沈黙が流れ落ちてしばらく、何かに気付いたようにバルトは鋭い視線を足元へ投げると独りごちた。
「聖女様のお力か……」
「まさか」
咄嗟に反論したものの、しかし異世界に人を召喚した儀式自体はもしかすると影響があったのかもしれない。
何にせよ大きな前進である。
最初の最大の難問がたった二日で解決したことはバルト達を困惑させたがバルトの閉塞感に溢れた日々に終止符が打たれたことに違いはないのだ。
「これでバルトさんのハッピーエンドに一気に近づきましたよ!よかったじゃないですか」
紗希が努めて微笑むと、バルトは紗希をじっと見つめた。
その視線に既視感を感じた直後、崇拝に近い眼差しと共にバルトが躙り寄る。
「さすが……やはり俺を見限らなかった人だ……聖女様のおかげだ」
近づかれるたびに紗希自身も後ろへ下がるが流石は勇者であり魔王、意図も容易く腰を抱かれていた。
「バルトさん?」
「もしくは愛の力か……あなたは俺に幸福を齎してくれる神の遣いに違いない……」
「原因は分かりませんけど、そのざっくり断定する感じ止めてください!」
上擦ったものの紗希は声を張り上げた。
神の使いはむしろバルトの方だ。暴力的なほど造形が整った顔が迫り、肩を竦めて可能な限り押し返す。
それが何の意味もなさない事を理解していても形式的に拒まねばバルトならゴーサインと勘違いしかねないからだ。
そんな前科持ち男の対処に困っていると、それまで黙っていたストラスが口を開いた。
「聖女様……流石です……」
瞳を輝かせて紗希を見つめてくれるが、いま欲しいのはそれではない。
しかしストラスの言葉を受け彼の存在を思い出したのか、バルトの視線は紗希から離れた。
「ストラス。皆に通達しろ。聖女様の神聖なるお力によって俺は第一層の転移魔法陣を突破出来るようになった。今後は一層に逃げても無駄だと」
「わ、分かりました……っ……行ってきます……」
怯えた様子で肩を揺らしたストラスは、慌てて頭を下げると腕を広げて大きく羽ばたく。
そしてその姿は石造りの壁の随分と高い位置あった黒い穴へ吸い込まれるようにして消えていった。
「なんで脅しているんですか!」
ストラスが飛行する姿に見惚れていた紗希だったが、しかしふと我に返って視線を横へ流すとバルトは平然とした口調で言う。
「これまで復讐し損じてきた相手がごまんといますので」
ーー転移出来てまずやりたい事がそれなのか。
無意識にバルトへ向ける視線は眇めたものとなっていた。けれども、打ち明けられた七年を鑑みれば、全く理解出来ないこともない。
「バルトさん」
「はい」
無理もないか、と呟き、紗希は目元を和らげた。
「軽く聞こえると申し訳ないんですが、本当におめでとうございます。これで一歩前進ですね」
そういえばまだ言ってなかった。
バルトにとって鬼門出会った場所を突破出来たことを今は喜ぶべきだろう。
閉塞的な魔王城に閉じ込められて七年。まともに光を浴びることも出来ず絶望に濡れたまま座った魔王の椅子。
選ばざるを得ず座った場所に集う配下のうち、エギルや霊蟲公、ストラスらはバルトを好意的に見ているようだが彼らの心が交わる事はなかった。
きっとそれは対等でなかったからだろう。
言うなればバルトは魔王の椅子に鎖で繋がれていたのだ。しかしこれからは違う。
彼は自分の意思で居場所を決めることができる。
真実を知った紗希は、バルトが城の制限から解放されたことに喜びを感じ声を弾ませた。
「魔王でも勇者でも、バルトさんは好きな方を選べるようになったわけですし……もちろん兼務してもいいと思いますけど。今後はヒロイン探しだって出来ます。バルトさんの未来は明るいですよ」
するとバルトは言葉に詰まったように唇を震わせ、それから紗希の身体を軽々と抱き上げた。
「なっ、……!?」
そして昨日と同じ陶然とした瞳で乞う。
「聖女様……いますぐ俺の寝所まで連れて行っても?」
「駄目ですよ!!何でですか急に、怖い!」
「俺は聖女様がいい……我慢なりません」
「我慢してくださいっ……きっと刷り込み効果ですから!!」
