き寄せられる。なんだか別の世界にでも来てしまったみたいだ。
「水鳥川やりたいもんある?」
 浅雛が腰を屈めて聞いてくる。距離が近いのは周りの音に掻き消されないためなんだろうけど、とんと当たった腕が離れなくて、思わず肩が強ばった。
「あ、俺、UFOキャッチャー……やってみたい」
「ん?」
「っ、あ」
 やばい。聞こえてなかったのか。
「ごめん。もっかい言って」
 浅雛がさらに身を寄せてくる。ふわっと髪から香ったいい匂いが俺の鼻腔をくすぐった。主張しすぎない、ほんのりと甘みのある桃のような香り。
 俺はどぎまぎしつつも、目当てのものを指差して大声を出す。
「ゆっ、UFOキャッチャー! やって、みたい!」
 男相手に何を意識してるんだ、とも思ったけど、家族以外でこんなに近づかれたことないからしょうがないだろ……。
「ん、UFOキャッチャーな。じゃああっちから攻めてこ」
 浅雛が俺の腕を引いた。そのまま歩き出して、俺も足を引っ張られる。——って、なんでわざわざ手を?
「あっ、浅雛」
「あ、水鳥川見て。ブレモンのフィギュアあるよ」
「……え!?」
 でも俺は、"ブレモン"という言葉に一瞬で意識を持っていかれた。
「しかも水鳥川が好きなガルディオンじゃん」
「うわやば!! 絶対欲しい!!」
 ガラスに張り付いて中のお宝を見つめる。
 二本の細い棒と、その上に横たわったフィギュアの箱。これは……ちょっとずつ動かして、棒から落とすタイプのUFOキャッチャーだ。
「これやる?」
「うん……!」
 値段を見ると、一回100円。六回で500円と書いてある。
 毎月の小遣いだけでやりくりしてる俺には痛い出費だけど、これは絶対取るしかない。それに俺には、仕入れたばっかのとっておきの作戦もあるんだ。
「浅雛、俺昨日ヨーチューブでUFOキャッチャーの解説動画見たんだよ」
「動画?」
「そう。例えばこの手のやつだったら、縦ハメっていう、ちょっとずつ箱が立つように動かして落とすっていう方法なんだけど――」
 俺は勉強したばかりの知識を披露しながら、財布を取り出した。
 一回じゃまず落とせないから、500円。ちょうど100円玉が五枚あったから、そのまま投入した。
「水鳥川、予習してきたの?」
「うん! だって昨日の夜からずっと楽しみにしてたから!」
 それこそ今日は、朝起きてからずっと、浅雛とゲーセン行くことで頭がいっぱいだったくらい。
「そわそわして落ち着かないから、いろんな動画見漁ってシミュレーションしてたんだ。何しようかなとか、浅雛はこういうの得意そうだなとか、そんなん考えたりして――」
 言いながらボタンを押して、アームを動かす。隣が静まったことに気づかない俺は、アームを引っ掻けて、箱を奥にずらすことに成功した。
「おおっ、できた! 見て浅雛!」
 ――って、あれ、浅雛?
 横を向くと、浅雛がじっと俺に視線を送っている。UFOキャッチャーなんてどうでもいいと言わんばかりの様子で。
「水鳥川、俺のこと考えてくれてたの?」
「えっ? う、うん。そうだけど……」
「……ふーん」
 泣きぼくろのある目尻が、微かに桃色に色づいてるように見える。……でも、なんで?
「ごめん、中断させちゃって」
 浅雛はそう言うと、「こっからどうするの?」とガラスの中を指差して聞いた。
「……あ、」
 俺も前も向く。
「ここからは、箱をちょっとずつ奥に引っ張ってくんだけど……」
「うん」
 浅雛が相槌を打つ横で、もう一度ボタンを押す。
 さっきは目の前のフィギュアのことしか頭になかったけど、今はやけに隣が気になって仕方ない。さりげなくまた、腕もくっついてるし。
 頭がどこか、夢心地のように、ふわふわと浮くような感じがする。
「ああっ! 元に戻っちゃった!」
 そんなことを考えていたら、ずらしたはずの箱が、お金を入れる前と全くおんなじ状態に戻ってしまった。
「ははっ、難しいねこれ」
「やばいやばい、あと四回しかないのに……!」
 雑念に囚われてる場合じゃない。俺には今月の小遣いが掛かってるんだから……!
