エタってしまった小説の世界で、ヤンデレ化した勇者が離してくれません。~聖女と呼ばれ執愛されていますが……読者です!~

――――関門都市ステルダム。

関所の内側は門前で見た冷たく硬い印象と同じ灰褐色の石造りで整備された街だったが、要所に銀杏に似た街路樹や花壇など多く植樹しているからか比較的穏やかな雰囲気で、人の顔も明るく賑わいをみせている。

「ステラさんのお店は噴水広場の近くってエリクさんは言ってましたから、あっちですかね」

紗希は幾つか入りくんだ道があるなかで人が流れてくる一番大きな通りを指差した。

「行ってみましょう」

通りを進んでゆくと通行人や馬車がさらに増えて、風に乗って焼き物の匂いが流れてくる。
それから暫く、少し上り坂になっている通りをゆくと、徐々に屋台が立ち並ぶ噴水がある広場が見えてきた。

催し物をしているのか広場は特に人が多い。肩がぶつかるほどではないが、ぼんやり周りを眺めて歩いたりすればよろけてしまう程度の交通量があった。
しかし紗希の脚は止まった。
すれ違い際に捕らえた会話に気になる言葉が出てきたのだ。

はっとして振り返る。

「で、この前ヴァレリアのお嬢がうちにきて牛を二十頭買い取ってくれたわけよ。ステラの店で決起会だとさ」

視界に捉えた先にはハンティング帽を被った中年の男性。彼は先ほど、熱の籠った声で高々と言ったのだ。
ヴァレリア家で”お嬢”といえばセレスティーナしかいない。やはりステラの後援者はセレスティーナなのだろう。

すると今度は別の方向から気になる話題が通り過ぎて行く。

「すごいよな。また取引先が増えたんだぞ。さすがステラはお嬢が見込んだだけある。うちも監修してもらいたいもんだ」

唸るように、しかし和気藹々と明るい調子だった。
意識してみると、街の人達の話題にちらほらステラとセレスティーナの名が上がっていた。

「あの二人がいりゃヴァレリアは安泰だ」
「またステラに脅迫の手紙が届いたとか……今度はうちらが二人を支えてあげなければね」

「サイラス様もいい加減折れてくださればいいのに。お嬢様が可哀想よ」
「やっぱりありゃサイラス様の差し金だろうな。もしアイツらが来たらステラとお嬢様を俺たちが守るんだ」

彼女達はこの都市で話題の中心になっているのかもしれない。

「――聖女様?」
「ごめんなさい。行きましょっか、あそこですよね多分」

誰かに問わなくとも分かる、大胆なガラス張りが特徴的な店があった。
広場でひときわ目立つガラス張りの窓の奥には、日常使いから夜会用のドレスまで何着か飾られてあり、そのディスプレイがまた凝っていて商品を引き立たせている。

その店先には紺碧色の生地に金の刺繍で星を彷彿とさせる紋章が入った旗が吊るされていた。

ここで間違いないだろう。しかし紗希達が扉に指を掛けるよりも先に、チリンと高い音が響き扉が開いた。思わず後退るとバルトに肩を受け止められ一先ず様子を見る。

すると旗と同じ紺碧色のドレスに身を包むメジャーを首に掛けた女性が姿を現した。彼女は扉を支えており、その後から豪奢なドレスを着た年嵩の女性とエプロンを付けた侍女らしき人物が出てくる。

二人が外に出たあと、店員の女性は静かに扉を閉め微笑む。

「ご来店ありがとうございました。ご期待に沿える商品をお届けいたします」

そう言って二人に深々と頭を下げる所作は美しく、その女性は二人が近くに停めていた馬車で発つまで丁寧に見送っていた。
紗希はバルトに目配せしたあと、やっと馬車が去って頭を上げた女性に話しかけた。

「――あの、ステラさんはいらっしゃいますか?」

すると女性が振り返る。
華やかな雰囲気の女性だった。
クリームベージュの柔らかな色の髪はまるで陽の光に照らされた稲穂のようで、緩いウェーブがかかっているから結い上げた髪型すらゴージャスだ。

その美しい髪に負けず劣らずのはっきりとした目鼻立ちはパーツの一つ一つに存在感があり、若葉のような色味の瞳が丸くなって揺れる。その瞳が一瞬だけ煩わしげな視線に変わった気がしたが、女性はぱっちりとした二重の大きな瞳を直ぐに細めた。