そうだ。バルトの想いは刷り込みに違いない。たまたま紗希だけがずっと続きを望んでいたから、もしも別の人も一緒に見守っていたならばどうだろう。
バルトは紗希をこんなにも求めてきただろうか。
「ヒロインに会えば冷めますから」
現実的な見解を自分自身で確かめるように言葉にするも、しかしバルトは折れる様子がない。
「またヒロインですか……そんな言葉がでないよう、今すぐ俺の想いをその身体に刻んで差し上げたい」
強引なことはしないまでも粘るといった感じであった。
「お、落ち着いてください….」
「愛してる。あなたは奇跡の存在だ….俺の意思だけでなく大いなる力もあなたを聖女と認めたに違いない……きっと俺達は祝福されているんですよ。どうか俺の妻に……」
目が怖い。
美しい瞳が怪しい色で揺れるのを見て、紗希はぞわりと背中を這いずるものを感じ生唾を飲んだ。
しかしいつの間にやら戻ってきていたストラスが小さく片手を挙げ申し出る。
「あ、あのぅ……魔王様……」
カタカタと足元が震えており、一世一代勇気を振り絞ってといった雰囲気を醸し出ていた。そんなストラスの様子を一切気にすることなく凍てついた瞳で低く唸りを上げるようにバルトは問う。
「……死にたいのか?」と。
いくらなんでもストラスが不憫だ
「ごっ、ごめんなさい……でもまた離れの鐘楼の方に侵入者がいて……」
もじもじと判断を委ねるかの如く告げるストラスにバルトは浅い吐息を零せば眉根を寄せた。
「……数は?どんな奴らだ?」
一応話を聞く気はあるようだ。
ただし紗希を抱き上げたままであるが。
「十ぐらい?盗賊っぽい格好してます……えっと、みんなゴツゴツしてます。あ、でも魔法使いが一人いたような……」
人間だろうか。侵入者と告げたストラスの情報に対してバルトは逡巡したのち手短に指示を出す。
「ならお前だけで捕縛出来るな。魔法使いのは幻惑の屋敷にでも放り込んでおけ。八層の魔女が実験用に欲しがっていたはずだ。残りは牧場行きに。必要な者は各自で取りに来させろ」
敵なのだろうか?
魔族側の背景は紗希の知る限りアデル王国にとって脅威であるため滅ぼす必要がある存在という情報のみだ。
もしかするとエタった部分に書かれる予定だったのかもしれないが、未知の部分であるために如何ともしがたい。
あまりに物騒な内容に紗希は今回はあまり深く考えない方が良いと決めた。
一方のストラスは頷くと顔を紅潮させていた。
「分かりました!……あの、魔王様……」
「まだ何かあるのか」
興奮気味といった様子がストラスにピッタリだった。
「……えっと。おめでとうございます!僕も、その……嬉しいです。でも、お城から出れるようになってもたまには帰ってきてくれると嬉しいです……レギオス様は10年に一回ぐらいは起きてくれたので、せめて……それぐらいで」
辿々しいが、ストラスは想いに丈を一気に放流するかの如く紡ぎ、上目遣いでバルトを見遣る。
心配性なのか、バルト今後を予期するかのように自身の願いを込っている。
健気な言葉に紗希は胸を打たれていたが、告げられた本人であるバルトは押し黙ったまま。
「……」
無言で眉間に皺を刻み固まっていた。
そんなバルトを前にストラスは静々と頭を下げると再び飛び立ち消えてしまう。
今度は逃げると言うより照れ隠しのような飛び方だった。
「霊蟲公といい、バルトさん好かれてますね……」
気づいたことを感じたままに紗希が呟いた。
するとストラスが飛び去った方向へ視線を止めたままバルトは声を震わせる。
「そんなはずは……」
あるわけない。と言いたいのだろう。
今まさに生まれたであろう気づきにバルトは戸惑いの色を滲ませている。
無理もない。
魔王城の七年は単純な七年ではなかったのだから。
ーーーー背景 作者様
お久しぶりです。
あなたの勇者バルトレッドは魔界で魔王をしていました。
彼の七年はあまりに酷い仕打ちでしたが、魔王となった現在はどうやら慕われているようです。
信じられませんよね。
勇者様自身もそう感じてるようですが、昨日の敵は今日の友ということなのでしょうか?
