自称腹黒イケメンに、ぼっちの俺が囲い込まれるまで

 結局俺が行く宛なんて、一つしかない。
 いつも昼ごはんを食べてる、校舎裏だ。
「ああ、最悪だ……」
 壁に背を預けて、ずるずると腰を落とす。顔を手で覆うと、じわっとあふれ出てきそうなものがあって、慌てて目をつむった。
 ――悔しい。悔しい悔しい。
 何もできなかっただけなのに、何かされたわけでもないのに、なんで俺はずっとこうなんだ。
 声掛けるだけだったろ。練習の成果はどこいったんだよ。
 変われたんじゃなかったのかよ、俺。浅雛と一緒にいて、ちょっとずつ自信ついてきたんじゃ、なかったのかよ。
 ……こんな、逃げたら、弱い頃の俺のまんまじゃん。
「っ水鳥川……!」
「……え?」
 足音がした――と思ったら、浅雛が現れた。口から漏れる息が荒く、表情には焦りが滲んでいる。
 まさか走ってきたのか? ここまで……、息も切れるくらい?
「ああもう、お前、今日に限って足速すぎるよ……」
 浅雛は乱れた髪をかきあげ、こっちに歩いてきた。
 びっくりして顔を上げただけの俺は、すぐに膝に俯く。
 今絶対目赤いし、まともに話せる力もない。というか浅雛には一番知られたくなかった。
 応援するって背中を押してくれた浅雛には、絶対に。不甲斐ない俺を見て、がっかりされるかもしれないのが、すごく……怖いから。
 目の前に立った気配に、体を縮こめる。
 早くどっか行ってほしい。俺のことなんて気にしないでいいから、早くいなくなってほしい――。
「頑張ったな、水鳥川」
 訪れたのは、ふわりと頭を撫でられる感覚。
 穏やかで、沁みるような優しい声が降り注いで、あったかい腕に包まれる。
「あ、浅雛……っ?」
 なに、してるんだ。俺……だ、抱き締められてる?
 距離が近すぎて、心臓がバグったみたいに暴れ始めた。
 風に乗って香る浅雛の匂いに、俺の体温がさらに跳ね上がる。
「ちょ、ちょっと――」
「水鳥川、ここでずっと頑張ってたよな」
「…………え?」
「俺、本当は知ってたよ。鏡に向かって何回も練習してんの。……一生懸命笑顔浮かべて、挨拶する練習してんの、俺ずっと見てた」
 離れようと浅雛を押し退ける手が止まる。
 え、今、何て言われた? 見てた……って。は? う、嘘だよな?
「水鳥川さ、この近くが告白スポットになってんの、知らないだろ」
「こ、告白スポット……?」
「うん。ここ来る前に、一本大きな木が立ってるとこ。人気も少ねえし、良い目印だからよくここに呼ばれんの、俺」
 あ、そういえば浅雛と初めて喋ったときも、告白……されてたな。
 でも俺、そんなの知らないぞ。告白聞いたのは、たまたまあの日、イヤホン忘れちゃったからで……。
 ってそうか。イヤホン。いつも俺、曲聴いてるから。だから俺は、今まで一回も気づかなかったのか?
