自称腹黒のイケメンに、ぼっちの俺が囲い込まれるまで

 あれ、手鏡がないぞ? と気づいたのは席についてから。ズボンのポケットに入れてたはずなのに、いつの間に失くしたんだ……?
「――なあこれ! ロッカーんとこ落ちてたんだけど誰のー?」
 聞こえた言葉にパッと目を動かす。
 同じクラスの熊田が持っていたのは、手のひらサイズの手鏡。
「なにそれ?」
「知らん。なんかロッカーの上あった」
「後ろシール貼ってんじゃん。ブレモン?」
「うわ小学生かよ」
「誰がそんなん持ってきてんの?」
 ――俺です、という言葉は声にならなかった。口の中がカラカラに渇いて、唇も縫い付けられたみたいに開かない。
 使い込まれて黒ずんだ背面と、小学生の頃から大好きなブレモン――ゲームのキャラクターシール――を貼ったそれは、俺が愛用する手鏡なのに。
「とりあえず黒板とこ置いとけば?」
「ああたしかに」
 えっ。そ、そんなところ置かれたら、ますます人目に晒される。
「落とし物でーすっつって書いとけばいいか」
 でも『待って』って声も掛けられない俺は、震える手を握りしめて、それを見つめるだけ。
 熊田が前の黒板に向かって歩いていく。一歩進むごとに、俺の胃がぎゅうっと縮む。
「――あ、それ俺の」
 そんな声が聞こえたのは、それからすぐのことだった。
「え、これ浅雛(あさひな)の?」
「うん。だから返せ」
 戸惑う熊田から奪うように取る浅雛。その肩を組むように、今度は後ろから明るい髪色を揺らした筑波もやってくる。
「なんだそのダセーの」
「俺の大事なもん」
「え、マジ?……それほんとにお前の?」
「そうだけど?」
「……ふーん、趣味悪ぃなお前」
「うるせえよ」
 浅雛は手鏡をズボンのポケットにしまった。
 ――絶対、絶対絶対浅雛のじゃないのに。
 でも、じっと見ていると目が合いそうになって、慌てて逸らす。
 ああ、意気地無しの俺。椅子の上で固まったまま、爪を手のひらに食い込ませることしかできないとか。
 情けなくて、恥ずかしい。