昼休みはいつも一人で食べる。音楽室とか美術室がある校舎の裏っ側で、生え散らかした雑草に囲まれながら。
持ってきた巾着から弁当を取り出すと、もう一つ。小さな重みがないことに気がついた。
「……あっ、イヤホン忘れた……」
あああ、最悪だ。
こんな静かな校舎裏で、寂しいぼっち飯を彩ってくれるのは音楽だけなのに。
「……はあ」
しょうがない。今日は自然の音に耳を澄ませて食べるか。
俺は弁当を開けると、箸で取ったハンバーグにかぶりついた。肉の塩気にご飯が欲しくなって、一緒に白米も口に放り込む。
咀嚼しながら空を見上げると、視界いっぱいに広がるのは清々しいほどの青。俺の心はどんより雨模様だっていうのに。
……手鏡、どうやって取り戻したらいいんだろう。二年になってもクラスの誰ともまともに喋れない俺が、一体どうやって。
しかも相手は、常に人に囲まれてる人気者の浅雛。ましてやその近くに、あの筑波もいるならなおさら。
――これじゃあ練習できないのに……。
いつもより味気なく感じる弁当を掻き込むと、ポケットの中のスマホがブブッと震える。取り出して確認する必要はないけど、念のため。
――ああ、やっぱり。公式からのメッセージか。
俺とやり取りしてくれるような友だちは当然いない。それでも何も来ないのは寂しくて、適当な公式アカを友だち登録してる俺はかなり空しい人間だ。
「…………」
咀嚼がゆっくりになる。最後の一口を飲み込むのがやけに重く感じた。
――いかん。感傷的になりすぎた。
これだから気を紛らわせる何かがないとダメなんだ。
弁当を片付け、とにかくこうしちゃいられないと、手鏡の代わりになるようなものを探す。
目に入ったのは、さっき通知音が鳴ったばかりのスマホ。
手を伸ばし、カメラを起動した。内カメにして、見慣れた自分の姿を映し出す。
何の変哲もない黒髪に、とりわけ特徴もない顔。どこにでもいそうで、誰の記憶にも残らなさそうな地味な男。
俺は引き攣る唇を無理やり釣り上げた。カメラの中の男もまた、歪な笑顔を浮かべた。
なるべくフレンドリーに。誰から見ても愛想のいい人だと思われるように。……人気者は、いつもキラキラした顔で、明るく笑ってるから。
話しかけられてキョドる俺とは全然違う。
「お、おはよう」
でも俺だって、万年ぼっちのままでいたいわけじゃない。だからこうやって、笑顔を作る練習と、自分から挨拶するシミュレーションをいつもしてるんだ。あの盗られた手鏡に向かって。俺は毎日。
「――浅雛先輩が好きです!」
その時、上擦った女の子の声が突然聞こえて、肩がビクッと跳ねた。スマホを落としそうになって、慌てて両手で抱き締める。
「私と付き合ってください!」
――な、なんなんだ急に!? 告白!?
「うーん、なんで俺? 君、まだ入学したばっかだよね?」
「あっ、そ、その……、実は私、浅雛先輩のこと、前からよく町で見かけてて。その時から、ずっとカッコいいなって思ってたんです……!」
「ふーん」
興味がなさそうに相槌を打つのは、俺の手鏡を奪った浅雛。姿は見えないけど、多分角の向こう側にいるっぽい。
「あっあの、もしよかったら、最初はお試しとかでも――」
「ごめんね」
「えっ?」
「俺、付き合うのはちゃんと好きになった人がいいから」
え、意外だ。浅雛ってめちゃくちゃ遊んでそうな見た目してるのに。
「あ、で、でも、これから好きになってくれれば、私は全然」
「うーん。そういう中途半端な気持ちで付き合いたくないんだよね」
「……っ」
「だからごめん」
しっかりと断る浅雛に、女の子の鼻を啜るような音が聞こえた。全く関係ない俺の胸にも、チクリと刺すような痛みが走る。
俺はまだ恋した経験もないけど、フラれるのって、絶対辛いよな。
「……話、聞いてくれてありがとうございました」
女の子はそう言って、足早に足音を響かせながら、去っていった。息を潜めていた俺も、ゆっくりと肩から力を抜く――けど。
「あ」
「え?」
角からひょっこりと顔を覗かせた浅雛と目が合った。
「もしかして今の聞こえてた?」
「あっ、あ……っ、ご、ごめん! ぬぬ、盗み聞きするつもりはなくて……!」
まさか浅雛に気づかれるなんて。俺はこれでもかってくらい声がひっくり返った。
「はは、そんな心配してねえから、落ち着いてよ」
しかも何故かこっちに近づいてくる。
「水鳥川っていつもここで食べてんの?」
「……うぁっ、」
ヤバい。浅雛にバレた。ぼっち飯が浅雛にバレた……!
