「ーーエギル。その神官長はまだ躾が足りないようだ。ガルドと同じ手法で再度調教しておけ。お前は魔族の割に人族に対し生温い」
神官の頑なな態度に辟易としてバルトはエギルに命じていた。
「申し訳ございません。魔女の元へ送ります」
「エギル様お待ちをっ、エギ…ん゛ぐっ、ん゛ーーっ!!んん゛ーーっ!!」
エギルは淡々と答え神官長の口元に再び黒い影を巻き付けていたが、その尻尾はシュンと垂れ下がっていた。
「次にそいつの顔を見せる時はもっと従順にしておけ」
「……はい。では魔王様、私はこれにて……来なさい、マリアンヌ」
「はい!エギル様」
どこか陰鬱な雰囲気を纏いながらエギルは神官長を強引に引き摺り自らの影に沈んでゆく。
反してマリアンヌは名を呼ばれ興奮気味に返事をしては、躊躇せず彼女を追いかけていった。
マリアンヌ達が消えて喧騒が去り、ヴァレリア邸の客間は静かな空気が流れている。
その変化に妙な間が流れたが、しかし不意にセレスティーナがぽつりと零した。
「精霊の泉の枯渇問題は困りましたね……未解決とは、そもそも事実なのでしょうか」
確かに神殿がセレスティーナにこだわった理由は明かされたものの、マリアンヌの語った全てが事実かというと証拠はなかった。
誰が背負うべきか分からない幻のような問題が宙ぶらりんとしている状況は座りが悪い。
しかしバルトはセレスティーナに近付いて、彼女からバンシーの遺物を回収し言った。
「今は考える必要はありません。聖女の生贄についても。あなたはステラとの愛を信じ、これからも自分の意思を貫き通せばいい」
二人が並ぶと絵になるが、しかし二人ともそれは望んでいない。
セレスティーナはバルトの瞳を見据えると、それから深く頷き形良い唇の端を緩めた。
「……そうですね。分かりました」
どこか決意を秘めたような瞳だった。
その凜とした姿に清々しさを覚える。
小説のセレスティーナも清廉潔白で自分で運命を切り拓こうとする女性だったが、その根底には責任や矜持といったものが彼女に重くのしかかっていた。
うじうじ系のヒロインとは全く異なるも、しかし抑圧されたものを無視してしまうところがあり、その硬い殻をきっと小説が完結する頃にはバルトが破ってくれるのだと紗希は思っていた。
しかし実際の彼女は違った。
七年でセレスティーナは、責任も自分の望みも自ら手に入れられる人間になっていた。
ステラの存在が彼女を変えたのか、それとも小説がエタった影響が与えた心の傷が彼女を強くしたのか……。
「あの、ところでお兄様の具合はどうでしょう?」
セレスティーナがバルトに尋ねる。
「神殿に対する狂信は消えて順調に回復されておいでです。しかし切り取った記憶の穴埋めをしない場合の処置は手間がかかるため、今は城で療養いただいております。数日は安静にした方が良いでしょう」
この場に現れなかったサイラスだが、彼はまだ魔王城に居るらしい。
神殿から受けた拷問によって精神的な支配を受けていた兄が、魔族によって癒される。字面だけ見れば、一見して役割が逆のように感じるが、事実は小説よりも奇なりというのは本当だった。
「分かりました。本当に何から何までありがとうございます」
「引き受けると決めたのは俺ですから。サイラス殿は精神の安定が確認出来ればすぐに領地までお送りします」
二人のやり取りを聞いて紗希は心の底からほっとしていた。
「よかった。本当に……」
そこへ、セレスティーナの父であるヴァレリア侯爵がバルトの前に進み出た。
ヴァレリア侯爵はセレスティーナによく似た甘い面持ちを引き締め、恭しく頭を下げた。
「バルトレッド様。この度は助力いただきありがとうございました。どうか、我が息子をよろしくお願いします」
それから面を上げ真摯に尋ねる。
「……この件に見合う礼は何が良いでしょう。あなたは何を望みますか?」
バルトは一度だけ紗希を見た。
しかしその後、すぐに視線を逸らすと彼にしては珍しく僅かに頬を緩める。
「既にセレスティーナ様よりいただいておりますので」
「しかし……それでは私の気が済みません」
ヴァレリア侯爵は眉根を寄せ訴えた。
「ーー……ならば、できる範囲で結構ですので、王都の花雫の乙女の動向に変化があった時は報告いただきたい」
バルトは少し考えたあと、そう言った。
「承知しました。お任せください」
そうしてやっとヴァレリア侯爵は安心したように笑った。
ヴァレリア家としてはひとまず大団円といったところだろうか。
完全に憂いが払拭されたわけではないだろうが、脅威は去り、領地も家族も安全が保障されたのだ。
「ではステラ、結婚しましょう」
