エタってしまった小説の世界で、ヤンデレ化した勇者が離してくれません。~聖女と呼ばれ執愛されていますが……読者です!~

禁忌として封印された書物には往々にして大きな代償を伴うか、失敗した場合の執行者と対象への負荷が大きい。

一歩間違えれば互いに消滅なんてことは普通にあり得る。

もっと悲惨なのは、精神崩壊したうえ望まぬ姿となって異界を彷徨った事例だ。

バルトレッドはそんな大きな賭けのようなことをするつもりはなかった。

自分はどうなってもかまわないが、間違っても召喚失敗で大切な魂に傷がついてはならない。

紗希を五体満足、魂を傷つけることなく呼び出すには試運転が重要だ。

その対象を何にするか考えあぐねていたが、その点、孝臣という男は都合がいい。


紗希の記憶から孝臣だけを引き出し、姿形と声を拾い上げ記憶する。

紗希の記憶の孝臣は品行方正な優男だが、あまり自分に自信がないようなそんな男だった。

たとえ失敗してもこいつなら構わないだろう。

そんな考えのもと、バルトレッドはレギウスを使い召喚を実行させた。

バルトレッドが禁書を参考に編み出した魔法陣は想定通り機能し、そして一人の男が現れた。

「成功したようだな。こいつは実験だろ。返還していいか?」

召喚してすぐに少年姿のレギウスに尋ねられた。

この元魔王は極度の面倒くさがりで、核の破片から復活させた今もその気質は変わらないらしい。

成功が確認出来れば早く仕事を終えたいと言わんばかりだった。

そんなレギウスにバルトレッドは眉根を寄せ威圧をかけた。

「待て」

返事はないが、レギウスは一旦魔法陣への魔力供給を止め欠伸を溢す。従うつもりはあるらしい。

バルトレッドは召喚した男の元へ近づいた。

男はきょろきょろと辺りを見渡し、不安そうま目でこちらを見ては異界の言葉で問う。

『すみません、ここはどこですか……』と。

困惑する姿はまるで雛鳥だ。

魔法陣は巣穴、何が起きているのか答えという餌を求めて囀り口を開閉する。

「タカオミと言ったな。俺の故郷では、指輪は生涯心を捧げる者に授けるものだ……」

目を白黒させてい孝臣の前で立ち止まり、バルトレッドは冷やかに告げた。

「よくも聖女様に指輪を贈っておきながら契りを破ったな。こんな男がひとときでも聖女様の心に居たと思うと、虫唾が走る」

そしてバルトレッドは帯同していた剣を引き抜き孝臣に向けた。

殺すつもりはない。ただ、脅かすだけだ。

男は想像通りに狼狽え、勢いよく身体を引く。

『なっ……なんなんだよっ』

問答無用で足元に勢いよく剣を突き立てば、氷結魔法を施したその中心から凍っていった。

孝臣は自分の両脚が氷漬けになり唇を震わせる。

『い゛たっ……っ、あっ…足……足が……っ……』

驚愕から目を瞠り、固まってしまった足をベタベタと触れては信じられないようなものを見る目をバルトレッドに向ける。

悪くない反応である。

「こいつ言葉が通じてないぞ。言語変換魔法でも使えばどうだ?」

不意にレギウスが口を挟んだため、バルトレッドは不機嫌を隠さなかった

「不要だ」

「……何がしたいんだ?」

尋ねられ、答える義務などないように感じたバルトレッドだったが、しかし足持ちでカタカタと震える男が視界に入って薄く笑った。

「レギウス。恐怖というのは何も暴言や暴力だけが与えるもんじゃない。根底にあるのは“理解不能な状態“だ。なぜ自分なのか、なぜこんなことをされているのか。意思疎通が取れない相手にこそ畏怖するものなんだよ」

そう言ってバルトレッドが片膝を折り姿勢を変えれば、孝臣は氷漬けとなった足を引っ張りながら異世界の言葉で喚いた。

『ひっ……、くっ…来るな!!触るなっ……!!!』

「俺は別に、こうなっているのは”聖女様を愚弄したから“という理由をこいつに知って欲しいわけじゃない。また同じ体験をするかもしれないと、ただ怯えさせたいだけだ」

男の焦げ付いた色の瞳を覗き込みながらバルトレッドは冷やかに告げた。

しかしレギウスは緩慢とした口調で笑う。

「……僕には分からないなぁ、その考えは。召喚の制限上、殺せない腹いせにしか見えないが」

確かに召喚者は召喚した対象を直接殺すことは出来ない仕様となっているが、今はそれは問題ではない。

しかしそれをレギウスに説明したとして、到底理解するとは思えなかった。

「あぁ。お前には分からないさ」

顔を青くして震える孝臣の顎を無理矢理掴み、今日ぼ記憶を一日に一回思い出すよう暗示をかけてれば任務完了だ。

地味な暗示だが心が弱い者には効果的だ。

一生恐怖に震えていればいい。

バルトレッドは孝臣を魔法陣に取り押さえていた氷を溶かしレギウスに命じた。

「レギウス、こいつを返還しろ。明日は聖女様を召喚する」




ーーーーだから、何も知らないわけではない。

けれど、こうして腕に抱き上げても心は開いてもらえない。

ステルダムの街中で、夕刻のマーマレードのような日差しを浴びながら尋ねてきた紗希は美しく、そしてその目はバルトレッドを見ていなかった。

「薄っぺらい言葉も数を重ねればやがて厚みを増すのでは?」

横抱きに捕まえた身体は軽く、壊さないよう、逃げられないよう微妙な匙加減で捉え言葉を投げたものの、しかし紗希は眉根を寄せ固い表情をするばかりでバルトレッドの望む言葉が紡がれることはなかった。


「俺は聖女様を裏切りませんよ」


仕方のないことだとは分かっている。
彼女にとってみればきっと物語に出てくる男に過ぎない。

しかし駄目押しのように呟いた。