浅雛みたいな陽キャに知られたら、絶対馬鹿にされる。次の日にはクラスのみんなに知れ渡って、クスクス笑われる……っ。
「ここ、こんな雑草生えて虫とかいそう」
「……えっ、む、虫?」
「うん。俺はニガテ。水鳥川は?」
浅雛は聞きながら、隣に座ってきた。一見優しそうな、それでいて感情の読めない視線が俺を見つめる。
ふわっとお腹の浮くような感覚がした。
「おっ、お、俺は、虫……平気、……だけど」
「へえ、すご」
緩く笑う浅雛は、特徴的な涙ぼくろを持ち上げた。それのせいか、同じ高校生だとは思えない、色気、みたいなものがある。
失礼かもしれないけど、本当にこの人が、さっきの告白に誠実な返事をしてたのか?
「あ、そうだ。水鳥川に返さねえと」
「……え?」
浅雛はポケットから慎重に何かを取り出した。
「ほらこれ」
「あっ! て、手鏡……!」
「ウン。大事なもんだろ」
差し出されたのは俺の手鏡。俺は感動の再会にすぐ受け取ろうとして、はた、と止まった。
だって名前も書いてないはずのこれを、なんで浅雛は、俺のものだって知ってるんだ?
「早く受け取ってくんねえと、俺もらっちゃうよ?」
「ああっ! それはダメだ!」
ひらひらと振られる手鏡を慌てて掴む。意地悪く言った割には、すんなりと俺のもとに返ってきて、手のひらに収まった。
……ごめんな、落としちゃって。でももう、絶対失くさないから。
「水鳥川はブレモン好き?」
「あ、う、うん」
――って何バカ正直に答えてるんだ! この年でブレモン好きなんて言ったら、さっきみたいに笑われるだろ……!
「俺の弟も好きなんだよね」
「……え、弟?」
「うん。今小2」
浅雛はピースするみたいに指を二本上げた。バカにする素振りなんて微塵もなくて、薄い唇を穏やかに緩めてる。……なんか、俺が想像してた陽キャのイメージと、浅雛ってちょっと違う、かも。
「そんで今度誕生日なんだけど、」
「……う、ん?」
「プレゼント、ブレモンの何かにしようかなって思ってて」
「そ、そう……なんだ」
というか、浅雛はいつまでここにいるつもりなんだろう。俺をからかいに来たわけじゃないなら、世間話? ……いやいや、俺たちそんな関係じゃないし……。
「水鳥川さ、手伝ってくんない?」
「……え?」
頭の中でごちゃごちゃと考えていた俺は、返事が一拍遅れた。
「ブレモン、俺全然詳しくないから。せっかくなら水鳥川についてきてもらって、プレゼント選びたいんだけど」
浅雛がじっと俺を窺ってくる。やけに真剣な目つきは、どこか緊張感が伴うよう。
俺はぽかん……と口を開けた。
「お、おおおっ、俺っ?」
「ウン。もちろん水鳥川の都合がつく時でいいよ」
「俺いつも暇だけどッ!?」
「あ、そうなの?」
しまった口滑った……!
