「だとしても仕方ないわ」
「はぁっ!?なんでよ!!」
「お兄様が代わりに試練を受けてくれたからよ。私たちのために……」
現実を知らされてもなお、セレスティーナは静かに笑うしかなかった。
神殿の理不尽にはもちろん憤っている。
両親も同じだろう。弟は可哀想に怯えてしまっていた。
しかし、だからといって何が出来るのだ。
――ステラと逃げる?家族を置いて?
仮に逃げてもセレスティーナは領地から出られない。
逃げると言う選択がそもそもヴァレリア家には無いのだ。
自分や、洗脳されている兄を置いて、両親は領地を出るはずがない。弟と母だけでもせめて、と思うが……神殿の騎士らが居るなかで、そんなことは不可能に近い。
何を考えても八方塞がりだった。
だからセレスティーナは諦めているのだ。
この状況を覆す方法などない。
なのにステラは共に逃げようとこだわる。
「セレスがサイラス様に頼んだの?神殿を調査してくれって、バレたら代わりに試練を受けてくれって」
「いいえ。兄様にそんなこと絶対させないわ」
「なにそれ。じゃあ結果的にこうなったってだけでしょう?地獄を肩代わりしてくれたから自分も地獄を受け入れるっていうこと?」
「ステラ。なんて言い方をするの……」
「だってそういうことでしょう!?絶対そうよ、絶対……!可哀想だから一緒になって可哀想でいないと許されないわけ!?」
「……地獄じゃないわ。少なくとも兄様への敬意を示せるのよ」
「あっそう、敬意。敬意ね、……でも当事者の私は、そんな悲劇で生まれたことを心の底から恥じているわ!!私のような子が生まれる未来が見えているのよ、セレスティーナ。あんたは絶対こんな理不尽を受け入れちゃ駄目。悲惨な目に遭ってまで家族の想いを守るより、抗って一緒に死ぬぐらいの気概を持ちなさいよ!」
部屋の外に響くのではないかというほど、ステラの言葉は怒気を孕んだものだった。
びくりとセレスティーナの肩は揺れ、胸の奥を針で刺されたような痛みを覚えた。
なんて眩しい子なのだろう。
出会った時、ステラは針と糸があれば生きていけると豪語していた。
セレスティーナはあの時、退屈だったから、才能があるからと気紛れに拾った気でいたが、思えば初めからこの星を羨ましいとも思っていたのだ。
けれど頷くことなど出来なかった。
貴族である以上、ヴァレリア家の娘である以上、感情を殺してでも守るべきものを守らなければならない。
「……出来ないわ。これは天罰なのでしょうし……そもそもヴァレリア家が神殿に下る方が領民のためにも……」
なのにステラは言葉を遮り言うのだ。
「私の知ってるあんたはっ!そうじゃない!」
ステラは息を大きく吸うと、まるで商談のプレゼンでもしているように流暢に語る。
「あんたは浮気性の王子から逃げるために嘘ついて領地に籠った可哀想なお嬢様じゃない。あんたは王子を捨てて領地を選んだの。そして私を選んだの。分かる?阿保くさい泥沼愛憎劇から降りて、この領地で自立してる。美しいものが好きで、私の事が好きでしょ?そもそも、あんたって結構行動力あるのよ。お金もコネも、私達二人で蓄えてきた。なのに兄が神殿の男連れてきたからって急に気弱になっちゃって、ばっかみたい!!」
こんな風に叱られることは初めてだった。
「資金なんて要らないわ」
ステラは呆れを孕んだ大きな溜息をつくと苦々しく言った。
「一週間でいいわ。戻ってくるから、貞操奪われないようにだけ気をつけて待ってなさい。ケイオスさん、セレスティーナ様をお願いね」
そして動揺するセレスティーナを置いてヴァレリア家を去っていったのだ。
一週間後、あろうことか彼女は本当に戻ってきた。
しかも武装した大勢の人間を連れて。
見覚えのある顔が並んでいて、なんなら最近取引が成立したステルダムの冒険者組合いの人間までいた。とにかく、多くの人々が口を揃えてこう言ったのだ。
「「お嬢様とステラを引き裂く奴は神殿だろうと許さん!!」」
