エタってしまった小説の世界で、ヤンデレ化した勇者が離してくれません。~聖女と呼ばれ執愛されていますが……読者です!~

彼女達の出会いは結果として、セレスティーナが自らの意思で物語の舞台から先に降りる事を望み、生まれたものだった。

その根底にあるのは更新停止による物語の足止めだろう。

紗希の記憶の限り、王太子とミレーヌの浮気は二度だったはず。
一度目も二度目も、彼らの口付けを目撃するという内容だった。

しかしセレスティーナの話だと、魔王城から帰還したミレーヌは王太子とその先の行為に及んでいたらしい。

しかも婚約者が領地に下がったからといって堂々たる振る舞いをするなど……紗希が一番嫌悪する部類の人間達である。

けれども読者としての視点を踏まえれば、理屈自体は想像出来ないわけではない。

バルトに異常なほど執着していたミレーヌからすれば、王太子との関係は喪失を埋めるための行為に過ぎなかっただろう。

おそらくミレーヌはバルトが魔王城で死んだと思っている。
セレスティーナだって七年も生き抜けるはずがないと明言したのだから、そうに違いない。

結局のところ、彼らが燃え上がったのは、物語が止まったことによりバルトが魔王城から出られなくなった事に起因している。


そんな二人に見切りをつけたセレスティーナ。
政略婚としての婚約とはいえ、彼女の立場を考えれば胸が痛む。

理性と感情の乖離は誰にだって発生する……貴族だから、相手が王族だからと婚前の浮気まで割り切れというのは無茶な話で、清廉潔白なセレスティーナであれば尚更だっただろう。

王太子とミレーヌは、側妃になるなら口出しするつもりがなかったという彼女の矜持を蔑ろにした。
故に、その場の勢いで淫欲に耽る人間を嫌悪したというのは実に彼女らしいものだった。

とはいえそれから運命的に出会った相手がステラというのは意外である。
性別をとやかく言うつもりはないが、ロマンス小説だったはずの物語の延長線上に浮上するものなのだろうか。


しかし一息ついてステラへ向けるセレスティーナの眼差しは温かく、そして見つめ返すステラの表情もまたとても柔らかかった。

その瞬間、紗希は理解した。


――”男嫌いからのジャンル超え百合展開”なんて、そんな一言で記号的に片付けて良いものじゃない……この人はきっと、自分の人生を明るく生きるためにステラが必要だったのだ。


二人を引き合わせればハッピーエンドが見つかると思っていたのは紗希の驕りだったのかもしれない。

閉塞的で魑魅魍魎が集う魔王城に閉じ込められたバルトに対して、セレスティーナが閉じ込められたのは領地。

一見して不穏な空気と無縁に思えたが、しかし彼女の話では神殿という新たな脅威も登場している。
そもそも物語では神殿についてそこまで深く掘り下げられていなかった。

既出の情報では、せいぜいミレーヌと同じように精霊の加護を持つシスターが居るということぐらいで、祝福者と異端者を判定する試練といった歪な制度には覚えがない。

聖女といい、神殿の動向といい、ステラの存在といい……――それ以前にバルトが魔王となっていたこと自体が狂っている。


更新が止まったバルトとセレスティーナの物語は、もしかすると紗希が期待していた結末には辿り着かないのかもしれない。

そんな風に脳裏で考察を重ねていた紗希に対し、セレスティーナはさらに続けて言った。


「――マリアンヌ様が現れたのは、それから少し後の話になるのですが……彼女は神殿の高位シスターで風の精霊の加護を持ち、風魔法の使い手です。彼の方は平民を装って我が家に押し掛け、お兄様を連れ行ってしまったのです」

春の嵐のようだったと言う。

神殿に洗脳されているというセレスティーナの兄、サイラス。
厳密に言うと彼は自らの意思でマリアンヌについて行ったらしい。

「その時にマリアンヌ様は私に何か思うところがあったようで、私を理由にヴァレリア領への神殿の侵攻を一時断念されました……」

ガルドの代理、もとい尻拭いとして現れたマリアンヌだったが、ステラ不在のヴァレリア邸にてセレスティーナを見た瞬間、「素晴らしいです」と褒め称え、ヴァレリア領の管轄戦争を取り止めると突如言い出したのだ。


「――マリアンヌ様は私の所有権と引き換えにヴァレリア領の権限を放棄するとおっしゃっていて、私達は神殿側と膠着状態なのです……」

セレスティーナが声を沈ませると、ステラは神殿の要求に怒りを露わに堂々と宣言した。

「私は戦争でもいいわ。元々そのつもりだったわけだし、あんな奴らの話なんて聞く必要ないわよ」

「けれど、いつまでもこのままではいけないのよ。領地獲得を放棄するという提案は意義のあるものだから。私達の絆もここまでと諦めるしかないのかもしれないわね」

「またそんなこと言ってっ……――」

ステラはまたセレスティーナが自己犠牲を選ぼうとしているのではないかと疑ったのか、眦を吊り上げ声を張り上げた。

しかしそれは速やかに止められた。
セレスティーナが細く美しい右手をすっとステラの眼前に上げたのだ。

それからバルトに向かって緩慢と双眸を細める。


「そこで勇者様、私は提案したいことがあるのですが……分かりますよね。願いを聞いていただけますか?」


問われたバルトは即答だった。

「えぇ、分かりました。いいでしょう」

――今の話で何を分かったのだろう。


終始表情を変えずにセレスティーナの話を静かに聞いていたバルトは即答したあと、形良い瞳を深く瞬き、それから慎重に息をつくと確認するように言った。

「俺がそのマリアンヌという女と、ガルドを……つまり神殿を制圧すれば良いのですね?」

紗希はバルトの言葉を一瞬聞き逃した気がした。
とてもこの人間の口から出てくる言葉ではないと思ったのだ。

つい先ほどまで”帰る”と言っていた人物が、なぜセレスティーナに協力する気になったのか紗希には分からない。

自分の望み主体で動き、困りごとに積極的に関わるようなタイプでもないバルトにしては不審である。

けれど喜ばしいことでもある。
ステラも大きな瞳を輝かせていた。
勇者バルトレッドの名はこの国では英雄、心強いことに違いない。

一体何が起きているのか訝しむ紗希の目で、セレスティーナは満足そうに頷いた。


「その通りです。流石は勇者様。願いを聞いていただけましたら私、今後一切あなたに惹かれることはないと保証しますし、不必要に関わることはいたしません。信用のため互いに誓約書も書きましょう」


まるで詩でも読んでるのではないかと思うほど、流れるように告げられた内容に対してバルトは口角を持ち上げ手を差し出す。


「そこまで言ってくれるなら最善をつくしましょう」

「さっそく書類を作りますわ」

――そうきたか。

彼女は今、事故補償の制約あるいは保険をバルトに売ったのだ。