エタってしまった小説の世界で、ヤンデレ化した勇者が離してくれません。~聖女と呼ばれ執愛されていますが……読者です!~

エギル達に見送られ魔王城を出た二人は今、ヴァレリア領へ向かっていた。
転移魔法陣で移動したあと徒歩での移動となるはずだったが、途中で盗賊の襲撃に遭う宝石商の一行と出会い、バルトが盗賊を捕縛した代わりに荷馬車に乗せてもらっている。

突き上げるような揺れを直に受けながら、紗希はエリクと名乗る壮年の商人からヴァレリア領について教えてもらっていた。
彼は流行りものの買い付けにヴァレリアに向かっているらしい。

「あそこは元々資源が豊富で宝石の採掘が盛んな領だったんですがね、最近じゃ加工にも力を入れているんですよ。流行の最先端といっても過言じゃありません。なんでも王都のデザイナーよりセンスのいい女性が居るそうで、彼女の監修が入ったドレスもアクセサリーは人気で、ヴァレリア産が店に並べば直ぐに売れてゆくそうです」

そう語るエリクは片眼鏡の奥を光らせていた。
センスのいい女とは、まさかセレスティーナのことだろうか。

ロマンス小説で見かける自立系ヒロインが商売を始める展開がこの世界で成立していてもなんら不思議ではない。

そんな事を想像する傍らで、紗希が食いつくと思って語られたであろうファッションの話題に殊のほか興味を示したのはバルトである。
魔王城では紗希以外に一切見せなかった極めて愛想のいい声音で商人に尋ねていた。


「ちなみに最近流行りのアクセサリーやドレスというのはどういったものでしょう?ぜひ専門家であるあなたの意見が聞きたい」

――またよからぬことを考えているのではないだろうか。

今回の旅支度もバルトはそれはそれは紗希の装いに手間暇をかけた。

異世界の旅の過酷さを知らない身としては、先人の知見を求めるべきだろうと初めこそ大人しくしていた紗希だったが、徐々にこれは富豪の旅行的な何かに変わりつつあると疑念が湧き、地面を引き摺るほどのドレスを提案され確信し、丁重に断った事を思い出す。

ひとまず落ち着いたのは、俗にいう僧侶風の冒険者の装束。銀糸で雪の結晶のような刺繍が施された白いローブを基調とし、大きなスリットが入った比較的身軽な服装に落ち着いたものの、留め具には大振りの紫水晶で作られた飾りが入れられた。

対してバルトは紗希の髪色を取り入れたといって黒を基調としており、黒い羽を携えた刺繍入りの白マントを羽織っている。

この互いの色を取り入れた装いが冒険者の夫婦に見えたのだろう。
エリクから探るように訊ねられた。

「スノアというビーズの装飾付きドレスですね。スノアは宝石の屑を特殊魔法で再構成した軽量の宝飾ビーズなどを指すのですが、それをレースや透け感のある素材に縫い付けたものがよく売れるそうです。もしや旦那様、奥様への贈り物ですか?」

するとバルトは清々しいほどに爽やかな笑みを浮かべ、流暢に嘘を並べ立てる。

「はい。俺としてはもっと着飾って欲しいのですが、彼女がなかなか贅沢品を好まなくて。しかしせっかくのハネムーンですから……」
「違います。旅のパートナーです」

いまハネムーンと言ったのは聞き間違いだろうか。
それとも夫婦設定で調査するつもり?だとしたら、ぜひ事前に共有して欲しい。

バルトが機嫌よく答えるのを制止して紗希は尋ねた。

「でも、その流行を生み出す女性には興味があります。エリクさんはどなたかご存知ですか?」

するとエリクは困ったように少し顎を引いたものの直ぐに目尻を和らげた。

「えぇ、もちろん。ヴァレリア領で仕立て屋をしているステラというデザイナーです。確かヴァレリア侯爵家の支援を得て商会まで立ち上げたとか……彼女の予約は来春まで埋まっているそうですよ」

ステラの洋裁店はこれから向かう国境に近い関門都市にあるという。ヴァレリア領は広大だが、これは意外にとんとん拍子でセレスティーナと接触できるチャンスが巡ってくるかもしれない。

幸先の良い話を聞いて唇は微かに緩み、ほっと胸を撫で下ろした。