神殿の騎士らを優に超える領民達の蜂起は、ヴァレリア家が抱えている騎士団にも響き、彼らは父の意向を超えて立ち上がった。
「ヴァレリア領に二度と入ってくるな!!」
「サイラス様を穢すな!」
「なにかにつけて献金献金って我慢ならなかったんだよ!」
「お嬢様とステラは愛しあってんだ!胡散臭い眼鏡は帰れ!」
みなが口々に罵倒し、武器をつきつけ、その凄まじい気迫に、余裕の出で立ちだったオルガもとうとうサイラスを置いて逃げるように帰っていってしまった。
暗雲が立ち込めていたヴァレリア家の空は唐突に明るくなったのだ。
呆気にとられていたのはヴァレリア家だけだった。
「あの……これは?」
セレスティーナがステラに問うと平然と言う。
「セレスと一緒に居たいからみんなに協力してもらうことにしたの」
「協力って……分かっているの?神殿と対立なんてしたら……」
戸惑いの声を払拭するようにステラが笑うため、ますます困惑する。
そんなセレスティーナを宥めるようにステラは領民達を見遣った。
「いいのよ。自覚ないでしょうけど、ここの領民はヴァレリア家が好きなんだから。この家は富を齎してくれるし、税もかなり良心的。だから神殿の直轄地なんて勘弁ってね。それにみんな、私達を応援してくれてるのよ」
それから少し気恥ずかしそうに、セレスティーナの顔色を伺いながらこう訊ねてきたのだ。
「あんたが私にちょっかいかけてくるから、その気になってたんだけど……ビジネスは外堀から埋めなさいってセレスが言ったでしょう。これでもみんなが大好きなヴァレリア家のお嬢様と肩を並べても文句言われないように、私なりに努力して外堀埋めてきたつもりなんだけど……余計なことだった?」
そんな風に言われたら、落ちない者などいない。
いや、既に恋に落ちていたが、しかしセレスティーナの心はもっと深いところに落ちていった。
――もうステラを手放すなんてことは諦めよう。
こうして神殿と対立関係を作ってしまったヴァレリア家は、はからずも棘の道を歩むこととなったのだ。
「はぁっ!?なんでよ!!」
「お兄様が代わりに試練を受けてくれたからよ。私たちのために……」
現実を知らされてもなお、セレスティーナは静かに笑うしかなかった。
神殿の理不尽にはもちろん憤っている。
両親も同じだろう。弟は可哀想に怯えてしまっていた。
しかし、だからといって何が出来るのだ。
――ステラと逃げる?家族を置いて?
仮に逃げてもセレスティーナは領地から出られない。
逃げると言う選択がそもそもヴァレリア家には無いのだ。
自分や、洗脳されている兄を置いて、両親は領地を出るはずがない。弟と母だけでもせめて、と思うが……神殿の騎士らが居るなかで、そんなことは不可能に近い。
何を考えても八方塞がりだった。
だからセレスティーナは諦めているのだ。
この状況を覆す方法などない。
なのにステラは共に逃げようとこだわる。
「セレスがサイラス様に頼んだの?神殿を調査してくれって、バレたら代わりに試練を受けてくれって」
「いいえ。兄様にそんなこと絶対させないわ」
「なにそれ。じゃあ結果的にこうなったってだけでしょう?地獄を肩代わりしてくれたから自分も地獄を受け入れるっていうこと?」
「ステラ。なんて言い方をするの……」
「だってそういうことでしょう!?絶対そうよ、絶対……!可哀想だから一緒になって可哀想でいないと許されないわけ!?」
「……地獄じゃないわ。少なくとも兄様への敬意を示せるのよ」
「あっそう、敬意。敬意ね、……でも当事者の私は、そんな悲劇で生まれたことを心の底から恥じているわ!!私のような子が生まれる未来が見えているのよ、セレスティーナ。あんたは絶対こんな理不尽を受け入れちゃ駄目。悲惨な目に遭ってまで家族の想いを守るより、抗って一緒に死ぬぐらいの気概を持ちなさいよ!」
部屋の外に響くのではないかというほど、ステラの言葉は怒気を孕んだものだった。
びくりとセレスティーナの肩は揺れ、胸の奥を針で刺されたような痛みを覚えた。
