エタってしまった小説の世界で、ヤンデレ化した勇者が離してくれません。~聖女と呼ばれ執愛されていますが……読者です!~

ーーーー執務室に現れた魔女は蔦のような色の肌と髪を持っており、とんがり帽子を深く被った年齢不詳の女性だった。

セレスティーナの兄サイラスの経過が順調であること、ガルドと神官長が錯乱してしばらくは実験に使えないといった内容の報告をすると、魔女はボソボソとした声でバルトにこう言った。

「……魔王様におかれましては、私の嘆願を覚えていただけたこと深く感謝申し上げます。普段は中々こちらまで素材が流れてこないもので、以前は侵入者の奪い合いとなっておりました。制約を作るべきだと私は再三訴えていたのですが脳筋ばかりで話にならず、魔王様への謁見すらも叶わず……ぜひ、これを機に侵入者に関する素材の割り振りルールを作っていただきたいのです」

この機会を逃すまいと魔女は早口で、少し気難しそうなピリピリとした雰囲気を醸し出している。

そして顔を紗希へ向けると、長い前髪越しの熱い視線を感じた。

「聖女様も、この城にも秩序が必要だとそう思いますよね?」

声の調子は至って平坦で、むしろくぐもって聞こえる部類だが、勢いを感じさせるものがある。

紗希に対し急に話を振った魔女は息を継ぐとさらに続けた。

「城内の壁画時計は聖女様の案だとか。素晴らしいことだと思います。あれは画期的です。大凡で考える者が多い魔族に対し慈愛に満ちた調教政策です。徐々に絵の数を増やして最終的に十二枚に増やす意図があるのですね?」

魔女は自分は全て見抜いていると言った自信に溢れていた。

ーーすみません、政策じゃないです。

あれは空が見えないなら作り物をといった紗希の恋愛観に基づいて思いついたレプリカ案で、時計はついでの機能である。

「聖女様の慈愛を見抜けるとは流石だ。ルールの制定については今後検討しよう」

すかさずバルトが言うので紗希は開きかけた口を一旦閉じた。バルトが魔女の願いを聞き入れる方向なら、余計なことは言わない方がいいだろう。

「喜んでもらえたんですね。魔族のことは皆さんにしか分からない事が色々あると思いますが、運用しやすい決まり事を作るのは賛成です」

紗希の言葉を聞いて魔女は上機嫌で部屋を後にした。

猫背気味の背中は少しだけ上を向いていた。

去っていった魔女と入れ違いに今度はマリアンヌが現れた。

こちらはバルトが直々に呼びつけていたらしい。エギルは彼女を持て余しているようで尻尾がぐったりと床にへたりついている。

対してマリアンヌは艶のある溌剌とした雰囲気でバルトの前へと跪いた。

バルトが彼女を呼んだのはミレーヌについて現状を説明させるためだったらしい。

神殿も王家も互いの動向は常に探りあっている関係らしく、マリアンヌは一番信憑性のある情報を持っていた。

「彼女は今、王城の一室にひとりで閉じ込められています」

ステラから聞いた噂では王太子共に籠りきりという話だったが、どうやら実際は別々の部屋から出られないらしい。

それはセレスティーナが領地に下がった時期とほぼ同じであった。

「二人ともそれぞれ異なる部屋で軟禁状態となっています。ですが安全な王城内ですし、彼らは不死者であるようなので問題とはなっておりません。むしろ良かったと国王は喜んでいましたよ。花雫の乙女は永遠に国の象徴となれるのですから。ミレーヌ様の後見人となっていた男爵家はそのおかげで子爵に格上げされたとか……」

しかし最近では誰もミレーヌが閉じ込められている部屋に寄りつかなくなったらしい。

その話を聞いて、城の一室で今もなお孤独に過ごしていると思うと紗希はゾッとした。

「相応しい顛末だな。あれの顔を一生見なくて済む。聖女様は余計なこと考えず俺の傍にいてくださいね」

バルトはマリアンヌの話に終始満足そうにし、釘をさすように言う。

確かに一瞬だけ、セレスティーナのように呪縛を解けるのだろうかと考えはしたが、今のところ実行するつもりはない。

紗希は静かに頷いた。

するとバルトは口端を持ち上げ、マリアンヌに言った。

「いい話が聞けた。あのクソ女には人徳がない。寄ってくるのはせいぜい物好きな男ぐらいだろう……終わりのない人生に苦しめばいい」

「おっしゃる通りです。殿方にすぐ手渡し出す危険な花は厳重管理せねば」

ヒールさながらの二人に紗希は末恐ろしさを感じ額に手を当て溜息をこぼした。

ーーどうして二人ともそんな悪い顔が出来るのだろう。

王太子の方は一人息子であるが故に手厚く世話を焼かれているようだが、七年も経てばさすがに後継者問題が浮上しているらしい。国が今後、王太子をどうするつもりかは分からない。

それからマリアンヌはバルトの傍に居た紗希に突如視線を向けると、両手を胸の前で握りしめ、熱に浮かされたように陶然として言った。

「紗希様は魔王様から寵愛を受けてらっしゃって羨ましいです。私もエギル様に愛していただけるように誠心誠意お仕えしなければ」

その後、大袈裟なほどエギルに骨抜きといった様子のマリアンヌが下がったあと、バルトが唐突に紗希に尋ねた。

「あの女、どう思いますか?」

「マリアンヌ様ですか……」

エギルと共に去っていった扉を見つめながら少し考えた。

ーー変態だ。

語られた言葉がどこまで信用に値するかは分からない。エギルに対する惚れっぷりも少しわざとらしい気がするが。それも彼女なりの生存戦略なのかもしれない。

なんて事を考えながら口をついて出たのはオブラートに包んだ言葉だった。

「振り幅が激しい、極端なタイプなのかなと思います」

狂信的と言うべきか、マリアンヌの演技がわざとにしても本気にしても、ステラとはまた違った激しい炎を内に宿している。

「お優しい言葉だ」

バルトは頬を緩めふっと笑っては紗希と同様に部屋の扉を見ると、その穏やかな笑みを霧散させた。

そして傍に居る紗希へ視線を移すと剣呑な雰囲気で告げる。

「あれには気をつけてください」

執務室の雰囲気は、またあの危ういものへと引き戻されていた。