 それから気合いを入れて一回。もう一回と、箱を持ち上げては理想の形にずらしていく。――けど、動画のように簡単にはいかなかった。
「終わった……」
 棒の上に鎮座していた箱は、今や手前の棒に嵌まったまま。そこから何度持ち上げても、ほんとに動いた?ってくらい変わんなくて、見事に撃沈した。
「もう500円入れないと……」
「あ、待って水鳥川。次俺やっていい?」
「え、浅雛が?」
「そう。俺やるから、水鳥川教えてよ」
 浅雛はニコリと笑うと、肩掛けのバッグから財布を出す。中を覗いて、「あ」と声を上げた。
「100円ねえじゃん。ちょっと両替してくるわ」
「……えっ!? 俺出すよ!」
 当たり前に払おうとする浅雛の腕を掴む。
 浅雛はガルディオンのフィギュアなんて興味ないんだから、これにお金入れてもらうのは申し訳ない。
 せめてやるにしても、別のやりたい台見つけてもらった方が……。
「なんで? 俺も欲しいのに?」
「あ、そ、そうなの……?」
「ウン」
 浅雛は頷いた。俺の手を丁寧に離して、「両替行ってくるから待ってて」と言い残し、去っていく。
 すれ違った二人組の女子高生が、浅雛をチラッと振り返るのが目についた。
 ――あ。俺も一緒に両替行くって言えばよかった……。
 手元にある100円玉は今のでちょうど使いきっちゃったから。もう一回やるならまた両替しに行かないといけないし。
 浅雛がいないと、途端に周りのごちゃごちゃとした音が耳に飛び込んでくるようだった。
 さっきまでは気にならなかったそれが、俺の足を一歩進めさせる。いつの間にか見えなくなってしまった浅雛の背を、気づけば追っていた。目をしきりにキョロキョロと動かして、あの目立つ長身の姿を探す。
「……あ、」
 いた。両替機の前で、すらっと立つ浅雛が。
 俺は自分でもびっくりするくらい肩の力が抜けたのを確認すると、浅雛に向かって早足で歩いた。
「浅――」
 けどその瞬間。浅雛に近づく二人組の女子が見えて、すぐに足を止める。さっきすれ違って、『カッコいい』と騒いでいた女の子たちだった。
 声を掛けられた浅雛がにこやかに対応してるのが分かる。俺に向けるような柔らかい笑みを浮かべて、嫌がる素振りなんて一切表に出さずに。
 ……やっぱり。浅雛、優しくていい人じゃん……。
 自分は腹黒いとか言っといて。俺に見せてくれる優しさは、他の、知らない子達にも向けられるものだったんだ。
 胸の中で、ぽこっと泡みたいなものが立つような感覚がした。擦ってみるとなんともなくて、俺は首をかしげる。
 ――なんだ?
 浅雛を取られちゃったような感じがして、寂しいんだろうか。
 別に、俺と浅雛はたまの放課後に、こうして一緒の時間を過ごすだけなのに。
 高校で初めて仲良くなった人だから、きっと心を寄せすぎたんだ。
 俺は顔を背けた。振り向いて、元の場所に戻ろうと踵を返す。——けど。
「ねえ輝琉(きりゅう)プリ撮ろうよ~!」
「オレはパス」
「ええ~! せっかくゲーセン来たのに!?」
「あっ、ならミカちゃん俺と撮る? 俺なら大歓げーい――」
「は? 早志と撮るなら凛と二人で行くし」
「プッ、早志どんまい」
 俺は咄嗟に柱に隠れた。視界の端を横切る派手な男女四人組。あれは浅雛とよく一緒にいる陽キャ集団だ。
 あと一歩気づくのが遅かったら、こっちに気づかれてたかもしれない。
 ただでさえ筑波とは会いたくないってのに、こんなところで鉢合わせるとか最悪だ。
 ……もう行ったよな?