なんて眩しい子なのだろう。
出会った時、ステラは針と糸があれば生きていけると豪語していた。
セレスティーナはあの時、退屈だったから、才能があるからと気紛れに拾った気でいたが、思えば初めからこの星を羨ましいとも思っていたのだ。
けれど頷くことなど出来なかった。
貴族である以上、ヴァレリア家の娘である以上、感情を殺してでも守るべきものを守らなければならない。
「……出来ないわ。これは天罰なのでしょうし……そもそもヴァレリア家が神殿に下る方が領民のためにも……」
なのにステラは言葉を遮り言うのだ。
「私の知ってるあんたはっ!そうじゃない!」
ステラは息を大きく吸うと、まるで商談のプレゼンでもしているように流暢に語る。
「あんたは浮気性の王子から逃げるために嘘ついて領地に籠った可哀想なお嬢様じゃない。あんたは王子を捨てて領地を選んだの。そして私を選んだの。分かる?阿保くさい泥沼愛憎劇から降りて、この領地で自立してる。美しいものが好きで、私の事が好きでしょ?そもそも、あんたって結構行動力あるのよ。お金もコネも、私達二人で蓄えてきた。なのに兄が神殿の男連れてきたからって急に気弱になっちゃって、ばっかみたい!!」
こんな風に叱られることは初めてだった。
「資金なんて要らないわ」
ステラは呆れを孕んだ大きな溜息をつくと苦々しく言った。
「一週間でいいわ。戻ってくるから、貞操奪われないようにだけ気をつけて待ってなさい。ケイオスさん、セレスティーナ様をお願いね」
そして動揺するセレスティーナを置いてヴァレリア家を去っていったのだ。
一週間後、あろうことか彼女は本当に戻ってきた。
しかも武装した大勢の人間を連れて。
見覚えのある顔が並んでいて、なんなら最近取引が成立したステルダムの冒険者組合いの人間までいた。とにかく、多くの人々が口を揃えてこう言ったのだ。
「「お嬢様とステラを引き裂く奴は神殿だろうと許さん!!」」
神殿の騎士らを優に超える領民達の蜂起は、ヴァレリア家が抱えている騎士団にも響き、彼らは父の意向を超えて立ち上がった。
「ヴァレリア領に二度と入ってくるな!!」
「サイラス様を穢すな!」
「なにかにつけて献金献金って我慢ならなかったんだよ!」
「お嬢様とステラは愛しあってんだ!胡散臭い眼鏡は帰れ!」
みなが口々に罵倒し、武器をつきつけ、その凄まじい気迫に、余裕の出で立ちだったオルガもとうとうサイラスを置いて逃げるように帰っていってしまった。
暗雲が立ち込めていたヴァレリア家の空は唐突に明るくなったのだ。
呆気にとられていたのはヴァレリア家だけだった。
「あの……これは?」
セレスティーナがステラに問うと平然と言う。
「セレスと一緒に居たいからみんなに協力してもらうことにしたの」
「協力って……分かっているの?神殿と対立なんてしたら……」
戸惑いの声を払拭するようにステラが笑うため、ますます困惑する。
そんなセレスティーナを宥めるようにステラは領民達を見遣った。
「いいのよ。自覚ないでしょうけど、ここの領民はヴァレリア家が好きなんだから。この家は富を齎してくれるし、税もかなり良心的。だから神殿の直轄地なんて勘弁ってね。それにみんな、私達を応援してくれてるのよ」
それから少し気恥ずかしそうに、セレスティーナの顔色を伺いながらこう訊ねてきたのだ。
「あんたが私にちょっかいかけてくるから、その気になってたんだけど……ビジネスは外堀から埋めなさいってセレスが言ったでしょう。これでもみんなが大好きなヴァレリア家のお嬢様と肩を並べても文句言われないように、私なりに努力して外堀埋めてきたつもりなんだけど……余計なことだった?」
そんな風に言われたら、落ちない者などいない。
いや、既に恋に落ちていたが、しかしセレスティーナの心はもっと深いところに落ちていった。
――もうステラを手放すなんてことは諦めよう。
こうして神殿と対立関係を作ってしまったヴァレリア家は、はからずも棘の道を歩むこととなったのだ。