「俺が水鳥川のこと知ったのは、去年の秋くらいなんだけど」
「えっ、そ、そんな前から……!?」
「うん。知らなかったよな、水鳥川は」
 浅雛が囁く。真綿で耳を撫でるような、柔らかい声音で。
 ピクッと肩を揺らすと、怖がってると思われたのか、浅雛はゆっくりと背中を擦ってくれ始めた。
 ……でもどうしよう。ばくばく鳴る心音が、浅雛の手のひらに伝わっちゃいそうで、これっぽっちも落ち着かない。
「最初はさ、告られた後、ちょっと一人で休みたくてこっち寄ったんだよね」
「う、うん」
「そしたら急に、『おはよう』って声が小さく聞こえてくるもんだから、え、なに? と思って。こっそり覗いてみたら、そこに水鳥川がいたの」
 うわっ、よりによってそんなの、見られてたのかよ。人なんて、絶対来ないと思ってたのに……っ。
「……正直、初めて見たときはこんなとこで何してんの? ってちょっと馬鹿にしたりもした」
「っ、え」
 息を呑むと、浅雛の擦る手が強くなる。「でも」と続けられる声に、さっきよりも芯が通った。
「水鳥川があまりにも真剣だったから。なんとなく気になって、俺はそっからちょくちょく見に来るようになって。……俺にはない純粋でまっすぐなところとか、ひたむきに頑張るところとか、……そういうの、知れば知るほどたまんなくなって。気づいたら目が離せなくなってた」
 浅雛がそっと体を離す。入り込んでくる生温い風に、ふと、寂しさみたいなものを覚える。
 離れないでって。
 浅雛に顔を覗かれてなければ、こぼしてたかもしれない。目尻を軽く指で拭われて、こっちを捉える浅雛と、絡み合うように視線がぶつかる。
「泣かないで水鳥川。水鳥川の泣いてるとこ、俺見たくない」
「っ、浅雛……」
「俺、今までいろんな子泣かせてきたけど、こんなん思ったの、マジで初めて。……泣かれんのとかうぜえ、くらいにしか思ってこなかったんだけど、水鳥川には、笑っててほしいんだよね」
 浅雛は俺の前髪を端に寄せながら、不器用に微笑んだ。
 慰め方を知らない、でも精一杯の気持ちが伝わってくるような、見慣れない笑み。
 きゅうっと、お腹の奥が何かに突き上げられる。
 血が巡ってくみたいに、どんどん広がるこの気持ちは、なんだろう。
 手を伸ばしたくて、でも伸ばしちゃったらもう引き返せない気がして、息をそっと吐き出す。
「水鳥川、教室戻れそう?」
「……うん」
「あ、早志たちが怖いなら、俺と席変わる? 俺が間に入ってるほうが、あいつらそっち行かないと思うし、どう?」
 浅雛が心配そうに、何度も聞いてきた。
 提案ってよりは、浅雛がそうしたいんだろうなってくらいの迫り具合に、俺は小さく笑う。首を振って、口を開いた。
「俺、本当は……筑波が怖くなって、逃げたんだ」
「……輝琉が?」
「うん。……俺がこんなコミュ障になったのは、元はと言えばあいつが原因っていうか。まともに人と話せなくなったのは、筑波が俺のこと、みんなの前で『つまんねえ奴』って言い放ったから、なんだ」
 誰にも教えたことない俺の過去。でも、浅雛には伝えたい。
 俺のこと、全部知ってほしいんだ。
「アイツ、そんな酷いこと言ったの?」
「……うん。中学上がって、すぐの話……なんだけど――」
 俺は思い出す。今でも時々夢に見るような、恐ろしい記憶を。
 今となっては考えられないけど、あの頃の俺は、ブレモンっていう共通の趣味を持った友だちがそれなりにいた。"ぼっち"っていう存在からは程遠くて、休み時間はブレモン話に花を咲かせるような毎日を送っていた。
『ブレモンって面白い?』
 そう声を掛けられたのは、筑波と席替えで隣になった時。
 筑波輝琉は当時もクラスの人気者だった。スポーツが得意で、顔も抜群に整ってる筑波は、正真正銘クラスの王様。
 そんな筑波にブレモンの話を振られたら、俺は当然、テンションが上がるに決まってる。
『筑波もやってみるっ?』
『……あー、じゃあオレにプレゼンしてみて』
 ほんの少しの気まぐれでもよかった。
 自分の好きなものに興味を持ってくれるのが嬉しくて、俺はかなり前のめりになって説明した。ちょっと勢い強すぎるかもって我に返ったときもあったけど、筑波は意外と話に乗ってくれて。
『今度ゲーム買うから、オレん家来る?』
 そうして俺たちは、休みの日も一緒に遊ぶくらい、一気に仲良くなった。
「……は? 水鳥川アイツと友達だったの?」
 そこまで話すと、浅雛が不機嫌そうに眉をひそめた。
「う、うん。もう昔の話だけど、実は」
「……チッ、だからか」
「え?」
「なんかアイツにしては、さっきすげえ取り乱してたから」
 と、取り乱してた?
