自称腹黒イケメンに、ぼっちの俺が囲い込まれるまで

 帰りのHRが終わると、一目散に昇降口へ向かった。
 休み時間に『教室だと目立つから、外で待ち合わせしよ』というメッセージが来たからだ。俺は何度も見返したから間違いない。
 校門を出て、近くにある公園でそわそわと待つ。
 浅雛は意外と早くやってきた。
「ごめん。待たせちゃって」
「うっ、ううん」
 走ってきたのか、緩いウェーブのかかった黒髪が珍しく乱れてる。
 でも浅雛は、いつも気だるそうに体育受けてるくらいなのに。もしかして俺と待ち合わせしてるから、急いで来てくれたのか……?
「本当は教室から一緒に来れたらよかったんだけど、俺の周り、無駄に人多いからさ。教室で水鳥川誘ったら絶対注目されるし、それは俺、絶対イヤだったから」
 ……え、嫌?
「じゃあ行こ」
「あっ、……う、うん」
 口元が引きつりかけたけど、なんとか堪えて足を動かした。
 そりゃこんな暗いぼっち男、みんなの前でなんか誘いたくないよな。陽キャ集団にいる浅雛なんか特に。
 手鏡のことは誰にも言わなかったみたいだけど、今日買い物に行くのだって、たまたま都合よかっただけなんだから。
「……あ、待って」
 でも浅雛は急に立ち止まった……かと思うと、俺のほうに足を方向転換してきた。
「わり、今の言い方ミスった」
「え、えっ?」
「俺はアイツらの前で水鳥川誘うのが嫌なんじゃなくて、俺のせいで水鳥川が注目の的になんのが嫌なの」
「……浅雛の、せいで?」
「ん。……だって水鳥川のこと、知ってんのは俺だけがいいから」
 浅雛が目を逸らす。手で口元を覆って、まるで照れを隠すみたいに。
「ちゃんと理解した?」
「う、うん!」
 正直最後のはよく分からなかった。
 でも目だけで確認してくる浅雛に、俺はきゅっと胸の奥が縮こまる感じがして、たくさん頷いた。
「じゃあ今度こそ行こ」
 甘いマスクを緩めた浅雛が歩き出す。俺もリュックの紐を握って、ついていく。
 ——浅雛は俺をバカにしたりしない。
 それが分かっただけで、肩からは流れるように力が抜けた。やっぱり、昼に感じた浅雛が他の人とは違うって感覚は、正しいのかもしれなかった。
 口がニヨッと緩む。公園を囲う太い木が、俺たちを後押しするように揺れる。
 首もとを吹き抜ける風が、やけにひんやりと肌寒く感じたのは、暑くもないのに、何故か汗を掻いているからだと気づいた時だった。
***
 行き先は歩いて15分くらいのところにある、ほどよく活気にあふれた商店街。
 でも遊びにいくってなったら、大体駅前とか街のほうだと思ったんだけど。
「意外って顔」
「……あ、えっ?」
 浅雛が横目で俺を見ていた。
「せっかく水鳥川と来てんのに、邪魔されたくねえの、俺。だからアイツらがあんま寄り付かねえこっち来た」
「っ、そ、そうなんだ」
 ――いやそうなんだってなんだよ。
 邪魔されたくないって、要は筑波たちには知られたくないってことだよな。それは隣にいる俺が嫌だから……って訳じゃないのも、もう分かる。
 なら浅雛は、プレゼント選びにめちゃくちゃ集中したいってこと、……なのか?