 俺はこっそりと柱から顔を覗かせ、確認しようとする――と、筑波の鋭い瞳が、俺のほうを振り返った。
 バチッと目が合いそうになり、慌てて身を潜める。
「……水鳥川?」
「ッうわあ!?」
 その時、肩を叩かれて心臓が天まで飛んだ。
「ここで何してんの?」
「あ、浅雛……!」
 不思議そうに首を傾けた浅雛が後ろにいた。
 でもマズい、浅雛の存在があいつらにバレたら一番大変だ……っ。
「ちょ、ちょっとこっち隠れて」
「え? うん」
 俺はこそこそと浅雛を隣に呼ぶ。腕を引っ張って、またふわりと香る良い匂いを浴びながら、「筑波たちがいる」と耳元に囁いた。
「……輝琉がいんの?」
「うん。今さっきそこ通ってったんだ。浅雛バレたら良くないだろ?」
「……ん、まあ確かに」
 浅雛が軽く頷く。若干顔が強ばってるのは、筑波たちにここにいるのを知られたくないからか。耳たぶが赤いのも、緊張してるせいだろうな。
 俺は掴んだ浅雛の腕を、さらに強く握った。
「……水鳥川?」
「――浅雛。ここから逃げよう」
「え?」
 どこからこんな考えが出てきたのか分からない。
 でも気分はさながら、悪の組織に捕まった相棒を連れ出すヒーローのよう。
 驚く浅雛も無視して、俺は外に飛び出した。
***
 夕焼けがまだ色濃く残る空の下。
 浅雛を連れたまましばらく歩道を走り、人気の少ない小路に曲がったところで、俺は足を止めた。
 こんなに全力疾走する機会、体育以外でなかなかないから胸が苦しい。息を荒く吐きながら、浅雛のほうへ振り向く。
「だ、大丈夫かっ? あいつらにバレてないよな……っ」
「……うん」
 浅雛は呼吸も乱さず、平然と立っていた。俺と一緒に走ってきたはずなのに、顔色が若干赤いくらいで。
 ……ってあれ。もしかしてこれ、俺の体力がミジンコすぎるだけ?
「水鳥川こそ大丈夫?」
「……あ、俺は……、ちょっと、落ち着けば……」
 果敢に出てきたはいいものの、こうもヘロヘロだと情けない。普段から家に籠ってるからこうなるんだ。
「……水鳥川、こっち」
「え?」
 浅雛に手を引かれた。電信柱まで来て、「背中、ちょっと凭れてなよ」と勧められる。
「あ、ありがとう」
「いーえ。俺の方こそ、さっきはありがとう。……まさか水鳥川に連れ出してもらえるなんて思わなかったから、すげえビックリした」
 浅雛は小さく微笑んだ。いつもの余裕ある感じじゃなくて、少し照れが混じった温かい笑み。
「意外と大胆なとこ、あるんだな」
 俺の心臓が変な音を上げる。
 手はなんでか掴まれたまま。触れたところが、異様に熱い。
 俺は咄嗟に首を掻くフリをして、さりげなく視線を逸らしていた。
「お、俺も、普段はあんなことしないんだけど、……き、気づいたら、やってた。勇気が出た……っていうか、浅雛を助けなきゃ、って思ったら、こう……自然と」
 思えば、俺にしてはかなり思いきった行動だったな。人と喋るのすら怖い俺が、柄にもなく人助けとか。しかも相手はあの浅雛だし。
「……きっと俺がなにもしなくても、浅雛は上手く切り抜けられてた、よな」
 俺のしたことは余計だったかもしれない。そしたらこんなに走る必要もなかっただろうし。
「なんで? 俺、嬉しかったよ」
「……え?」
「水鳥川が俺のためにやってくれたことなのに、嬉しくないわけないじゃん」
 浅雛は手首を握る力を強めた。見上げると、思いの外浅雛が近くにいて、俺のかかとがざりっと足音を立てる。
 背中に硬いものが当たった。電信柱だ。
「水鳥川に惚れ直しちゃった」
「…………ほ、惚れ……ッ?」
「うん。……水鳥川と友達なれてよかったなって」
 あ、そりゃそうだ。普通に友だちって意味だよな。……って何を期待してたんだ? 俺は。
「今日は俺のせいで台無しになっちゃったから、また一緒にゲーセン行こ」
「……あ、うん」
 浅雛はそれ以上近づいては来なかった。二人で隣り合って、しばらく佇む。
 でもなんでだろう。なんかさっきからずっと、暑くて仕方ない。
 走ってきたから? 呼吸はもう、落ち着いてるのに?