エタってしまった小説の世界で、ヤンデレ化した勇者が離してくれません。~聖女と呼ばれ執愛されていますが……読者です!~

全力だった。全神経が反射的に危機感を察知し咄嗟に両手で壁を作り阻む。

「いや、急にこんなこと怖いですから!私はただの読者です!」

怪訝な顔でツッコむとバルトレッドは固まった。

「おかしいな……同じ気持ちだと思ってたのに」

どうやらここにきてようやく紗希の反応に温度差があると気付いたらしい。

「違います。というか呼ばれた意味が一切分からないので……すみません」

同じ気持ちというのが“愛しています”という例のアレなら、それこそセレスティーナに向けるべきもので、何がどう転がればこんな手違いが起きるのだろう。

バルトレッドは紫水晶の瞳を大きく瞬いて数秒ほどの沈黙が落ちた。

けれども……ーーーー

「……まぁ、いいか」

「よくないです!」

口付けは諦めた様子だったが、あろうことか紗希を抱えたままバルトレッドは歩き出したのだ。

「本当に困るのでおろしてください。というか帰してください!」
「嫌です」

紗希と目を合わせずバルトレッドは上機嫌で進み続ける。

「聖女様。すみませんがちょっと口を閉じててください。舌、噛みますんで」

そう言うなり跳躍し身体が大きく揺れた。

「ひっ……」

息を飲み、まるでジップラインさながらの風圧を感じ目を瞑る。
それから軽い衝撃を感じバルトレッドの肩越しに振り返ると、岩場を切り裂く大きな溝のようなものを超えたのだと分かった。

「なんでですか……なんで私なんですか……」

声が震えるのはバルトレッドが飛んだせいか、非現実的な出来事のせいか。

ドクドクと脈打つ心臓は煩くて、連れられるまま成す術なくして力なく問うとトンチンカンな答えが返ってきた。

「あなたは俺の聖女ですから」

きっと暖簾に腕押しとはこのことだろう。

「それこそ人違いです……それに、さっきの理由じゃ全然納得できませんよ。この物語がどうなるか気にはなってましたけど……聖女じゃなくて、読者なんです……」

心理的に疲れてきて自論を述べるとバルトレッドは立ち止まった。

目の前には狭い階段が上に向かって続いている。
薄暗く、青白い怪しい光が点在するこの場所とは違うのか、奥の方は暖かな色の光がぼんやりとこちらに伸びていた。

「進まないのです」

「はい……?」

「俺の話はこの城でずっと止まっている。何者かの大いなる力によって阻まれているんだ……だからあなたを呼び出した」

見ればバルトレッドの額には深い皺が刻み込まれていて、誰も寄せ付けぬような鋭い視線が階段へと投げつけられていた。