エタってしまった小説の世界で、ヤンデレ化した勇者が離してくれません。~聖女と呼ばれ執愛されていますが……読者です!~

唐突に足音と共に弾んだ声が響いたのだ。

「あら、ちょうど良かった!ここにいらっしゃったんですね、聖女様」

そこには何故かマリアンヌの姿があった。

「どうしてここまで来れた?バルトレッドや他の奴らはどうした?人族のお前はこの城じゃ転移不可能だろう」

レギウスが剣呑な眼差しを向けると、マリアンヌは後ろを振り帰って両手を広げる。

「勇者様には内緒です。エギル様の魅了で、こっそり来ているので……」

「魅了……?」

紗希はマリアンヌが絡みついた腕がエギルのものと分かった瞬間、隣に立つレギウスを咄嗟に見遣る。
しかし同時にキーンと耳の奥を突く高音が響き、レギウスは目を見張ったままその場に固まった。

「ふふ。よかった、ちゃんと効いて」

マリアンヌは薄らと笑みを浮かべ、エギルを従えたまま近付いてくる。

エギルは一切言葉を発する様子はない。

「実は精霊が好む雫をミレーヌから奪っておりまして、肌身離さず持っていた甲斐がありました」

「エギルさんは精霊とサキュバスのハーフだから……」

ハッとして紗希は呟いた。

「そうです。雫の力で私の言うこと聞いてもらってます」

にったりと笑うマリアンヌに、ぞくりと背に冷たいものを感じ、紗希は階層の出口を無意識に探した。

バルトが予見していた通りだ。

「聖女様、一緒に来てくれませんか?精霊王の御前に」

「そのことですが……バルトさんにそう呼ばれているだけで、私はこの国の人間じゃないですし、人違いですよ……」

バンシーの遺物と呼ばれるプロットのようなものを思い出し、紗希は無駄と感じながらも頬を引き攣らせ言った。

「なにをおっしゃいますか。私としては予言の聖女の容姿に該当箇所がいくつあるかよりも、誰が何を感じているかだと思うのです。勇者様が存命だった今、はっきりしてますよね」

マリアンヌは双眸を細め陶然と続ける。

「勇者様が愛する女性こそ、真の聖女。セレスティーナ様でなく、あなたが聖女なんですよ」

確かに、ヴァレリア邸で遺物を見た時、“勇者は聖女を愛し守り抜く”とも書かれてあった。
だが、たったその一文だけをマリアンヌは信じるというのか。

「あの破壊された石像が転移魔法陣となっています。さぁ、いらっしゃい。聖女様」

マリアンヌが手招く動作をした直後、突如、強い風が巻き起こった。

渦を作るそれはまるで意志を持っているかのようで身体が吸い寄せられてゆく。

抵抗しようにも足場がなく、うまく力が入らない。まるで空気の牢屋だ。

「少々お待ちくださいね」

猫撫で声で告げるマリアンヌは石像に向かって手を翳した。

散らばっていた石が次々に集まっては自ら元の位置に戻るようにして嵌め込まれ復元されてゆく。
そして彼女は石像の前で跪き、祝詞をあげるように言葉を紡いだ。

すると石像は金色に輝き始めたのだ。