エタってしまった小説の世界で、ヤンデレ化した勇者が離してくれません。~聖女と呼ばれ執愛されていますが……読者です!~

物語の序盤でこれでもかというほど綿密に描かれたバルト達の幼少期を紗希は知っている。

無邪気な年下の幼馴染を演じていた転生者のミレーヌはとにかく諦めの悪い女だった。

諦めが悪いが故に、バルトと自分の故郷の滅亡を引き起こし、アデル王国の王家に自分の存在を見つけさせ、バルトの望まぬ形で彼を王国の騎士団に入団させる道を作った。

バルトを手元に置き結ばれる唯一のシチュエーションを再現するためならば、他の男とも寝るし、王太子の婚約者の座だって奪いにくる。

作中で特にミレーヌの粘り強さを表す行動として挙げられるのは『王太子の好感度を維持したまま魔王討伐の旅に出る』という難題を成功させようとしていたことだ。

『……後は国に帰るだけ。王国は勇者を手放さないだろう。バルトは名誉職として王家の近衛騎士となるはず。つまり、このまま王太子妃になれば、私に生涯の近いを立てざるを得ない……誓いは精霊が見届けるため彼が私に背を向けることは許されない。絶対に手放さないんだから。私のバルトレッド』

最終更新の末尾に置かれたこのミレーヌの独白。
紗希は七年でミレーヌがバルトを諦めたとは思えなかった。

「……バルトさん。ミレーヌさんがこの魔王城を去った時、どんな様子でした?」

「は……なぜあのクズを?」

「大事なことです」

語気を強めて言えば、バルトは躊躇したものの訥々といった。

「……あの女は確か……あぁ……初めは嫌がっていましたね。魔法陣を調べるべきだと他の仲間に訴えて……けれど自分の命が危険になると、あっさり先に行ってしまいましたよ。戻ってくるなんて嘘をついて」

やはりそうだ。

ミレーヌがバルトを置いていくことに手放しに賛同するわけがない。命が惜しくて魔王城から逃げた事が事実だとしても、完全に見捨てたかどうかは別問題だ。

「戻ってくるつもりが、戻れなかったのかもしれませんよ?」

「まさか」

「いえ、そのまさかです。魔王城は最近までバルトさんが城に閉じ込められた直後の状態を維持していたわけですよね」

「そうですが、侵入者はいました」

「物語に影響しない者は受け入れて、あなたに直接影響があるものは排除していたのかもしれませんよ」

紗希は冷静に自論を述べた。
魔王城はストラスが良い例で、魔族は自由に出入り出来た。転移魔法陣も受け付けないのはバルトのみだという。

バルトが不死者となった理由が物語を再開する時に必要だからという何かしらの力によるものなら、物語に大きく関わるミレーヌを城に再び入れる事はないだろう。

「だとしてセレスティーナ嬢を必要とする理由と、どんな関係が?」

「ミレーヌさんに対抗できるのはセレスティーナさんです。私じゃありません。この魔王城の転移魔法陣を突破出来るようになったのなら、ミレーヌさんもあなたと再会しようと思えばできるはず……問題はそれにいつ気づくか、じゃないですか?」

紗希の言葉にバルトの瞳には少しだけ嫌悪の色が灯る。これで良い。

いくらイレギュラーな存在だからといえど、ハッピーエンドを保証しているのはヒロインなのだ。

「うかうかしていると、また付き纏われるんじゃないですか?」

紗希は挑発するように言った。

優しくバルトを待つ期間は終了。これ以上バルトが魔王城に籠ると言うなら、嫌な部分を突くまでだ。

「情報をなるべく漏らさずアデル王国を探るには、セレスティーナさんの現状を調べることが一番都合がいいんです。安全に先手を打っておくことがバルトさんの幸せに繋がるわけですし……まぁ、ミレーヌさんに振り回されたいならもう何も言いませんけど」

バルトの胡乱な眼差しが一瞬だけ紗希の頬を掠めた。

なにせ彼にとってミレーヌは災いの象徴。


要は北風と太陽作戦である。
セレスティーナとなら幸せになれると風圧で押しても無駄なら、ミレーヌの熱量を思い出させる。いずれ現実となるかもしれないので嘘は言っていない。

「….面白いな」

バルトは苛立ちを逃すように吐息を溢して呟いた。

そしてついに頷いたのだ。

「聖女様には驚かされます……いいでしょう、そこまで言うなら行きましょうか。ヴァレリア領へ」