筑波と対峙する機会は、すぐに訪れた。
場所は教室。
指定された放課後まではあっという間だった。
一旦トイレに避難してから戻ってくると、夕焼けに染まった廊下は人気がごっそりとなくなっている。
傍に浅雛の気配も感じないけど、どっかでひっそり隠れてるのか? 一回くらい顔見たかったんだけどな。
でも朝はあんなに震えてた膝も、今は怯えるどころかすごく落ち着いてる。むしろ早く、言いたいこと言ってやる、って気が急いてるくらい。
後ろから教室を覗き込めば、筑波が机に浅く腰掛けてるのが見えた。
深呼吸を挟む。
……二回、三回。よし、いける。力を抜いて、取っ手に指を掛ける。
そのままガラッと、勢いよくドアを開けた。
面と向かって対峙しても、大丈夫。俺には心強い味方がいるから。
きっとどこかで応援してくれてるよな? 浅雛。
「……筑波」
俺はまっすぐ、振り向いた筑波の前に立った。
明るい髪色が夕日に照らされている。光に当たると金にも近い茶髪は、母親譲りの地毛なんだっけ。でも二人で遊んだ記憶も、もう朧げだ。
「俺、先にお前に言いたいことがある」
「……なんだよ」
筑波は切れ長の瞳をじっと俺に合わせた。これに見つめられると、途端に睨まれてるような気分になる。お前は弱いんだって、説き伏せられそうになる。……けど。
「つ、つまんないは、酷いだろ」
「…………」
「俺はお前のこと、友だちだと思ってたのに。あんなん言われて、傷ついたし、……なにより悲しかった」
そうだ。俺はずっと言いたかった。謝ってほしいとかそんなことよりも、友だちだと思ってた筑波に見捨てられたこと。
それが辛くて痛くて悲しかったんだって、一番に言いたかった。
「筑波は少しも、俺といて楽しくなかった? 一緒に遊んでる間、本当はずっと、俺を心ん中で蔑んでたのか?」
――だからあの時も、すぐに俺を見放したのか?
「……違ぇよ」
「え?」
筑波はぼそりと呟き、目を伏せた。
「オレは、……オレだって、お前と遊ぶの、楽しみにしてた」
「っ、な……、ど、どういうこと?」
楽しみにしてたって……、じゃあなんで、あんなこと。
「ムカついたんだよ。……お前が他の奴らにも、オレん時みたいにはしゃいだ顔で説明すんの」
「……え、」
「あれはオレだけのもんだと思ってたのに。でも同時に、そんなん考えるオレ、キモすぎ、とか思って」
筑波は片手で顔を覆った。前髪を握りしめて、耳を澄ませないと聞こえないほど、か細い声を出す。
「認めらんなくて、ずっと見ねえフリしてきたけど、本当はずっと、謝りたかった。高校だって、お前に合わせてここ選んで……」
「えっ、う、嘘——」
だろ、と続く言葉は出なかった。
そろそろと手のひらから覗く筑波の表情が、何故か真っ赤に染まっていて、こっちを恨むように睨み付けてきたから。
「俺はお前のこと、想像以上に気に入ってた」
「っ!」
「……喋り掛けるタイミング分かんなくて今になったけど。……この気持ち認めんのに随分時間掛かったけど。…………多分オレ、本当はずっと、お前のことが――」
その瞬間、腰をぐいっと後ろに引かれる。
視界の端でベランダが開いていた。風が入り込んできて、「はいそこまで」とすぐ近くで浅雛の声がした。
って、え? 浅雛、ベランダにいたのか!?