「あ、ここ」
 古びたおもちゃ屋の前で、浅雛は足を止めた。入ろう、と言ってさりげなく腰を引き寄せてくる。
 ――浅雛って、絶対プレイボーイだ。
 じゃないとこんな仕草、簡単にできるわけない。
「らっしゃい~」
 のんびりとした店主らしきおじいちゃんの声に、「こんちは」と浅雛が返す。俺も同じように挨拶して頭を下げる。
「あったあった」
 迷いのない足取りの先にあったのは、左右の壁一面に置かれたブレモンのコーナー。おもちゃはもちろん、ぬいぐるみやフィギュアなどもしっかり用意されている。
「うわ……! すご!」
「ここ、弟とたまに来るんだけど、けっこう品揃え豊富でさ。最新のものだけじゃなくて、一世代前のも置いてあったりして、多分普通の店では買えない物もあると思う」
「へえ!」
 俺は物珍しさからキョロキョロと辺りを見回す。
 ブレモン――正式名称はブレイブモンスター。子どもの頃はみんな、多分一回は通ってるんじゃないかってくらい有名な長寿ゲームで、アニメにもなってる人気のタイトル。
 大人にもコアな人気を誇るそれは、個性豊かなモンスターたちを仲間にして、魔法世界を旅するっていう憧れが詰まった冒険ストーリー。
 俺も最新シリーズが出たらすぐ買うくらいには、小さい時からずっと好きだった。
「水鳥川の鏡についてたシールってコイツだったよな」
 浅雛が棚の上のほうから小ぶりのぬいぐるみを掴んで見せてくる。
 立派な角と羽に、鋼の体躯を持ったドラゴンタイプのブレモン。名前は――。
「ガルディオン! 俺の相棒ブレモンだよ!」
「……相棒?」
「え、浅雛知らない? ゲームの時にさ、一匹だけ隣に連れ立って歩けるんだけど、それを相棒って言ってたやつ!」
「ああ……たしかに。そんなんだったかも」
「だろっ? 俺、とにかく強くてカッコいいブレモンが好きだったから、こいつのことすげー気に入ってて!」
「へえ、そうなんだ」
「うん! もうこのガルディオン手に入れるために、俺が何回周回したか。攻略サイト見ながら何回もアタックして、勝てたときは思わず飛び跳ねるくらい嬉しかったんだよなあ」
 ブレモン話なんて滅多にできないから、俺はとにかくテンションが上がって、普段出さないような口調で喋っていた。
「他には? 何が好き?」
「あっ、他には――」
 でもぬいぐるみから顔を上げると、こっちを見守る柔らかな視線に口が止まる。
 水鳥川? と首をかしげる浅雛は何も気にしてなさそうだったけど、俺の心中はそれどころじゃなくなった。
 ざっと血の気が引く。 
 流石に俺、痛いオタクすぎた。普段噛み噛みで喋るくせに、こういう時だけ早口になるとか。
「大丈夫?」
「えッ?」
「なんか顔色……悪くなってるけど」
 浅雛が腰を屈めて、心配そうに覗き込んでくる。
 俺はぎゅっとズボンの端を握り、「ごめん!!」と謝った。
「ん?」
「おっ、俺ばっか喋っちゃって! 浅雛つまんなかっただろ!」
 ――これだから俺はダメなんだ。好きなものの話になると、見境なく話す悪い癖。
 アイツにも『つまんねえヤツ』って言われたの、もう忘れたのかよ。浅雛がいくら優しいからって、興味ない話されたら、おんなじようにがっかりされちゃうかもだろ……。
「全然つまんなくなかったけど」
「っ、……え?」
「むしろ楽しそうな水鳥川見れて、俺もすげー嬉しくなったし。だからもっと聞かせてよ」
 浅雛は俺の手を掴むと、ガルディオンのぬいぐるみを乗せてきた。思ったより手触りのいいソイツは、俺に勇気を与えるかのように、勇ましく立っている。
「な?」と綺麗な二重幅の瞳が細められ、俺の胸の中で、たたっと何かが走った。
「あ、ありっ、あり……がとう」
 受け取ったぬいぐるみをぐっと握りしめる。店のものなのに、とか気にしてる余裕はない。
 だって今にも跳び跳ねたいくらい幸せな気持ちを堪えるので、必死だったから。
「そ……、そんな風に言ってもらえるなんて、思わなかったから、うれしい……です」
「なんで急に敬語?」
「えっ、あ、ど、動揺しすぎて……」
「ふーん。じゃあ早く慣れてな。俺、これから水鳥川にどんどん絡んでくつもりだから」 
「……え?」
 ど、どういう意味だ? 
 顔を上げると、浅雛は既に棚の方へ目を向けていた。
 それに俺は、重要なミッションを忘れていたことを思い出す。
「っ、あ! 誕プレ!」
「ん?」
「浅雛の弟に誕プレ選ぶんだったろ!?」
 何やってんだ俺! 今日俺がついてきたのもそのためだったのに……!
「ああ、そういや……」
「弟くんは何が好きなんだ? 今のシリーズだったらこの辺のアルテアとか、ミュミュとか人気高いけど……、あ、男の子ならこういうでかめのフィギュアもいいよな――」
 とりあえず手当たり次第に指を差して、あれもいい、これもおすすめだと手に取っていく。
 せっかく俺を選んでくれたんだから、浅雛の力になりたい。浅雛だってわざわざ知り合いに会いたくないって言うくらい、大事なプレゼントを買いに来たんだろうから。
「……ふっ、すげえ真剣だ」
「あっ、浅雛あれは!?」
 隣で小さく笑う浅雛にも気づかず、俺はこれだというものに手を伸ばした。