「じゃあ今日の放課後でもいい?」
浅雛が楽しそうに二重の瞳を細める。全然嫌な感じの視線ではないけど、はしゃぐ子どもを見つめるようなあたたかい眼差しに、俺は顔が熱くなった。
「あ、嫌なら遠慮せず言ってな。俺も無理強いはしたくな――」
「いっいいいっ、行き、行きたい……!」
盛大に吃ながら叫ぶ俺。手鏡を握りしめる手のひらには汗が滲んで、跳ねた心臓は突き破って出てきそう。
でもこんな機会、もう二度だって訪れないかもしれないから。誰かと一緒に帰ったり、放課後寄り道したりして……っていう青春イベント。
俺はもうずっと、ほんとは高校入る前からずぅーっと、そんな日常に憧れてたんだ。
「マジ? いいの?」
「うん……! お、俺でいいなら!!」
浅雛がゆるりと笑みを浮かべる。
「やった。じゃあ連絡先交換しよ」
「っ! わ、分かった!」
スマホを掴む指先が震える。
だって正真正銘、初めての、友だち登録第一号。それがまさか、俺とは正反対の、浅雛になるなんて。
持ってきた巾着から弁当を取り出すと、もう一つ。小さな重みがないことに気がついた。
「……あっ、イヤホン忘れた……」
あああ、最悪だ。
こんな静かな校舎裏で、寂しいぼっち飯を彩ってくれるのは音楽だけなのに。
「……はあ」
しょうがない。今日は自然の音に耳を澄ませて食べるか。
俺は弁当を開けると、箸で取ったハンバーグにかぶりついた。肉の塩気にご飯が欲しくなって、一緒に白米も口に放り込む。
咀嚼しながら空を見上げると、視界いっぱいに広がるのは清々しいほどの青。俺の心はどんより雨模様だっていうのに。
……手鏡、どうやって取り戻したらいいんだろう。二年になってもクラスの誰ともまともに喋れない俺が、一体どうやって。
しかも相手は、常に人に囲まれてる人気者の浅雛。ましてやその近くに、あの筑波もいるならなおさら。
――これじゃあ練習できないのに……。
いつもより味気なく感じる弁当を掻き込むと、ポケットの中のスマホがブブッと震える。取り出して確認する必要はないけど、念のため。
――ああ、やっぱり。公式からのメッセージか。
俺とやり取りしてくれるような友だちは当然いない。それでも何も来ないのは寂しくて、適当な公式アカを友だち登録してる俺はかなり空しい人間だ。
「…………」
咀嚼がゆっくりになる。最後の一口を飲み込むのがやけに重く感じた。
――いかん。感傷的になりすぎた。
これだから気を紛らわせる何かがないとダメなんだ。
弁当を片付け、とにかくこうしちゃいられないと、手鏡の代わりになるようなものを探す。
目に入ったのは、さっき通知音が鳴ったばかりのスマホ。
手を伸ばし、カメラを起動した。内カメにして、見慣れた自分の姿を映し出す。
何の変哲もない黒髪に、とりわけ特徴もない顔。どこにでもいそうで、誰の記憶にも残らなさそうな地味な男。
俺は引き攣る唇を無理やり釣り上げた。カメラの中の男もまた、歪な笑顔を浮かべた。
なるべくフレンドリーに。誰から見ても愛想のいい人だと思われるように。……人気者は、いつもキラキラした顔で、明るく笑ってるから。
話しかけられてキョドる俺とは全然違う。
「お、おはよう」
でも俺だって、万年ぼっちのままでいたいわけじゃない。だからこうやって、笑顔を作る練習と、自分から挨拶するシミュレーションをいつもしてるんだ。あの盗られた手鏡に向かって。俺は毎日。
「――浅雛先輩が好きです!」
その時、上擦った女の子の声が突然聞こえて、肩がビクッと跳ねた。スマホを落としそうになって、慌てて両手で抱き締める。
「私と付き合ってください!」
――な、なんなんだ急に!? 告白!?
「うーん、なんで俺? 君、まだ入学したばっかだよね?」
「あっ、そ、その……、実は私、浅雛先輩のこと、前からよく町で見かけてて。その時から、ずっとカッコいいなって思ってたんです……!」
「ふーん」
興味がなさそうに相槌を打つのは、俺の手鏡を奪った浅雛。姿は見えないけど、多分角の向こう側にいるっぽい。
「あっあの、もしよかったら、最初はお試しとかでも――」
「ごめんね」
「えっ?」
「俺、付き合うのはちゃんと好きになった人がいいから」
え、意外だ。浅雛ってめちゃくちゃ遊んでそうな見た目してるのに。
「あ、で、でも、これから好きになってくれれば、私は全然」
「うーん。そういう中途半端な気持ちで付き合いたくないんだよね」
「……っ」
「だからごめん」
しっかりと断る浅雛に、女の子の鼻を啜るような音が聞こえた。全く関係ない俺の胸にも、チクリと刺すような痛みが走る。
俺はまだ恋した経験もないけど、フラれるのって、絶対辛いよな。
「……話、聞いてくれてありがとうございました」
女の子はそう言って、足早に足音を響かせながら、去っていった。息を潜めていた俺も、ゆっくりと肩から力を抜く――けど。
「あ」
「え?」
角からひょっこりと顔を覗かせた浅雛と目が合った。
「もしかして今の聞こえてた?」
「あっ、あ……っ、ご、ごめん! ぬぬ、盗み聞きするつもりはなくて……!」
まさか浅雛に気づかれるなんて。俺はこれでもかってくらい声がひっくり返った。
「はは、そんな心配してねえから、落ち着いてよ」
しかも何故かこっちに近づいてくる。
「水鳥川っていつもここで食べてんの?」
「……うぁっ、」
ヤバい。浅雛にバレた。ぼっち飯が浅雛にバレた……!