「ありえねえだろ。こっちは大事にあっためてきてんのに、先越されるとか」
「……紫貴? んでそんなとこ」
筑波が呆然と呟いた。後ろにいる浅雛が俺を抱き締めてくる。目をそっと隠されて、前が見えなくなった。
「あ、浅雛……っ?」
「あのさあ、輝琉。水鳥川はもう俺のだから」
「……は?」
「お前と違って、アホな真似するつもりもねえし。よそ見なんかさせるかよ」
浅雛は俺の手を引いた。一瞬の暗闇から解放された俺は、そのまま筑波に視線をやる隙もなく、連れ出される。
咄嗟のことに判断がつかない。
「ッ、待てよ紫貴!」
後ろから筑波が叫んできたけど、浅雛は止まる素振りを見せなかった。
「せめてっ、せめて謝らせてくれ……!」
「…………、」
「なあ! おい!」
駄目だこのまま出ていったら。呆気に取られてたけど、これじゃ何も解決してない。
「浅雛、少しだけいい?」
俺は掴まれた手をくいっと引いた。
不服そうな顔がこっちを向いて、「あー」と嘆息するのが心底嫌そうではあったものの、浅雛は首を縦に振ってくれた。いつでも行けるようになのか、手首はしっかり握られたまま。
「ありがとう」
俺は小さく笑って、筑波の方を振り返った。
「っ、水鳥川」
滅多に変わらない筑波の表情が崩れている。
「ごめん……、あの時、お前に酷えこと言ってごめん」
「……うん」
「水鳥川といる時間は本当に楽しかった。それは本当だ。オレがバカなことしなけりゃ、あのままずっと、一緒に居たかったって思うくらい――」
「おい水鳥川に色目使うなよ」
浅雛が割り込む。
「……っ、お前マジで、」
眉を釣り上げた筑波だったけど、すぐに「……いや」、と諦めるような仕草で床を見つめた。
グラウンドから部活中らしき笛の音が鳴り響く。
「筑波は俺のこと、嫌いじゃなかったんだよな?」
シンと静まり返った空間に、俺は一言呟いた。
「あっ、当たり前だろ!」
必死に叫ぶ筑波は、心からそう思ってくれてるよう。
「そっか」
ならいい。ならそれで十分だ。あの思い出が全部、悪いものじゃなかったんなら。
俺のトラウマも、これでようやく払拭されたような気がする。
「水鳥川もういい? コイツ謝ったし、もう話すことねえだろ」
横を向けば、浅雛が限界だと言わんばかりに眉をしかめている。
俺は「うん」と頷いて、でも最後にこれだけ。
「じゃあ筑波は、また俺と友だちになってくれる?」
「! そりゃもちろんっ――」
「は? ダメに決まってんだろ」
答えは最後まで聞けなかった。低く吐き捨てた浅雛に、今度こそ俺は連れ出されたから。
「おい!」と呼び止める声を背中に受けながら、階段を下り、靴も履き替えないまま、外へ。
握られた手首は少し痛かったけど、胸には満足感みたいなものが渦巻いてる。言ってやったんだよ、俺は。恐怖の対象でしかなかった筑波と、やっと話し合えたんだ。
無言で歩き続けていた浅雛がくるっと振り向く。気づけばいつもの校舎裏にいて、流れるように手を引かれた俺は胸の中へ収められる。
肩にぽすっと浅雛の頭が乗った。
「もうアイツと喋んの禁止。顔も見んな」
「え、ええっ?」
「弱い顔したら水鳥川、すぐ騙されそうだし。そんなん俺無理だから」
籠った声は不貞腐れてるよう。
そんで俺は、完璧に閉じ込められてるせいで、心臓が爆発する。音が伝わっちゃいそうで、隙間を作ろうと身を引こうとした。けど、そんな抵抗も無意味と言わんばかりに、浅雛はさらに引き寄せてくる。
「ねえ水鳥川。なんで俺がこんなこと言ってるか分かる?」
「っえ」
なんで。なんでってそんなの。
思い当たるものがないとは言えない。
……でもそんなの、期待してもいいの、俺?
「水鳥川」
顔を上げた浅雛と目が合う。
熱っぽい眼差しに、ずっと頭を悩ませてたあれがぽろっと口から出る。
「……あ、飽きっぽいって、聞いたけど」
「……は? 誰に?」
「浅雛と……、いつも一緒にいる女の子たち。この前、みんなで喋ってたじゃん」
ああ、こんなこと、聞くつもりなかったのに。
「水鳥川、そんなん気にしてたの?」
「そ、そんなのって、俺にとっては死活問題でっ」
「俺が水鳥川に飽きるかもって?」
「……っ、う」
図星を言い当てられて言葉が詰まった。……最悪だ。こういうのが一番、浅雛は嫌がりそうなのに――。
「なにそれかわいすぎ」
「……は?」
「それってつまり、俺と離れたくないってことだろ?」
「な……っ」
あんぐりと口を開ければ、目尻に素早く唇を寄せられた。柔らかい感触に、一気に脳のボルテージが駆け上がる。
「もう我慢できねえわ。すげえ好き、水鳥川のこと」
潤んだ視界に映るのは、ゆるゆると表情を溶かした浅雛。
「優しくしたいって思うのも、笑ってる顔が見たいって思うのも、全部水鳥川だから。初めてこんな強い感情抱いて、俺でも戸惑う時あんのに、飽きるわけねえじゃん。言っとくけど初恋だよ? 俺」
「っ、は、初恋!?」
そんな、あの浅雛が!?