「……や、なんでもねえ。続けて、話」
 浅雛はそう言うと、立てた膝に頬杖をついた。むすっと曲げた口元を隠し、壁を睨むように見つめている。
 俺に友だちできるの、浅雛は昨日も嫌がってたけど、まさか過去のことまで?
 そんなに浅雛って、俺のこと気に入ってくれてるのかな。だったらまだしばらくは、飽きずにいてくれるかも……なんて。期待に胸が膨らんでしまう。
「……その後は、しばらく俺、筑波と楽しく過ごしてたんだけど――」
 思いを馳せるように宙を見上げる。薄ぼんやりとした空に、あの日の情景が甦ってきて、自然と言葉になる。
 決定的に仲違いしたのは、筑波の周りの友だちも、ブレモンに興味を示し始めた時だった。
 みんな大体子どもの頃にやって、成長するにつれて離れてくんだけど、再ブームが来たらしい。俺に今一番強いのどれ? とか、攻略法教えて、とか。頼られるのが嬉しかった俺は、それはもう熱量高く説明して回った。
『水鳥川、すげえオタクじゃん』
『筑波がやってるから始めただけなのに、そんなマシンガントークされても分からん』
 でも多分、俺は調子に乗りすぎたんだ。
『筑波、マジでこいつと仲良いの?』
 グループの一人が茶化すように問いかけて、血の気が引いた。俺の周りには俺と同じ、ブレモンオタクしかいなかったから、これがそんなに引かれるものだとは思わなくて。
 筑波、筑波は違うって言ってくれるよな? 
『……別に、仲良くねえよ。こんなつまんねえヤツ』
『…………え?』
 直後、ドカッと沸き上がる笑い声。
 俺は聞こえた言葉が信じられなくて、筑波を凝視した。
『な、なんで、そんなこと……』
『おい、もういいからコイツに絡むなよ。てかそのゲームももう興味ねえし』
 筑波は無視して、目も合わせてくれなかった。
 クラス1の人気者と、その仲間に疎まれること。それがどんな意味を持つのか。
 俺の中学生活は、それからガラリと色を変えた。
 今まで仲良くしてくれてた友だちには、なんとなく距離を置かれるようになって。ブレモンが幼稚で馬鹿にされるもの、という印象がついてしまったのか、誰も話についてこなくなった。
 俺が喋り掛けると、気まずい顔で逸らされる。あの底冷えする空気が、俺の恐怖心を煽った。
 声を出すのが怖くなって、笑顔を保つのが難しくなって、俺は徐々に孤立していくのを、止められなかった。
 そうなると俺は、
「完全に、ぼっち生活の始まり。俺もコミュ障なっちゃって、新しく友だちもできず、ここまできたというか。……幸い隅で大人しくしてれば、誰も寄ってこなかったから、中学はちゃんと通えたんだけど」
「……水鳥川」 
 浅雛が元気付けるように、膝に置いた俺の手のひらを握ってくれる。
 あったかい。それだけで力が湧いてきて、なんでもできるような気がしてくる。
「ありがとう浅雛、最後まで聞いてくれて」
「……水鳥川、俺が輝琉のこと絞めてやろうか?」
「えっ?」
 首を上げると浅雛が瞳を据わらせていた。
 全くもって冗談じゃなさそうな目つきに、俺は慌てて首を振る。
「いやいやっ、そんなんいいって!」
「水鳥川が許しても、俺が許せそうにねえから」
「あ、浅雛、」
 ゴゴゴ……、と怒りを立ち上らせるように、風が一瞬浅雛の髪を巻き上げた。
 俺の前じゃあんまり見せない、ちょっと口が悪いところがまろび出ている。きっとこういうのが、浅雛の言ってた腹黒い部分だよな?