不意にセレスティーナが鈴の鳴る声でステラに言った。
神官の頑なな態度に辟易としてバルトはエギルに命じていた。
「申し訳ございません。魔女の元へ送ります」
「エギル様お待ちをっ、エギ…ん゛ぐっ、ん゛ーーっ!!んん゛ーーっ!!」
エギルは淡々と答え神官長の口元に再び黒い影を巻き付けていたが、その尻尾はシュンと垂れ下がっていた。
「次にそいつの顔を見せる時はもっと従順にしておけ」
「……はい。では魔王様、私はこれにて……来なさい、マリアンヌ」
「はい!エギル様」
どこか陰鬱な雰囲気を纏いながらエギルは神官長を強引に引き摺り自らの影に沈んでゆく。
反してマリアンヌは名を呼ばれ興奮気味に返事をしては、躊躇せず彼女を追いかけていった。
マリアンヌ達が消えて喧騒が去り、ヴァレリア邸の客間は静かな空気が流れている。
その変化に妙な間が流れたが、しかし不意にセレスティーナがぽつりと零した。
「精霊の泉の枯渇問題は困りましたね……未解決とは、そもそも事実なのでしょうか」
確かに神殿がセレスティーナにこだわった理由は明かされたものの、マリアンヌの語った全てが事実かというと証拠はなかった。
誰が背負うべきか分からない幻のような問題が宙ぶらりんとしている状況は座りが悪い。
しかしバルトはセレスティーナに近付いて、彼女からバンシーの遺物を回収し言った。
「今は考える必要はありません。聖女の生贄についても。あなたはステラとの愛を信じ、これからも自分の意思を貫き通せばいい」
二人が並ぶと絵になるが、しかし二人ともそれは望んでいない。
セレスティーナはバルトの瞳を見据えると、それから深く頷き形良い唇の端を緩めた。
「……そうですね。分かりました」
どこか決意を秘めたような瞳だった。
その凜とした姿に清々しさを覚える。
小説のセレスティーナも清廉潔白で自分で運命を切り拓こうとする女性だったが、その根底には責任や矜持といったものが彼女に重くのしかかっていた。
うじうじ系のヒロインとは全く異なるも、しかし抑圧されたものを無視してしまうところがあり、その硬い殻をきっと小説が完結する頃にはバルトが破ってくれるのだと紗希は思っていた。
しかし実際の彼女は違った。
七年でセレスティーナは、責任も自分の望みも自ら手に入れられる人間になっていた。
ステラの存在が彼女を変えたのか、それとも小説がエタった影響が与えた心の傷が彼女を強くしたのか……。
「あの、ところでお兄様の具合はどうでしょう?」
セレスティーナがバルトに尋ねる。
「神殿に対する狂信は消えて順調に回復されておいでです。しかし切り取った記憶の穴埋めをしない場合の処置は手間がかかるため、今は城で療養いただいております。数日は安静にした方が良いでしょう」
この場に現れなかったサイラスだが、彼はまだ魔王城に居るらしい。
神殿から受けた拷問によって精神的な支配を受けていた兄が、魔族によって癒される。字面だけ見れば、一見して役割が逆のように感じるが、事実は小説よりも奇なりというのは本当だった。
「分かりました。本当に何から何までありがとうございます」
「引き受けると決めたのは俺ですから。サイラス殿は精神の安定が確認出来ればすぐに領地までお送りします」
二人のやり取りを聞いて紗希は心の底からほっとしていた。
「よかった。本当に……」
そこへ、セレスティーナの父であるヴァレリア侯爵がバルトの前に進み出た。
ヴァレリア侯爵はセレスティーナによく似た甘い面持ちを引き締め、恭しく頭を下げた。
「バルトレッド様。この度は助力いただきありがとうございました。どうか、我が息子をよろしくお願いします」
それから面を上げ真摯に尋ねる。
「……この件に見合う礼は何が良いでしょう。あなたは何を望みますか?」
バルトは一度だけ紗希を見た。
しかしその後、すぐに視線を逸らすと彼にしては珍しく僅かに頬を緩める。
「既にセレスティーナ様よりいただいておりますので」
「しかし……それでは私の気が済みません」
ヴァレリア侯爵は眉根を寄せ訴えた。
「ーー……ならば、できる範囲で結構ですので、王都の花雫の乙女の動向に変化があった時は報告いただきたい」
バルトは少し考えたあと、そう言った。
「承知しました。お任せください」
そうしてやっとヴァレリア侯爵は安心したように笑った。
ヴァレリア家としてはひとまず大団円といったところだろうか。
完全に憂いが払拭されたわけではないだろうが、脅威は去り、領地も家族も安全が保障されたのだ。
「ではステラ、結婚しましょう」
不意にセレスティーナが鈴の鳴る声でステラに言った。