浅雛みたいな陽キャに知られたら、絶対馬鹿にされる。次の日にはクラスのみんなに知れ渡って、クスクス笑われる……っ。
「ここ、こんな雑草生えて虫とかいそう」
「……えっ、む、虫?」
「うん。俺はニガテ。水鳥川は?」
浅雛は聞きながら、隣に座ってきた。一見優しそうな、それでいて感情の読めない視線が俺を見つめる。
ふわっとお腹の浮くような感覚がした。
「おっ、お、俺は、虫……平気、……だけど」
「へえ、すご」
緩く笑う浅雛は、特徴的な涙ぼくろを持ち上げた。それのせいか、同じ高校生だとは思えない、色気、みたいなものがある。
失礼かもしれないけど、本当にこの人が、さっきの告白に誠実な返事をしてたのか?
「あ、そうだ。水鳥川に返さねえと」
「……え?」
浅雛はポケットから慎重に何かを取り出した。
「ほらこれ」
「あっ! て、手鏡……!」
「ウン。大事なもんだろ」
差し出されたのは俺の手鏡。俺は感動の再会にすぐ受け取ろうとして、はた、と止まった。
だって名前も書いてないはずのこれを、なんで浅雛は、俺のものだって知ってるんだ?
「早く受け取ってくんねえと、俺もらっちゃうよ?」
「ああっ! それはダメだ!」
ひらひらと振られる手鏡を慌てて掴む。意地悪く言った割には、すんなりと俺のもとに返ってきて、手のひらに収まった。
……ごめんな、落としちゃって。でももう、絶対失くさないから。
「水鳥川はブレモン好き?」
「あ、う、うん」
――って何バカ正直に答えてるんだ! この年でブレモン好きなんて言ったら、さっきみたいに笑われるだろ……!
「俺の弟も好きなんだよね」
「……え、弟?」
「うん。今小2」
浅雛はピースするみたいに指を二本上げた。バカにする素振りなんて微塵もなくて、薄い唇を穏やかに緩めてる。……なんか、俺が想像してた陽キャのイメージと、浅雛ってちょっと違う、かも。
「そんで今度誕生日なんだけど、」
「……う、ん?」
「プレゼント、ブレモンの何かにしようかなって思ってて」
「そ、そう……なんだ」
というか、浅雛はいつまでここにいるつもりなんだろう。俺をからかいに来たわけじゃないなら、世間話? ……いやいや、俺たちそんな関係じゃないし……。
「水鳥川さ、手伝ってくんない?」
「……え?」
頭の中でごちゃごちゃと考えていた俺は、返事が一拍遅れた。
「ブレモン、俺全然詳しくないから。せっかくなら水鳥川についてきてもらって、プレゼント選びたいんだけど」
浅雛がじっと俺を窺ってくる。やけに真剣な目つきは、どこか緊張感が伴うよう。
俺はぽかん……と口を開けた。
「お、おおおっ、俺っ?」
「ウン。もちろん水鳥川の都合がつく時でいいよ」
「俺いつも暇だけどッ!?」
「あ、そうなの?」
しまった口滑った……!
「じゃあ今日の放課後でもいい?」
浅雛が楽しそうに二重の瞳を細める。全然嫌な感じの視線ではないけど、はしゃぐ子どもを見つめるようなあたたかい眼差しに、俺は顔が熱くなった。
「あ、嫌なら遠慮せず言ってな。俺も無理強いはしたくな――」
「いっいいいっ、行き、行きたい……!」
盛大に吃ながら叫ぶ俺。手鏡を握りしめる手のひらには汗が滲んで、跳ねた心臓は突き破って出てきそう。
でもこんな機会、もう二度だって訪れないかもしれないから。誰かと一緒に帰ったり、放課後寄り道したりして……っていう青春イベント。
俺はもうずっと、ほんとは高校入る前からずぅーっと、そんな日常に憧れてたんだ。
「マジ? いいの?」
「うん……! お、俺でいいなら!!」
浅雛がゆるりと笑みを浮かべる。
「やった。じゃあ連絡先交換しよ」
「っ! わ、分かった!」
スマホを掴む指先が震える。
だって正真正銘、初めての、友だち登録第一号。それがまさか、俺とは正反対の、浅雛になるなんて。


