エタってしまった小説の世界で、ヤンデレ化した勇者が離してくれません。~聖女と呼ばれ執愛されていますが……読者です!~

その断片に触れて、時間を巻き戻していくと揉めているような場面があった。

夜とは思えないほど眩い無数の光に包まれた道、動く鉄の塊が舗装された道を行き交うなか、彼らは居た。

紗希の隣に女がひとり、その正面にひと組の男女。

「式場の予約も勝手に名前変えて、そのうえ婚約指輪も返せって、面の皮厚すぎでしょう!?」

若い女の方がキャンキャン喚いていた。

「彩花は関係ないのに、なんで来てるの……」

男の隣に居た女が困ったような顔をして、か細い声で言う。

すると男はその女の肩を抱き寄せ、彩花と呼ばれる喚いていた女がさらに語気を強めた。

「第三者が居ないと、あんたがあることないこと言うからでしょ。私は本性知ってんだからね。高木先輩も前はこんな人じゃなかったのに、あんたのせいでしょ!!紗希先輩が優しいからってつけ上がり過ぎっ」

どうやら彩花は紗希を庇っているようだ。

「孝臣さん……」

男の庇護欲を唆る怯えた表情の女は、男を”タカオミ“と呼んだ。“タカギセンパイ”と“タカオミ”はこの男を指すようだ。

「紗希、困るよ。これ以上会社で騒がれたくないのに後輩連れてこられちゃ……彼女、妊娠してるんだからストレスになるだろ」

孝臣がおずおずと零したが、紗希は被せるように告げた。

「彩花ちゃんは証人だよ。私も二度も嫌な目には遭いたくないから、知ってる人の前が安全でしょう」

「あれはちょっとした行き違いだろ」

「高木さんにとったらね。私は違うから」

紗希は背筋を伸ばし二人を正面から見据えていた。

「酷い……そんな風だから孝臣さん疲れちゃったんですよ」

孝臣の腕に絡みつきながら女は訴えた。
すると彩花が表情を険しくさせ声を荒げる。

「はぁっ……あんたねぇっ…!!」

しかし彩花の罵声が路上に響くことはなかった。

「いいんだよ、彩花ちゃん。見てくれてるだけでいいから」

紗希が前に出て制したのだ。

「これ、返すね」

四角い箱を差し出すと、孝臣はその中身を確認した。指輪だった。

「結婚前だし、結果的に損切り出来たと思えばよかった。これまでありがとう」

「損切り……?」

戸惑う男を前に、紗希は爽やかに告げると彩花を振り返る。

「行こ。彩花ちゃん、ついてきてくれてありがとね」

促すように手を引いて、しかし彩花は呪いの言葉を残すように忌々しげに孝臣達を振り返って言った。

「二度あることは三度あるって言いますもんね。お互い裏切られる心配でもしながら家族ごっこやれば」

「彩花ちゃん」

すかさず紗希が嗜めると「だって……」と歩きながらぶつぶつ何やら言い訳を初めている。

「先輩はもっと怒って良いんですよ……社内で二股とか。だいたいマウント取りたいだけなんですよ。地元が同じなんで分かるんですけど、妊娠はたぶん嘘だし、式の予定も先輩のこと傷つけたいだけで、指輪もどうせ……高木先輩は絶対あとで振られますから……縋ってきても絶対関わっちゃダメですよ」

彩花は釘をさすように言った。

「大丈夫だよ。ご忠告ありがとう」

「あ〜!もう、こんな素敵な人放り出すとか気が狂ってるとしか言えませんね!」

彼女は紗希の婚約破棄を自分ごとのように憤っていた。

そんな彩花の言葉を受けて紗希は笑う。
そうやって軽くいなして、彼女との別れ際まで気丈に振る舞っていた。


けれど自宅に帰り一人になった紗希は涙を流していた。

大泣きしていた。
その涙はどこにあったのかと尋ねたいほどに大粒の涙を止めしなく流して肩を震わせる。

それほど泣けばきっと目が腫れてしまうだろう。しかし何度も目元を拭うのだ。

しばらくして紗希は何かを手に取った。

「……安心保証のハッピーエンド、っと」

明るい光を宿すそれを指先でなぞり、小さく小突く。そんな行為を繰り返しては、表情を和らげたり感嘆とため息を零していた。

「……そういえば」

ふと、四角いものをなぞる指の動きが止まって呟く。しかしまた同じように何かをし始めた。

「まだかぁ」

そう漏らしては眉尻を下げ、さらにこう言った。

「バルトにセレス……待ってるよ」

呟いた紗希は寝台に転がり仰向けになって大きな深呼吸をしていた。

ーーーーバルトレッドはこの一連の映像を見て、なるほどと独りごちた。

「タカオミか、悪くないな……」

次の召喚の試運転には彼を選ぼう、そう決めたのだ。