種族が変われば価値観も倫理も異なるようです。
追伸
それから城から出られるようになりました。私はもう少し、彼の行く末を見守りたいと思います。
「聖女様のお力か……」
「まさか」
咄嗟に反論したものの、しかし異世界に人を召喚した儀式自体はもしかすると影響があったのかもしれない。
何にせよ大きな前進である。
最初の最大の難問がたった二日で解決したことはバルト達を困惑させたがバルトの閉塞感に溢れた日々に終止符が打たれたことに違いはないのだ。
「これでバルトさんのハッピーエンドに一気に近づきましたよ!よかったじゃないですか」
紗希が努めて微笑むと、バルトは紗希をじっと見つめた。
その視線に既視感を感じた直後、崇拝に近い眼差しと共にバルトが躙り寄る。
「さすが……やはり俺を見限らなかった人だ……聖女様のおかげだ」
近づかれるたびに紗希自身も後ろへ下がるが流石は勇者であり魔王、意図も容易く腰を抱かれていた。
「バルトさん?」
「もしくは愛の力か……あなたは俺に幸福を齎してくれる神の遣いに違いない……」
「原因は分かりませんけど、そのざっくり断定する感じ止めてください!」
上擦ったものの紗希は声を張り上げた。
神の使いはむしろバルトの方だ。暴力的なほど造形が整った顔が迫り、肩を竦めて可能な限り押し返す。
それが何の意味もなさない事を理解していても形式的に拒まねばバルトならゴーサインと勘違いしかねないからだ。
そんな前科持ち男の対処に困っていると、それまで黙っていたストラスが口を開いた。
「聖女様……流石です……」
瞳を輝かせて紗希を見つめてくれるが、いま欲しいのはそれではない。
しかしストラスの言葉を受け彼の存在を思い出したのか、バルトの視線は紗希から離れた。
「ストラス。皆に通達しろ。聖女様の神聖なるお力によって俺は第一層の転移魔法陣を突破出来るようになった。今後は一層に逃げても無駄だと」
「わ、分かりました……っ……行ってきます……」
怯えた様子で肩を揺らしたストラスは、慌てて頭を下げると腕を広げて大きく羽ばたく。
そしてその姿は石造りの壁の随分と高い位置あった黒い穴へ吸い込まれるようにして消えていった。
「なんで脅しているんですか!」
ストラスが飛行する姿に見惚れていた紗希だったが、しかしふと我に返って視線を横へ流すとバルトは平然とした口調で言う。
「これまで復讐し損じてきた相手がごまんといますので」
ーー転移出来てまずやりたい事がそれなのか。
無意識にバルトへ向ける視線は眇めたものとなっていた。けれども、打ち明けられた七年を鑑みれば、全く理解出来ないこともない。
「バルトさん」
「はい」
無理もないか、と呟き、紗希は目元を和らげた。
「軽く聞こえると申し訳ないんですが、本当におめでとうございます。これで一歩前進ですね」
そういえばまだ言ってなかった。
バルトにとって鬼門出会った場所を突破出来たことを今は喜ぶべきだろう。
閉塞的な魔王城に閉じ込められて七年。まともに光を浴びることも出来ず絶望に濡れたまま座った魔王の椅子。
選ばざるを得ず座った場所に集う配下のうち、エギルや霊蟲公、ストラスらはバルトを好意的に見ているようだが彼らの心が交わる事はなかった。
きっとそれは対等でなかったからだろう。
言うなればバルトは魔王の椅子に鎖で繋がれていたのだ。しかしこれからは違う。
彼は自分の意思で居場所を決めることができる。
真実を知った紗希は、バルトが城の制限から解放されたことに喜びを感じ声を弾ませた。
「魔王でも勇者でも、バルトさんは好きな方を選べるようになったわけですし……もちろん兼務してもいいと思いますけど。今後はヒロイン探しだって出来ます。バルトさんの未来は明るいですよ」
するとバルトは言葉に詰まったように唇を震わせ、それから紗希の身体を軽々と抱き上げた。
「なっ、……!?」
そして昨日と同じ陶然とした瞳で乞う。
「聖女様……いますぐ俺の寝所まで連れて行っても?」
「駄目ですよ!!何でですか急に、怖い!」
「俺は聖女様がいい……我慢なりません」
「我慢してくださいっ……きっと刷り込み効果ですから!!」