「あのな、今まで適当に付き合ってたヤツらとは次元が違ぇの。水鳥川のこと独り占めしたくてたまんないし、その目に俺以外映したくない。そんくらいマジで好き」
浅雛の頬がじわりじわりと桃色に熟れ出す。チャームポイントの泣きぼくろが埋もれるほど。
「ねえ水鳥川」
……やばい。こんな強烈な気持ちぶつけられたら、俺。
「心臓、すげー速いけどなんで?」
前髪がすりっと触れ合う。三日月型に細められた浅雛の瞳が、俺の心全部、見透かしてくるみたいだった。
「あ、浅雛」
「うん」
もう、認めるしかない。無意識に遠ざけて、見ないようにしてたそれを。
女の子と仲良くしてる姿に嫉妬したのも、思わせ振りな言葉にいちいち反応しちゃったのも。全部全部。
「俺……、俺も、好き」
瞬間、唇を飲み込まれた。息もできないほど深く、熱く。俺は浅雛の背中にすがりつく。
もっとされるかと思って身を固くした。けど、浅雛は意外にも、もったいぶるようにして軽く離れた。
「……捕まっちゃったね、水鳥川」
「……え、っ?」
瞼を開ければ浅雛の瞳がとろめいている。
「俺さ、性格悪いから。水鳥川の手鏡が何故か落ちてて、拾われたこと。俺がお前に自然に近づくために、わざとしたことだって言ったら、どうする?」
浅雛が隠し持ってた牙。それがチラリと覗き見えて、ぞくりと背筋が震える。
……わざと。今言ったのが、わざとだったらって?
もし、そうなんだとしても。俺は――。
「だから、なんだよ。優しいところも、腹黒いところも、全部浅雛だろ?」
もう知ってるよ。浅雛がちょっぴりブラックな一面持ってることも。
でも俺は、そういうのひっくるめて全部、好きになったんだから。今さら言われたって関係ない。
「あー、ヤバいね水鳥川」
「な、なにが?」
「もう一生、手放してあげらんねえってこと」
そう言う浅雛が、もう一度俺に被さってくる。
ギリギリ見えた瞳には、俺を捕らえようとする狼のそれのように、鋭い眼光が宿っていた。
まんまと囲われた俺は、一生逃げられない。熱い腕の中で、そんなことを悟った。
場所は教室。
指定された放課後まではあっという間だった。
一旦トイレに避難してから戻ってくると、夕焼けに染まった廊下は人気がごっそりとなくなっている。
傍に浅雛の気配も感じないけど、どっかでひっそり隠れてるのか? 一回くらい顔見たかったんだけどな。
でも朝はあんなに震えてた膝も、今は怯えるどころかすごく落ち着いてる。むしろ早く、言いたいこと言ってやる、って気が急いてるくらい。
後ろから教室を覗き込めば、筑波が机に浅く腰掛けてるのが見えた。
深呼吸を挟む。
……二回、三回。よし、いける。力を抜いて、取っ手に指を掛ける。
そのままガラッと、勢いよくドアを開けた。
面と向かって対峙しても、大丈夫。俺には心強い味方がいるから。
きっとどこかで応援してくれてるよな? 浅雛。
「……筑波」
俺はまっすぐ、振り向いた筑波の前に立った。
明るい髪色が夕日に照らされている。光に当たると金にも近い茶髪は、母親譲りの地毛なんだっけ。でも二人で遊んだ記憶も、もう朧げだ。
「俺、先にお前に言いたいことがある」
「……なんだよ」
筑波は切れ長の瞳をじっと俺に合わせた。これに見つめられると、途端に睨まれてるような気分になる。お前は弱いんだって、説き伏せられそうになる。……けど。
「つ、つまんないは、酷いだろ」
「…………」
「俺はお前のこと、友だちだと思ってたのに。あんなん言われて、傷ついたし、……なにより悲しかった」
そうだ。俺はずっと言いたかった。謝ってほしいとかそんなことよりも、友だちだと思ってた筑波に見捨てられたこと。
それが辛くて痛くて悲しかったんだって、一番に言いたかった。
「筑波は少しも、俺といて楽しくなかった? 一緒に遊んでる間、本当はずっと、俺を心ん中で蔑んでたのか?」
――だからあの時も、すぐに俺を見放したのか?