「っ、ふ……」
「……水鳥川?」
「はは……!」
 なんか、嬉しすぎてやばい。
 俺のために怒ってくれる人がいるってことが。じたばたして、叫びたいような気持ちになって、悲しい思い全部、上書きされてくみたいだ。
 浅雛に話せてよかった。
 浅雛がここで、俺を見つけてくれてよかった。
 俺は友だち作り諦めずに、練習し続けててよかった。
「……あのな。ちなみに俺、筑波のこと許してる訳じゃないよ」
「……そうなの?」
「うん。俺だって本当は言ってやりたいことたくさんあるし。このまま無かったことにして、水に流すのは悔しいだろ」
 ただ小心者の俺は、ビビって尻込みしてただけなんだから。
 でも浅雛に話を聞いてもらった今、俺の心中はびっくりするくらいやる気にあふれていた。
「俺、もう逃げない。筑波に一発入れてやる」
 言いながら、浅雛の手を握り返した。ピクッと反応する指先ごと、気合いを入れるように力を込める。
「浅雛も、応援してくれる?」
「……っ」
 味方がいてくれたら心強い、そんな期待を持って見つめていると、浅雛は軽く眉を寄せて、「はあ」とため息をついた。
「俺、もうアイツと関わらせたくなかったんだけど」
「え」
「水鳥川傷つけるかもしんねえヤツに、なんでみすみす送り出してやんなきゃいけねえの。…………って、本当は思ってる」
 浅雛は俺の指先に、自分のものを絡ませてきた。少しの隙間もないほど、手のひらがぴったりくっついて、すりすりと指で甲を擦られる。くすぐったい。
「あ、あの……」
「心配。すげえ心配だよ水鳥川」
「っ、」
「輝琉がムカつくなら謝らせるし、なんなら土下座だってさせてやんのに」
 ……え。いや、それはちょっと遠慮したいかも。
「っあ゛ー、クソ。全然取り繕えねえ」
「……浅雛」
「一回応援するって決めたのに、水鳥川の涙見たら全部ぶっ飛んだ」
 繋いでないほうの手で髪を掻きむしる浅雛は、それからも「あー」とか「ああ゛ー」とか、唸るように俯いて悩んでる様子だった。
 すんなり頷いてくれると思ったのに、まさかここまで苦しまれるとは。なんか俺も、筑波に話しかけるのはやめたほうがいいのかも、なんて気さえしてくる。
「……分かった。じゃあ水鳥川、これだけは約束してくれる?」
「う、うん。なに?」
 しばらく唸ってから顔を上げた浅雛に、俺はこくっと喉を鳴らした。
「アイツと会う機会は俺が作る。そんでちょっとでもなんかあったら俺割って入るから。それも許して」
 有無を言わせぬほど、まっすぐと見つめてくる瞳。
 俺はきゅっと唇を結んで、それから小さく開いた。
「筑波と話せるなら、俺はいいよ」
「……ほんと?」
「うん」
「なら思い立ったらすぐ出てくけど? てか隣いていい?」
「うん、……って、え? と、隣にいられるのはちょっと……」
 喋りにくいから、勘弁してほしい。
「……チッ、言質取れねえか」
 声を低くした浅雛が不満そうに呟いて、俺の手を強く握った。
 その力強さにほっとする。
 浅雛はいつまで俺と仲良くしてくれるんだろう。俺にずっと飽きなければいいのに、なんて。
 こんな面倒くさい気持ち、浅雛には絶対、口が裂けても言えないけど。