そうだ。バルトの想いは刷り込みに違いない。たまたま紗希だけがずっと続きを望んでいたから、もしも別の人も一緒に見守っていたならばどうだろう。
バルトは紗希をこんなにも求めてきただろうか。
「ヒロインに会えば冷めますから」
現実的な見解を自分自身で確かめるように言葉にするも、しかしバルトは折れる様子がない。
「またヒロインですか……そんな言葉がでないよう、今すぐ俺の想いをその身体に刻んで差し上げたい」
強引なことはしないまでも粘るといった感じであった。
「お、落ち着いてください….」
「愛してる。あなたは奇跡の存在だ….俺の意思だけでなく大いなる力もあなたを聖女と認めたに違いない……きっと俺達は祝福されているんですよ。どうか俺の妻に……」
目が怖い。
美しい瞳が怪しい色で揺れるのを見て、紗希はぞわりと背中を這いずるものを感じ生唾を飲んだ。
しかしいつの間にやら戻ってきていたストラスが小さく片手を挙げ申し出る。
「あ、あのぅ……魔王様……」
カタカタと足元が震えており、一世一代勇気を振り絞ってといった雰囲気を醸し出ていた。そんなストラスの様子を一切気にすることなく凍てついた瞳で低く唸りを上げるようにバルトは問う。
「……死にたいのか?」と。
いくらなんでもストラスが不憫だ
「ごっ、ごめんなさい……でもまた離れの鐘楼の方に侵入者がいて……」
もじもじと判断を委ねるかの如く告げるストラスにバルトは浅い吐息を零せば眉根を寄せた。
「……数は?どんな奴らだ?」
一応話を聞く気はあるようだ。
ただし紗希を抱き上げたままであるが。
「十ぐらい?盗賊っぽい格好してます……えっと、みんなゴツゴツしてます。あ、でも魔法使いが一人いたような……」
人間だろうか。侵入者と告げたストラスの情報に対してバルトは逡巡したのち手短に指示を出す。
「ならお前だけで捕縛出来るな。魔法使いのは幻惑の屋敷にでも放り込んでおけ。八層の魔女が実験用に欲しがっていたはずだ。残りは牧場行きに。必要な者は各自で取りに来させろ」
敵なのだろうか?
魔族側の背景は紗希の知る限りアデル王国にとって脅威であるため滅ぼす必要がある存在という情報のみだ。
もしかするとエタった部分に書かれる予定だったのかもしれないが、未知の部分であるために如何ともしがたい。
あまりに物騒な内容に紗希は今回はあまり深く考えない方が良いと決めた。
一方のストラスは頷くと顔を紅潮させていた。
「分かりました!……あの、魔王様……」
「まだ何かあるのか」
興奮気味といった様子がストラスにピッタリだった。
「……えっと。おめでとうございます!僕も、その……嬉しいです。でも、お城から出れるようになってもたまには帰ってきてくれると嬉しいです……レギオス様は10年に一回ぐらいは起きてくれたので、せめて……それぐらいで」
辿々しいが、ストラスは想いに丈を一気に放流するかの如く紡ぎ、上目遣いでバルトを見遣る。
心配性なのか、バルト今後を予期するかのように自身の願いを込っている。
健気な言葉に紗希は胸を打たれていたが、告げられた本人であるバルトは押し黙ったまま。
「……」
無言で眉間に皺を刻み固まっていた。
そんなバルトを前にストラスは静々と頭を下げると再び飛び立ち消えてしまう。
今度は逃げると言うより照れ隠しのような飛び方だった。
「霊蟲公といい、バルトさん好かれてますね……」
気づいたことを感じたままに紗希が呟いた。
するとストラスが飛び去った方向へ視線を止めたままバルトは声を震わせる。
「そんなはずは……」
あるわけない。と言いたいのだろう。
今まさに生まれたであろう気づきにバルトは戸惑いの色を滲ませている。
無理もない。
魔王城の七年は単純な七年ではなかったのだから。
ーーーー背景 作者様
お久しぶりです。
あなたの勇者バルトレッドは魔界で魔王をしていました。
彼の七年はあまりに酷い仕打ちでしたが、魔王となった現在はどうやら慕われているようです。
信じられませんよね。
勇者様自身もそう感じてるようですが、昨日の敵は今日の友ということなのでしょうか?
種族が変われば価値観も倫理も異なるようです。
追伸
それから城から出られるようになりました。私はもう少し、彼の行く末を見守りたいと思います。