「……違ぇよ」
「え?」
筑波はぼそりと呟き、目を伏せた。
「オレは、……オレだって、お前と遊ぶの、楽しみにしてた」
「っ、な……、ど、どういうこと?」
楽しみにしてたって……、じゃあなんで、あんなこと。
「ムカついたんだよ。……お前が他の奴らにも、オレん時みたいにはしゃいだ顔で説明すんの」
「……え、」
「あれはオレだけのもんだと思ってたのに。でも同時に、そんなん考えるオレ、キモすぎ、とか思って」
筑波は片手で顔を覆った。前髪を握りしめて、耳を澄ませないと聞こえないほど、か細い声を出す。
「認めらんなくて、ずっと見ねえフリしてきたけど、本当はずっと、謝りたかった。高校だって、お前に合わせてここ選んで……」
「えっ、う、嘘——」
だろ、と続く言葉は出なかった。
そろそろと手のひらから覗く筑波の表情が、何故か真っ赤に染まっていて、こっちを恨むように睨み付けてきたから。
「俺はお前のこと、想像以上に気に入ってた」
「っ!」
「……喋り掛けるタイミング分かんなくて今になったけど。……この気持ち認めんのに随分時間掛かったけど。…………多分オレ、本当はずっと、お前のことが――」
その瞬間、腰をぐいっと後ろに引かれる。
視界の端でベランダが開いていた。風が入り込んできて、「はいそこまで」とすぐ近くで浅雛の声がした。
って、え? 浅雛、ベランダにいたのか!?
「ありえねえだろ。こっちは大事にあっためてきてんのに、先越されるとか」
「……紫貴? んでそんなとこ」
筑波が呆然と呟いた。後ろにいる浅雛が俺を抱き締めてくる。目をそっと隠されて、前が見えなくなった。
「あ、浅雛……っ?」
「あのさあ、輝琉。水鳥川はもう俺のだから」
「……は?」
「お前と違って、アホな真似するつもりもねえし。よそ見なんかさせるかよ」
浅雛は俺の手を引いた。一瞬の暗闇から解放された俺は、そのまま筑波に視線をやる隙もなく、連れ出される。
咄嗟のことに判断がつかない。
「ッ、待てよ紫貴!」
後ろから筑波が叫んできたけど、浅雛は止まる素振りを見せなかった。
「せめてっ、せめて謝らせてくれ……!」
「…………、」
「なあ! おい!」
駄目だこのまま出ていったら。呆気に取られてたけど、これじゃ何も解決してない。
「浅雛、少しだけいい?」
俺は掴まれた手をくいっと引いた。
不服そうな顔がこっちを向いて、「あー」と嘆息するのが心底嫌そうではあったものの、浅雛は首を縦に振ってくれた。いつでも行けるようになのか、手首はしっかり握られたまま。
「ありがとう」
俺は小さく笑って、筑波の方を振り返った。
「っ、水鳥川」
滅多に変わらない筑波の表情が崩れている。
「ごめん……、あの時、お前に酷えこと言ってごめん」
「……うん」
「水鳥川といる時間は本当に楽しかった。それは本当だ。オレがバカなことしなけりゃ、あのままずっと、一緒に居たかったって思うくらい――」
「おい水鳥川に色目使うなよ」
浅雛が割り込む。
「……っ、お前マジで、」
眉を釣り上げた筑波だったけど、すぐに「……いや」、と諦めるような仕草で床を見つめた。
グラウンドから部活中らしき笛の音が鳴り響く。
「筑波は俺のこと、嫌いじゃなかったんだよな?」
シンと静まり返った空間に、俺は一言呟いた。
「あっ、当たり前だろ!」
必死に叫ぶ筑波は、心からそう思ってくれてるよう。
「そっか」
ならいい。ならそれで十分だ。あの思い出が全部、悪いものじゃなかったんなら。
俺のトラウマも、これでようやく払拭されたような気がする。
「水鳥川もういい? コイツ謝ったし、もう話すことねえだろ」
横を向けば、浅雛が限界だと言わんばかりに眉をしかめている。
俺は「うん」と頷いて、でも最後にこれだけ。
「じゃあ筑波は、また俺と友だちになってくれる?」
「! そりゃもちろんっ――」
「は? ダメに決まってんだろ」
答えは最後まで聞けなかった。低く吐き捨てた浅雛に、今度こそ俺は連れ出されたから。
「おい!」と呼び止める声を背中に受けながら、階段を下り、靴も履き替えないまま、外へ。
握られた手首は少し痛かったけど、胸には満足感みたいなものが渦巻いてる。言ってやったんだよ、俺は。恐怖の対象でしかなかった筑波と、やっと話し合えたんだ。
無言で歩き続けていた浅雛がくるっと振り向く。気づけばいつもの校舎裏にいて、流れるように手を引かれた俺は胸の中へ収められる。
肩にぽすっと浅雛の頭が乗った。
「もうアイツと喋んの禁止。顔も見んな」
「え、ええっ?」
「弱い顔したら水鳥川、すぐ騙されそうだし。そんなん俺無理だから」
籠った声は不貞腐れてるよう。
そんで俺は、完璧に閉じ込められてるせいで、心臓が爆発する。音が伝わっちゃいそうで、隙間を作ろうと身を引こうとした。けど、そんな抵抗も無意味と言わんばかりに、浅雛はさらに引き寄せてくる。
「ねえ水鳥川。なんで俺がこんなこと言ってるか分かる?」
「っえ」
なんで。なんでってそんなの。
思い当たるものがないとは言えない。
……でもそんなの、期待してもいいの、俺?
