まったく予想していなかったわけではない。
むしろ七年という月日がヒロインであるセレスティーナに何かしらの影響を与えている可能性を鑑みて紗希はヴァレリア領を訪れていた。
ただしそれはバルトと同じ物語の足止めという名の幽閉に準ずることであって、誰がここまで予想出来ただろう。
一国王子と婚約していたはずの令嬢が、まさか同性の恋人を作っているなど。
「ーーだって……この人、マリアンヌ様じゃないの?髪色も聖職者みたいな格好もここじゃ見かけないし……セレスが言ってた通りじゃ……」
咎められたステラは、先ほどと打って変わって耳の垂れ下がった仔犬の如く、しおらしい態度となっていた。
「違うわ。マリアンヌ様の髪はブラックベリーを潰したような禍々しい紫と伝えたはずよ。彼女の黒曜石の髪と一緒にしては失礼だわ。とはいえ……あなたは会った事がないから無理もないけれど」
どうやらマリアンヌと面識のあるらしいセレスティーナによって疑惑が否定され、紗希は身体の緊張が解けてゆくのを感じていた。
まさか他人の空似でここまで責められるとは思ってもみなかったのだ。
領民まで嫌悪を示すマリアンヌとは一体どのような人物なのか、忘れないよう紗希は脳裏にその名を刻むとセレスティーナとステラを交互に見遣る。
するとセレスティーナが華奢な身体で彼女より頭ひとつ分ほど背の高いステラの前に庇うように立ち、紗希達の前で片脚を静かに引き優雅なカーテシーを見せた。
「大変失礼をいたしました。私はセレスティーナ・ヴァレリアと申します。諸事情により精霊の神殿に仕えるシスターから神殿勤めを強要されている身でして、彼女達は私を庇おうとしたのです」
すっと顔を上げたセレスティーナは粛々と告げる。
小鳥が囀るような可愛らしい声音は確かな甘さを孕むも、耳孔に響く音はやけに落ち着いて聞こえた。
「皆様方も、人違いでご迷惑をおかけしてしまい申し訳ございません」
店の前で立ち止まる領民にもセレスティーナは視線を向け、野次るように紗希を責めてきていた人々は謝罪の言葉を残しちらほらと去ってゆく。
そんな大人びた対応をさらりとやってのけた彼女だったが、視線がバルトを映した瞬間、冷静な瞳の色が僅かに揺れるのを紗希は捉えた。
間違いない。彼女はおそらくバルトに気付いたのだ。
「ごめんなさいっ……人違いだったなんて。聖職者みたいだったから私、あなたを別の方と勘違いして酷いこと言って……」
セレスティーナに続いてステラがすかさず頭を下げ申し訳なさそうに言う。
気の強そうな大きな瞳を固く瞑り、しょんぼりと項垂れていた。
その姿はゴージャスで気品のある女性といった印象を覆し、少し幼さを感じさせる。ふと、威勢の良い新入社員にすら見えてきて紗希は眉尻を下げた。
以前勤めていた会社で彼女に似た後輩が居たことを思い出したのだ。
その後輩は、紗希と当時婚約中だった同期の恋人の浮気が発覚した際に、えらく噛みついていた気がする。
紗希は期待した自分が馬鹿だったと失望と諦めから冷めきっていたが、欠けた感情を補うように怒ってくれて、そして代わりに泣いてくれた。
その一生懸命な姿がどこか重なって、紗希は胸の前で手を広げると冷静に口を開く。
「いえ、誤解が解けたなら良かったです。驚きましたけど大丈夫ですよ」
双眸を細めていえば、ステラはばっと勢いよく再び頭を下げた。それからチラリと顔色を窺うようにセレスティーナを見ては頷く。
「寛大なお心、ありがとうございます。よかったらうちの店で……」
しかしステラの言葉はバルトによって遮られた。
「いいや、大丈夫じゃない。こいつは先ほど聖女様をブスと罵っていた」