「……ステラは私ですが、仕立てのご依頼でしょうか?」

自分がステラだと認めた女性は口端を上品に持ち上げて微笑む。
紗希はほっとして肩の力を抜いた。

こんなにも好調で良いのだろうかと疑うほどだが、幸いにも直ぐに本人と出会えたのだ。

「突然すみません。セレスティーナさんの事でお伺いしたいことがありまして……少しお時間をいただけたらと」

しかし手間取らせないよう本題から入ろうすると、ステラの笑みがすっと消える。
そして紗希の傍らに居たバルトと交互に見遣ると胸の前で腕を組み息を吐き捨てた。どうも彼女の様子が可笑しい。

「……見かけない方ですけど。あなた、マリアンヌ様ですか?」
「はい?」

まったく聞き覚えのない名前に紗希は気の抜けた声が出ていた。
すると余計なことに、その後ろでバルトがすかさず整然と告げる。

「この方は聖女様だ」

するとステラは顎を僅かに上げるなり眉間に皺を刻むと噛みつくように言った。

「やっぱり、そうだと思ったわよ!その恰好」

――何がやっぱりなんでしょう。

服装を指摘され自ら纏う白いローブに視線を落とした紗希は、ステラを宥めるように口を開く。

「あの、人違いで……」

しかし残念ながら紗希の釈明はステラに伝わることはなかった。


「あのねぇ、あんな薄っぺらい脅迫で私が引き下がると思ったわけ?ま、自らうちの店まで押しかけくれちゃってある意味丁度良かったけど。いい、よぉーくその頭に刻みなさい。あんたが精霊に仕えるシスターだろうが何だろうが、私は絶対に譲りませんから。そんな騎士連れてても無駄よ、ブス」


理不尽にも怒涛の如く鬼のような気迫で詰められ、呆気にとられているうちにバルトが声を荒げた。

「ブスとはなんだ、聖女様は美しいだろうが!」
「私よりブスだもの」
「清らかで凛としたお姿がお前には見えないのか」

「バルトさん落ち着いて……」

立派な店先で勝手に白熱し始めた二人に、前のめり気味なバルトの腕を引く。
しかし場を治めるため取った紗希の行動にステラがすかさず眉を顰めた。

「何、あんた神殿騎士を誑し込んでるわけ?そのうえでセレス様にまで色目使うなんて最低。性格の方はもっとドブスだわ。帰ってちょうだい」

――完全に言いがかりだ。

しかも通行人らの目が完全に紗希達に集まっている。
そして彼らのうちの一人が声を掛けてきた。

「どうしたステラ?」

年配の男性が心配そうにステラに呼びかけると、ステラは怒りを孕んだ眼差しで紗希を指さした。

「マリアンヌ様よ!」

バルトは訂正するように声を荒げる。
「だから聖女様だと言ってるだろ」

「ほらね!」

――ほらね、じゃない。絶対に勘違いしている。

「ち、違います!人違いです!!」

紗希は主張したが、男性の瞳には疑念が宿っている。
そして歩みを止めていた通行人らがこそこそと噂話を始めた。

「おい、マリアンヌ様だって……やっぱり来たのか」
「サイラス様と手を組んだってわけか……」

どうもこの世界の人達は人の話を聞かないらしい。
紗希の主張は完全に無視され、口々にこそこそと噂話がささやかれる。
そしてステラに声を掛けた男性は胡乱な眼差しを紗希に向け困ったように言った。

「おい、姉ちゃん。騎士まで連れて、せっかくお嬢様が安らげるっていうのに止めてくれ」

店先の騒動は悪目立ちして、ステラを擁護する男に続いて声があがる。

「そうだよ。帰りな。お嬢様の恋人はステラだ。私らは二人を応援してんだからね。あんたなんかに邪魔されてたまるか!」


――待ってください情報過多です。

今、誰と誰が恋人だと言ったのだろう。
ステラを通じてセレスティーナの動向を確かめるつもりだったが、思わぬところに回答は転がっていたようだ。

場は混沌としており、紗希は全力で訂正すべく今度はとにかく声を張り上げた。


「あの、私本当にマリアンヌ様ではないんです!紗希と申します!」

するとその場がしん、と静まり返る。
二十七年の人生で、今日が一番声が出ていたかもしれない。

そんな気まずい無音を割るように、ステラの店先のベルがチリンと鳴った。


「――――……どうしたの?ステラ。何か問題でも?」

店の中から優雅な足取りで誰かが現れる。それはまるで妖精と見紛う程の美少女だった。
するりと真っすぐに落ちる淡い桃色の髪が絹のように滑らかに艶めき、苺を煮詰めたような甘酸っぱい色味の瞳が物憂げな眼差しで紗希達を見つめる。

それから緩慢と扇を開き、口元を隠しながらステラに対し眉を顰めた。

「そもそも、店先で喚くなんてはしたないわ。私の教えは全て守れるんじゃなかったの?」

間違いない。
彼女は小説のヒロイン……――セレスティーナ・ヴァレリアだ。