「水鳥川」
顔を上げた浅雛と目が合う。
熱っぽい眼差しに、ずっと頭を悩ませてたあれがぽろっと口から出る。
「……あ、飽きっぽいって、聞いたけど」
「……は? 誰に?」
「浅雛と……、いつも一緒にいる女の子たち。この前、みんなで喋ってたじゃん」
ああ、こんなこと、聞くつもりなかったのに。
「水鳥川、そんなん気にしてたの?」
「そ、そんなのって、俺にとっては死活問題でっ」
「俺が水鳥川に飽きるかもって?」
「……っ、う」
図星を言い当てられて言葉が詰まった。……最悪だ。こういうのが一番、浅雛は嫌がりそうなのに――。
「なにそれかわいすぎ」
「……は?」
「それってつまり、俺と離れたくないってことだろ?」
「な……っ」
あんぐりと口を開ければ、目尻に素早く唇を寄せられた。柔らかい感触に、一気に脳のボルテージが駆け上がる。
「もう我慢できねえわ。すげえ好き、水鳥川のこと」
潤んだ視界に映るのは、ゆるゆると表情を溶かした浅雛。
「優しくしたいって思うのも、笑ってる顔が見たいって思うのも、全部水鳥川だから。初めてこんな強い感情抱いて、俺でも戸惑う時あんのに、飽きるわけねえじゃん。言っとくけど初恋だよ? 俺」
「っ、は、初恋!?」
そんな、あの浅雛が!?
「あのな、今まで適当に付き合ってたヤツらとは次元が違ぇの。水鳥川のこと独り占めしたくてたまんないし、その目に俺以外映したくない。そんくらいマジで好き」
浅雛の頬がじわりじわりと桃色に熟れ出す。チャームポイントの泣きぼくろが埋もれるほど。
「ねえ水鳥川」
……やばい。こんな強烈な気持ちぶつけられたら、俺。
「心臓、すげー速いけどなんで?」
前髪がすりっと触れ合う。三日月型に細められた浅雛の瞳が、俺の心全部、見透かしてくるみたいだった。
「あ、浅雛」
「うん」
もう、認めるしかない。無意識に遠ざけて、見ないようにしてたそれを。
女の子と仲良くしてる姿に嫉妬したのも、思わせ振りな言葉にいちいち反応しちゃったのも。全部全部。
「俺……、俺も、好き」
瞬間、唇を飲み込まれた。息もできないほど深く、熱く。俺は浅雛の背中にすがりつく。
もっとされるかと思って身を固くした。けど、浅雛は意外にも、もったいぶるようにして軽く離れた。
「……捕まっちゃったね、水鳥川」
「……え、っ?」
瞼を開ければ浅雛の瞳がとろめいている。
「俺さ、性格悪いから。水鳥川の手鏡が何故か落ちてて、拾われたこと。俺がお前に自然に近づくために、わざとしたことだって言ったら、どうする?」
浅雛が隠し持ってた牙。それがチラリと覗き見えて、ぞくりと背筋が震える。
……わざと。今言ったのが、わざとだったらって?
もし、そうなんだとしても。俺は――。
「だから、なんだよ。優しいところも、腹黒いところも、全部浅雛だろ?」
もう知ってるよ。浅雛がちょっぴりブラックな一面持ってることも。
でも俺は、そういうのひっくるめて全部、好きになったんだから。今さら言われたって関係ない。
「あー、ヤバいね水鳥川」
「な、なにが?」
「もう一生、手放してあげらんねえってこと」
そう言う浅雛が、もう一度俺に被さってくる。
ギリギリ見えた瞳には、俺を捕らえようとする狼のそれのように、鋭い眼光が宿っていた。
まんまと囲われた俺は、一生逃げられない。熱い腕の中で、そんなことを悟った。


