エタってしまった小説の世界で、ヤンデレ化した勇者が離してくれません。~聖女と呼ばれ執愛されていますが……読者です!~

「はい?」

間の抜けた声で聞き返すステラに、紗希までセレスティーナが言った言葉が理解出来ていなかった。

戸惑うステラに対してセレスティーナはもう一度はっきりと言った。

「聞こえなかったかしら。結婚しましょうと言ったのよ」

「いや、聞こえてるわよ……なんで急にそうなるわけ?」

脈絡なく申し込まれた求婚にステラは釈然としない様子だったが紗希の傍らでバルトは満足そうに二人を眺め呟く。

「約束をすぐに履行するのはいい姿勢だ」

紗希は咄嗟にバルトを見上げた。

「バルトさん、まさか……」

記憶を手繰り寄せると、心当たりがある。セレスティーナが用意した誓約書を確認していたバルトはやけに上機嫌だった。

「えぇ。誓約した内容の一つですね。ハッピーエンドにはこうした演出はつきものでしょう。ご安心ください、彼女の意思ですから問題はありません」

セレスティーナの意思なら周りがとやかく言う問題ではないのだろうが、紗希は内心独りごちていた。

ーーヒロインが求婚してる……。

ステラはまんざらでもなさそうだが、若葉色の鮮やかな色の瞳を眇めセレスティーナを見ている。

本当に言っているのかと確かめているような視線でもあった。

そんな彼女の左手をセレスティーナが掬い上げるように取り両手で握りしめる。

「ステラ。あなたが私のために怒ってくれた日に、何があってもこの気持ちだけはあなたに捧げようと決めていたの……けれどね、心を捧げるだけでは足りないわ。目に見える形で表現したいの。私にとって、それが結婚よ。どうか私を一番星のそばで輝かせてちょうだい」

セレスティーナの白い頬は仄かに朱をさしていて、甘酸っぱい瞳は微かに揺れていた。

「セレス……」

ステラは気の強い顔立ちをくしゃりと緩め、それから自分の手を包み込むセレスティーナの手にそっと触れた。

「あなたって本当、仕方のない人なんだから……」

「返事は?」

「もちろん受けるわよ」

抱きしめ合う二人に一番に湧き立ったのはヴァレリア侯爵だった。

「……よく言ったセレスティーナ!!流石はヴァレリア家の娘だ。気概のある女に育ち私は嬉しいぞ!めでたい!!」

力強い拍手を送り大号泣している。

「ヴァレリア侯爵?」

紗希は驚いていた。

セレスティーナと同じ儚げな面差しだが中身は熱い人物であるようだ。

小説に登場するヴァレリア侯爵も家族思いの人物として描かれていたが物静かなタイプだったはず。しかし目の前の侯爵はスポーツ選手が得点を決めて沸き立つ観客そのものである。

夫人も同様だった。

「なら日程を決めなければね。招待状の紙色は何色にしましょうか?領民も自由に出入り出来る方がいいわよね。それより二人のドレスが問題ね、今から楽しみだわ!サイラスは絶対ステラのエスコートをしたがるわね」

もう既に脳内で結婚式のシミュレーションが始まっているらしい。

この家系の血筋なのかセレスティーナ自身も気が早いことを言い始めている。

「ハネムーンはどこがいいかしら。私、久しぶりに王都に行ってみたいのだけれど」

結婚式を飛び越えてハネムーンまで想像出来るあたり式の計画は彼女の中である程度固まっているのかもしれない。

「もう、セレスは侯爵領から出られないでしょう」

頬に手の平を添え小首を傾げながら語るセレスティーナにステラは突っ込んでいるが、どこかじゃれあっているような雰囲気が醸し出されている。

完全に二人の世界、いや、ヴァレリア家の世界に入りつつあったが、しかし思い出したようにセレスティーナは紗希を見て双眸を緩めた。

「その件ですが、紗希さんにご協力願えたらと思っているのよ」

「私ですか……?」

唐突に名指しされ紗希は目を丸くし何度か瞬く。

隣に立つバルトはどこか訳知り顔で、ある種の誇らしげな雰囲気を纏いながら紗希を見ていた。

ーーーーその後、紗希はセレスティーナとバルトと共に三人で領地の境界に来ていた。

「勇者様が魔王城から出られたのは紗希さんのおかげと仰ったのが気になって。私とも試して頂けませんか?」

障壁があるという場所にセレスティーナは触れながら尋ねた。

彼女はそこに何かあると言うのだが、紗希には分からない。誰もが何もないという場所はセレスティーナにとって永遠に続く壁があるらしい。

それはバルトが第一層の魔法陣に入れないという話に酷似していた。

「あれは偶然だと思うのですが……分かりました。セレスティーナ様の気持ちが晴れるなら」

広い領地でバルトと違って日に当たることが出来ていた彼女だったが、けれどきっとそれは長い鎖に繋がれているようなものだったのかもしれない。

紗希は頷き、セレスティーナの手を取った。

「ステラさんは連れて来なくて良かったんですか?」

「えぇ。ステラとは境界に来たことがないのよ。二人で来る時は一緒に外へ出られるようになった時と決めてるの」

紡がれた言葉は、まるで願掛けのようだった。

領地の外を眺める甘い瞳に紗希はしばし釘付けになっていた。

ーーセレスティーナにも自由になって欲しい。

この話のヒロインは、主人公はセレスティーナだった。紗希はずっと、彼女とバルトの物語を追っていた。

ここに来たのはバルトとセレスティーナを引き合わせるためでもあったが、根底にあるのはセレスティーナの現在を確かめたかったからだ。

紗希は心の中でセレスティーナの自由を願い、手を引いた。

バルトの七年を知り不安だった。

自分の知っている小説のヒロインが苦しんでいるのじゃないかと。

実際に会って何が出来るわけでもない、紗希はただの読者であったがバルトを引き摺り出してきた。それこそが自分の役目と信じていたからだ。

実際のセレスティーナは、自分の物語に折り合いをつけ、そして生き生きと輝ける人と巡り会えていた。

その人と、ステラと共に自由に生きて欲しい。

すると突如、パリンっとガラスが割れたような音が響いた。

その瞬間、セレスティーナの身体は領地の外へと一歩を踏み出したのだ。

「やったわ!勇者様、見てました!?」

破損する音と同時に、セレスティーナが歓喜に沸き立ち少女のような声を上げた。

真っ先に彼女から声をかけられたバルトは押し黙っていた唇をようやく開き、そして眦を下げて穏やかに言った。

「えぇ、確かに見ました。これであなたも自由だ」

境遇は違えど、二人にしか分からない七年が確かにそこにはあった。