むしろ七年という月日がヒロインであるセレスティーナに何かしらの影響を与えている可能性を鑑みて紗希はヴァレリア領を訪れていた。
ただしそれはバルトと同じ物語の足止めという名の幽閉に準ずることであって、誰がここまで予想出来ただろう。
一国王子と婚約していたはずの令嬢が、まさか同性の恋人を作っているなど。
「ーーだって……この人、マリアンヌ様じゃないの?髪色も聖職者みたいな格好もここじゃ見かけないし……セレスが言ってた通りじゃ……」
咎められたステラは、先ほどと打って変わって耳の垂れ下がった仔犬の如く、しおらしい態度となっていた。
「違うわ。マリアンヌ様の髪はブラックベリーを潰したような禍々しい紫と伝えたはずよ。彼女の黒曜石の髪と一緒にしては失礼だわ。とはいえ……あなたは会った事がないから無理もないけれど」
どうやらマリアンヌと面識のあるらしいセレスティーナによって疑惑が否定され、紗希は身体の緊張が解けてゆくのを感じていた。
まさか他人の空似でここまで責められるとは思ってもみなかったのだ。
領民まで嫌悪を示すマリアンヌとは一体どのような人物なのか、忘れないよう紗希は脳裏にその名を刻むとセレスティーナとステラを交互に見遣る。
するとセレスティーナが華奢な身体で彼女より頭ひとつ分ほど背の高いステラの前に庇うように立ち、紗希達の前で片脚を静かに引き優雅なカーテシーを見せた。
「大変失礼をいたしました。私はセレスティーナ・ヴァレリアと申します。諸事情により精霊の神殿に仕えるシスターから神殿勤めを強要されている身でして、彼女達は私を庇おうとしたのです」
すっと顔を上げたセレスティーナは粛々と告げる。
小鳥が囀るような可愛らしい声音は確かな甘さを孕むも、耳孔に響く音はやけに落ち着いて聞こえた。
「皆様方も、人違いでご迷惑をおかけしてしまい申し訳ございません」
店の前で立ち止まる領民にもセレスティーナは視線を向け、野次るように紗希を責めてきていた人々は謝罪の言葉を残しちらほらと去ってゆく。
そんな大人びた対応をさらりとやってのけた彼女だったが、視線がバルトを映した瞬間、冷静な瞳の色が僅かに揺れるのを紗希は捉えた。
間違いない。彼女はおそらくバルトに気付いたのだ。
「ごめんなさいっ……人違いだったなんて。聖職者みたいだったから私、あなたを別の方と勘違いして酷いこと言って……」
セレスティーナに続いてステラがすかさず頭を下げ申し訳なさそうに言う。
気の強そうな大きな瞳を固く瞑り、しょんぼりと項垂れていた。
その姿はゴージャスで気品のある女性といった印象を覆し、少し幼さを感じさせる。ふと、威勢の良い新入社員にすら見えてきて紗希は眉尻を下げた。
以前勤めていた会社で彼女に似た後輩が居たことを思い出したのだ。
その後輩は、紗希と当時婚約中だった同期の恋人の浮気が発覚した際に、えらく噛みついていた気がする。
紗希は期待した自分が馬鹿だったと失望と諦めから冷めきっていたが、欠けた感情を補うように怒ってくれて、そして代わりに泣いてくれた。
その一生懸命な姿がどこか重なって、紗希は胸の前で手を広げると冷静に口を開く。
「いえ、誤解が解けたなら良かったです。驚きましたけど大丈夫ですよ」
双眸を細めていえば、ステラはばっと勢いよく再び頭を下げた。それからチラリと顔色を窺うようにセレスティーナを見ては頷く。
「寛大なお心、ありがとうございます。よかったらうちの店で……」
しかしステラの言葉はバルトによって遮られた。
「いいや、大丈夫じゃない。こいつは先ほど聖女様をブスと罵っていた」



